第68話 石の矢
「おはようクミン」
『おはようございます上杉さん』
俺が目を覚まし、気配のあるスペースへと向かうとクミンは夜間の見張りと並行してとある作業を行なっていた。
作業スペースの台には、彼女が夜間に作っていた『石の棒』が幾重にも重なって置かれている。
「今日は、そのままで良いからね」
『はい。このまま運用予定なんですよね』
寝る前にも言ったことだが、もう一度確認しておく。
石の棒は長さ約90センチ。
この長さは、現在の俺のストレージの一辺の長さとほぼ一緒だ。
先端が大きく膨らんでいるが、全体は華奢な細い棒といった造り。
誤解を恐れずに言うなら、これは俺が試験運用するのに必要な『武器』だ。
「端末くんおはよう」
『おはようございます上杉様』
クミンの夜間の作業の成果を確認してから、俺は端末くんへと挨拶した。
端末くんもクミンと同様に夜眠ることはないのだろうが、挨拶をされたら返すくらいのレスポンスはしてくれる。
「早速で悪いんだけど、ちょっとアイテムの購入いいかな」
『CP回復薬Ⅱでしょうか?』
端末くんは勝手知ったる様子で回復薬を表示する。
ちなみにCP回復薬Ⅱは、俺が一番安い回復薬を買ってはがぶ飲みし続けていたらラインナップに追加された商品だ。
回復薬ⅠはEP30でCP15回復の効果だったが、これが回復薬ⅡになるとEP100でCP50回復になる。
回復効率は全く変わっていないが、CP回復薬の飲みすぎて腹が常時薬品で満たされていた俺にとっては、この上ない有用性であった。
だが、今日の俺の買い物はそれではない。
「その前にロングボウを5本。買っておきたい」
『かしこまりました。合計1500EPです』
「預けたEPから出してくれ」
預けたEPとは、昨日の大強化大会の前に装備購入用の費用として、先に分けておいた分を指す。
そこから1500EPを支払い、俺は弓と矢筒を五つ指定する。
『かしこまりました』
端末くんが了承し、預けていたEPが粒子となってアイテムの形へと固まっていく。
そして現れたのは、無骨という表現がよく似合いそうな大きめの弓と、弓矢をしまっておくための矢筒。
以上。
そう、弓と矢筒だけだ。
矢は一本たりとて入ってない。
「やっぱりそうなったかぁ」
空っぽの矢筒を五つ地面に並べて、俺は大きくため息を吐いた。
じつはこの可能性は読めていた。
ダンジョンのシステムに関してあれこれ考えた上で推理したわけではない。
ショップ画面を眺めていると、以下の商品が当たり前のように並んでいたから、そんな気がしただけだ。
──────
通常矢:EP60
弓兵が放つ一般的な矢。20本セット。
──────
このダンジョン、弓を使って攻撃するのにも課金を求めてくる。
EP2000を使ってスキル習得をした俺ではあるが、60とはいえ消耗品に毎回金を払わされるのは面白くない。
まぁ、俺は弓を使う予定はないのだが、問題はこれが南小のコミュニティにも掛かってくるところだ。
せっかく弓を確保したのに、矢が買えないせいで役立たずです、という場面はなんとしてでも避けたい。
そう思っていた俺に降って湧いたのが、土石魔術を使ったアイデアだ。
土石魔術の特徴は、魔術を行使して作り出した物体が、その場に残ることである。
そして、土石魔術(初級)と言えど、ちゃんとCPを込めれば土じゃなくて石くらいは作れる。その形状は、作成者の思うがままだ。
イメージが正確なら、矢の形をした石のオブジェクトも作れるわけだ。
だったら、弓矢を買うより自分で手作りした方が良くない?
俺がそう思うのに時間はかからなかった。
そして開始したのが、クミンの夜間内職プロジェクトだ。
クミンにえっちらおっちら作ってもらっていたのは、弓矢として使える石細工ということだ。
流れは単純で、まずクミンが夜間に見張り作業と並行して、余剰CPで先端が膨らんだ石の棒を作っておく。
翌朝それを回収して狩りの合間──スケルトン狩りを一周した後などに少し時間を作って、俺がそれを鉄ヤスリで研ぐ。(鉄ヤスリは探索セットの中の工具類の一種として入っていた。鉄っていうかダイヤモンドヤスリ?)
そうやって先端を尖らせた矢を、ちまちまとストックしていたのだ。
もちろん羽みたいなのは付いてないし、石材100%なので相応に重いし、矢じりの硬さも石なので矢としては微妙かもしれないが。
射程的にダンジョンの中で使う分には良いのではないか、と考えている。
この矢の面白いところは、ダンジョン内で作成したアイテムだからか端末くんに納品が可能で、納品するとEPに変換されるということだ。
クミンが一本の棒を作るのにかかるCPは2。そのあと俺が加工して出来上がった矢を納品しようとすると、もらえるEPも2。
CP回復薬分のEPを考えると赤字なのだが、余剰分のCPを使っていると思えばそう腹も立たない。
というわけで、現状、この石矢のストックは合計で100本近く溜まっている。
EPにすると240くらいのストックができている。
「よし、とりあえず、現地に向かおうか」
弓を5本購入したあと、俺はCP回復薬も300CP分購入し、エネルギー補給のためだけの朝食を済ませてから、いよいよスケルトンが待つ広間へと向かう。
この、弓と矢、そしてCPが攻略の鍵になる。
「まず確認だ。階段のある広間への道は一本。そして広間には忍者型のスケルトンを筆頭に、合計12体のスケルトンが蠢いている」
『はい』
道中でサクサクとスケルトンのパーティを二つほど処理し、俺たちは四階層への階段に向かうための広間の前まできていた。
索敵範囲ギリギリのところで中の様子を伺えば、相変わらず隙がないというか気配の薄い忍者型のスケルトンが一体いて、他にバランスよくスケルトンが並んでいる。
「単純にぶつかり合った場合、マインの範囲に巻き込める量にも限界がある」
これまでは6体のパーティだったが、索敵能力の高い忍者と、他11体だとどういう動きになるのか読めない。
最悪、マインの設置を見破られて、12体との総力戦になる可能性すらある。
「だから、俺たちも数の力に頼るぞ」
それは、単純な結論であった。
こちらが俺とクミンの二人だけでは心許ないのであれば、その数を増やせばいい。
そしてその手札を俺は確かに握っているのだ。
「サモン」
これまでテイムしか使っていなかった俺が、初めて使ったスキルであった。
途端、頭の中にサモンの選択肢が浮かんでくる。
──────
ゴブリン:10CP
ゾンビ:15CP
スケルトン:20CP
スケルトンスカウト:20CP
スケルトンアーチャー:20CP
スケルトンマジシャン:20CP
──────
呼び出すのは決まっている。
今回弓を購入してきたのは、そのためだ。
「サモン:スケルトンアーチャー」
俺が選択肢を選ぶと、自分の中からCPの粒子がごっそりと抜けて、目の前で影が形を結ぶ。
はっきりとしたスケルトンの姿ではなく、現し身といった様子のその影は、確かに弓持ちのスケルトンの姿をしていた。
「とりあえずそのボロの弓捨てて、こっちの弓使ってね」
俺はスケルトンアーチャーの影が持っていた弓を取り上げて、さっき購入した新品の弓を持たせる。
矢筒には、昨夜クミンが作ってくれた特製の矢を入れた。
この特製の矢は先端を鋭く尖らせていない。
つまり、何かに突き刺さるのではなく、何かに打撃を与えることを目的とした矢だ。
スケルトンを相手にする場合、相手が骨なので貫通力より打撃力が大事だと思ってこのようにした。
「んじゃあ。これをあと4回」
一体のスケルトンアーチャーの装備を整えたあと、俺は同じ作業をもう4回繰り返した。
買った弓と同じ数。
合計五体のスケルトンアーチャーの影。
これでCPは一気に100も使った。
さらに、ボロの弓を装備したスケルトンアーチャーも追加で五体用意しておく。追加でCP100。
総勢10体。これで数の上では12対12で互角である。
「これで撤退ってことになったら大赤字だな」
意図して笑って見せたが、たぶん苦笑いだろう。
そのあとを、俺はクミンにお願いする。
「じゃあクミン。この通路に壁を作ってくれるかな」
『はい!』
お願いすると、クミンはダンジョンの通路に、スケルトンの身長より少し低いくらいの石壁を、いくつか互い違いに設置する。
もうお判りだろうが、これはスケルトンアーチャーが防御を気にせず弓を撃つための盾代わりだ。
俺の今日立てた作戦は単純である。
広間でぶつかりあうのではなく、広間から敵を釣ってきたあとに、遠距離からアーチャーの攻撃で敵をすりつぶす。
いかに忍者型といえど、遠距離からの弓の飽和攻撃で無傷ではいられまい。
「題して戦わずに勝つ戦法」
『絶妙に、不吉な感じがするのはウチだけですか』
クミンの不吉な予感に、俺は苦笑いを返す。
これであとは、忍者型が想像を超えてこないことを祈るだけだ。




