第71話 あれを食えと申すか
四階層はやはりどこまでも静かな印象だった。
通路というにはあまりにも広い道を、それでも警戒しながら進んでいく。
この階層の特徴は、通路そのものにあった。
端末の近くは、今まで見た覚えのある代わり映えのしない石床だったが、それは本当に入り口の近くだけ。
この階層では、その特徴が一新されている。
最初は石がごろごろ転がった土の道だったり、途中から岩が林立していたり、かと思えば砂にまみれた床が現れたり、枯れ木や泥のエリアがあったり。
とにかく多彩なオブジェクトが通路を彩っており、道を一つ曲がるごとにエリアが切り替わるような、そんな感じだ。
これまでの階層と違って、マッピングするにも床の特徴ごとに表示を変える必要があるだろう。
だが、俺が一番奇妙に思ったのは、そこではなかった。
「なんか、妙な感じだな」
『何がですか?」
ふいにこぼした声をクミンが拾った。
彼女は俺の少し前を、警戒するように歩いている。
「今までの階層って、ゴブリンだったりゾンビだったり……スケルトンでも多少は独特の『臭い』があったと思うんだ。それをこの階層ではほとんど感じない」
ゴブリンとゾンビは顕著だった。
スケルトンはそれらと比べると無臭に近かったが、それでもどこか心をかき乱すような『死臭』に似た何かを纏っていた気がした。
あるいはそれらは、モンスターが放つ気配を五感が敏感に感じ取っていたが故の、錯覚だったのかもしれないが。
とにかく、モンスターが徘徊している生きた気配というものが、この階層からは感じられないのだ。
『生き物の気配がない? ですか?』
「ああ。まぁ、これまでの階層でも出会ったのが生き物かと言われると微妙だけど」
そう、話していたところだった。
「っ!?」
『!!』
俺の気配察知に、いきなり感じ取れるものが生まれた。
唐突で、強烈な、あまりにも大きな気配の出現は俺を困惑させた。
(クミン)
『はい』
とっさに対話方法を念話へと切り替える。
俺の行動に、クミンもまた警戒を強める。
前方の通路。目視ができるレベルの近さ。
ダンジョンの薄暗い空間に、ポツンと浮かんでいる赤い玉。
ほんのりと怪しい光を放つ球形の何かがそこにあった。
(なんだあれは?)
気配は、その赤い玉から感じられる。
だが、この近さまでどうして俺は気づけなかった?
本当に、唐突に、電源をOFFからONに切り替えたように、その気配はいきなり生まれたのだ。
『一度離れますか?』
(そうしよう)
俺とクミンは、その気配から逃げるように離れる。
そうすると、今度はどうだ。
あまりにも呆気なく、赤い玉の気配がなくなった。
よく目を凝らしてみれば、さっきまで強烈な気配を放っていた玉は、実体としてはさっきまであった場所に依然として浮かんでいる。
プカプカと、あるいはふよふよと、風もないのに揺れるように。
怪しい光が消え、自己主張のない玉となってそこにただあるだけだ。
(本当になんだ?)
わけがわからなくて混乱する。
ただ仮説は立てられる。
あの赤い玉は、普段はおとなしく浮かんでいるだけ。
だが、一定範囲内に敵が現れると起動し、近づくと攻撃してくる。
そういうタイプの敵なのではないだろうか。
(偵察の必要があるか)
あの赤い玉が何をしてくるのか確認したい。
俺の思いを汲んだクミンがまず言った。
『ウチが行きますか?』
(いや、危険もある。せっかくだから覚えた技を使って行こう)
クミンからの申し出を断って、俺は斥候役を一人生み出すことにする。
「サモン:ゴブリン」
そうして出て来たのは、ゴブリンの格好をした影である。
消費CP10はやっぱりちょっと痛いが、安全には代えられない。
相手の手の内を探るのに、死んでも痛くない偵察隊は本当に助かる。
ついでと言ってはなんだが、ドロップアイテムを納品しなかったせいか、元からその予定だったのか、忍者型スケルトンはサモン不可である。
あいつが呼び出せたら戦術の幅はすごく広がるし、なんならなれはてたものたちともいい勝負してくれそうなのに、すごく残念だ。
というわけで、死んでもあまり痛くないゴブリンに指示を出し、ゆっくりと先ほどの赤い玉まで向かってもらう。
俺たちは、安全のため近くに生えていた大きめの岩の陰に潜む。
こそこそと様子を伺っていると、ゴブリンがちょうど、先ほど俺たちが立っていたあたりまで歩を進めた。
途端、先ほどの強烈な気配が復活した。無視できる圧ではない。
だが、俺はさらにゴブリンを近づける。
まるで警告するかのような強烈な気配に向かって、臆せず進む小鬼のせいか、赤い玉に変化があった。
その赤い玉は、ちょうど土のエリアにいた。
だからだろう。
赤い玉の周囲の地面にある土が、ずるずると赤い玉へと吸い込まれるように集まってくる。
そのスピードはとても早く、ゴブリンが距離を三歩分縮めるまでに、土は赤い玉を完全に覆ったと思えば、なおも増殖するような勢いで寄り集まっていく。
そして、数秒も経たないうちに、それは完成した。
見た目は、身長四メートルにもなる大型の人間。のっぺりとした顔の巨人。
ただし、その体は全て土で作られている。
全身を覆う土は、肉体であると同時に鎧でもあった。
ゴブリンは巨人へとためらいなく近づいていく。そういう指示しか出していない。
そしてゴブリンが、ついにその巨人の射程に足を踏み込んだ。
巨人は、大きくて長い腕を緩慢に振り上げる。
いや、緩慢に見えるのは、遠くから見ている故の錯覚だ。
実際には、相応の巨体であるがゆえに、並みの人間を凌駕するスピードで動いている。
そして、その振り上げた腕を、巨人は無造作に落とした。
プチっと音が聞こえそうなほど、鮮やかにゴブリンは潰された。
一撃で、HPの加護などなんの意味もなく、ゴブリンの影が消滅する。
そして生まれた土人形は、しばらく警戒するように周囲を見渡す。
だが、索敵能力はお世辞にも高いとは言えないらしい。
おそらく隠れている俺とクミンは見つけられなかった。
周りに敵がいないことを確認すると、満足したように土がズゾゾゾと崩れて散っていく。
後にはぼんやりとした光を放つ赤い玉がその場に残り、しばらくの警戒時間を置いて、再び電源を切ったかのように気配を消して動かなくなった。
「……ゴーレムか?」
この距離なら気づかれないだろう。そう思って声を出す。
このままだと息がつまりそうだった。
『ゴーレムってあのゴーレムですか』
「ああ。材質様々で、体の素材ごとに弱点やステータスが変動する系のモンスターだな」
ゴーレム。
主に国民的RPGに出演することで地位を築いた非生物系のモンスターだ。
体は土や石、泥や砂に金属などなど、様々な素材が使われ、素材に合わせてストーンゴーレムとかアイアンゴーレムとか呼ばれるのが習わしである。
元ネタとしては、魔術師に命を吹き込まれた人形で、一応そっち方面では有名な弱点もある。
だが、その弱点を突けない場合は、体を直接破壊するか、今回のようなコアがあるタイプはコアを破壊しなければ倒すことはできないだろう。
同時に、この階層の通路の種類がバラエティに富んでいる理由もわかった。
おそらく、あのゴーレムのコアがいる場所の素材によって、生まれるゴーレムが変わるのだ。
今回は土を素材にしているからさしずめ『クレイゴーレム』と言ったところか。
さて、その正体がわかったところで、俺は思わず言ってしまう。
「それで神様。あれを食えと申すか?」
今までのモンスターとはわけが違う。
ゴブリンもゾンビも、かろうじてスケルトンだって今まではギリギリ有機物の範疇であった。
だが今回のゴーレムは、もうどう足掻こうとも完全無欠に混じりっけなしの無機物である。
いや、コアになる赤い玉がギリギリ可食部である可能性は存在するが、絶対無理だろ?
もう食べるとか以前の話だよ。
倒せる気もあんまりしないけどさぁ!!
「さよなら、俺の食料……」
俺が捧げた祈りは、果たしてどこに消えてしまったのだろうか。
ぼそりと呟いた俺の言葉は、ダンジョンの静かな気配に溶けて消えた。
南小にてウサギパーティ開催のお知らせであった。
「さてクミン。相手の動きを見てどう思った?」
食料の儚い夢が消えた後、俺は現実に戻ってこないといけない。
まずは、俺と同じ光景を目にしていたクミンへと尋ねてみる。
『典型的な待ちタイプのモンスターですよね。自分のテリトリーに入って来た敵は相手するけど、多分逃げる相手を執拗に追う感じではないです』
「同感だ。その辺はさらに検証してみないとわからないけど」
クミンの感想は、概ね俺と似たり寄ったりだ。
敵の行動次第ではあるが、俺はうっかりため息を吐きそうになる。
何故と言われるとあれだ。
多分、ゴーレムと俺の十八番魔法のマインは相性最悪なのだ。
待ちタイプのモンスターだった場合、こちらの思うように地雷を踏ませるのは難しい。
ましてや、体が土や石でできている相手に、火がどれほど有効なのだろうか。
この階層は、今まで以上に一筋縄ではいかないかもしれない。




