第86話 思い違い
気配察知の感によると、裏門の周辺にゾンビの姿はない。
まぁ、もう少し索敵範囲を広げればポンポン引っかかるものは居るのだが、現状ではこちらに気づいているものはいないので良い。
(外では無音で行動するぞ)
(了解です)
もとよりそのつもりだったかもしれないが、念のため共有しておいた。
これから行うのは、想定されるホームセンターの怪物の誘導ルート、その下見だ。
(とりあえず、遭遇予定地点からぐるっと回ってみようか)
(最初は北上でしたね)
裏門のバリケードを崩すことなく、伸びた木から音もなく外に出た俺とクミンは、そのまま脳内に描いた周辺の地図と照らし合わせながら道を確認する。
想定される遭遇地点、および誘導ルートは事前に確認してある。
俺たちは、点在するゾンビの気配から隠れながら、ゆっくりと地形の把握に努める。
まず、見張り役が屋上から覗いていれば、以前俺が奴と遭遇した橋の上あたりから発見することができる。
そこから校舎にたどり着くには、走っておよそ2分弱。
なので、たどり着く前に急いで橋の方へと北上し、奴に見つかるのが初手。
といっても、校舎でのんびり待機している理由もないので、下見が済んだらその後は近くで待ち構える形になるだろう。
ここで奴を学校に近づけ過ぎていると、俺一人よりも校舎にいる大勢の人間の気配に惹かれる可能性が高まるので、気の抜けない場面だ。
で、無事に引きつけることができたら、ぐるりと回り込むように怪物を引きつけながら学校の正門へと向かう。
校舎に近づけ過ぎないのはそうだが、同時にここで俺がしくじると奴の行動が読めなくなる。
のんびりしていては怪物に追いつかれるし、早く動き過ぎてゾンビに見つかりすぎると今度は敵が増える。
それでも自身の生存を最優先に動かざるを得ないので、ある程度のおまけは織り込み済みで動くしか無い。
最悪、誘導に失敗した場合にも、俺とクミンのどちらかはその状況を南小に伝えねばならないだろう。
なお、数少ない怪物との交戦情報によると、ゾンビよりも生者の方が狙う優先順位が高いというのは、ほぼほぼ確定だとか。
だから、どれだけゾンビを引き連れても、怪物がそれらを狩って帰る可能性は低い、と考えられる。
誘導にかかる時間は読めないが、怪物発見の報があったら即座に、サポート担当が正門のバリケードをいつでも開けられるように待機する。
バリケードの開放は、俺が引き連れるゾンビのみならず、正門前に屯して居るゾンビを招き入れる行為にもなる。
だから、遅過ぎず早過ぎず、ちょうど良いタイミングでのみバリケードを開放し、同時に怪物の目を盗んで閉鎖する仕事。
地味で、危険な仕事だ。
もちろん、現在は──あまりこう言いたくないが──ゾンビの間引きを行なっているとのことだが、それでも気づけば正門には集まってきてしまうとか。
間引き。
助かる可能性のある呪腐魔病患者を、俺たちは自分が生き残るために率先して殺す。
世界がこんな状況であっても、ふとした瞬間に吐き気が来そうだ。
俺はまだ、隠密技術のおかげでその必要性に迫られたことがないが、それもいつまでかは分からない。
(やっぱり、ダンジョンのモンスターを倒すのとは、わけが違うよな)
ダンジョンのモンスターだって、もちろん全く抵抗がないわけではない。
特に最初にゴブリンを倒した時とか、手が震えていたのを今でも覚えている。
だが、それでもモンスターはモンスターだ。
倒したらEPの粒子となって消える。
設定を行えば体の一部を食料としてドロップするらしいが、今の俺が試すわけもなく、体は全て消えてしまう。
だから、モンスターが生き物という実感は無いに等しい。
もちろん、テイムスキルで曲がりなりにも会話できている時点で、その割り切りもどこか間違っているとは思うのだが、体感はどうしようもない。
地上のゾンビ──呪腐魔病治療薬を投与すれば治るだろう人々とは違う。
そして俺は、その治療薬がダンジョンの五階層で手に入ることを知ってしまった。
治る人を、自らの手で殺す。
手に残るだろう感覚が、一段重くなってしまった。
(どう言い繕っても、殺人だよな)
(それでも上杉さんは、自分と茉莉ちゃんのために動くと決めたんですよね?)
(ああ。だから、迷わないよ)
クミンの心配するような声に、頷きながら返す。
きっとクミンは、俺と違ってゾンビを殺すことには躊躇わないだろう。
彼女といくらか会話を交わし、理知的な部分も見ているが根っこはモンスターだ。
弱肉強食、力こそが正義、モンスターらしい思考の一端は感じられる。
とはいえ、そういう観点から俺に意見を投げてくれるのは、俺が俺自身を見つめ直すのに有用だから、ありがたいことに違いないのだが。
ただ、彼女の言葉に従い続ければ、立派な、生存のみを目的とするモンスターになれる気はしている。
もっとも、だから俺がクミンを忌避することもない。
それが彼女の個性というだけだ。
何より、有用性の観点で言えば絶対に切れない存在である。
(そういえば、情報収拾の結果はどうだった?)
少しだけ意識して話題を変えた。
クミンはそれに気づいたのか否か、とくに反応もせず返事をする。
(他派閥に関しては、事前に聞いていた情報の通りでしたね。言葉の端々から、現状への不満が漏れていました)
(例えば?)
(『探索班はもっと物資を真面目に集めろ』とか『ダンジョンの開拓を真剣にやれ』とか『ステータスがあるなら子供だからと守る必要がどこにある。むしろ大人が管理して運用していくのがコミュニティに必要なことだろう』とか。まぁ、積極的賛成の方々らしき意見はこんな感じです)
クミンからもたらされた情報に関しては、うーん、と思ってしまう。
どんな仕事に就いている人間なのかは知らないが、一番命をかけている探索班を下に見たり、子供を平気で使おうという思考なのはいただけない。
まぁ、クミンの存在に気づかずにうっかり漏らした発言なのだろうから、多少過激になっているのは否めないだろうが。
(反対派の方々は『探索班の意見はわかるがまだやれることはあるはずだ』とか『まだショックから立ち直っていない子供に力を与えるのは危険すぎる』とか『あいつらは自分が楽をすることを考えている人間の面汚しだ』とか、まぁ、心情的に反対しているけれど、現状がまずいという認識はあるみたいでした)
反対派に関しては、積極的なそれと消極的なそれがいるので、一概には言えないだろうが、子供たちを利用するという点に関しては、俺も心情的に苦しいので言い分がわからないこともない。
とはいえ、まだやれることがあってどうにかなるなら、探索班も賛成派には回らないだろう。
怪物のおかげで活動範囲が制限される中、ゾンビ化の危険を被りながら物資を集めるのも限界はある。
ホームセンターが解放されて野菜が育てられるようになれば少しは変わることもあるだろうが、いずれ彼らもダンジョン攻略に本腰を入れねばならない時はくるだろう。
その時、どうあがいても働き手を増やさなければ、立ち行かなくなるだろうな。だから、将来的に子供の力は借りねばなるまい。
(結論としては、このまま探索班に恩を売りつつ協力していくのがベストかな)
(ウチとしては、上杉さんが無茶をしないならそれでいいかと)
(無茶はしないって)
クミンの刺すような忠告に、心の中で苦笑い。
(っ!)
と、そんなことをしている横で、ゾンビの気配を感じ、俺は急停止してあたりを伺う。
誘導ルート上のゾンビは、そこそこ居る。
本当なら、今のうちに『殺して』しまうのが、正しい選択だろう。
そして、その選択を行えるという実感は俺の中にある。
スキルの『正心』は、その行動を肯定している。
それを行なっても、俺は俺でいられると、そう語りかけてきているみたいに。
(やりますか?)
(……いや、それでも、できれば殺したくない)
(……わかりました)
クミンの提案に、散々悩んだが、俺はそちらを選んだ。
そうなると、ゾンビを少しでも音で誘導し、いざという時に鉢合わないよう遠ざけておくことくらいしかできない。
ゾンビの気配をうまく動かし、遠ざかっていく背中を見て俺はホッと息を吐いた。
そう。俺はゾンビが遠ざかることに、感情として安堵している。
それは、殺さずに済んだというだけではなく、戦わなくて済んだという感情にもよるものだ。
実は今、少し不思議を感じている。
ダンジョンよりも、地上の方が『恐怖』の感情が正しく働いている。
敵の強さとしては、外を歩いているゾンビよりスケルトンの方が強敵だと思うのに、感じる恐怖はゾンビの方が数段上なのだ。
攻撃を食らったら一撃でアウトという点は確かにあるが、それにしたって、あまりにもあからさまに『怖い』。
ダンジョンの中に長時間いると、次第に恐怖が薄くなっていくのではないか、なんとなくそんな予感がしている。
ダンジョンの中の俺は、どう考えても、少し無謀が過ぎた。
慎重であれと自分に言い聞かせる機会すら、どんどんと少なくなっていた。
なぜだ? なぜ俺は、そうなっていた?
それが今、その事実が、今、無性に怖い。
(クミン。ダンジョンのシステムってやつは──)
俺が、ふと浮かんだ疑問をクミンに投げ掛けようとしたところだった。
(っっっ!?!?)
(えっ!!!??)
俺とクミンが、そろって気配察知からの『反応』に体を強張らせる。
俺は即座に『護刀・鍾馗』を召喚できるように神経を張り巡らせ、クミンは俺の背後をかばうように位置取りして、俺に疑問を投げかける。
(上杉さん! この気配は!?)
(想定外だ!)
俺たちの位置は、間も無く誘導ルートをぐるりと渡って正門にたどり着くかというあたり。
小学校から見ればホームセンターから離れた南西のあたりだ。
そして、その反応は、そのさらに西の方から、確実に近づいてきている。
ゆっくりと歩くような速さで、だけど迷いなく淀みなく、まっすぐと。
この、南小のコミュニティに向けて、おぞましげな気配を振りまきながら。
(思い違いをしていた。俺たちは奴がまっすぐに学校に向かってくると思っていた。ルートの選択なんて、そんなものは奴の『自由』だったというのに!)
俺はストレージからマッピングツールの方眼紙と筆記具を取り出し、マス目も無視して即座に書きなぐる。
(クミン! これを急いで学校に!)
俺は、メッセージをしたためて、クミンへと投げる。
彼女は顎のハサミで器用に紙を受け取り、訊ね返した。
(上杉さんは!?)
クミンの咎めるような勢いの問いかけに、俺は苦笑いを返すしか無い。
(書いた通りだ。2分稼ぐ)
(っ! 死なないでくださいね!)
言って、クミンは即座にその場を音もなく走り去った。
後に残された俺も、気配に立ちはだかるように、可及的速やかに走る。
多少、ゾンビに発見されるかもしれないが、些細な問題だ。
間に合わなければ、俺たちは作戦に失敗する。
そして俺は、上がったステータスのおかげでほとんど息を切らさぬまま、そいつの前に立ちはだかった。
正門へと続く小道のど真ん中。
周囲から、のそりのそりと近づいてくるゾンビが見えるが、そちらに必要以上に気を張ってはいられない。
「許可のないお客様の立ち入りは、禁止なんだよな」
足が恐怖でガクガク震えそうになる。
乾いた口から、なんとかこぼした軽口も風に消えそうだ。
つまり俺は今、紛れもなく恐怖している。
なにせ、奴に『見つかった』のはこれが初めてで、狙われているのも初めてだ。
ずんぐりとした体躯に、ぶよぶよの肉で作ったような体。
そして、頭から触手のように伸びている三本の腕。
口から漏れる奇妙な、おぞましい叫び声。
「うううううるるるるううるうるうう!」
ホームセンターの怪物が、正しく俺を標的と定めてそこに立っていた。
クミンに託した伝言はこうだ。
『かいぶつ、正門。2分。Aたのむ』
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明日は決着まで五話分一気に投稿します。




