第95話 なにそれ知らない
「さて、ひとまず上杉くんを案内するという目的は果たしたわけだが……」
穏やかな風がそよぐ草原に男三人蟻一匹で佇みながら、松川さんがこぼす。
今回の目的は、俺のゾンビ化の判別──にかこつけてダンジョンの場所を堂々と案内することだった。
それを皮切りに、今後の俺がダンジョンに自由に入れるところまで話を持って行ってくれるつもりらしいが、現状ではひとまずこんなところ。
であるならば、場所を教えたので、はいおさらば、というのも一応アリではあるのだが。
『…………』
俺たちのちょっと後方で、クミンがじっと一点を見つめている。
その先に、頭から角の生えたウサギの姿があるのはわかっている。
『…………』
クミンの触角がソワソワしだしている。
勝手に動かないように頑張っている様子が、見て取れるようだ。
そんなクミンの様子は、俺以外の二人にも丸わかりであった。
「あー、クミンさん。よければ狩ってみるかい?」
『!!』
ぴょこん、とクミンの触角が跳ねた。
クミンは、そう言ってくれた松川さんを見た後、俺に視線を送ってくる。
見た目はアリさんなのだが、なぜかぶんぶんと尻尾を振っている犬の姿を幻視してしまう。
これでダメって言える人いる?
「良いよ」
『! はい!』
俺の許可をもらって、クミンはウキウキと体を揺らしていた。
これはもう、ダンジョンを出る前に軽いウサギ狩りの予定が入ったのは確定であろうな。
「せっかくだ、このダンジョンについても軽く説明してしまおうか」
松川さんからの提案。
俺はその提案にわずかに逡巡する。
見るからに、俺の自宅のダンジョンとは一ミリも被っていなさそうなフィールド型の地形。
ダンジョンの地形も、モンスターの法則も、果ては天候などのルールも何もかもが違うと考えて良いだろう。うちのダンジョン、空無いし。
そんな、未知のダンジョンの情報を、タダでもらえるというのなら、断る理由はない。
ただ、一ゲーマーとしては、最初から攻略本を見るような気が、ちょっとだけしてしまう。
ここはゲームではなく、現実なのだ。だからそれも仕方ないんだが。
というわけで、その提案に否やはないのだが、俺がちょっと迷ったのは、先ほどダンジョンへの入場時に聞こえたアナウンスがあったからだ。
『ウイルスの進行状況に特記事項を確認──暫定グリーンと判断されました』
これは、一応は大丈夫そうだけど、どこかで必ず確認しなければいけない状況だと思えた。
ただ、この情報がどういう要素を孕んでいるのか、少なくとも、あまり良い想像はできない。
一刻も早く確認したいのはやまやまなのだが、今ここで端末へと確認すれば、この場にいる二人も話を聞いてしまうだろう。
可能であれば、まずは一人で聞きたい。
その上で、必要があれば相談したい、と思った。
だから、今はいい。
ゲートの入り口脇に、見慣れた端末くんが鎮座しているのは分かっているが、事情を聞くのは、俺の家のダンジョンに帰ってからにする。
「ぜひともお願いします」
なので、そんな逡巡を見せることはなく、俺は二人にダンジョンの説明を頼んだのだった。
「知っていると思うが、このダンジョンの一階層ではツノの生えたウサギが出る。そのウサギが落とすのが、以前上杉くんにも渡したウサギ肉だ」
それはなんとなく知っている。
松川さんが指差した先には、このダンジョンに入ってからずっと俺の視界にチラ写りしていたウサギの姿。
「そして、ドロップの設定は端末のところで変えられる。この設定は基本的にパーティ単位だ。パーティの登録をした際に、ドロップ設定の項目を入力する必要がある」
「なにそれ知りませんでした」
そうだったんだ。
というか、パーティ登録とかそういう機能が、ダンジョンにはあったんだ。
いや、良いんだけどさ。俺には基本的に関係ないから、そこはまぁいいんだけどさ。
「つかぬ事をお聞きしますが、複数人でダンジョンに入る時って、そのパーティ登録ってやらないとダメなんですか?」
「ダメというわけではないだろうが、パーティ登録をしておくと、味方の誤射や誤爆によるHPダメージを軽減したり、補助のスキルや魔法を使ったときの範囲指定が簡単になったり、感覚的に味方がどこにいるのかが分かるようになったりと特典があるからな。外での探索にも効果は及ぶので、やらない理由がないな」
「なるほど」
「あと、今まで出会ったことはないが、もし、知らない人間とダンジョン内で出会った時、枠が空いているのにパーティ登録を断られた場合は、何かの裏があると考えて良さそうだ」
「確かに、そうですね」
俺は訳知り顔で頷いているが、内心では疑問が渦巻いて居た。
え、全然知らない。パーティに特典とかなんなの。
いや、俺は今までソロ一本でやってたから知らないのは当たり前なんだけど。
でもこれ、もしかしてテイムモンスターでも同じことが言える感じ?
そういう、システム的な保護が働いたりするの?
(上杉さん。テイムモンスターやサモンモンスターは、扱いとしてはテイマーのスキルや装備みたいな感じですよ。パーティ登録は必要ありません。ただし、他の人とパーティを組もうとした場合には、枠は埋めますのでお気をつけて)
俺が今まで知らなかったことに、クミンがそっと補足を入れてくれた。
流石は半分くらいシステム側の存在だ。
「その、パーティ枠というのは?」
「基本的に、一つのパーティは6枠までとなっているようだ。それ以上は、二つ以上のパーティを組んで──なんと言ったかな?」
松川さんが説明の途中で杉井さんへと投げる。
杉井さんは戸惑うことなく返した。
「アライアンスだ。桐原と榎木の言葉だが、パーティ同士で組むのはアライアンスとかレイドとかそういう呼び方になるらしい。まぁ、現状ではそこまでダンジョンのシステムがサポートしてくれていないので、今はただ二つ以上のパーティが一緒に行動しているだけ、だがな」
なるほど。
現時点では、とりあえず六人以上の人間での、ダンジョン攻略は想定されていないらしい。
それが必要になったころに、しれっとお知らせで情報解禁されるのだろうな。
……というか、忍者型スケルトンの仲間たち、当然の権利のように12人で徒党組んでやがったから、システム的に存在するのは間違いなさそうだ。
それにソロで挑むって冷静に考えて頭おかしいな?
「とまぁ、話が逸れたな。とりあえず、ドロップの設定はパーティ単位で行われるので、もしクミンさんがドロップを狙いたいのなら、設定を変える必要があるかもしれない」
『上杉さん!! 上杉さん!!!』
「分かった、分かったから」
クミンからの圧に負けて、俺はゲート横の端末へと声をかける。
……よし。
「端末くん。ご機嫌いかが?」
俺がフランクに声をかけると、松川さんと杉井さんがギョッとした。
だが、俺の声を受けた端末の方は、少しの間を置いてから、平然と答える。
『……上杉様は、違うダンジョンであるにも関わらず、どうして態度が変わらないんでしょうね?』
「なんとなく行ける気がしたから?」
『一応。我々は同期もされていますが、別個体ではあるんですけど』
と言いながら、ため息を吐かんばかりに言葉をこぼすのは、いつもの端末くんの態度と変わらない。
「まぁ、積もる話は後にして、ドロップの設定を変えたいんだけど」
『…………ドロップ設定の変更ですね。ダンジョン77429番における上杉様のドロップ設定は『なし』になっております。こちらを『一部ドロップ』に変更してよろしいですか?』
「よろしいですよ」
『かしこまりました。設定を変更いたしました』
設定を変更した、と言われたが特に変わった感じはしない。
その辺りは、俺というよりもダンジョン側の設定なのだろうな。
『他に何か要件はございますか?』
「……なくはないけど、今は良いや」
『かしこまりました……お疲れ様でした上杉様。そして、次の冒険でもお気をつけて』
端末くんは、俺をねぎらうような言葉をそっと付け足して会話を終わりにした。
まぁ、次の冒険と言われても、ウサギ狩り程度で気をつける要素があるのかは謎だが。言われたからには気をつけよう。
と、言われた通りに設定を変更した俺が向き直ると、松川さんと杉井さんは相変わらずの驚いたような顔で、俺を見ている。
先に口を開いたのは、杉井さんだった。
「君は、いつもダンジョンの端末とはそんな感じなのか?」
「ええと、はい。だいたいこんな感じです」
「……そうか。端末にも、自我のようなものがあったんだな……知らなかった」
なぜか驚愕の事実を目の当たりにした、みたいな反応であった。
もしかしなくても、南小のコミュニティは端末くんとの関係はもっとビジネスライクな感じなのかもしれない。
実際、初期の端末くんはそんな感じだったしな。
俺が端末くんに色々話しかけていたら、次第に砕けていっただけで。
まぁ、積極的に話しかけていたのは──他に話し相手が居なかったからだが。
「ま、まぁ、それは良いだろう。今はウサギについてだな。とりあえず見えているあの個体の説明からにしよう」
「お願いします」
『お願いします!』
と、お互いが知らなかった事実を共有しあったあとで、クミンの触角が次第に俺をビシビシと軽く叩き始めたので、俺たちはウサギの元へと向かうことにしたのだった。
「というわけでウサギの説明だ。まず、あの個体はハグレ者だな。通常、ウサギはってあーっ!」
『いただきまーす!』
『キュキュッ!?』
そして、松川さんが何か説明を始めようとしていた横で、待ちきれなかったクミンが草むらに隠れながらの奇襲でウサギを速攻で仕留めたのだった。
空気が読めて待てもできていたアリさん、痛恨の独断専行であった。




