第64話 冴えたやり方(やるとは言ってない)
「ただいまクミン」
『おかえりなさい上杉さん』
結局、俺は勧誘活動を早々に切り上げて第三階層まで戻ってきた。
ゴブリンとのやりとりに関しては、わざわざ描写する必要もないだろう。
ゾンビとのやりとりに追加して、明確な悪意を感じるようになった程度の違いだ。
ゴブリンは見かけた範疇では全員が『混沌・悪』だったし。
「しかし、これはずいぶんと立派なのを作ったな」
『えへへ。頑張りました』
挨拶もそこそこに、俺はクミンが作り上げた簡易拠点を眺める。
例えるなら、岩と土で作られた秘密基地だろうか。
細長い建物が、ダンジョンの壁に沿うように作られている。
二階層から降りてきたこちら側に近い場所にはまず、高さ二メートルくらいの岩をくり抜いて作ったテントのようなものが見える。
岩の中には土製のベッドらしきものがあって、ここが俺の寝室用のシェルターだろう。
その岩を広く覆うような形で土の塀のようなものがいくつかあって、その塀の中に区画分けされたいくつかのスペースがある。
作業スペースや、食事スペースなどなど。各スペースには俺に合わせた椅子や机代わりの土の台などがあるし、クミンが欲していた見張りスペースには、クミンの背の高さで見張り穴も空いている。
こちらのスペースは寝室のように天井部分が覆われていないが、スケルトンはおそらく天井に登れないし、この塀の高さを超えて矢を射ろうとしては、内部にいる俺たちには当たらないだろう。
つまり、これで十分ということだ。
何らかの作業をするのに困りはしないし、仮に作業中に襲われても遠距離から不意打ちをされることもない。
そもそも、眠っている間でもなければ、俺の気配察知をかいくぐって拠点のある場所までは来れない。
というわけで、簡易拠点としては文句の付けようのない逸品であった。
「もしかしてクミンは巣穴作りのプロだったのかな?」
『お世辞でも嬉しいです! でも、基本的には巣の外をウロウロするだけの働きアリですよ!』
クミンは謙遜するが、俺の褒め言葉には満更でもなさそうであった。
そこでちらりと聞いた話だと、どうやらクミンが元々いたダンジョンはアリ種モンスターの巣窟となっており、地上からアリの巣に侵入していくようなイメージの構造になっていたとか。
アリの巣の各区画が、このダンジョンでいうところの何階層にそれぞれ相当していて、ダンジョンの奥にはボスである女王蟻が控えている、みたいな。
ただ、俺のテイムモンスターになったからか、ダンジョンの内部構造とかの記憶は曖昧になっているらしい。
そのため、教えてもらえる情報自体は、端末くんが教えてくれることに毛が生えた程度のものだ。
『そういえば、上杉さんのほうはどうだったんですか?』
拠点の品評会と、クミンの元職場についての話を終えたあと、クミンは思い出したように俺に尋ね返す。
そうなると、俺は少し意気消沈しつつ、正直に先ほどまでの出来事を話すしかなかった。
「──というわけで、新しい仲間は増えなかった」
およそ三時間に及ぶ無為な交渉の顛末をかいつまんで話し、そう締めくくった。
実際、時間の大半は頭のおかしいモンスターどもに殺すだの死ねだの言われていたわけで『これなんて罰ゲーム?』と途中から思っていたが。
『…………』
「クミン?」
果たして、俺の挑戦を黙って聞いていたクミンだったが、彼女は少ししたあと、おずおずと訪ねてくる。
『えっと、上杉さん。ちょっとウチが想像していたやり方と、ずいぶんと違う優しい交渉をしていたんですね?』
「え?」
優しい、交渉?
俺はクミンの言葉に面食らった。
「いやでも、チュートリアルでやった通り、テイムしながら普通に交渉をしただけ、だけど……?」
優しいというか、交渉としては普通なのではないだろうか。
と、思ったことを口にしてみたら、クミンは「あー」とでも言いたげに触覚を少し揺らした。
『えっと、上杉さん。これは、あくまでウチの考える一般的なモンスターの話だと思って聞いてくださいね?』
「おう」
『基本的に、モンスターって人間と敵対してるので、普通に交渉しても二つ返事で仲間になってくれること、ないですよ?』
「…………おう」
おっと、いきなりテイムというスキルの前提が崩れ落ちそうな証言が飛び出してきたぞ。
『ウチが上杉さんと契約したのは、上杉さんは仲間が欲しい、ウチは巣から飛び出したいっていう利害の一致があったからじゃないですか。でも、他のモンスターって別にそんなこと考えてないです。ダンジョンから与えられた役割を、与えられた人格でこなしているだけですから』
クミンからもたらされる情報を、俺は黙って頭に流し込んでいる。
自分が失敗した理由を、他でもないモンスターから教えてもらえるのはありがたいことだ。
『加えて、悪属性とかのモンスターって、あれですよ。性格最悪ですよ。人間に何か頼まれたとして考えることは『嫌がらせしたい』とか『困らせてやりたい』とか『とりあえず人間ぶっ殺したい』とかそんな感じですよ。むしろよく、そんな相手と少しでも会話できましたね』
あ、やっぱりそんな感じなんだね。
となると、話しかけた瞬間に襲いかかってきてもおかしくない感じか。
曲がりなりにも会話に応じてくれた時点で、実は称号はちゃんとお仕事してくれていたらしいな。
『ダンジョンのモンスターに話しかけて、交渉だけで仲間にしようっていうのは、なんでしょうね。例えるなら、街角で出会った見ず知らずの人を、会話だけで世界一周旅行に連れて行こうとしているみたいな感じでしょうか?』
そんなの成功するわけないじゃん。
百人どころか一万人くらいチャレンジしても、失敗する可能性のが高そうな超高難易度の交渉だよ。
少なくとも、相手がたまたま『世界一周してえなぁ』って思っているところに、ピンポイントで話をしない限りは上手くいかないわけである。
『だから、もし仲間にしたいと思ったら二つに一つだと思います』
「ほうほう」
『一つは、相手が頷かざるを得ないくらいの報酬を用意することです』
まぁ、そうなるだろうな。
さっきの世界一周の話でも、こっちが何も用意せずに誘ったら当たり前に断られるだろうが、もし、参加してくれたら一千万払うって言えば、少しは考えてくれる相手もいるかもしれない。
『ただ、それこそ普通じゃない報酬が必要になると思います。CP10000とか要求してくるかもしれません』
「それは無理だな」
あと、普通に『命』要求してきたやつらいたなぁ。
俺が命二つ持ってたら、通ったかもしんないけど。
『だから実質的に、テイムといったら残ったもう一つの方法しかないかと』
もう一つ。
それがクミンが明かすモンスターをテイムするたったひとつの冴えたやり方。
『死ぬ寸前までボコボコにして、従わなきゃ殺すって言えば、多分ほとんどのモンスターはテイムできますよ』
「クミンさん!?」
普段は無邪気なクミンの、本当に無邪気なモンスターの本性を見た気がした。
『そもそも上杉さん、一回交渉が決裂しても、とりあえずぶん殴ってもう一回交渉してみる、とかしなかったんですか?』
「いや俺、一回決裂したらもう相手のこと敵としか見れないからさ。そのあとで相手が何か言ってきてても、こっちを油断させる罠にしか思えないんだよね。だからしなかった」
『上杉さんも苦労してきたんですね』
油断するたびに死にそうな目にあってきた俺なので、モンスター相手にもう一度手を差し伸べるとか、浮かびもしなかったよ。
ただ、ようやく俺はテイムスキルを理解した。
チュートリアルはやはりチュートリアルだったのだ。
今後、チュートリアルのように相手がテイムを求めている状況というのは、もしかしたらあるかもしれないが、基本的にあんな簡単に終わることは滅多にないのだ。
ものすごく交渉上手になって世界一周をロハで誘えるようになるか、あるいは暴力に訴えて無理やりいうことを聞かせる以外に仲間を増やす方法はないのである。
『ただ、この方法も問題はあります』
「それは?」
『上杉さんは、テイムしたモンスターを種族進化させるおつもりですよね? 多分、この方法でテイムすると全く心を開いてくれないので、進化したら契約コストが跳ね上がります。下手すれば何倍にも』
「あー。それは、大問題だな」
そういう問題があったのを思い出した。
端末くんは確かに言っていた。相手との友好度によってはコストCPが上がる場合もあると。
普通に考えて、自分のことをボコボコにして無理やり従わせた相手に、好意を抱くわけがなく、そうなるとゴリっと最大CPを削られることになりかねない。
クミンのランクでCP20が基本だったから、これが三倍になったらCP60。
《闇夜と死の徒》よりも高コストの壁役とか、流石にいらない。
「難しいな。そういうやり方でも、時間をかけて親交を深めることができればいいんだけど」
『時間がないんですよね?』
「そうなんだよ」
そう。俺たちには時間がない。
親愛度0どころかマイナスに振り切ったモンスターの心を、優しく開かせているような時間はないのだ。
「つまり、運良く物好きが見つからない限りは、テイムモンスターを増やすのは絶望的と」
『そう、なるかもですね』
たどり着いた結論はそうであった。
もちろん、テイムについての検証は全く進んでいない。
俺が気づいていないだけで、もっと賢いやり方が見つかるかもしれない。
だが、それを模索している時間すら惜しい。
一応、スケルトンも多少試してみるつもりではあるが、多分似たような結果になるだろう。
切り替えるべきだ。
「よし。一旦、壁役の確保は保留だ。当初の予定通り、弓ドロップを狙いながら、俺とクミンの強化に努めて行こう」
『わかりました!』
そして、俺はテイムへの未練を打ち切った。
できるかどうかわからぬテイムより、目先のEPで買えるスキルだ。
この時間は、勉強代と思っておこう。クミンの建築が完了したからまるきり無駄でもないし。
「いやでも、もしかしたらさっきの経験でテイムを補助するスキルとかが生えている可能性も? その場合はやはり……」
『上杉さん……』
「ちょ、ちょっと思っただけだよ!」
やっぱり未練はたらたらであるが、俺たちは午後の予定としてスケルトン狩りとマップ埋めを再開することにしたのだった。




