第56話 テイマーチュートリアル2
「…………あの」
『っ!』
俺がそっと優しく声をかけようとするも、アリさんは身構える。
初対面から、俺とアリさんの間には緊張が走っていた。
理由は言わずもがなである。
『では、せっかくなのでアライメント鑑定からしてみましょうか』
「端末くん!?」
そして、端末はAIらしい心の無さで、俺とアリさんの緊張状態を無視してチュートリアルを進めにかかった。
「こんな状況で進めて大丈夫なの? まずは打ち解けるための小粋なトークとか必要なんじゃ?」
『その小粋なトークを聞いてもらえそうな状況だったら一考しますが』
「はい」
そして俺は何も言い返せないまま、端末くんの進行に従うことにした。
「えっと、今から軽く鑑定をかけますが、敵対行動じゃないので気にしないでくださいね」
アリさんに断りを入れてから、俺は取ったばかりのスキルである『アライメント鑑定』を起動する。イメージは目力。
──────
ワーカーアント・女
中立・中立
──────
(お?)
出てきた表示に、思わず首をかしげる。
というのも、俺はアリのことを社会的な昆虫だと思っていたからだ。
アリというのは、その実徹底した管理社会というか、各々が各々の役割を全うしながら動くことを前提とした生き物だったはずだ。
端的に言うなら、コミュニティを守るためなら、自分の命を投げ打っての行動は当たり前みたいなイメージだ。
もちろん、俺は専門家ではないので詳しくは知らないが、そういう秩序を重んじる生態が特徴だったはずなのだ。
となると、当然のようにアリさんも秩序の属性を持っているものだと思っていたが、鑑定結果は中立だった。
これはいったいどういうことなのだろう。
『鑑定を終えたなら、その結果を元に、会話してみてください』
「チュートリアルなのに投げっぱなしじゃない?」
『チュートリアルなので、よっぽどのことがなければ交渉は決裂しません』
そのよっぽどのことを、初手でしでかしたかもしれないんだけど?
俺は端末くんに熱視線を送って見たが反応はなかった。
くそ、絶対に端末くんは秩序側だよ。
俺は少し考える。
俺の最終目標は、このアリさんをテイムして使役状態に持っていくことだ。
ようは俺の仲間になってくれ、という要求を飲ませること。
そのために、まずは誠実に会話をしてみることから始めようか。
「えーとアリさん」
『なんですか?』
アリさんはまだ警戒気味だが、俺との会話に応じる気はある。
ここは、軽く自己紹介から始めよう。
「俺の名前は、上杉志摩。見ての通り人間だ。上杉でも志摩でも好きな方で呼んでくれ。アリさんは?」
『……上杉さん。モンスターには基本的に名前はありませんよ。ウチはただのワーカーアントです』
「あ……ごめん」
『……いえ』
初手で自己紹介を外したんだけどどうすればいい?
助けを求める俺の視線を、端末くんは無視した。
「じゃあ、えっと、とりあえずアリさんは、基本的には俺とのテイム契約……みたいなのに前向きな感じで来てくれたんだよね?」
『そうです。ただ、いきなりウチのこと、食料を見る目で見られるとは思ってなかったですけど』
「それはマジでごめんて」
心の壁が厚い。
とりあえず、このまま距離を測るような会話を続けても埒があかなそうだ。
もうチュートリアルってことで踏み込んでみるか。
「単刀直入に聞きたいんだけど、アリさんは俺と契約するとして、俺に何を求める? 代わりにアリさんは何ができる?」
相手がもともと契約に乗り気なのだとしたら、俺から求めるもの、そして俺に返せるものがあるはず。
お互い、絶体絶命の状況で手を伸ばさねば死ぬという話でもないのだから。
俺の腹を割ったような語りかけが効いたのか、アリさんは少し深刻そうな声で切り出した。
『……条件の話をする前に、ウチの話を少し聞いてくれます?』
「いくらでも聞くよ」
『……じつはウチって、ワーカーアントの中では変わり者なんです』
「そうなんだ?」
ワーカーアントの常識を知らないので迂闊なことが言えねえ。
ここは、女性にひたすら同調するマシーンと化す。
『ウチの種族って、なんていうか自我がないっていうか、決められた仕事を決められた通りにこなすことしか考えてない感じで。ウチはそれがなんか、嫌だなって思ってて』
「あー、アリっていったらそういうところあるよね」
『そうなんです。そんなとき、システムの方から【テイマーと契約してみないか】って誘いがあって、そうしたら、この嫌な社会から抜け出せるのかなって』
「なるほど」
どうやら、このアリさんはアリさん界の中の異端児だったらしい。
それゆえに、秩序全振りの周囲に馴染めず悶々としていたところを、ダンジョンからオファーを受けたと。
つまり、アリさんは自分を取り巻く環境という鳥籠──いや虫籠から逃げ出してここに来たのだ。
『だからウチが望むことってそんなに多くなくて、契約通りにCPをちゃんと貰えたら嬉しいなって』
「オーケー。その点に関しては善処する。CPは問題ない」
『あと、余裕があったら美味しいご飯も食べてみたいな』
「えっと、アリさんは毎日どれくらい食べるのかな?」
『? モンスターはご飯を食べる必要はないですよ。CPさえ貰えれば体は維持できますから。食べるのはエネルギーを高めるためとか、趣味です』
「そうなの?」
モンスターの生態に関しては、俺は何も知らない。
ゴブリンがなんで人間を襲ってくるのかすら知らないんだから。
そしてCPが一体なんのポイントなのかもよく分かってない。
ただ、グールがゾンビを食らうのが趣味だって言われたら、そんな気がしないでもない。
あいつは別に、お腹が空いていたから俺を襲って来たわけじゃないだろうからなぁ。
『でも、ご飯を食べてみたいのは本当です。 CPやEPでお腹は膨れませんから』
「なるほど。そうだ、今はこんなもんしかないけど、どうかな? 試しにさ」
とりあえず交渉を進めようと、俺はストレージに入れておいたウサギ肉(味なし)を差し出してみる。
アリさんは警戒しつつもそれをハムハムと口にし、ピタッと固まった。
「アリさん?」
ウサギ肉ってアリに食わせたらダメだったのかな? と俺が思い始めたあたりで、アリさんは再起動する。
『上杉さん。ウチ、こう見えて結構力持ちです。荷物運びとか、穴掘りとか、あとフェロモンで通って来た道をマーキングしたりとかもできます』
「それは、心強いね!」
実際、現実世界の基準で考えれば、アリは自分の何倍ものサイズのものを運ぶくらい力が強いのだ。
モンスターのアリがどの程度かは分からないが、アリさんは俺にできない力仕事をこなしてくれる可能性がある。
ダンジョンの中よりも、ダンジョンの外でこそ活躍する能力であろう。
想定とは多少違ったが、十分に俺が欲しい特殊技能持ちである。
俺の反応から好感触を覚えたのか、アリさんはすかさず条件を挟む。
『ウチがちゃんと仕事をしたら、このお肉を一日一個で良いので、くれませんか?』
「それは、多分問題ない。今は手持ちがないけど、この後の仕事を無事に終えたら、約束するよ」
少なくとも、あの怪物を打ち倒せたら、ウサギの肉は心ゆくままに補充ができるようになるはずである。
そう約束すると、アリさんは無機質な昆虫の目を、太陽を宿したように明るく光らせ、触角をくねくね躍らせながら言う。
『だったら、ウチは上杉さんと契約してもいいですよ』
「お、おお!」
最初の警戒心はどこへやら。
アリさんはいともたやすく俺との契約に同意してくれた。
俺はそこで、端末くんに再び視線をやる。
『交渉は無事に終わったみたいですね。でしたら、再びテイムを使用して初回の契約料としてCPを支払ってください。契約が完了したあと、消費したCPと同等の最大CPがコストとしてかかります。これは使役状態が解除されるまで解放されません』
「なるほど」
どうやら、最初のテイムで交渉を開始し、交渉がまとまったら再度のテイムで契約料を支払うという流れらしい。
そこでふと気になって、俺はアリさんがどれくらいのCPを欲しているのか尋ねてみた。
「アリさんは、何CPくらい欲しいの?」
『欲を言えばいくらでも欲しいです』
「欲を言わないで客観的に言える?」
『でしたら、ウチの存在を維持するのに、コストとして10CPは欲しいです』
10CPか。
そこそこのパッシブスキルと同じくらいの要求値だな。
だが、テイムの優位性を考えれば、この程度なら余裕でお釣りがくる。
最大CPも召魔忍者のおかげでだいぶ伸びたし、問題はない。
「じゃあ、改めてよろしくお願いしたい。『テイム』」
『契約成立ですね』
俺が再度のテイムを行うと、さっきまで繋がっていた意思疎通の回線が、双方向になった感じを受けた。
今までのは俺がアリさんに一方的に通していたが、今回はアリさんが俺の意思を受け入れて返してくれたって感じである。
『おめでとうございます。上杉様は見事、こちらのモンスターを使役しました。これにてテイマーのチュートリアルは終了です。以後の交渉は今回のように簡単にはいかないと思いますのでご注意ください』
タイミングを見計らっていたように端末くんが声をかけてくる。
そういえば、この交渉はチュートリアルだったことを思い出す。
確かに、相手が契約に前向きで、こっちが相手の応じるものを提示できた時点で、チュートリアルクラスの簡単交渉だった。
「使役っていうほど、一方的な関係じゃないけどな」
ただ、俺たちの関係はお互いに持ちつ持たれつ、くらいのものを保っていきたい。
一方的な上下関係と考えて接するのは、アリさんに悪いし。
『テイムモンスターの詳細は、ステータス画面から確認できます。また、テイムモンスターには名前をつけることが可能です』
「名前か」
このアリさんには名前が無いんだよな。
俺はそんなアリさんの希望を聞いてみることにした。
「アリさんは、名前が欲しいかな?」
『え、ウチに名前をつけてくれるんです?』
「ずっとアリさんって呼ぶのも不便だからな」
どうやらアリさんが嫌がっている風でもないので、端末くんに聞いてみる。
「テイムしたモンスターに名前をつけることで、何か問題が生じたりはしないよね?」
『ございません。ただ名前がシステムに登録されるだけです』
こういうのって作品によっては名付けるだけで魔力ごっそり持ってかれて、名前持ちはパワーアップとかもあるからな。
万が一を考えて確認してみたが、そういうのは大丈夫そうだった。
「それじゃあ、アリさんの名前は……」
ただ、アリに今まで名前をつけたことなんてない。
そもそも、俺はネーミングセンスに自信がない。
自慢じゃ無いが、昔飼っていたハムスターに『ハム』という名前をつけた男である。
主人公に名前をつけなければいけないゲームだと、苦肉の策で本名プレイも辞さない。
「……名前……」
アリってどんな生き物かなぁ。
イメージとしては、なんかやっぱ集団行動だよな。
みんなで、運んで、戦って、増えて、そして食べられる?
『……ウチ、また悪寒が』
いけないアリさんが不安がっている。
とはいえ、うっかり思い浮かべてしまったイメージに引っ張られる。
そこに引きずられて、名前もぽっと浮かんだ。
「じゃあ、クミンでどうかな?」
『クミン……』
アリさんは、提案された名前をじっと噛みしめるようにする。
ちょっとして、喜色溢れる声で返した。
『はい! ウチは今日からクミンです! よろしく上杉さん!』
「今後ともよろしく、クミン」
握手はできないので、俺は彼女の触覚に指を合わせるようにして応えた。
こうして、このゾンビ災害の発生した世界で、俺は初めての仲魔……仲間を手に入れたのだった。




