第65話 五日目
「……ようやく落ちた」
思わず、ポツリとつぶやいてしまった。
灰すら残さぬ勢いで燃え盛ったマインの炎が消えたところで、唯一残っていた頭蓋骨は、俺がずっと求め続けていたものだった。
「クミン、これは夢じゃないよな?」
『夢じゃないです。やっと、落ちましたね……』
思わず確認してしまったが、応えたクミンも少し感動に声を震わせている。
もはや忌避感も覚えなくなって久しい、その頭蓋骨を拾い上げて、俺は慟哭する。
「やったああああああああああ! 間に合ったああああああ!!」
『上杉さん! 声!』
「ごめん」
ダンジョン内で思わず声を上げてしまい、クミンに叱られる。
だが、感動もひとしおだ。
俺が今手に入れたものこそ、弓持ちのスケルトンがようやく落としたドロップアイテムで。
そしてこのドロップアイテムが手に入るまでにかかった時間は。
五日だ。
現在、俺が泊りがけでダンジョンの攻略を始めてだいたい五日目の夜。
松川さんたちとの約束の日まで、あと二日であった。
つまり、明日にはある程度の準備を終えて、明後日には地上に戻らないといけないというわけである。
思っていた以上に、弓持ちのスケルトンからピンポイントでアイテムをツモるのは苦しい戦いであった。
その間、剣持ちだの、斧持ちだの、なんならよりレアな杖持ちからでも頭蓋骨は落ちたのにも関わらず、弓持ちからは全くこれっっっぽっちも落ちなかった。
絶対これ物欲センサー発動してんだろ、と内心キレ散らかしていたのも最初のうちだけで、今となっては『間に合うかこれ?』という不安と戦いながらの探索だった。
そんな中でついにドロップしたとあれば、俺がダンジョンの中なのに思わず声を上げてしまうのも理解してもらえないだろうか。
……はい。迂闊でした。ごめんなさい。
「とりあえず、今日の探索はもう切り上げて帰ろうか」
『そうですね。石工作業も頑張らないとです』
「それなんだよなぁ」
とりあえず目標達成に喜びながら、俺とクミンは探索を切り上げて端末のところまで戻ることにした。
この五日でロードマップはどこまで踏破したかと言えばこんなところ。
1.クミンのレベルを上げて一週間後の作戦に参加できるようにする。(済み)
2.弓持ちのスケルトンからドロップを狙い、マトモな弓を手に入れられるようにしておく。(済み)
3.俺やクミンのスキルや装備を充実させる(特に土石魔術や忍者関連スキル)(EP次第)
4.三階層のマップを埋め、四階層への階段を発見する。(済み)
5.もし四階層でさらに効率的な狩りができるなら狩場を移し、俺のレベルアップを考える。
6.期限が近くなったら、南小コミュニティへの武器を買い集めるためのEPを確保する。(確保済み)
番外.クミン以外の前衛役を確保する。(諦めた)
残っているのは四階層関連だけ。
EPベースで考えるなら、現時点で南小のコミュニティと合流しても問題ないというところだ。
三階層のマップは全て埋め終わっている。
三階層探索中に発見した宝箱は二つ。
中身は以下の通り。
・アイテムショップでEPの代わりに使える銀貨(100EP相当)五枚
・地下足袋一セット
言いたいことはいろいろあった。
銀貨については、もはやダンジョン貨幣の存在を忘れていたころに出現したので面食らったが、これは今の状況だと大変ありがたい。
現在はCP回復薬を買い込んだり、南小向けの装備を買い込む予定があったりでEPはいくらあっても良い。
つまりほとんど、ボーナスで500EP手に入ったのと変わらないので、宝箱からのドロップとしてはありがたい。
言いたいことがあるのは地下足袋だ。
これ、どう見ても、忍者が足につけているアレである。
どう考えても、職業忍者向けの装備である。
ダンジョンの神が宝箱の中身をそれとなくいじっている説が有力になってしまった。もちろん、ただのランダムの可能性もあるが。
しかもこの地下足袋。
──────
忍びの地下足袋
軽く、丈夫で、足音を殺す機能のある地下足袋。
隠密が必要な人間にはこれ以上ない装備である。
ステータス補正:体+1、速+1、隠密スキルに+補正
──────
今まで俺が愛用してきた安全靴に比べても、防御力でもステータス補正でも、スキル補正でも優秀なんだよ。
履き替えるしかないじゃん。
ただ、神の采配に踊らされるのがとにかく癪で、嫌そうな顔をしながら装備していたら、クミンには『苦虫が詰まった地下足袋履いてるんですか?』と言われてしまった。
そんなこんなで、三階層の探索はほぼ終了している。
あと残っているのは、そう。
四階層前に陣取っている、あの忍者スケルトン率いる大集団だけだ。
住めば都とはよく言ったもので、クミンが作った簡易拠点は長年住んできた我が家のように馴染んでいた。
まぁ、一個前の住居が近隣住民の臭いも含めてお世辞にも住みやすいとは言えなかったので、差し引きで考えるレベルにすらないのだが。
なお、この階層の近隣住民と、夜中にご近所トラブルを起こしたことは未だない。
端末の前は思っていた以上に安全だったのかもしれない。
まぁ、まだないというだけで、夜中に見張っていたクミン曰く、索敵範囲にスケルトンが掠ったことまではあるらしいが。
「端末くん。ドロップアイテムの納品をお願い」
『かしこまりました』
端末に戻ってきた俺は、先ほどドロップしたてホヤホヤの頭蓋骨を端末へと差し出した。
頭蓋骨はすぐに光の粒子へと変換される。
『スケルトンの頭蓋骨の納品を確認しました。一部スキルが解放されます。一部アイテムが解放されます。新たなモンスターのサモンが可能になりました。EPを240還元します』
「よしきた」
小躍りしたくなる衝動を必死に抑え、俺は小さくガッツポーズを取る。
これで、ようやくこれで三階層でやらねばならないことが終わる。
「まずはアイテムショップを確認」
──────
ボロの弓:EP15
スケルトンが所持しているロングボウ。無いよりはマシという程度だが、弓兵であれば役に立つこともあるだろう。
ステータス補正:力+1
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ロングボウ:EP300
スケルトンが所持しているロングボウの元の姿。駆け出しの戦士であれば、これを所持することに憧れを抱くことだろう。
ステータス補正:力+2、速+1
──────
ボロの弓までは、弓持ちスケルトンを討伐した時点で解放されていた。
しかし、弓持ちのドロップアイテムを納品したことで、ようやくマトモな弓が解禁された。
なれはてたものたちと戦う上で、最低限弓だけはマトモなものを仕入れたかった。
近距離の人間たちの武器をないがしろにしたいわけではないが、遠距離から一方的に攻撃できる人間が、いつ壊れるかわからない武器を持つのは論外だろう。
誤射はシャレにならないし、そうでなくても弓が壊れてできることがなくなるのは困る。
「端末くん。現在の所持EPを教えて」
『現在、上杉様が所持しているEPは7422です』
「ありがとう」
我ながら、貯めたものだ。
俺のレベルアップに必要なEP2000にキレ散らかしていたくせに、やってみればその何倍もの数値を貯めることができていた。
だが、計算の上ではもう少しEPを貯められるはずだったのだ。
クミンと組んでから、俺たちの狩りの効率は跳ね上がった。
それこそ、最大風速で言えば、朝を食べてから昼休憩までの三時間で960ほどを稼いだことがある。
日中の活動時間は12時間ほどはいけるから、単純計算だと一日4000EP。三日もあれば12000弱は貯められる計算になる。
だが、現実的には日産で2500EP程度といったところ。
この大きな要因は、俺たちの狩るスピードが、スケルトンのポップスピードを上回ったことにある。
そう、俺たちは効率化するあまり、ダンジョンが想定したスピードをおそらく上回った。
だから、朝起きてからすぐの狩りが一番時間効率が良く、そこからは緩やかに効率が下がっていくのであった。
それに回復薬を買いながらの狩りとなると、どうしてもその分のマイナスは付いて回るわけで。
そして現在は7422EPというところに落ち着いたわけである。
「ここから、まず南小への装備分を引いて」
南小のコミュニティが必要としていた装備分を計算する。
教えてもらった情報によると。
戦士12名。
魔術師、僧侶、合計8名。
弓兵5名。
斥候3名。
全員合わせて28名が現在保有している、動ける戦力だとか。
魔術師に関しては、実際は拠点内で仕事をしていることが多いのだろうが、魔術師用の装備がボロでも手に入ると、ついでに計上した疑惑がある。まあいい。
その中で弓兵にはちゃんとした弓を用意すると、ここは300EPが5つ。
戦士も、前に立つ人間には半分くらいマトモな装備を、とすると300EPが6つ。
あとは全部ボロで賄うと残ったのは15EPが17と。
合計すると1500+1800+255=3555EP。
「思ったより行ったな。前衛の装備を少しケチるか?」
俺が払えないのが困るのではない。俺は払える。
俺が押し付けた装備で向こうのEP事情が逼迫するのを懸念している。
別に戦いが終わったら即返せと言うつもりはないが、肩代わりした分はびた一文まける気もない。
余計な負債を押し付けて、悪感情を買いたくはないのだ。
だが。
「費用をケチって勝てる相手か?」
実際にヤツと遭遇し、ちびりそうになりながら生還した記憶が蘇る。
あの時より俺は強くなった。
だが、松川さんたちは、あの時の俺より強くなっているだろうか?
恐怖に呑まれそうになったとき、手の中の武器がボロボロなのと、いっぱしの一品なのでは、心の持ちようが変わってくる。
だから、前を張る可能性のある戦士の装備も、弓兵と同じように整えておきたかった。
全員でかかることはないだろうから、怪物の前後左右で最低四人──総数の半分の六人分くらいは、少なくとも。
「……やっぱりケチるのはナシだ。それで人死にが出たら、俺の心に無駄な傷がつく」
言ってから、考える。
本当に全員、生き残れるのだろうか。
わからない。
もちろん、犠牲者は出さないつもりで戦うし、なんなら罠にはめて、戦いどころか一方的な狩りに落とし込むつもりではいる。
だが、うまくいかなかったときは覚悟しないといけない。
想定外で足を止めたら、次に死ぬのは自分だ。
「一応、500EPの銀貨──と5EPの銅貨があるから、俺が残しておくのは3050EPだな」
自分の所持EPからその分を隔離しておく。
そう思ったところで、端末くんから申し出があった。
『よろしければ、あとで必要なEPはお預かりしておきますか? 誤使用防止のために』
「お、いいの?」
『はい。利子はつきませんが』
端末くんが珍しく冗談を言ってくれた。それだけで今日はいいことがある気がする。
お言葉に甘えて、俺は端末くんに必要なEP(と銀貨銅貨)を預ける。
残ったEPは4372だ。
「ではいよいよ」
『いよいよ』
俺が厳かな声を出すと、俺の隣でじっとしていたクミンが声を続ける。
どこかのクイズ番組の司会ばりに溜めを作ってから、宣言した。
「俺とクミンの大強化大会を開始する!」
『やったー!』
そして、強化されるのが本能的に好きなクミンは、声を上げて喜ぶのだった。




