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ダンジョンサバイバルinゾンビワールド  作者: score


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第93話 切り捨てる天秤



「…………え」


 杉井さんからなんでもないことのように告げられた問いかけ。

 であるにも関わらず、俺がその問いかけを理解するまでには、思った以上の時間がかかった。


 俺が、感染している?


 何に、などと問いかけることはない。

 この世界で、感染が恐れられる事柄など一つしかない。


 呪腐魔病。

 どこぞの秘密研究施設から漏れ出し、独自の進化を遂げて世界をゾンビワールドへと変貌させた元凶。

 その呪腐魔病に、俺が感染している可能性があると、彼らは言っているのだ。


「……そんな、ことは」


 そんなことは、ない。

 そう言い切りたかった。

 だが、言葉にする前に、俺の冷静な部分が精査を始めてしまう。



 そもそも、呪腐魔病に感染する経路とはどんなものか。

 俺が、今に至るまでに聞いていたものは二通りある。


 一つは、呪腐魔病の感染者──俗に言うゾンビに噛みつかれること。

 これで感染する理由は、後述する二つ目にも繋がるところはあるが、結論だけ述べれば『傷口にウイルスが直接侵入するような攻撃』が噛みつき攻撃だからだ。

 ゾンビに噛みつかれたら、傷口から奴らの唾液に存在するウイルスが入ってきて感染する、というイメージで良いのだろう。


 そして二つ目は、一つ目を補強するような経路。

 人間の傷口──主に血が出るような怪我をしているところに、感染者の体液や血液が付着すること。



 そう。その二つ目まで思い至ってしまって、俺は体を動かせぬまま青ざめた。



「……上杉くん。心当たりがあるのかい?」


 杉井さんは、笑顔ではない。

 痛いくらいの真顔で、俺に問いかけている。


 誤魔化すことはできなくはないだろう。

 だが、彼の真顔にそれをするのは、あまりにも不誠実だった。


「心当たりというほどではないです。ただ、可能性としては二点。一つは、あの怪物の血液が付着した武器に耳たぶを抉られたこと。もう一つは、体に傷を負った状態で、怪物の血液を浴びた可能性があること、です」


 もちろん、実際に感染を確信するような攻撃を受けた記憶はない。

 だが、可能性と言われれば、思い至ることはある。


 一つは、時間稼ぎの最中に、奴の体を抉った棒手裏剣を返されたこと。

 棒手裏剣の先端には奴の血液がばっちり付着していた可能性があり、俺の耳たぶが弾け飛んでいることから、傷口にそれが付着した可能性はある。


 もう一つは、先ほどの状況そのもの。

 怪物にとどめを刺すため、俺はこの傷だらけの状態で奴の首をぶった切った。

 その際、奴の首から噴き出した血が、時間稼ぎの時に負っていた傷に付着していないとはいえない。

 なんなら、この教室にいる全ての人間に、やつの血液が付着した可能性まであるのだから。


「……そうか」


 杉井さんは、俺の言葉に何も言わずに頷いた。


 ここでの最悪の事態は俺にだってわかる。

 それはすなわち、時間が経って俺が『ゾンビ』になることだ。


 自慢じゃないが、俺はそこそこステータスもある、隠密スキルにも長けている、魔法の心得もある。

 手足をとりあえず縛ったくらいで拘束できるスペックをしていない。


 もし、俺がゾンビになるとしたら、南小のコミュニティは怪物の侵入を許したときと同等か、それに準ずるくらいの被害を受けるだろう。

 だから、もし俺が感染していたとしたら、彼らが取るべき行動は一つしかない。


「……松川さん、杉井さん。もし、その時は、迷わず首を刎ねてください」


 俺は、そう口にした。

 今にも震えそうな喉を必死に抑えて。


 死にたいわけがない。

 ここで死んで良いわけがない。

 まだ俺は茉莉ちゃんへの責任を果たしてはいない。


 だが、もしかしたら俺はもう終わっているのかもしれない。


 もう、すでに体内にウイルスが侵入し、どうにもならない状況なのだとしたら。

 俺は茉莉ちゃんに許しを請いながら、死ぬしかない。


 本当に極低い可能性で良いなら、俺がここでゾンビ化し、南小のコミュニティを巻き添えに全てを沈めたとして、時間が経てば、例えばこの世界を救う勇者様が全てを治してくれる可能性もある。

 だが、それは夢物語の類だ。それを望むほど、俺は現実を直視できてないわけじゃない。


 もし俺が感染していたら、それは俺のミスだ。

 だから、ミスの責任くらいは自分で取るべきだ。

 少なくとも、今の俺はそう思う。


「……そうか。上杉くん。それを聞いて、安心した」


 いまだに体が満足に動かせぬ俺だが、口だけは動くようになった。

 そんな俺の意思を伝えれば、杉井さんは痛ましそうに目を伏せる。

 代わりに、松川さんが大声で言った。


「みんな聞いていただろうか! 彼は現在、ウイルスに感染している可能性がある!」


 松川さんの声は、この教室にまだ残っていた面々を動揺させるに足る響きがあった。

 この教室にいるのは、先ほどあの規格外の化け物の強襲を受けたばかりの人たちだ。

 そんな人たちの前で、その化け物を殺した人物が感染している可能性があると言えば。



「そ、それは、はやくなんとかしろ!」


「そ、そうよ! 私たちを守るのも探索班の役目でしょ!」


「彼の頑張りは分かるが今は話が別だ! 適切な処理を頼むぞ!」



 彼らは、恐怖に突き動かされたように、そう口々に叫ぶ。

 言いたいことはこうだ。


『ゾンビになる前に、俺を殺せ』


 そんな状況を作った、杉井さんと松川さんの二人に、俺は渋い顔を向けざるを得ない。

 これもまた、探索班が実権を握るための工程だろうか。

 最後の最後に利用されたと思えば腹も立つが、それでも俺のミスが原因と思えば、仕方ないと思ってしまう自分もいる。


 だから、その直後に松川さんが大声で言ったことに、虚を突かれた。



「皆の意見はわかった! ではこれから! 彼を我々のダンジョンに案内したいと思う!」



 松川さんの決定に、口々に処分を求めていた人々の口がぽかんと固まった。

 今、なんと言ったのか。

 ゾンビになるかもしれない、俺を、彼らのダンジョンに案内しようと言ったように聞こえた。


「な、何をいっているんだ! 彼はゾンビになるのだろう! だったら、今すぐに息の根を止めるしか!」


 年若の男性が叫ぶ。

 そんな男性に、松川さんがさらに大きな声で言い返す。


「ゾンビになるかはまだ分からない! だから、治療が可能か否かを確かめるためにも、まずはダンジョンに案内し、ダンジョンに弾かれるかを確認しなければならない!」


 後から詳しく説明されることだが。

 どうやら、ダンジョンの入り口は、完全に呪腐魔病に犯されることが決まった人間を弾くようにできているらしい。

 だから、感染しているかどうかが不明な人間は、ダンジョンを使えばその判別が可能なのだと。


 だが、松川さんの言葉に、怯みつつも反論を返す男性。


「なっ!? 彼は部外者だろう! 部外者にみすみすダンジョンの場所を教えるなど!」


 俺をダンジョンに案内するネックはそこだろう。

 杉井さんとの約束はあるが、それがすでに通っているとまでは思えない。

 本来は怪物戦での功績を持って、俺のダンジョン入りを認めさせる算段だったのだから。

 だから、現時点で、そういう反対意見が出るのはわかる。


 そんな反対意見を、松川さんは一蹴した。


「あなた方が言ったはずだ! 彼の頑張りに報いつつ早急に適切な処理をすべきだと! であるなら、今は最善を尽くすべきだ! 彼の感染がわからぬ以上! 早急にダンジョンに案内する必要があると分かるだろう!」


「ち、ちが、そういう意味じゃ!」


 松川さんの声に気圧されつつも、男性は反論の言葉を述べようとする。

 自分が言いたかったことは、すぐに殺すべきということで、ダンジョンに案内しろという意味ではないのだと。


 だが、そんな反論が形を成す前に、今度は黙って話を聞いていた杉井さんが松川さんに代わって声をあげた。



「おかしなことを言うようだ? 君たちを守るために戦った我々探索班の協力者を、ダンジョンに案内するのに何を躊躇う理由がある?」


「理由も何も、そいつはこのコミュニティの仲間じゃないんだろう! ダンジョンはコミュニティの仲間だけのものだ!」



 ダンジョンを案内して良いのは、コミュニティに所属するものだけ。

 男性は、それが言外のルールであると語った。

 だが、杉井さんはそんな彼に、唇を歪めるほどの笑みを向けた。



「コミュニティの仲間か! 確かに! だったら私はあえてこの教室の方々に問おうか! 先ほどの怪物を見ただろう! あの怪物を前に、時間を稼ぐため単騎で120秒の足止めを成功させ、命がけの鬼ごっこで奴を罠に嵌め、あまつさえ誰一人動けなかった場面で一人、君たちの命を助けるため飛び込んだ上杉くんと!」


 杉井さんは、そこでちらりと俺を見た。

 今までの彼からは想像できないほど、優しさと申し訳なさを混ぜたような顔だ。

 だが、それも一瞬。すぐに今までの冷酷そうな顔になって男性を見る。


「この教室で! ろくに避難もできずに探索班の足を引っ張り! 今も一人の英雄の生存とちっぽけなダンジョンの露呈を天秤に掛けて彼を殺そうとする人間と! どちらが果たしてコミュニティに有用な人間なのか!」


 いや、避難ができなかったのは探索班が直前まで情報を絞ってたからでもあるよね。

 と、俺はちょっと思ったがもちろん口には出さない。

 杉井さんは、普段の彼からは想像もつかないほど大仰に、男を睨む。

 そして、最後に判断を松川さんへと戻した。


「松川。俺はあえて言うぞ。ここで上杉くんを切り捨てようとする人間全員と、上杉くん一人なら、俺は上杉くんを選ぶべきだと思う。彼らはコミュニティの仲間らしいから、コミュニティにとって最善の行動なら喜んで死んでくれるだろうよ」


「っっっ!?!?」


 これまで聞いたことのないほどの、ひどく冷たい声だった。

 俺を殺せと言っていた人々が、杉井さんの冷徹な決断に恐れ慄いているのが伝わる。

 おそらく、杉井さんは本気で、俺を殺せと言っている彼ら全員を殺しても良い、くらいの気持ちで言っていた。


 だが、それがおそらく杉井さんが自分に課した役割なのだ。

 人情派で優しいリーダーと、冷酷で無慈悲なサブリーダー。

 今までずっと守ってきたそのルールに従って、杉井さんはそんな意見を松川さんへと具申する。


「どうする松川」


「…………」


 松川さんへと話が戻ったところで、先ほどまで俺を殺せと言っていた急先鋒の男性が媚びるように言った。


「ま、松川さん。じょ、冗談だよな? 俺たちはコミュニティの仲間なんだ。部外者を優先して俺たちを、なんて、そんな」


「そうだな。俺は貴方たちを殺すような選択はしない」


 松川さんの言葉に、男性は露骨にホッとした表情を見せる。

 だが、彼は気づいているのだろうか。

 言った松川さんの顔は、ニコリとも笑っていないことを。


「だが、杉井の意見には賛同する。上杉くんは、俺たちのコミュニティ全てを救ってくれた恩人だ。そんな彼をダンジョンにすら案内しない、と言うような『コミュニティの安全を乱す輩』がいるというのなら」


「…………ぇ」


「俺は、彼らを力づくでもコミュニティから『追い出す』くらいのことはすべきだと思う。これは探索班の総意と思ってくれて良い」


 松川さんは、そこまで言い切った。

 俺一人と、俺のダンジョンへの入場を拒む全員を秤にかけても俺を選ぶと。

 それも、探索班の総意という言葉まで使って。


「ば、ばかな。そんなことをしたらコミュニティが」


 それでもコミュニティの何かしらの意見を言おうとする男性に、横からすっと杉井さんが割って入る。


「コミュニティが存続できないというのなら、今日、このコミュニティは壊滅する運命だったという事実をもっと重く受け止めるべきだ。どのみち、このままでは我々は持たない。改革は必要なんだ。それを邪魔する輩は、探索班は力づくでも排除する。覚えておけ」


「っ」


 男性はついに顔を真っ青にして黙り込んだ。

 彼だって怪物の脅威を間近に見た一人なのだ。

 今までの平和が、決して何かに保証されたものではないと知ってしまった。

 その事実を横に置いて、このままの現状維持を訴えることの無謀さは、彼自身がよく知ってしまっている。


「あ、あの! それよりも、彼を早く治療してあげてください!」


 南小の面々が黙りこくっている中、そう声をあげた女性がいた。

 さっき、間一髪のところで俺が助けた女性、その人だった。


「ダンジョンの場所が部外者にバレることが怖いのはわかりますけど! 彼は私たちを救ってくれた命の恩人じゃないですか! そんな彼を真っ先に恐れるなんておかしいですよ! だから、はやく!」


 彼女がきっと、一番俺の人外じみた能力を見て怖かったはずなのに。

 それでも、俺の身を案じるような声をあげてくれたことが。

 少しだけ、俺の胸に暖かいものをくれた。


 女性の言葉に、他の人は何も言えなくなっていた。

 彼女だけじゃなく、この教室の人間は多かれ少なかれ、俺が救ったことに変わりはない。

 その事実を今更、重く受け止めたみたいに。



「では、上杉くん。念のため、君がいつゾンビ化しても良いように拘束だけはさせてもらう。そして万が一の時は」


「ええ、大丈夫です。万が一の時はそのまま首を刎ねてください」


「……すまない」



 松川さんは、そう俺に頭を下げて、俺の手を軽く紐で縛り、口に布をかませる。

 怪物の死体の暫定処理は完了したようで、あとは他の探索班に処理を任せるらしい。

 というわけで、俺の足にはまだ全く力が入らないため、二人に肩を貸される感じで、俺たちは静かに歩き出した。



「それじゃ、これから君を、我々のダンジョンに案内しよう」



 目的地は、今までその存在が秘され続けていた南小のダンジョンだ。




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