第77話 情報の対価
『随分と、迂闊なことをなさいましたね、上杉様』
端末くんの静かな声に、俺とクミンは揃って気まずそうに頭を下げた。
先ほどのテイムの件があった直後、俺たちは急いでダンジョンの中にとんぼ返りした。
直感的に、部屋にこのままいるのは不味いと思ったのだ。
茉莉ちゃんを放置することになったのが最悪に心残りだったが、彼女がダンジョンに入れない以上は置いていくしかなかった。
そうして、地上に向かったと思った瞬間にはダンジョンに戻ってきた俺たちに対して、端末くんが訝しげな声をかけ、事情を話したところで冒頭のセリフだ。
『現状は、理解されていますか?』
現状、という尋ね方だが、意訳すれば『先ほど何が起こったのかを理解しているか?』という意味だろう。
理解、と言われると少し怪しい。
だが、少なくともこういうことだろう、という推測はできる。
人間であるにも関わらず発動したテイムスキル。
繋がった直後の異常な反応。
それと比較しての、茉莉ちゃんの変わらなさ。
たどり着く結論は一つだ。
「先ほどのテイムスキルは、呪腐魔病のウイルスに繋がった」
『その通りです。ダンジョンの外のログは常時取得はできませんが、上杉様の登録情報から確認した限り、それが事実です』
端末くんは、俺の考えを肯定した。
『テイムスキルは、元来ダンジョンが管理しているモンスターに使用することを想定したスキルです。裏を返すと、ダンジョンが管理していない生物には作用しない、はずでした』
「はず?」
『以前お知らせで、ウイルスは魔力に順応しステータスを獲得した、とお伝えしていたと思います。このステータスを獲得した方法は、人間や人間のペットを想定した正規アクセスではなく、ダンジョンのモンスター管理システムを流用したものだったということです。つまり、ウイルスは自分たちを『モンスター』だとシステムに誤認させて、ステータスを獲得した、ということです」
「だからテイムスキルが通ったと?」
『状況からしてそういうことでしょう」
「なんだか、まるであれだな」
だったということです。状況からして。
まるで、今までウイルスがステータスを獲得した理由が、わかっていなかったような言い方だった。
『その点に関しては、上杉様に感謝せねばなりませんね。実はダンジョンのシステムは、断続的にウイルスからクラッキングを受けていました。被害らしい被害はほとんど受けていませんでしたが、その経路の特定には至っていませんでした。今回、上杉様の行動によって、ウイルス側が不正に取得していたIDに関する情報が一部獲得できました。これにより、ダンジョンのセキュリティの強化および、ウイルスのクラッキングに対する攻勢防壁の構築が可能となるでしょう』
「もしかして、ダンジョンって水面下でウイルスとバチバチやってたのか?」
『ダンジョンの外ならともかく、ダンジョンの中にまでウイルスが干渉することを、我々は認めていませんので』
割と衝撃の事実であった。
ウイルスは単純に人間に感染していただけでなく、コンピュータウイルス的な能力を有して、ダンジョンのシステムにも攻撃をしかけていたというのか。
『今後、ウイルスに対する防御システムが更新されるとともに、テイムを用いたウイルスとの接触は行えなくなるはずです』
「それは、良かった、のか?」
『良かったでしょう。事実として、ダンジョンに戻ってきた上杉様は呪腐魔病が発症する直前でしたので』
「は?」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
だが、それに対する端末くんは、淡々とニュースを読み上げるように説明する。
『ログによると、上杉様がテイムを行った瞬間から、ウイルスは半自動的に状態異常魔法による反撃を行っています。上杉様の所持している称号『混沌と孤独の同胞』による状態異常耐性上昇の限定的発動、および『護刀・鍾馗』の能力『対魔』による魔法軽減効果によって抑制されていましたが、繋がっている間はずっと攻撃を受け続けていました』
「…………そういうことか」
俺がテイムを行なった瞬間から感じていた吐き気にも似た不快感は、決して俺の心理的な負担によるものだけではなかったらしい。
だから、テイムを切った時に、その気持ち悪さはふっと無くなったのだ。
『ただ、防御が発動していても凄まじい勢いで、上杉様が獲得している抗体が攻撃されていました。上杉様がダンジョンに戻るのがあと280秒遅ければ、発症していた可能性があります』
「うそだろ」
『残念ですが、事実です。だからこそ、最初に試したのが上杉様で良かった。もし、耐性のない方であれば、我々が事態を把握することはなく、いつまでも対策ができないままだったかもしれません』
俺の想像よりも、ずっとギリギリの危ない橋を渡っていたと聞かされて、背筋が凍りそうだ。
ダンジョンの中にも外にも危険がいっぱいだと認識していたつもりだったが、ただ、テイムを試してみるというそれだけの行動が、まさか即死に繋がる罠行動だったとは、思ってもみなかった。
『ご、ごめんなさい、上杉さん、ウチ、ウチが迂闊なことを』
話を聞いていたクミンは、人間だったらおそらく顔を真っ青にしているだろう力無い声で俺に謝る。
実際、それを提案したのはクミンだった。
彼女もまさか、そんなことになるとは思っていなかっただろう。
「大丈夫だクミン。言っただろう? これは俺が俺自身の意思で選んだことだ。クミンが気にすることじゃない」
『でも』
「もし気になるんなら、その分、働いて返してくれたらいい。俺たちの関係はそういうもんだろう?」
『…………はいっ』
クミンはまだ引きずっている様子ではあるが、それでも前向きな返事をした。
当初の想定とは違ったが、クミンに勧められてではなく、俺自身の意思で選択肢を選んだのは、良かった。
クミンを必要以上に傷つけなくて済んだ。
『それと上杉様。今回の件について、ダンジョンのシステムより報酬がございます』
「はい?」
俺とクミンのやりとりを空気を読んで見守っていた端末くんが、唐突に不思議なことを言った。
「報酬? 俺は別にそんなもん貰うようなことはしてないけど」
『先ほど言ったように、上杉様の行動は結果的に我々にも利をもたらしました。その報酬として、ダンジョンより、以下の三つのうちから一つを選んで受け取る権利が与えられることに決まりました。罠などはございませんので、どうぞご自由にお選びください』
唐突に、捜査にご協力いただいてありがとうございます、みたいなノリで報酬が渡されると決まった。
思わず面食らってしまったが、その内容を見てまた固まってしまう。
『
1.現在レベルよりレベルが1上昇する分のEP
2.ボーナスステータスポイント、2ポイント
3.現時点で解禁されていない攻略情報、一つの開示
』
どれも、ちょっとしたおまけというには魅力的な報酬であった。
1は現時点で言えばEP2000であり、ここでぽんと貰えたら想定外の強化ができてしまう。単純に美味しい。
2はステータスの上昇幅は1に比べて少ないが、レベルによらないステータスの強化は、最終的なステータスの上乗せに繋がってくる。
長い目で見れば1よりも優先度が高い。
そして3は。
3だけは、異質であった。
「攻略情報というのは、なんでもいいんだよな? このダンジョンで食用に適したモンスターが出てくるのは何階層かとか、はたまたゴーレムに有効な攻撃方法は何かとか」
『かまいません。本来であれば答えられない情報も、今回に限り一つだけ答えられます』
そうなると、3には1や2とは比べものにならない価値が生まれる。
即物的には何も手に入らないが、その代わりに俺たちが進む道しるべになりうる報酬だ。
「クミン」
『ウチからは無いですよ。上杉さんが思うままに選んでください』
クミンから、背中を押すような言葉をかけられる。
何でも尋ねられる。俺の心臓はドクンドクンと高鳴っている。
「参考までに聞きたいんだけど、俺が今、四階層以降に関する何かを聞いたら、端末くんは答えてくれるかい?」
『ダンジョンの攻略情報は、あなたの攻略進度に応じて解放されます。とお答えするでしょう』
「ああ。そうだよな」
このダンジョンのシステムはそういうものだ。
だから、俺たちは一つ一つ手探りで進んでいかないといけない。
先に何が有るのかわからぬまま、それでも希望があると信じてダンジョンに潜っている。
その希望が、明確な形になるのだとしたら。
先ほど突きつけられた、悪意ある現実に抗う光になるのだとしたら。
俺は、その光に手を伸ばさずにはいられない。
「端末くん。俺は3を選ぶ。そして質問はずっと前から決まっている」
『……お伺いします』
端末くんも、何を尋ねられるのかわかっている様子だった。
あるいは、ついさっきわかったところかもしれない。
そもそも、俺がこの報酬を受け取るきっかけになったのは。
俺が、茉莉ちゃんを少しでも救おうとした結果なのだから。
「呪腐魔病を治療する『何か』を手に入れる方法を教えてくれ』
尋ねた質問に対して、端末くんは初めから答えを用意していたように、静かに言った。
『呪腐魔病治療薬は、このダンジョンの五階層『吸血鬼の森林樹海』に存在するボスモンスター『吸血鬼ラベンダー』を討伐し、彼女の有する宝物庫の所有権を手に入れることで、宝物庫より回収できます』
第五階層。
今の俺にはまだ遠く……それでも想像していた最悪よりもずっと近くに、光はあった。




