第73話 地上へ向かう準備を
『ウチが言いたいこと、わかりますね?』
現在、迎撃モードに突入したゴーレムからなんとか逃げ果せたところ。
四階層の入り口……端末くんの前の、とりあえずゴーレムの素材にはならなそうな床の上で、クミンが言った。
昆虫らしく、恐ろしく温度のない声であった。
「…………」
『わかりますよね?』
「はい」
答えは沈黙かな? と思って黙っていたら、さらに声の温度が下がって俺は答えざるを得なかった。
まぁ、言いたいことはわかる。
流石に、さっきの交渉の件で文句の一つや二つくらいはあって然るべきだろう。
『別にウチは、上杉さんがテイムにチャレンジすること自体を止めたいわけじゃないんです』
「はい」
『でも、相手の能力が未知の状態で、おまけに情報も未知のものがあったとしたら、まず最初は警戒してしかるべきですよね?』
「そう思います」
クミンの言葉に反論はできない。
さっきの俺のテイムは流石に無謀が過ぎた気はする。
冷静に考えて、俺はロボものの主人公では決してない。
一般人の俺の配役は、敵のロボに命乞いをして無残に反撃される役割だっただろう。
いや、もちろん、テイムが成功した時のリターンはとてつもなく大きかった。
それこそ、今までのテイムが失敗続きだったことを差し引いて、あまりあるリターンが望めるはずだった。
だが、結果としては失敗。
敵ゴーレムとは容易に敵対した上に、一歩間違えれば死ぬほどの反撃ももらっている。
まぁ、流石に距離がある上に機動力の高い俺たち二人が避けに徹したら、早々に遠距離攻撃をもらうとは思わないが。
それでも、一歩間違えればという点は変わらない。
『一緒に行動していて思うんですけど、上杉さんは少し、自分の命をかけるという行為を軽率に行いがちですよね?』
「……いや、さすがに命がけの行動をそんなに行なっては」
『命がけの賭けを積極的に選びがち、って話じゃないんです。ただ「もし間違えたら命に関わる」って行動を「間違えないから大丈夫」みたいなノリで行いがちって言いたいんです』
そうだろうか。
自分では、あまり意識はない。
少なくとも、俺は自分の命を軽率に手札にして行動したことはないと思う。
ただ、自分の命の安全を最優先に考えた行動をとっていない、という自覚もある。
いつだったか言った気はする。
ひよって逃げ腰になるくらいなら、自分の命をベットして最優の行動を選ぶ覚悟はある、と。
『もう一度言いますよ。上杉さんは、少し自分の命を軽視しがちです。今一度考えてください。もし、上杉さんが死んだら、誰が上杉さんの大切な人を救うんですか?』
「…………」
『ウチにはできませんよ。契約が切れたウチは、ただのモンスターなんですから』
自分をモンスターだと言ったクミンの言葉は、しかして最初の詰問の時よりもずっと温度があった。
ここまで言われて、何も感じないほどに、俺は鈍感でもない。
人間とアリ型モンスターという立場の違いこそあれど、個人と個人の関係でクミンは俺を心配してくれているのだ。
「悪かった。もう軽率な行動はとらない」
『口ではなんとでも言えますよね』
「手厳しいな!?」
結構しっかり謝罪をしたつもりなのに、言い返されてしまって俺は思わず表情を崩す。
だが、クミンはそんな俺の様子にクスクスと小さな笑いを漏らした。
『冗談ですよ。こうは言いましたけど、ウチはあくまでテイムモンスターですから。上杉さんの行動を止める権利はないんです』
そう言って、クミンは俺を諌める立場でありながら、一歩引いた。
俺を心配して声を上げはするが、それでも俺を止める権利を自分は持たないのだと。
『無茶をしなければならない場面はきっとあります。それはダンジョンに潜る以上間違いないです。だけど、そうじゃない場面では慎重すぎるくらいが本来は丁度いいんです。現状では、難しいのは理解していますけど』
「……悪いなクミン」
『いいえ。ウチも、話を聞いただけですけど、茉莉ちゃんには親近感がありますから』
静かに一歩引いたクミンに感謝を捧げる。
俺の行動はやや考えなしだとしても、今の俺の行動原理は全て茉莉ちゃんのためにある。
そして茉莉ちゃんを救うためのタイムリミットが明確でないからこそ、行動は早ければ早い方がいい。
その過程では、やはりどうあがいても多少の無理無茶無謀は要るだろう。
それを考慮に入れた上で、取れるだけの安全策を取るのは、テイマーのはしくれとしての義務なのだろう。
クミンの優しさに甘えるばかりでは、忍者としてもテイマーとしても中途半端な俺になるだけだ。きっと。
「あらためて言うよ。無茶はしない。だけど、無理が必要なときは覚悟してくれ。そのときは、しっかり相談するから」
『わかりました。ちゃんと相談する──そのことだけは忘れないでくださいね」
そうして、俺とクミンは改めて約束した。
どちらかが死んでしまえば終わってしまう関係だったとしても、その時まで俺たちは対等の立場で冒険できたらと、切に願う。
というあれこれがあって、ゴーレムへの挑戦は当たり前に先送りになった。
さすがに、現状の手札でゴーレム討伐のための行動を取る気にはなれなかった。
取れるか分からない大物よりは狩り慣れた獲物。これは経験値稼ぎの基本でもある。
ゴーレム戦で無駄にしたCPの補填もそこそこに、夕食までの狩りはまあまあ好調。
夕食は少し豪勢に、残していためんつゆ煮込みのウサギ肉をクミンと分け合い(めっちゃしょっぱかったが、ダンジョンの中だからかそこそこ美味しく食えた。クミンにはちょっと不評だった)、そして寝る前の狩りもこなす。
ドロップの調子もなかなか良くて、最終的に1500弱のEPを追加で手に入れることができた。
このEPのうち、450は俺の防具に回してもらい、俺は廉価版の忍者装備一式を入手する。
──────
薄汚れた忍び装束:EP150
軽く、丈夫な忍び装束。だが少しくたびれている。
隠密が必要な人間には有用な装備だが、可能であれば更新すべきだろう。
ステータス補正:体+1、隠密スキルに微補正
──────
薄汚れた頭巾:EP150
軽く、丈夫な忍び頭巾。だが少しくたびれている。
隠密が必要な人間には有用な装備だが、可能であれば更新すべきだろう。
ステータス補正:魔+1、隠密スキルに微補正
──────
薄汚れた鎖帷子:EP150
軽く、丈夫な鎖帷子。だが少しくたびれている。
隠密が必要な人間には有用な装備だが、可能であれば更新すべきだろう。
ステータス補正:体+2
──────
全部薄汚れているのは気になるところだが、実際に装備した感じではそこまで気になることもない。
いや、このご時世に忍者丸出しの装備は逆に気になるとも言えるが、少なくとも装備としての不満はない。
なにより、普段着を着込んでいるせいでステータス上は防御力0だった俺が、今や防御力20くらいになっている(らしい、端末くん情報)のだからたいしたものだ。
今ならゴブリンのナイフを食らってもほぼノーダメージよ。
なお、クミンのパッシブスキルである甲殻は、現段階で防御力40くらいはあるらしいのだが、それは聞かなかったことにした。
ということで装備を一通り揃えて、あとはスキルを流し見たが今回は保留とした。
可能であれば取りたかった、スケルトンが使っていた暗黒系の魔術は、こんな感じであった。
──────
暗黒魔術(初級):600EP
初級の暗黒魔術が発動できるようになる。
魔術は発動者が任意に開発、登録し、セットした中から選択する。
魔法のセット数、及び性能は魔のステータスの影響で変動する。
魔法の性能に応じて消費CPは変動する。(初級魔術の場合最大30まで)
──────
思ったよりは安い、という感想だったが、どうにもこれは割引されているらしい。
なんでも、闇系の称号を持っている俺は、闇への適性が高くてスキル習得費用が四割引くらいになっているのだとか。
つまりもともと1000EPくらいの魔術だということ。
俺が見たのは暗闇を作る魔術だけだが、本来はもっと多彩なデバフ系の能力が使えるようだ。
当然興味はある。あるが。ここで買ってしまうとCP回復薬を予備で持つ分がなくなってしまう。
なにより、クミンと山分けという話なのに、俺にばかり得をする買い物をするわけにはいかない。
クミンは『それくらいいいですよ』と言ってくれるがケジメは大事だ。
というわけで、忍び装備以外は全てCP回復薬に回した。
合計9個のCP回復薬Ⅱ。しめてCP450の回復が外でもできるようになった。
余ったEPは24で、初級のHP回復薬を買うくらいしかない。
とはいえ、余らせておく意味もないので、一応回復薬も買って準備は終わりだ。
「これでいよいよ。地上に戻る」
長いようで短い修行期間であった。
実際、ダンジョンの階層であれば一階層進んだかどうかも怪しいので、あんまり進捗があった実感もないのだが。
『ウチははじめての地上なので、しばらくは上杉さんの家でじっとしてます』
「さすがにそれがいいだろうな。ただ、松川さんたちとの顔合わせは必要だから、その時は口寄せで呼び出すけど」
『大丈夫です』
クミンについては、最初だけは連れ歩かないことに決めている。
単純に、モンスターを連れ歩くというのがインパクトがあるから、変な警戒をさせないため。
少なくとも、家から南小までの往復で、クミンに庇われるような危機は起きないだろうし。
万が一があれば、口寄せでいつでも呼び出す準備はできている。
「それじゃ、ちょっと早いけどそろそろ寝ようか」
『今日はCPは温存ですよね』
「ああ。暇かもしれないけど、じっと我慢していてくれ」
腕時計によると、時刻は22時過ぎくらい。
寝る時間としてはだいぶ早いが、明日からは地上での活動だ。
少し余裕を持っておく方がいい。
今夜に限っては地上でどうCPを使うか分からないので、クミンに内職は自粛してもらう。
「……それじゃ、おやすみクミン」
『はい。おやすみなさい上杉さん』
挨拶もそこそこに、クミンは見張りの位置へと着く。
俺は、クミンの作ってくれた簡易ベッドに横たわり、じっと目を閉じる。
準備はできる限りしたつもりだ。
南小コミュニティに提供する装備も、必要な分のEPは残している。
スキルは取り切れたとは言えないが、欲しいものは確保できた。
それでも、あの怪物と出会った時の恐怖はまだ背中に残っている。
「……それでも、生き残るのは俺だ」
意識して決意を口にした。
そうして、決戦前のダンジョンで過ごす最後の夜は更けていった。




