第81話 悪いお知らせその3(特大)
「ちなみに、松川さんたちのスタンスをお聞きしても良いですか?」
俺が尋ねると、松川さんと杉井さんは一度目を合わせる。
双方頷くと、その話は杉井さんが引き継いだ。
「私たちは、さっきの言い方で言うなら、消極的な賛成派だね」
消極的な賛成。
つまり、小学生に仕事をさせるべきだと積極的に声を上げはしないが、それもある程度やむなしと思っている、というところだろうか。
話を聞いている限りだと、俺もこの考え方になるかな。
「反対派が口にする懸念は分かる。我々は良い大人だからこそ、子供は守るべき存在だという気持ちもある。そもそもまだ立ち直っていない子も多い中で、分別のつかない子供に力を与える危険性も高い。だが、それでも」
「それでも、水や燃料の不足はどうしようもない、ですか?」
「……そうだ。現状、火炎魔術や氷水魔術を手に入れた人間が精一杯回してはいるが限度がある。成長によって量が増えても焼け石に水。直接戦闘に関わらないで済む仕事を子供に割り振るのは、仕方のない妥協ラインだと考えている」
杉井さんの苦い表情からも、やはり積極的に賛成したいわけではないことはわかった。
俺の《闇夜と死の徒》に内包されている虚偽感知だかのスキルも、全く発動する気配がない。
偽らざる本音らしい。
「基本的に、物資の探索などを行なっている探索班は、だいたいこの派閥に所属していると思ってくれて良い」
「現実を一番見ているからですかね……」
「違うとは言い切れないな……」
外の世界と、ダンジョンでの食料確保などを積極的に行なっているのが探索班──もとい戦闘組だろう。
彼らが一番、現実的な目でこのゾンビワールドの現状を認識している。だから『言ってもどうしようもない』という気持ちで、子供達を利用しようとする立場に立っているのだと思う。
「積極的な賛成派は、先の恋人がゾンビになった女性など、若い人間たちが多いな。彼らは『こんな世界なのだから全員が仕事をするべきだ。しっかり管理すれば子供も戦力になる以上、遊ばせていないでダンジョン探索にも積極的に向かわせるべきだ』とまで主張している」
「一理はあるように聞こえますね」
「言っている彼らが、探索班所属ではないという点を考慮しなければね」
松川さんが細かい補足を入れた。
それは、説得力がだいぶ怪しくなるな。
皆が協力し合わなければという理念は分かるが、実際にどのようなジョブに適性があるか、本当に戦闘が行えるのかなど、それはもう個人個人に依る。
戦闘が明らかに向いてない人を、戦士として前に出そうとするのは本人も、仲間も不幸になる未来しか見えない。
俺だって、本来なら戦闘なんて行いたくない派閥だし。
「逆に反対派は、子供の居る保護者や、学校の教員などの大人が多い。彼らの主張は『現状ショックから立ち直れていない子供達も多く、彼らに何かをさせるのはあまりにも時期尚早だ。最悪、パニックが発生して二次災害三次災害の誘発の危険性もあるし、なにより子供達の気持ちを一番に考慮すべきだ』という感じだな」
「子供に寄り添って考えようという気持ちは理解できます」
そう。彼らはきっと立派な大人だ。
子供達を守るために、声をあげることが悪いことだとは言えない。
「潤沢な物資があれば、俺たちもこちらに付きたいところなんだがな」
松川さんの補足が再度入る。
同感だ。俺だって子供を積極的に使いたくはない。
ただ、その余裕がもう残されていないという現実を直視しなくちゃいけない。
特に水や燃料の確保であれば、直接戦闘をさせるわけではないのだから、しっかり地に足がついている子であれば考慮の余地はあるはずだ。
言い方は悪いが、子供達を守ってくれる社会秩序や法律などはどこにもないのだから。子供だからと、厳格に区別して考えるのは限界がある。
「というわけで、そういう連中がピリピリしている状況でね。今は小学校内の空気が悪く、校内の見回りに人員を割いている始末だ」
「本末転倒ですね……貴重な人員を」
「まったくだよ」
杉井さんがそう締めくくり、深いため息を吐いた。
特にそういう人員は探索班から割かれているようなので、二つの主張がより現状を困窮させるという悪循環なようだ。
と、子供を魔法使いにするしないという話で、ふと思い出した。
「そういえば、先ほどは聞き流したのですが。ゾンビ化した四人には魔法使いがいなかったとか?」
「うん? そうだな」
「それはつまり、ゾンビ化した人間は、その人がもともと持っていた魔術などを扱える、ということなんですか?」
「…………その可能性が高い」
杉井さんの声は重苦しい。
もともと明るい感じの人ではないが、今日はずっと沈んだ声しか聞いてないぞ。
「私たちの仲間の魔術師がゾンビになった例はまだない。だが、今回の件でゾンビになった男は、明らかに戦士のスキルを使ってきたんだ。マトモな対人訓練などしていなかったから、大きく遅れをとってこのザマさ」
「もしかして、スキルを食らっても呪腐魔病に感染するとか?」
「現状それはないな。基本的に感染の主要因は噛みつかれることだ。また、傷口に奴らの血や体液などがかかっても感染する。それ以外は、今はまだ感染は確認されていない」
その言葉に俺はひとまず胸を撫で下ろした。
ただ、あくまでひとまずの域を出ない。
ウイルスを誤ってテイムしようとした際、俺は魔術と化した感染攻撃を実際に食らっているのだから。
ウイルスがこの先どう進化するのか分からない以上、過信だけはするべきじゃない。
「と、話が逸れたな。とりあえず、悪いお知らせは残り一つだったか」
俺が脱線させた話を、松川さんが戻した。
ここまでの二つもなかなかヘヴィーな話だったが、さらにもう一つあったのだ。
「実はこれが直近で最も悪いお知らせでね。実はこの件のせいで、今日君を迎えに行くのが遅れたと言っても良い」
「……そう言われると、あんまり聞きたくないんですけど」
「はは。これが一番君に関わる話だから聞いておいたほうがいい」
言われて、覚悟を決める。
このコミュニティの悪い現状まで赤裸々に話しておいて、まだ先があるというのだ。
一拍おいて、松川さんが言った。
「おそらく、今日、ホームセンターの怪物に、ここのコミュニティの存在がバレた」
「…………それは」
「つまりこの小学校は、奴にいつ攻め込まれてもおかしくない状態になってしまった」
やっぱり、あまり聞きたくない類の悪いお知らせだった。
「……今この瞬間に攻め込まれる可能性もあると?」
「そういうことになる。とはいえ、今は屋上からホームセンター方面を見張っているから、動きがあれば即座に知らされることになっている。現時点では特に動きはないらしい」
松川さんはそう言うが、あまり悠長に話をしている場合ではないだろう。
俺は少しの苛立ちと焦りでもって言葉を返す。
「悪いお知らせとかもったいぶって話している場合じゃないじゃないですか! はやく武器を──」
「待ってくれ上杉くん。さっきまでその話をしていたのは理由があるんだ」
焦る俺に待ったをかけたのは、杉井さんだった。
彼は、努めて冷静に、声を抑えながら説明する。
「現状、怪物にこの場所がバレたと知っているのは、我々探索班だけだ。なぜバレたのかについては今は重要じゃないから割愛する。重要なのは、この事実を、積極的賛成派や反対派への切り札にできることだ」
「……手短に説明を」
「迫る危機に対して対抗できる集団というのが、この状況では一番発言力が強い。ホームセンターの怪物については情報共有はされているが、実際の恐ろしさまでは浸透していない。だから、この状況を利用したい」
「……まさか誘い込むつもりですか? 学校に?」
正気か? と口にはしなかったが伝わったことだろう。
状況が切羽詰まってしまった以上、これまで考えていたように戦いやすい場所に誘導して、罠を張って、という戦法の一部は使えないのは分かる。
だが、だからと言って、ここに怪物を引き込むのは、危険すぎる。
「危険は承知の上だ。ただ、今のコミュニティが分裂している状態を正すには劇薬が必要なんだ。この世界の脅威を実際に見せ、それを我々探索班が中心になって倒す。それができれば、このコミュニティをまとめ上げることもできるようになると踏んでいる」
杉井さんは、口ではそんなことを言いつつもその表情はやっぱり苦しそうだ。
「小学生はどうするんですか?」
「ダンジョンに避難させる。もちろん人も割く。だから動かせる人員は減る。加えてゾンビ騒ぎでもさらに減った。あとは怪物を招き入れた後にバリケードを塞ぐ要員も必要になる。はっきり言おう。前回説明してあった人員より、よほど少数で、不利な状況で戦うことになる」
「………………具体的には?」
「上杉くんと、私たち探索班合計12人というところだ」
「戦力半分以下ですか」
とんでもない船に協力を約束してしまった。
さっきのゾンビ化騒ぎで人が減ることは予想していたけど、半分以下とは。
それでも、俺がクミンと二人で挑むよりはよっぽどマシなのだから、なんとも言えない。
ただ、恨み言だけは言わせてもらいたい。
「貸し一つで良いですよね?」
「約束する。ああ、借りばかりが増えていくな……」
最後の決定権はやっぱり松川さんにあるようで、もう今日だけで見慣れそうな苦い顔で、はっきりと頷いた。
どうしてこうなったのだろう。
もともと、ここのダンジョンをちょっと利用させてもらえれば、それでいいと思っていただけなのに。
こうまで世界が悪い方向に転ぶなんて、やっぱりゾンビワールドよりダンジョンの方がよっぽど居心地がいいじゃないかと思ってしまった。




