第12話 初めての体験
「これって……」
マルファーに連れられてきた宿は、それは立派なものだった。宿というよりも迎賓館で、それは人間と直接接触することの少ないドワーフ達には宿が必要ないかららしい。
王都でも見たことがない程精巧な彫刻が施された柱。花を象ったレリーフ。風が流れるような流線を描く屋根。
この街で採れる鉱物で造られているからか色彩こそ乏しいが、十二分に美しい建物だ。俺が住んでいた田舎の家なんて、そこらの木で造られていたので、風は抜けるし雨漏りは酷いし、虫は入るしで最悪だった。
それこそ実家を出るまでそれが最悪だということすら知らなかった訳だが。知とは残酷だ。
それはさておき、俺が驚いたのはこの建造物だけじゃない。夕餉に出てきたメニューだ。
俺とエアの為だけに作られたらしいが、大皿には見たことも無い……岩?
「ジャイアントクラブの亜種か」
エアが言った。
「ジャイアントクラブって、あの、海にいる……?」
「この街の近くには亜種が住んでいるんですよ! 普段は殻につけた泥と岩で擬態しています。地下水と栄養豊富な泥、地下に生えた藻なんかを食べて生きています」
酒を運んできたマルファーが、そう教えてくれた。
「……で、そのジャイアントクラブが、なぜ食卓に?」
「アンタは阿呆なのかい? 机には本と筆が、まな板には食材と包丁が、魔法鍋には薬草が。つまり食卓には料理がのる。そんなことも教わらないのかい、人間共の集落では」
「いや、それは分かる。分かるんだけど……ジャイアントクラブって、魔物……」
「それがどうかしたのかい?」
「あ、殻のことなら気にしなくていいですよ!」マルファーが笑顔で言う。「ドワーフお手製のナイフならスルスルって殻を剥けますから。というか剥いて差し上げますね!」
俺が異を唱えるよりも前に、マルファーは食卓の上にあったやや大振りなナイフを手に取った。それから言葉通りスルスルとジャイアントクラブの殻を剥き、中から青白い身を取り出した。
「黒い器が甘ダレ、白い器が塩ダレです! お好きな方でどうぞ!」
取り皿に盛られた魔物の肉。青白くてプリプリしている。俺は岩がついたジャイアントクラブの殻と、青白い肉を交互に見た。これは食えるのか?
「なんだ、食べないのかい?」
気がつくとエアがジャイアントクラブの肉に齧り付いていた。「アタシはスパイス派でねぇ」とか言いながらポシェットから取り出した自前のスパイスを振りかけて、また齧り付く。
「俺、人間なんだけど……」
「は? だから何だってんだい。見ればわかるよ」
そう言い終わる頃には、エアは手に持っていた肉を食べ終わりゴクリと飲み込んだ。
「魔物の肉なんて食ったら、流石にやばそう」
俺がそう言うと、エアとマルファーは顔を突き合わせて黙った。それからプッと吹き出して、大笑いし始めた。
「馬鹿だね、人間てのは」
さっき食べた肉が喉に詰まったのか、エアはむせながら言った。
「魔物も動物も大差ない。毒がある動物もいれば、無害な魔物もいる。分類の違いに過ぎないよ」
「で、でも俺の街はよく魔物に襲われて」
「そりゃ凶暴かどうかの違いはある。人間を食べる魔物は多い。だが動物にだって人間を食べる種はいる。それが次第に魔物と呼ばれるように変化することもある」
「人間を襲う生き物を食うなんて…」
「大丈夫ですよ! ジャイアントクラブは基本的に草食です!」
マルファーは純粋無垢な瞳を輝かせてそう言った。
「大体、グダグダうるさいよ。わざわざ出迎えて料理してくれたんだ。礼儀と思ってさっさと食いな」
うん、と返事をするのも許されない。エアはジャイアントクラブの肉にフォークをブスリと刺すと、塩ダレにつけて躊躇いなく俺の口に突っ込んだ。
……意外と美味かった。




