第75話 そして地上へ
「ついにここまで来たか……」
『最終回みたいな雰囲気出してますけど、ただ入り口に戻って来ただけですよね』
俺の感慨深い声に、クミンは冷ややかに答えた。
そう言われればそうなのだが、俺としては一週間ぶりの地上なのだから、そういう気持ちになるところも汲んで欲しい。
というわけで現在地はダンジョン一階層入り口。
地上とダンジョンを繋ぐ地獄の一丁目である。
異次元のゲートが鎮座しているそこの前で、俺は端末くんに声をかける。
「それじゃ端末くん。よろしく頼む」
『かしこまりました。ご注文の品でしたらご用意できております。2055EP相当を使用し、武具と引き換えて本当によろしいですね?』
「OK」
俺が要件を告げるまでもなく、端末くんはすでに予約していた武具の類を用意してくれた。ツーカーの仲である。
ちゃんとした弓が五本──は、忍者型スケルトンと戦うときに事前に引き換えてしまった。
残るは、ちゃんとした剣、および斧が合計6本と、杖やナイフなどの数合わせ。
しめて23個の武器を、端末くんはEPから現物へと引き換えてくれた。
「こう見ると壮観というか、一人じゃ持ちきれないよな」
EPの粒子が実体化したことにより床にごちゃっと並べられた武器の数々は、まぁ、はっきり言えばめちゃくちゃ場所を取っている。
この一本一本をリュックにつめて持ち帰ると考えると、リュックの容積と俺の筋力の双方が不安になるレベルだ。
だが、成長したストレージであれば、刃渡りの短い武具はしまえるサイズになっている。
小物はストレージ一つ分に収納し、そこからはみ出る弓や剣などは、適当に縛って動かないようにしてリュックに詰め込むことにした。
武器を持って帰る前提であれば、それを運搬するための準備をしておくべきだったと少し後悔する。
剥き身の剣をリュックに背負って歩くの怖すぎだった。
「最後に、ステータスを確認させてくれ」
『かしこまりました。こちらをどうぞ』
地上へと戻る前に、俺がここで鍛え上げたステータスを確認しておく。
──────
上杉 志摩
召魔忍者
レベル10
所持EP:20
HP155/155
CP117/126(使用中141/267)
力:23
魔:36
体:16
速:35
運:26
【所持スキル】
[パッシブスキル]
悪臭
【セットスキル】
[パッシブスキル]
《闇夜と死の徒》 神出鬼没 ストレージ(極小) 石工
[アクティブスキル]
強打 目星 測量 火炎魔術(中級) 土石魔術(中級)
簡易鑑定 アライメント鑑定 テイム サモン
口寄せの術 武装召喚
【称号】
『屍鬼を喰らいし者』
『闇夜と死の徒』
『混沌と孤独の同胞』
『魔道の探求者:序』
【テイムモンスター】
『クミン』(迷彩アリ)
【登録武具】
護刀・鍾馗
──────
スキルに関しては、新規取得したもののうちいくらかは複合スキルの中だ。
そして、武具の登録というやつを行なったことで、俺はドロップした忍者刀をいつでも武装召喚で呼び出せるようになった。
この登録料はコストCP1であった。金とんのかよくそったれ。
ついでに、実際の武具として登録したのは鍾馗だけだが、他にも色々な登録武具が俺のストレージには入っている。
それは主に、俺が土魔術で作った忍具の数々である。
ざっくり言えば、俺の魔術を元に作った物質は、基本的に俺のモノという認識になっているらしい。
だから、俺は自分で石工のパッシブスキルを取り、自分が求める形をした石の忍具の数々を作っていたのだから。
あと、装備している防具のぶんのステータスは、しれっと上乗せされている。
ステータス画面では、自分がどんな防具を装備していて、どれくらい防御力が上昇しているのかは一目ではわからない。
端末くんに聞けばおおよそのことは教えてくれるのだが、曰く『防御力は目安でしかなく、数値で認識し、それに頼った瞬間に人は命を落とす』と言って詳細までは教えてもらえてない。
まぁ、あくまで防御力とはHPを保護するための数値。
本当の致命傷は、防御をすり抜け、HPを貫通していく。
防御軽視で進めるつもりではないが、過信しないためにも具体的な数値というのは出さないようにしているのだろう。
ついでに、クミンのステータスは、前回の大強化大会から特に変わっていないので今回は割愛する。
「それじゃ、俺たちは行くぜ端末くん」
『はい。お気をつけて』
自身のステータスを再確認し、荷物のチェックも済ませた俺は改めて端末くんに別れを告げる。
端末くんには、俺たちの目的も今後の予定も伝えてある。
もしかしたら、もう二度と戻れないかもしれないことも。
だからだろうか、いつもは事務的に終わる端末くんとの会話を、今日は珍しく端末くんが繋いだ。
『上杉様。一言いいでしょうか?』
「なにかな?」
珍しい呼び止めに、俺は端末くんの言葉の続きを待つ。
端末くんはしばし逡巡したあとに、こう告げた。
『どのような状況でも、あなたは生き残る術を考えられる人です。だからこそ、絶望的な状況でこそ、冷静さを忘れないように』
「……なんか怖いなぁ。了解」
怖いなぁと思ったが、同時にこういう声かけは自分の生存フラグな気もした。
どんな状況でも、冷静さを忘れない。
ふと、召魔忍者になったときに習得した『正心』というスキルを思い出した。
俺は正しい道を進む。
今はその決意だけで十分だ。
「それじゃ、今度こそいってくる」
『呼び止めて申し訳ありません。それでは、お気をつけて』
端末くんとしばしの別れを済ませ、俺は待たせていたクミンへと向き直る。
クミンは少しスリープモードだったのかもしれないが、俺が目を向けるとそんな様子は微塵も感じさせずにハキハキと言った。
『行きましょうか上杉さん』
「ああ。行こうクミン。俺たちの平和を勝ち取りに」
ちょっとクサいセリフを言ってみたが、特に茶化したりはされなかった。
まぁ、そもそも茶化すほど的外れなセリフでもない。
ダンジョンの中は平常運転だが、地上はすでに死の世界なのだから。
『帰還の意思を確認しました。EPの結晶化を行います。お疲れ様でした。上杉様。外の世界でもどうぞお気をつけて』
「やっぱり、少し肌寒いか?」
ダンジョンのゲートから、自分の家へと戻ってくる。
久方ぶりの家は、相変わらず少しだけひんやりしている。
春のうららかな陽気には今しばらく時間がかかりそうだ。
『ここが上杉さんの世界……ってものすごい散らかってますよ!?』
俺に少し遅れて部屋に現れたクミンは、感想もそこそこにそう突っ込んだ。
まぁ、それはさもありなん。
「この前まで使ってた鉄の棒あるじゃん? あれ、そこのモニターとかゲームとか載せてたやつの足なんだよ」
『ああ、だからそんな無造作に寄せられてるんですね』
俺の家は現在、玄関のバリケードを構築するために分解したあれこれだの、武器を調達するために分解したメタルラックだののせいで、ちょっとばかし散らかっている。
それでも、安らぐと言えばそんな気がするから自室というのは不思議なものだ。
「うぅぁああ」
「……茉莉ちゃん、ただいま」
俺たちの出現から間も無く、人間の存在に気づいた茉莉ちゃんは、ベッドの上からうめき声をあげた。
俺の挨拶に続いて、じっとクミンが茉莉ちゃんの姿を見やる。
『はじめまして。って言っても通じないですよね。でも、はじめまして。茉莉さん。クミンです』
クミンは、俺にだけ通じる言葉で茉莉ちゃんに挨拶した。
実際は、アリさんの口からは物音一つ出ておらず、故に茉莉ちゃんが反応することはない。
彼女はクミンに目も向けず、ひたすら俺に噛みつこうともがいているだけだ。
「ごめんなクミン。治ったら改めて挨拶してくれると思うから」
茉莉ちゃんに代わって俺はクミンに謝罪する。
『それは、大丈夫ですよ上杉さん。それで今後の予定はどうですか?』
「ああ。待ち合わせ時間は特に決めてはいないが、これからすぐに俺は南小へと向かうつもりだ。そのあと、松川さんたちに事情を説明してクミンを口寄せする。その時、ストレージに入りきらなかった武器は一緒に抱えてきて欲しい」
自室についたなり、早速床に落としたリュックをちらりと見て、俺はクミンに願う。
口寄せの検証は、ある程度は済んでいる。
基本的に、距離によって消費するCPに変動はない。
クミン本体と、クミンが装備している、持っているアイテムなどは同時に口寄せされる。
送還するときも、同様のアイテムの移動ができる。
お判りだろうか?
口寄せの術は、簡易的な物資輸送術式としても利用できるというのが結論だった。
正直に言うと、これを松川さんたちに情報として明かすかは、すごく迷った。
クミンの存在もそうだが、二地点間での瞬間物資輸送はこのゾンビはびこる世界ではあまりにも大きな意味を持つ。
ぶっちゃけて言えば、クミンを拠点に置いて、俺が探索に出る形なら、CPが許す限り無限に物資の移動ができてしまうことを意味している。
だが、現実問題として、俺一人がその情報を握っている価値もそう高くない。
俺はダンジョンに潜るのが目的であって、物資の輸送で役立ちたいわけではない。
だったら、ここは南小に情報提供という名の恩を売っておいて、この先のウサギ肉の供給に繋げた方がいいかと判断したのだ。
クミンとの契約内容でもあるウサギ肉の安定確保は、この先の冒険には必須事項なのである。
「と、いうわけなんだけど、何かあるのかな?」
ひとまず地上での行動を整理したところで、俺はクミンが考え込んでいることに気づく。
というか、クミンの表情(最近触角の動きでなんとなく読めるようになってきた)には、どことなく困惑が浮かんでいるようだった。
「クミン? 気になるところがあるのなら、言って欲しいんだけど」
『……うーん。じゃあ、言いますね』
俺に促され、クミンは迷いながら、はっきりと言った。
『上杉さん。どうして、茉莉さんに対してテイムを試さないんですか?』
「……え?」




