第84話 正門と裏門
クミンを校舎に放ったあと、程なくして松川さんと杉井さんの二人が応接室に戻ってきた。
「おや、先ほどの……彼女は?」
「一度外に出てもらいました。必要があったら呼び戻しますよ」
はたから聞けば『小学校の外に出ている』ように聞こえるだろう。
念のため、嘘にならない言い回しを選んでおいた。
もしかしたら杉井さんあたりは、虚偽感知とかそれ系のスキルを習得しているかもしれない。
そんな杉井さんは、ふむ、と少し唸ったあと、首を振った。
「いや、彼女への情報共有は作戦が決まったあとで構わないだろう。彼女の能力については上杉君が把握しているんだろう?」
「はい。ああ見えて、レベル14の特殊職ですよ」
「つまりその気になれば私たちを殺せるってわけなのかな。恐ろしいな」
杉井さんの言葉は、冗談とも本音とも受け取れなかった。
ただ、なにかを試されている気配があった。
だから、俺はまっすぐ言ってみせる。
「クミンは、無闇に人を襲うような子じゃないです。俺が保証します」
じっと見つめ合う俺と杉井さん。
お互いが視線をそらさぬまま、10秒近く見つめあったかと思ったところで。
「杉井。そのくらいにしておこう。上杉君。疑うような真似をして申し訳ない」
さっとその場に松川さんが割って入る。
唐突なにらめっこが終わったことに内心ホッとしつつも、目では訝しむ視線を投げ続けた。
松川さんは降参するように手を上げて、苦い笑みを浮かべる。
「今さら君を疑う気はない。俺も、それに杉井もだ。だが、万が一ということはある。万が一、君のテイムモンスターが子供を傷つけたりしたら、分かるだろう? だから」
「ええ。はい。大丈夫です。そういうことだろうと思ってはいましたから」
彼らが俺をある程度信頼してくれていることと、俺のテイムモンスターが周りの人からどう見られるかは、もはやほとんど別物の話だ。
今のコミュニティが分裂している微妙な時期に、探索班と関係のある人間が事件を起こしたら、ことである。
だから、念押しを含めて、確認したに違いない。
「不安なら連れ戻しますが」
「いや、さっきも言ったように大丈夫だ。もし連れ歩くとしても、我々の立場が盤石になってからの方が良いだろう」
今はセンシティブなので、クミンのお披露目とはいかないと。
まぁ、今は学校の壁に張り付いて聞き耳を立てている頃だとは思うが。
クミンの隠密技術は壁歩きも含めれば俺を凌ぐ。
よほどのへまをしない限り、見つかることはないだろう。
人は思っている以上に、自分の頭上を見られていないものだ。
「皆、緊急時に集まってもらって感謝する。探索班第一班の松川だ」
応接室を出て、一階にある視聴覚室のような場所に集まっているのは、俺や松川さんたちを含めて八名の男性だった。
各々が適当な椅子に座りつつ、緊張した面持ちで黒板前に立っている松川さんの方を向いている。
松川さんと杉井さんが探索班第一班だとして、各々リーダーだけなら探索班は全部で六つ。サブリーダーも一緒なら四つくらいなのかな。
「話をする前に、紹介したい人がいる。皆も名前くらいは周知していると思うが、外部の協力者だ。上杉くん、いいだろうか」
松川さんに呼ばれて、俺はそろそろと歩いて黒板の方へと向かう。
そんな俺の肩をポンと軽く叩いてから、松川さんは言った。
「協力者の上杉くんだ。彼はうちとは違うダンジョンに独自に潜っており、今回、そのダンジョンで手に入れた武具を融通してくれた。また、この後説明する作戦においても重要な役割を担って貰う。若いからと言って侮らないように」
「よろしくお願いします」
特に自己紹介の必要はないくらい、松川さんに紹介されてしまったので、俺はぺこりと頭を下げるに留めた。
途端、突き刺さってくる好奇の視線にややたじろぐ。だが、露骨に敵意を向けてくるような人はいない。
それだけで、探索班とはそれなりに仲良くやっていけそうな気がしてしまう。
「皆からの自己紹介はまたの機会にしよう。いきなり全員の名前を覚えろと言われても困るだろうしな。あとで直接作戦に加わるものたちだけ、個別に対応してくれ」
そう言って松川さんは俺を席に戻した。
そんな俺にまだ視線を向けてくる人もいるが、今が緊急時だという認識はしっかりあるようで、無闇に話しかけてくるような人はいない。
「それでは本題に入ろうか。杉井」
「わかった」
無駄話なしで、松川さんに呼ばれた杉井さんは、彼の隣につく。
だが、こちらを見ずに、黒板にさっさと絵を描き始めた。
それはこの小学校を上から見た見取り図である。
「さて、今さら説明するまでもないが、今日の午前中、ホームセンターの怪物に、この小学校の存在が露見した。ここまでは良いな?」
「…………」
「よし。昨日まで行ってきた周辺の地理の調査のいくらかは無駄になったが、逆に俺たちにチャンスも訪れている。俺たちは、怪物の脅威を利用して、このコミュニティをまとめる算段を立てた」
「…………」
異を唱える者は居ない。
そのあたりの意識の共有は、俺を応接室に招く前に終わっているのだろう。
今は、状況の再確認と、俺への共有のために話しているに過ぎない。
「だが、怪物を小学校に招き入れ、そこで討伐すると言っても、問題がいくつかある。とはいえ、戦闘以外の問題については、この場で話すことはない。先ほどの取り決め通り、うまくやってくれ。1~3班までが直接戦闘、4班~6班までは避難誘導やバリケードの再構築、侵入してくるゾンビの対処だ」
「「「了解」」」
皆が一様に頷いた。
どうやら、この場には第六班までいるらしい。ちょっと疑問が解けた。
で、探索班のおよそ半数を、戦闘以外の部門に回すということだ。
「それで、直接戦闘を行う12名についてだが、これも事前に通達した通りだ。弓兵5名。魔法使い3名。前衛4名。なお、怪物と戦うことになる前衛と弓兵には、良い武器が配られる。喜ぶのは良いが、はしゃぎすぎて命を落とさないように気をつけてな」
「…………」
松川さんの言葉も、ちょっと冗談なのか本音なのかわからなかった。
少なくとも、ここに集まっている人から笑い声は漏れなかった。
「ここまでは良いとして、本題だ。我々は現在、怪物戦を行う場所を二箇所にまで絞っている」
松川さんの言葉に合わせて、杉井さんが丸印で見取り図に印を付けた。
場所は、俺がよく使う裏門を入ってすぐのところと、正門を抜けた先にある校庭に差し掛かるところだ。
「プランAは、正門から抜けて校庭でやつを迎え撃つ。この場合、弓兵及び魔法使いは、物見櫓の上と、校舎の中から怪物を狙って貰うことになる」
杉井さんがポイントを書き込んでいく。
物見櫓は俺が正門を見に行った時に目に入るあれだろう。
戦闘予定地に程近く、上から一方的に狙える好位置だ。ただし、物見櫓そのものを破壊されないという保証はないが。
校舎は物見櫓から比べると少し遠い。ただ、櫓の面積には限界があるし、高さはそれだけで射撃武器の味方になるので、そこまで悪い位置どりではない。
また、俺のスケルトン軍団は弓兵と前衛をバランスよく四方に配置し、牽制で弓を撃ちつつ、前衛はいざというときの、人の代わりの骨壁となる。
「作戦はフェイズを三つに分ける。フェイズ1では、囮役が怪物を正門まで引っ張っていき、うまくやつを校舎に誘い込み、土石魔術で用意した落とし穴へと誘導する」
この囮役が俺になる。
やつをうまく校庭に作成する落とし穴まで誘導するという重要な仕事。
途中の正門については、可能なら壊さずに開いて誘い込むとのことなので、そのタイミングはゾンビ、怪物、ともに無防備になる最大の危険ポイント。
うまく気配を探らせて、怪物を惹きつけられるかが勝負どころだが、奴の索敵能力はそこそこ高いはずだ。
問題は、俺が引っ張っている途中で、他の南小の人間や、街中のゾンビに惹かれたりしないかという点。もしそうなったら、プランBに移行するだろう。
「落とし穴に怪物が落ちたらフェイズ2、遠距離火力と地雷型の魔法火力で相手に何もさせずに殲滅を目指す」
そして、フェイズ2の初手最大火力。
俺のマインもCPをふんだんにつかって落とし穴に仕掛けておくつもりだ。
敵の体力がわからない以上、出し惜しみはなし。
ここで仕留められなければ、辛い戦いが待っている。
「そしてフェイズ3、もしそれで仕留めきれなかった場合は、前衛が詰めて相手を撹乱しながら足止め、遊撃火力隊、および遠距離火力隊が、やつを仕留め切るまで粘る。作戦と言うほどのものでもないが、フェイズ3まで来たら苦しい戦いになるのは覚悟しておいてくれ」
最後は、文字通りの持久戦だ。
前衛に突っ込ませて、ひたすら奴の攻撃を避けながら撹乱。その間に、弓と魔法、そして隠密した俺とクミンがひたすら隙を伺いながら削り続け、相手が倒れるまで延々と攻撃する。
前衛の補佐としてスケルトンが付くわけだが、それでもやつが倒れるまで粘り切れるか分からない。
奴を倒せる前に三人倒れたら、こちらを無視して帰還を選ぶ可能性もある。
先行きの見えない苦しい戦いが待っているだろう。
「続いてプランB。正門への誘導ができない場合。奴を招き入れるのは裏門側になる。ただし裏門側には正門側と違って落とし穴を作れる土がない。よって、中途半端だがフェイズ2から入ることになる。この場合、正門側に待機している面々の再配置が完了するまで、囮役には一人で粘って貰う可能性もある。十分に注意してくれ」
「了解です」
正門への誘導が失敗した場合──つまりは、奴を落とし穴に引き込めなかった場合はプランBになる。
これは、囮役を失敗した俺が、撹乱しながら時間稼ぎをする役に代わり、他の面子が配置完了するまで耐える。
その後、合図とともに俺が引いて集中砲火。のちに正門側と同じように、前衛にスイッチしての耐久戦。
ようは、落とし穴の代わりを俺が務めることになる、危険たっぷりのプランだ。
当然ながら、可能な限りやりたくない。
前回遭遇した時と比べて、速のステータスが大幅に伸びているので、見つかったらおしまいとまでは行かないと思う。
だが、だからと言って、当たれば死ぬような攻撃を避け続けて時間稼ぎなんて、命がいくつあっても足りない。
だから、俺の仕事は細心の注意を払って、奴を正門側におびき寄せることなのだ。
「現状の作戦はこんなところだ。ただし、奴の動きは未知の部分が多く、この通りに動かない可能性は十分に高い。各々、想定外の自体が起きても決して慌てず、慎重に、臨機応変に行動してほしい」
正直に言えば、行き当たりばったりの部分が多い作戦だが、そもそも、決戦の舞台を小学校にする予定ではなかったのだ。
もしここで戦うつもりであったら、最初からバリケードの構築や、地形の整理など、できることはたくさんあったはずなのだから。
「もし、誘導がうまく行かなかった場合は、校舎の外で戦う方が良いのではないですか? バリケードをうまく利用して、遠距離から攻撃できるならその方が良いかと」
そう質問を投げかけたのは、名前を知らない探索班の男性だった。
松川さんはその質問に苦しい顔をしながら答える。
「もちろんその方が良い可能性はある。だが」
「だが、他の派閥に怪物の脅威を見せつけるには、校舎から直接見える場所で戦うのがベストだ。バリケードを破壊される可能性も高い。破壊されたバリケードで脅威を見せるというのも手ではあるが、今回は、バリケードをあえて使わず、おびき寄せる方向で行きたいと思っている」
「……了解」
杉井さんが質問の答えを引き継ぎ、男性はその答えに一応の納得を見せた。
探索班の面々もこの作戦が、むやみに校舎を危険に晒すというのに割り切れない思いを抱えているのだと分かった。
それでも、今後コミュニティを存続させるためには、怪物を利用すると決めたのだ。
部外者の俺はその決定に、粛々と従うのみである。
「他に質問はないな? では、改めて直接戦闘班と、サポート班に別れて作戦のすり合わせを行おう。あとどれくらい時間があるのか分からない。可能な限り急いでくれ」
松川さんの宣言で、戦闘班とサポート班が別れる。
俺が向かうのは戦闘班の方だろうな。




