第3話 王の眼
「ぎゃあああっ」
悲鳴がどんどん増える。
「助けて!誰か!!」
伸ばされた手が地面に落ちる。
「第三騎士団、進め!」
横切っていく国立騎士団。
そこからはあっという間だった。突如押し寄せた魔族たちによる蹂躙。彼等に騎士も平民も商人も関係ない。
俺たち傭兵も集められて前線に送られた。
鎧の擦れる音、魔族の放つ炎の熱、味方部隊の砲撃、巻き上がる土煙。
翼を持つ魔族の群れが俺達の上を飛んでいく。銃も弓もない俺達はそれを見上げているしかない。
俺達の上を通り過ぎた魔族達の半数は城下町へ、残りは城の方へと向かっていった。城にはいざという時の隠し通路がある、なんて噂がされていたが、国王はもう逃げ出したのだろうか。
そんなことを考えているうちに、俺の隣にいた男が魔族に食い殺された。狼に似た魔族で、服からは紫色の体毛がはみ出していた。
血塗られた黒い爪がギラりと光る。魔族の赤い目はじっと俺を見つめたが、ふいと横を向いたと思うと別の人間を襲いに行った。
ーー助かった。
情けなくもそう思った。だが眼前からはまだ大量の魔族が押し寄せてくる。傷やら豆やらでボロボロになった両手で剣を握り直して、小物の魔族を数体切り殺す。
俺にとってはもうそれが限界だった。
「もう無理だ」
言葉にしてしまうと両膝の力がするりと抜けた。膝から落ちて地面に座り込むと、自然と手から剣がずり落ちた。
混乱に乗じて逃げた傭兵達は逃げおおせただろうか。国王は? 城下町の住民は? 魔族が通ってきたであろう通り道にあった、俺の故郷は?
今も大量の魔物が俺の左右を駆け抜けていく。その度に悲鳴や唸り声が増える。
もう全て、終わりにしてくれ。貧しい日々も孤独な人生も、勇者なんてものになれない、こんな鬱屈とした俺自身も。
「ーー妙な魔力を感じたと思ったが、お前か」
落ち着き払った女の声。この戦場には不釣り合いだった。本当は指1本すら動かすのが億劫だったが、俺はゆっくりと顔を上げた。
そこには、鬣が青く燃える地竜に乗った女がいた。紅色の長い癖毛は燃えるようにゆらめき、とがった耳の上あたりからは黒くうねった角がはえている。
目は月のように輝く黄金色。その瞳に今は俺を写しこんでいた。
「魔女のものか? 気分が悪い。ここでそんな物に出会うとは。そのネックレスが原因か?」
女は言った。言っている意味が理解出来ず、俺は黙ったまま女を見上げていた。彼女が敵の大将首、魔族を統べる女王ヴェーナだと気がついたのは、彼女の鎧に美しい唐草模様の装飾が施されていたからではない。
少し距離を開けて、魔族達がじっとこちらの様子を見ていたからでもない。
彼女の額に、双眸の眼とは違う大きな目がついていたからだ。噂には聞いていた。魔族の王族には、3つ目の目があると。その3つ目の瞳が弱点だと噂されていたが、それが事実だと証明できた勇者は未だいない。
「人とは共通の言葉を使っていたと記憶していたがーー時の流れと共に言葉が変わったか? 地方によっては新たな言葉が生まれていると聞いたが」
ヴェーナは表情ひとつ変えず首を傾げた。
「この辺りの人間の言葉は昔のままなはず。恐らく王の威厳に恐れているだけでしょう」
女の後ろで、灰色の髪を編み込んでいる男が言った。男の額からは、黒い角が1本天に向かって伸びていた。
「そんな小物からなぜ魔女の匂いが? やつら、普段は人間に関わらないだろう」
「さぁ……。魔女のすることですから。我々の想像の域を超えますよ。ただの気まぐれかも」
「それもそうか。まぁ良い、どうせコイツに用はない」
「あっ、王様! お待ちをーー」
側近の男が止めるよりも早く、ヴェーナは大剣を振るった。世界がぐるりと回って、ほんの一瞬灼熱のようなものを感じたが、俺は意識が遠のいていくのを感じた。
意識が完全に失われる間際、2人の会話が遠くから聞こえた。
「なんだよ、クリスタ」
「魔女の呪いというものがあります。呪いを受けたものは即時命を落とすこともある。だから魔女の気配を皆避けるのです」
「この戦場で私の前に突っ立ってる間抜けを見て見ぬふりしろと?」
「側近の自分としてはそうしていただきたい。……いただきたかった」
「結局私は生きてるんだからいいだろう。クリスタは戦場ですら小煩い」
「戦場だからこそ、です」
「はいはい」
蹄の音が小さくなっていく。もう熱も何も感じない。静かな闇の中、俺は眠りについた。




