第6話 平和
「これ……!?」
傷跡もシミもない両腕を見下ろす。筋肉があまりついていない、細い腕。両腕の間から覗く湖面には、随分と若い男が映る。
「やっと現状を少し理解し始めたようだね」
「いや、全然わかんない!!」
ーーゴツン。
「お前に渡そうとしたーーいや、1度渡したのだろうね。あのネックレスには呪いがかけてあった」
「の、呪い!? 俺、何か悪いことした!? まって、思い出すから。なんせ随分昔のこと……いや、エアにとってはついさっきの事なのか?」
「落ち着きな。呪いといっても色んなモンがある。アンタに渡したネックレスには、死に戻りの呪いがかけてあった。ただし、1度だけのものだったみたいだね」
「……みたい?」
「珍しい宝石が手に入ったんでドワーフに加工させてそこにアタシが呪いをかけた。でも、加工が甘かったお陰で1度で壊れた。あのドワーフ、次に会ったらどうしてやろうか」
そう言って歯を見せて笑うエアを横目に、俺は拳を握った。それから、死ぬ間際の光景を思い出し、思わず喉を掴んだ。俺の頭は今、きちんと胴と繋がっている。
あの時の死臭や熱、剣が皮膚に触れる感触ーー思い出した時には胃の中の物を吐き出していた。
「……呪いは表裏一体」エアは言った。「使いようによっては薬にもなる。が、アンタの場合はあまり良い結果をもたらさなかったかもね」
「俺は、もう一度死ぬのか? もう一度殺されるのか」
「それはアンタの行動次第だ。同じ道を辿れば同じ結末を。違う道を辿れば、もしかすると違う結末を辿る」
「だからって、またひもじい思いをするのは嫌だ」
「ここいら一帯は土地が悪いからね。この森以外は作物の育ちが悪いし魔物も多い」
「むしろ、どうしてこの森はこんなに豊かで穏やかなんだ?」
「そりゃ、アタシがいるからね。土と水に栄養を、時には風を、木々には豊穣を与える。これはアンタら人間が呪いという力と同じ源泉だ」
「どうしてそれを、ほかの場所にもやってくれないんだ?」
「……無償で? アタシが? 人間のために?」
俺が黙っていると、エアは口を大きく開けて笑った。
「はははは!! アタシら魔女が魔族からも人間からも嫌われているのを知っているだろう? それは強大な力を持つ故の畏怖もあるし、力を持ちながらお前たちを助けない身勝手さからでもある。そんな魔女のアタシが、なぜ人間の街なんて助けると?」
「だって、俺にあのネックレスをくれたから……」
「……それは、アンタがアタシを助けたから。人間風情に借りを作りたくなかったからだよ。普段なら人間になんて関わらない」
「俺が、エアを」
俺はどうしても思い出せなかった。非力な人間の男である俺が、森の魔女と恐れられていたエアをどう助けたのか、何をしたのか。
「なあに、アンタが思い出す必要はない。ーーさて、それは置いておくにして、アンタへの礼は何にしたものか」
「礼ならもう貰っただろ?」
「それはアンタが死ぬ前の話、戻ってくる前の話だ。アタシは今の話をしてるんだ。今、アンタにやろうと思っていたネックレスは砕けた。だが借りを作るのはいただけない。とはいえアンタ以外の人間に利することも面倒だ。ーーはてねぇ」
「じゃあ不老不死とか」
「不可能じゃないが可能でもない。そしてアタシの好みじゃない。というか腹が空いたまま長生きしたいのかい?」
「確かにそれは嫌だな……じゃあ、飯を生み出す能力とか」
そういった時、エアの眉がぴくりと動いた。
「無から有を生み出せるのは魔女だけだ。魔族も魔力や体力、血を消費して魔法を使う」
「そりゃそうか……。魔女ってすごいんだな。うーん……。じゃあ、魔力を消費する方で構わないから俺に魔法を教えてくれないか?」
そういうとエアは俺のつま先から頭の先までジロジロと見定めて、吐き捨てるように言った。
「随分とまた薄まった魔力だね。そんなんじゃ夜の足元を照らす火すらだせないよ」
「え、でも俺魔力あるの?」
エアはちょっと嫌そうな顔をした。
「あると言っていいか悩む程度にはね。まぁ、人間の中にも稀に魔力を持ったものはいる。それなりにレアケースだが。とはいえアンタのは役に立たないね」
「そっか……。確かに王宮に魔導師団とかあったもんな。俺もそのくらい魔力があったら良かったのに」
「……どうするつもりだったんだい?」
「え?」
「魔力があったとして、魔法を使えるようになったとして、2度目の生をどう使うつもりだった?」
俺は考えた。でも、答えは分からなかった。生き返る前は毎日必死で、一日中何も食べられない日もあったし、右の耳たぶは魔物に食いちぎられたから無くなってた。
傭兵になってからは生活は多少マシになったけど、その分毎日死にかけていた。常に前線、常に肉盾。良い手柄は勇者達が持っていくし、実際俺は大型の魔物になんて勝てないし。
そもそも勇者になりたかったのだって、貧しい生活に嫌気がさしたからだ。俺は別に強くなりたかった訳じゃない。
「俺はーー…。俺は、ただ平和に暮らしたかったんだ」




