第83話 人間らしい行動を
二人がクミンを前に大袈裟な反応をしなかったので、そのあとの武器の引き渡しはスムーズだった。
予定よりも人員が減ったことで、武器をそのまま引き渡しても余りが出るはずだが、「予備はいくらあってもいい」とのことだ。
ボロボロの武器であろうと、無いよりはあった方がいい。
特にこんな状況では。と。
「しかしそうか。弓の矢は別売りか。考えたら当たり前ではあるんだが、これは仕事が増えるな」
弓の引き渡しの際に、俺は実際の利用には別売りの矢が必要であることも伝えた。
今は喫緊で必要かもしれないので、俺がチマチマ作っていた石の矢を提供する。もちろん、借金ならぬ借EPに加算した。
「だが、これで作戦の見通しは立った。前衛は奴の動きを妨害しつつ回避を優先、攻撃は遠距離をメインに作戦を組み立てよう。ギリギリだが、間に合わせる」
杉井さんは、弓を握りしめて少しだけ硬い表情を崩す。
絶望の中に希望を見た、そんな表情だった。
だが、それも一瞬で、すぐに表情を引き締め直すと俺に告げた。
「早速で悪いが、これらの武器を今すぐ探索班に分配したい。その後、暫定的な作戦を共有するから意見を言って欲しい。では、少し席を外させてくれ。松川さん」
「ああ。すぐに戻ってくる。そのあと、作戦会議と行こう」
言うが早いか、松川さんと杉井さんは武器の束を抱えて応接室を出ていく。
唐突に、俺とクミンは応接室に残される形になった。
こんな状況に、部外者を一人残して大丈夫なんだろうか。
俺への見張りというか、警戒はどうなんだろうと気配を探って見ると、数人、一応という程度の注目度でこの部屋を監視しているのがなんとなくわかる。
だが、彼らは同様に誰かがこの部屋に近づくのを警戒しているふしもある。
他の派閥の人間が不用意に俺を刺激するのを恐れている感じか?
ここで無闇に出歩いてダンジョンの入り口とかを探そうとするのは、心象が大分悪そうだな。
「クミン」
『ウチが偵察に出ますか?』
俺が声をかけると、同じことを考えていたらしいクミンが即座に答えた。
(ここからは念話で話そう。一応、俺が気にしていることを共有しておくな)
松川さんと杉井さんが席を外している隙に、俺はクミンへとお願いをしておく。
(俺はさっきの二人に協力する方向で進めるつもりだ。ただ、二人を盲目的に信じるつもりにはなれない。だから、クミンが動いて、この学校の調査をして欲しい。他の人の話を聞いてきてくれないか?)
俺が外に出るのは、二人が戻ってきた時に言い訳が立たない。
だが、クミンであれば、ここから消えても俺が送還したと言えばいい。
最悪、どこかでクミンが見つかったとしても、そこでクミンを即座に送還すればなかったことにはなる。
ちなみに、口寄せによる召喚と送還についての検証は行ってある。
召喚は常に、どんな場所にいたとしても自分の近くに呼び出す。
そして送還は、前回召喚を行った地点に戻す。
だから、今ここでクミンを口寄せしておけば、クミンをいつでも好きな時に小学校に送還することも可能だ。
まぁ、茉莉ちゃんのそばにいつでも戻せる状況をわざわざ更新するほどの理由もないが。
というわけで、小学校にわざわざ足を運んだ今、得られる情報は今のうちに集めておきたい。最悪、ダンジョンの入り口の場所を知れたら、いざというとき何かの役にたつかもしれないし。
(わかりました。でも、ちょっと意外ですね)
俺の指示を受けたあと、クミンが言葉を付け足した。
(意外って?)
(上杉さんの行動がです。というより、純粋に疑問なんですが聞いていいですか?)
クミンの言葉に、俺は真面目な気配を感じて彼女に向き直る。
クミンは、昆虫らしい冷ややかな視線で俺を見ながら尋ねた。
(上杉さんが、ここのコミュニティに協力的になる理由はなんなんです?)
協力的になる理由?
尋ねられて、少し言葉に困る。
というか、わざわざ説明することなのかと思った。
(そりゃ、この共同戦線は俺に利があるのが一つ。それに追加して、こんな状況だからな、俺に無理がない範囲で、人間のコミュニティには生き残ってもらいたいだろ)
一つは単純に、戦力として。
ホームセンターの怪物の強さは未知数だからこそ、同じ敵と戦う仲間の存在はありがたい。
多少俺の持ち出しが多くても、後で食料なりEPなりでちゃんと帰ってくるのだから、協力しておくことに間違いはない。
もう一つは、人間らしい行動として。
このゾンビが溢れてしまった、終わった世界だ。
それでも人間らしく生きようとする彼らに、できるだけ協力したいというのは、人として当然だと思ったから。
ただ、クミンはその理由を聞いてもピンと来ていない様子だった。
(前者は分かります。でも後者は、そこまでですか?)
(……どういうこと?)
(ダンジョンに潜るのを優先している上杉さんと、人間らしさを大切にしようとする上杉さんで、解離してませんか?)
(…………え?)
クミンの追及に俺は言葉を詰まらせた。
だが、彼女はさらに言葉を重ねる。
(ダンジョンに潜っている時の上杉さんって、言い方は悪いけれど、楽しそうです。でも、地上で人間らしくしようとしている上杉さんは、少し、無理をしているように見えます)
(……無理なんて、してないよ)
(でも、ずっと笑ってないですよね。地上に来てから)
俺はそっと自分の頬を触った。
緊迫した状況だから、笑顔がないのは当然だった。
だが、貼り付けたような、営業スマイルみたいな顔がたぶんそこには浮かんでいた。
(上杉さん。改めて聞きますけど、このコミュニティはそこまで重要ですか? 最悪を言えば、ウサギ肉が取れるダンジョンさえ無事なら、人は居ない方がスムーズじゃないですか?)
クミンは、モンスターらしい合理性で言った。
現状、俺があれこれ協力しているのはホームセンターの怪物と、共に戦うからというのが一番。
だが、それが済んだ時、ウサギ肉を集めるにも人の目を気にしないといけない状況が残るよりは、いっそのこと──そう、クミンは言っているらしい。
(……クミン)
(すみません。言い過ぎました)
極論だ。
極論で言えば、ダンジョンさえあればコミュニティは無くてもいい。
自分で集める代わりに、取引で向こうに集めてもらうというのは、時間を考えれば利点は大きい。
だが、諸々の取引の煩雑さと、自分でウサギ肉を集める手間を天秤にかけても、極論で言えばそうなってしまう。
だから、俺は自分自身に問いかけてみる。
このコミュニティを、自分を犠牲にしてまで助けたいと思えるか?
答えは、ノーだった。
俺は俺と茉莉ちゃんが一番大事だ。
そこは譲らない。
では、どこまで助けたいと思えるのか?
現状は、できる範囲で協力すべきだと思う。
ただ、ここの『言葉』は重要だ。
たぶん『したい』ではなく『すべき』だ。
俺は、自分からこのコミュニティを守りたいと思っているのではなく。
人間らしい行動として、コミュニティに協力しようと決めているだけだ。
それが、自分の人間としての理性を守る行動だと、心では無く頭で思っているから。
茉莉ちゃんをテイムするしないで悩んだ時と一緒だ。
俺は、自分が人間であるために、このコミュニティを利用している。
自分の中で、そう答えが出た。
(それでもクミン。俺は人間だ。だから、俺はここを守ることにする。俺はまだ、善にも悪にも、振り切れる気がしない)
(分かりました)
俺の中で漠然としていた理由を明確に定めた。
別に、俺はここのコミュニティの個人個人を、言うほど大切には思っていない。
思えるほど、接触していないから仕方ない。
それでも協力すると決めた。
人間らしいあり方を守ると決めた。
これは、コミュニティのためではなく、俺が俺であるための決定だ。
(でも上杉さん。人間らしくありたいと願うのなら、ダンジョンに呑まれないように、気をつけてくださいね)
クミンは、そう言葉を残し、応接室を後にする。
少し窓を開けて、そこから外に出た。
壁歩きの技能がある彼女は、校舎の壁沿いにどこへでも向かっていけるのだ。
ある程度情報が集まったら、送還して再度召喚すれば良い。
余計なCPは食うかもしれないが、必要経費だ。
「ダンジョンに、呑まれる……か」
クミンが去り際に言った言葉が気になった。
さっき、俺は地上よりダンジョンの方がよっぽど心安らぐ、なんて思ってしまった。
ダンジョンなんて、二度と戻るかと思った場所だったはずなのに。
茉莉ちゃんを助けるために、潜ると決めた場所が。
どうして、地上よりも安らぐと思える場所になるというのか。
命の危険は、どちらも変わらないというのに。
「ダンジョンは、いったいなんのために出来たんだ? どうして、人を招き入れようとするんだ?」
この世界でゾンビが、人類の脅威なのは変わらない。
ただ、だからといってダンジョンが人類の味方とも限らない。
むしろ、死の危険がある世界へと人を誘おうというのならば、本質的にはゾンビと同じ、人類の脅威である可能性も、否定できない。
「気をつけるべきなんだ。クミンの言葉通り。目的のためにダンジョンに潜るのは良い。でも目的もなくダンジョンに潜りたいと思い出したら──人間から外れ始めているのかもしれない」
俺が知らないだけで、ダンジョンにはそういう『何か』があるのだろうか。
人を、奥へ奥へと誘う、何かが。
人間らしい行動を。
そう心がけるべきなのは、むしろダンジョンの中でこそ、なのかもしれない。




