第85話 最終確認
先ほどの号令のあと、サポート班は即座に部屋を出て行った。
この後、怪物に拠点が割れたことを他の派閥にも共有しながら、先ほど述べていた作戦準備に取り掛からねばならないらしく、時間が押している様子だ。
一方、残った俺たち五人は、一つの机の前で顔を突き合わせる。
「改めて、今回作戦に参加して貰う上杉くんだ。知っての通り、武器の提供者であり、同時にダンジョンの先駆者でもあり、俺たちより高レベルのステータスも持っている実力者だ。若いからと見くびることのないように」
改めて集められた戦闘班、そのリーダー達の前で松川さんに他者紹介される。
俺は改めて「よろしくお願いします」と頭を下げ、その面々の様子を伺う。
この場にいるのは俺を含めて五人。
松川さん、杉井さん、俺、そしておそらく探索班二班と三班のリーダーだ。
知らない顔の人は両方が男性。というより、この場に集まったのは全員が男性だった。
おそらく探索班のほとんど、あるいは全員が男性なのだろう。
「探索班第二班の竜胆だ。前衛として前を張らせて貰う。よろしく頼む」
男性のうち一人は竜胆と名乗った。
松川さんも筋肉質な体型だが、彼もまた体が大きく、フィジカル強者の風格を漂わせている。
今回融通した武器は、ステータスの癖の関係で剣を多めにしてしまったが、彼のような人には斧の方が似合いそうだった。
「探索班第三班の柳だ。弓兵を率いらせて貰うことになっている。今回、武器を融通してくれて本当に助かった。心から礼を言うよ」
続いて挨拶をしてくれたのは、竜胆さんとはまた違う、細めの引き締まった体格をした、切れ長な瞳が印象の男性だった。
松川さんよりは杉井さんに似ているタイプだが、杉井さんより背が高い。長身で、引き締まった印象がある。いわゆる細マッチョ体型だろうか。
この柳さんが、今回の作戦における弓班のまとめ役。つまりは、遠距離攻撃の要の一つを担うとのこと。
余談だが、弓を手にした彼らが訓練もなしに弓を扱えるのか、という問題に関しては、がっつりとシステムのアシストが入るとのことだった。
つまり、救済ジョブで弓兵の職業を得た時点で、ステータスが自動的に弓をどうすれば扱えるのかというのを、頭ではなく体に叩き込んでくれるらしい。
この、覚えてもいないのに武器が使えるという状態は恐ろしさを感じもするが、スキルがそもそもそんなものだ。
今更ダンジョンの底知れなさが一つ増えた程度で、驚くほどじゃない。
「念のため、松川だ。前衛班は俺が仕切らせてもらうことになっている」
「杉井だ。魔法を使う班の指示と、全体への指揮号令を担うことになる」
俺に共有する形で、松川さんと杉井さんも続いた。
基本的に、松川さんは前衛で壁となり、全体的な指揮は杉井さんが取る形にしたようだ。
まぁ、相手の攻撃に神経を集中しなければならない前衛が、背後を含めた全体に指揮を飛ばすのは無理筋だから、合理的な判断だろう。
「自己紹介は済んだな。それじゃ、今回の作戦のすり合わせ──の前に、説明しておきたいことがあるな」
簡単な自己紹介を終えたところで、松川さんが俺を見る。
「上杉くん。二人に彼女を紹介したいんだが構わないかな」
「大丈夫です。ちょっと待ってくださいね」
流石に、同じ戦場に立って背中を預ける──には背丈が違いすぎるかもしれないが、とにかく同じ場に立つ相手なのだから、紹介は必要だろう。
万が一、新手のモンスターだと思われて攻撃されたら目も当てられない。
ということで、俺は現在絶賛諜報活動中のクミンへと声をかける。
(クミン。今、作戦会議中で、ちょっとメンバーに紹介したいんだけど大丈夫かな?)
(大丈夫です。情報は十分集まりましたので、後で共有しますね)
どうやら、クミンはこの短期間で、他の派閥の居所を突き止めて情報収拾を済ませてしまったらしい。
……俺より優秀な忍者してるなこのアリさん。
(じゃあ、一旦茉莉ちゃんの元に送還してから、再度召喚するよ。準備は良い?)
(いつでもどうぞ)
(了解。送還:クミン)
と、了承を得たところで、俺はクミンに一度、口寄せの送還を試みる。
手応えがあって、彼女との繋がりがちょっと飛んだのを肌で感じた。
「準備は良いそうなので、喚び出しますね。口寄せ:クミン」
口寄せに至っては、しっかりと口頭で唱える。
先ほど応接間にて口寄せしたときと同じように、ぼわんとした煙が現れたあと、その中からちょこんと鎮座しているクミンが現れた。
『よろしくお願いします。お二方』
「よろしくお願いします。お二方。とのことです」
クミンがぺこりと頭を下げるのに合わせて、俺はクミンの言葉を通訳した。
唐突に目の前にアリが現れた竜胆さんと柳さんは目を剥いていたが、すぐに我を取り戻し礼を返した。
「竜胆だ。すごいな、魔法だけでも驚いていたが、こういうこともできるようになるのか、ダンジョンは」
「柳です。ダンジョンを攻略するというのは、思っていたよりもずっと大きな意味を持ちそうだね」
想像外の出来事に固まった二人であったが、クミンの丁寧な態度に幾分か緊張を和らげたようだった。
いや、それでも竜胆さんの方は警戒する雰囲気が、それなりに残って見える。
いきなりこのサイズのアリさんが現れたら、それも仕方ないか。
「このクミン氏は、実質的な上杉くんの相棒で、その戦闘能力も恐らく我々を凌駕している。今回、囮役を終えた上杉くんとクミン氏には、遊撃として我々の隙を埋めるよう攻撃を行ってもらうことになっているから、あまり彼らの世話にならないようにな」
松川さんの言葉に、リーダーの二人は重く頷いた。
今回の作戦で、俺の第一の役目は囮役。
誘導が上手く行って罠に嵌めることができ、そのあとの集中砲火で仕留め切ることができれば言うことはない。
だが、それができなければ、前衛が足止め、後衛が継続して攻撃。俺とクミンは隙を見て相手に攻撃しつつ、相手の動きを妨害することになる。
俺もクミンも、乱戦中に潜伏しての攻撃となるため、とっさに味方に攻撃されないような周知は必要だった。
「あと、クミン氏とは別に、上杉くんはスケルトンという魔物を一時的に召喚することもできるらしい。戦闘能力は我々よりは低いとのことだが、今作戦では貴重な頭数だ。また、もしものとき、彼らは我々の身代わりになる役割も持っている。繰り返しになるが、あまり彼らの世話にならないように、十分に気をつけような」
スケルトン集団は、さすがに単騎で怪物とぶつけるにはあまりにも心もとない。
攻撃力はともかく、防御力と回避力がそれほどでもないのは、俺が一番よく知っている。
だが、怪物は基本は生きた人間を狙うらしい。スケルトンを優先的に狙うことはないだろう。
だから、彼らには生まれ持ったボロの剣や弓で、精一杯俺たちの援護をしてもらう。臨機応変に。
「細かい戦術を詰めるには、我々には知識も経験も足りない。だから、意識する事柄だけ共有しよう。相手の攻撃は未知だ。前衛は決して深追いしない。万が一、相手が逃げるそぶりを見せても深追いしないでくれ。もし危なくなったら素直に下がることだけは徹底して、とにかく時間を稼ぐことだ。後衛は、前衛が稼いだ時間を有効に使って、ひたすら攻撃を打ち込んでくれ。それだけが、我々の取れる戦法だ」
松川さんの告げた作戦には、陣形がどうだとか、相手の攻撃に合わせた行動がどうだとか、そういう要素はない。
当たり前だ。この南小に集まっているのは、戦闘の達人でも、プロの格闘家でも、ましてや戦争屋でもなんでもない。
集まった中で、戦闘に対する忌避感の薄かったものたちが、率先して危険を被り前に出ているだけなのだ。
ダンジョンの攻略と、物資の探索の二足のわらじを履き、それでも、投げ出さずに二週間近く頑張ってきた彼らの、戦術の拙さをどうして糾弾できようか。
何より、俺には偉そうに言えるほど戦術の知識はない。
つい先日、立てた戦術をたった一体のモンスターに破られたばかりだし。
「簡単だが、共有事項は以上になる。各リーダーは、即座に班員に情報を通達し、戦闘班に選ばれたものはいつでも対処できるよう、校庭に集まるよう連絡して欲しい。解散だ」
そうして本当に軽い顔合わせと、役割の確認をした後、戦闘班が集まってのミーティングは終わった。
竜胆さんと柳さんは、即座に部屋を後にし、恐らく班のメンバーに情報を伝達しに行った。
最終的には班ぶち抜きでの作戦にはなるが、その前までは各班ごとに情報伝達したほうがスムーズなのだろう。
「というわけで、上杉くん。我々はこのあといつ怪物が現れても良いように、準備にとりかかるが、君はどうする? さすがに、一度家に帰ると言われたら困るところだが」
松川さんのやんわりとした物言いに、苦笑いを返す。
「さすがに、怪物がいつ襲ってくるかもわからないんですから、小学校を離れたりはしませんよ。一度、怪物を引き寄せながら正門へ向かうルートを確認させてください。その後、時間が許すなら下見をしてきます」
先ほど、杉井さんが描いた見取り図から、大まかな動きは理解した。
だが、黒板の上で描かれた軌跡と、実際の道路には大きな違いがある。障害物しかり、ゾンビしかりだ。
だから、怪物が実際に姿を表す前に、隠密しながらの下見はマストだと思った。
「そうだな。改めて説明をしよう。もっとも、小学校をぐるっと回るルートの、一つ外側を通って欲しいというくらいだが」
杉井さんの言葉に疑問を返した。
「なぜ、小学校のすぐ外側を回るのは問題なんですか?」
杉井さんの答えはシンプルだった。
「怪物が生きている人間一人より、生きている人間複数に寄ってこない保証がないからさ」
怪物の動きは未知数。索敵範囲も同様。
であるならば。
少しでもイレギュラーの可能性を減らすために、できる対策は打っておきたい。それだけだ。




