第49話 恥ずかしい行動
「CP回復薬ぅ!!」
一階層の宝箱で拾ったアイテムを、二階層入り口の端末に鑑定して貰った俺は、本日一番の悲鳴を上げた。
悲鳴というよりは、盛大に身悶えたと言った方が正しいかもしれない。
CP回復薬とは読んで字の如し、戦闘などで消費したCPを回復してくれるアイテムである。
パッと見は小さなフラスコ(50mlくらい?)に入った黄色い液体に見えるが、それがなんなのか俺はここに来るまで分からなかった。
今まで買ったことがなかったし、簡易鑑定を試しに使ってみても『液体』としか出なかったので。
本当に簡易鑑定は呪腐魔病の診断にしか使えない。
チュートリアル専用装備みたいな汎用性のなさである。
タダでもらったものに文句をつけるのは筋違いなんだけどさ。
「まあ良い、問題はこのCP回復薬が『買える』ということだ」
今朝の俺の判断を思い返す。
今日の行動を決めるとき、俺はスケルトン狩りを少ししてから外に戻るか迷って、CPに余裕が無いという理由でそれをやめた。
結果的には、それで南小のコミュニティと接触できたし、メモのおかげでホームセンターの怪物の情報を先に知れたので、その判断自体が間違っていたとは思わない。
ただし、その判断にCP回復薬の存在は入っていなかった。
このCP回復薬はEP30で買えてCPを15回復する。
そしてCP15というのは、今の段階で俺がスケルトンを3体倒すのに必要だったCPである。
ここで思い出して欲しいのは、スケルトン一体のEPが24だったことだ。
スケルトン3体がEP72で、このCP回復薬はEP30。
差し引きで42のプラスになる。
そう、EPプラスなのだ。
つまりこれは、無限スケルトン編が開始できたという証左である。
このCP回復薬があるなら今朝の段階でCPの心配は必要なかったし、少し時間をかければ朝活でジョブを習得することも可能だったということ。
回復薬に気づかず、安全を考えた上でジョブを捨てるという最善手を打っていたつもりだったのが、むしろ悪手寄りだったと気づいて、こう。
「最高に恥ずかしいっ!」
そう、恥ずかしい。
それが今、ここで俺が悶えている最も大きな理由である。
例えるなら、ゲームの開発者がわざわざ残してくれたヒントに気づかないまま謎解きを初めて、それを無理やり解いた自分を自画自賛していた滑稽さに気付かされたような気分だ。
もしプレイ動画にでもしていたとしたら、視聴者に盛大に突っ込まれまくっても仕方ない。
いやでも言い訳をさせてほしい。
俺はRPGなんかやっているときでも、基本MP回復系のアイテムは溜め込む派なのだ。
ゲームによって違うとはいえ、MP回復アイテムは非売品になっていることも多い。そうなると使い所は当然ボス戦とかの難所になってくる。
それでどうなるかと言うと、レベリング中にMPが減ったら、宿屋で回復とか時間経過で回復とか、そういう思考になりがちなんだ。
アイテムで回復しながらレベリングという発想にたどり着かなかったんだ。
「まぁ良い……俺の失敗は誰にも見られてないし、1日で気付けたなら早い方だ」
誰にも見られてないなら、どんなミスをしていようが恥ずかしく無い。
……見られてないよね?
もしかして一階層の宝箱にCP回復薬が配置されたのって、俺の行動を見ていた神様が、ヒントのつもりで入れてくれたとかじゃないよね?
その可能性が全然ある気がして来て、また恥ずかしくなって来たんだけど?
「端末くん。俺の行動は誰にも見られてない。それで良いんだよね?」
『…………』
「端末くん!?」
神様にがっつり見られていたかもしれない。
ま、まぁ良いや。
神様に見られても恥ずかしくない生き方さえしていれば、奇行その他諸々全ては帳消しってことでいいだろう。
「とはいえ、そうなると今後の予定も少し変わって来るぞ」
さっきまでは、多少無理してでも寝る前にCPを消費してスケルトン狩りを行う予定だった。
だが、CPの時間回復を待つ必要がなくなったとあれば、ここは無理をする場面ではなくなる。
今日は体と脳を休めて、明日から狩りを開始してもそこまで問題はない。
今日は色々あって精神的に疲れているわけだし、そちらの方が良いまであるだろう。
「……そうしようか。今日は肉体よりも精神的に疲れることが多すぎた。ダンジョンのゾンビに癒されながら1日を終えるのは悪くない」
そう思い直して、俺は深呼吸をした。
相変わらず、ダンジョンの二階層には腐臭が満ちている。
もう慣れて来たとはいえ、全然落ち着きはしない。
「今日は二階層の宝箱を回収して終わりにするか」
明日に回そうかと思っていた回収業務を先に終わらせておけば、時間的なロスもほぼなくなる。
せっかくだから、贅沢にCPを使ってゾンビを狩るのも良い。
今EPを貯めておいて明日CP回復薬を買い込めれば、いちいち端末に戻って来る回数を減らせるわけだし。
「そうと決まれば、待ってろよゾンビ」
そして、俺は早速端末で悪臭をセットし《闇と死の徒》は外す。
動きにだいぶ違いが出るが、この階層は安全なのでCP回復速度を優先して問題ない。防具も必要ない。
というわけで、腐臭の染み付いた服に着替えるのも面倒になって、パンツ一丁のスタイルで二階層を練り歩くことにした。
……こうすれば、神様も流石に気まずくなって見るのやめてくれるかもしれないし……。
そして、道中は贅沢にCPを使ってゾンビを屠りつつ、マッピングしたいくつかの行き止まりの一つで、俺はそいつを見つけた。
「……宝箱、だが」
それは確かに宝箱だった。
だけど、どこか違和感がある。
一見何の変哲も無い箱なのに、何か引っかかってしまう。
「まさか罠付きか?」
その可能性を考えて、俺はため息を吐いた。
この宝箱にふとした違和感を覚えられたのは、運のステータスのおかげだろうか。
罠感知スキルは、今複合されてしまっているから手元にはないのだ。
しまったな。
どうせ無限回復なんだから、CPについてせこいことを考えず《闇と死の徒》は付けたままにしておくべきだった。
「どうする?」
端末まで行って戻って来るのは、30分ほどのロスだろう。
睡眠時間を考慮すれば大きなロスだが、安全を考えれば戻るべきだ。
あと、罠相手にパンイチは流石にやばい。
ゾンビ溢れる二階層だからと、あからさまに油断しすぎだ。
反省しよう。
「よし、一度端末まで戻ろう」
俺はそう決めて、宝箱に背を向ける。
ギギギ。
と、背後から音が聞こえた気がした。
思わず振り返る。
そこには、宝箱が鎮座している。
「…………今動いた?」
宝箱は答えない。
だが、俺はもう油断しない。
宝箱?から今度は目を離さず、じりじりと後ろ向きに行き止まりから遠ざかる。
ゆっくり、ゆっくりと距離を取り、この行き止まりにたどり着く角を曲がったところで。
ガタン、ガタン!
ギチギヂギギギ!
何かが猛スピードでこちらに向かって来るような音がした。
「やっぱミミックだろこれ!?」
俺はその場にしゃがみ込み、マインをしかける。
距離はまだある、威力を倍にしてCP20。
設置を終えた俺は、再び後ろ向きのまま速やかに遠ざかり、その数秒遅れて化け物が姿を現した。
宝箱のように見えていた擬態を完全に解いた姿は、よくそんな擬態が出来ていたなと言いたくなるような、未確認の牙がたくさんついた昆虫みたいな気色悪い姿であった。
「だが、ボンだ」
俺は冷静に『マイン』を起動する。
威力は普段の倍。ましてや木に擬態できるような生態の相手だ。
勝手なイメージだが、乾燥していてよく燃える。
ガチガチガチガチ!!
全身の牙らしきものをガチガチ鳴らしながら、ミミックは炎に焼かれて沈んでいく。
ゾンビに比べたらだいぶ強い感じだったが、流石にグールや怪物ほどの威圧感はなかった。
だから、落ち着いて処理できた。
「まぁ、二階層だからな……奥に行ったとき、出て来たらちょっとやばいかも」
モンスターにもレベルのようなものがある。
ミミックがその階層の出現モンスターより強めの傾向があるのなら、今後宝箱には細心の注意が必要になる。
というか、ミミックが二階層で出たのも、俺の舐めた行動を見た神様の善意のような気がしてしまう。パンイチでそう思った。
「……ダンジョンに安全など無し。油断は厳禁。一層気合を入れないといけない。本当に良くわかったよ」
今夜は、いつにも増してよく眠れ『なさ』そうだ。
そう思った俺に、よく出来ましたとでも言うようにミミックが何かを落とす。
それは、いつか見た魔術書の仲間のように見える本だった。
「……よっしゃ!」
油断はしないとは言ったが、今だけはガッツポーズを許してほしい。




