第2話 さよならの月明かり
良く考えれば、正しい剣を習ったことも無ければ実績もない俺が、勇者なんかになれる筈が無かった。
あのチラシは、俺みたいな腹を空かせたバカを集めるための撒き餌だ。
俺たち素人傭兵は頭数だけ集められて、あちこち派遣された。
貿易商の荷物守、貴族の護衛、領主の移動の付き添い。これで10万ゴールド貰えるなら安いもの?違う。どの仕事もちゃんとした騎士がいる。俺たちは肉壁。森へ入るときは先頭に、魔物から逃げる時は最後尾を走る。
登録所で知り合った者たちは1人また1人と死んでいった。殆どみんな俺と同じ境遇。城下町に住めるほどの人脈も金もなくて、腹が減ってて。ある程度金を貯めたら家族と城下町に引っ越してきたい、と目を輝かせていた男は、最初の仕事で死んだ。俺と同じ歳だった。
それでも俺は必死に働いたし必死に生き残った。10万ゴールドなんて城下町に住んでいたらすぐ無くなってしまうけど、それでもちゃんとしたものが食べられたし、仕事のない日は魔物に怯えることも無かった。時折両親の姿が脳を過ぎったが、俺にはどうしようも無かった。今の俺の稼ぎじゃ、両親まで食わせてやれない。
「ごめん……」
呟いて寝た夜が何度もあった。
でももう、それも終わりらしい。終わりは突然やってきた。
俺はいつものように仕事に行って、命からがら生き延びた。その日は港に沸いた魔物の退治で、数人が海に引きずられていった。
でも俺は生き延びた。いつもみたいに周囲を警戒して、無理をしないで、自分を過信しないで、逃げるべき時は逃げた。
勇敢なんて何の利益にもならない。力が増えるわけでも魔法が使えるようになる訳でもない。
そうして生き延びて城下町に帰ってきて、夕飯を食って、崩れ落ちるようにベッドに横になった。アパートに備え付けの硬いベッド。なんだか実家を思い出すベッド。
その日はなんだかいい夢を見れそうな気すらしていた。鈍い鐘の音で起こされるまで。
夢の中に落ちそうな微睡みから叩き起された俺は、ベッド脇の窓を開けた。城下町がざわついている。向かいのアパートに住んでいる男と目が合うが、男も不思議そうに首を傾げただけだった。
この時点で俺が取れる手段は既に絶たれていた。そうとも知らず、なんとも言えない不安感を紛らわすように俺はお守りのネックレスを軽く握った。若いころ、エアという女に貰った物だった。
「障壁が……」
城下町が城下町たる所以、王の権威ともいえる障壁。それは魔物、魔族を遠ざける分厚い壁。人間でなければ通れず、無理に通ろうとすれば皮が剥げ骨だけになる。
城が絶対に破られなかった理由であり、城下町の物価が高い理由でもあった。それが今や、見る影もない。
城と城下町を大きく覆っていた障壁は、粒ひとつ残さず消えていた。
城の直下に建てられた大教会。街道に出てきた人々がみんなそっちを凝視していた。障壁はその大教会で祈りを捧げられ、張られているとされていたからだ。
大教会はある。ステンドグラスの美しい大教会。天使のレリーフが月明かりで鈍く光った。




