第4話 天国か地獄
「……ス。ルイナス」
俺を呼ぶ声。
「戻ってきたね」
穏やかな声。俺があの日だけ聞いたあの声。
「……?」
足は柔らかい地面を踏みしめ、俺は立ち尽くした。
周囲を見渡す。先程までの地獄絵図とは程遠い。青々と茂る木々。柔らかな風と、それに運ばれてくる花の香り。木漏れ日は、差し出した俺の両手に柔らかく握られていたネックレスを輝かせた。
と同時に俺は思わず驚いてネックレスを地に落とした。赤い宝石のネックレスが粉々に砕けていたのもあるが、何より驚いたのは、人生で1度だけ会った魔女が再び目の前に立っていたからだ。
彼女は金色の長い髪をひとつに結んでいて、とても精巧な髪飾りをつけていた。聞けばドワーフに作らせたものだという。何かのお礼で貰ったのだと話していた記憶が残っていた。
魔女、という言葉は彼女に似合わない。精霊と言われた方がしっくりくるような女性だった。
「エア! どうして、ここに?」
「ここってのはどこのことだい? 一体いつから戻ってきた?」
風になびいた金の前髪を、エアは煩わしそうに白い指で退けた。
「いつって……魔族が王都に攻めてきて……傭兵もかき集められて……。俺も行かなきゃいけなくなって」
「傭兵! そんな危険な職業を選ぶなんて」
「だって、それしか生きる道が無かったし。街のみんなも雑草とか食っててさ。魔物が増えて、狩りも難しくなって」
エアの眉が少し下がった。
「そうかい……。それで、魔族にやられたか」
「魔族っていうか、魔王にね」
「魔王に!? まさか勇者になれたのかい?」
「いや、本当に偶然会った。というか魔女の匂いが何とかって言われた」
「あちゃ、流石に魔王ともなれば呪いを恐れないか。まさかアンタが魔王と相対するとはね」
額を手で抑える彼女を他所に、俺は地面に落としてしまったネックレスを拾った。せっかく貰った物だったのに、いまや見る影もない。
「ところでここは何処なんだ? 天国? 地獄ーーには見えないけど。さっきまでの状況のほうが余程地獄だったよ」
「ーーまだ状況を理解していないようだね。まぁそれもそうか。アタシも何も説明しなかったからねぇ」
エアはふいと後ろを向くと、ゆっくりと歩き出した。
「ほら、着いておいで。ここはもう安全だから」
安全、と聞いてやはりここは天国なのだと思った。飢え、貧困、暴力と争い。そんな日々を生き抜いた俺への最後の褒美。
どうりでこの森は穏やかで明るく、魔物の気配もない。時折蝶々が優雅に宙を泳いでいた。何となくどこかで見た事のある景色。それは産まれる前に、魂がここに居たからかもしれない。
「何ぼうっとしてんだい! 早く来な!」
ゴツン。彼女が片手に持っていた古木の杖で思い切り殴られた。




