第47話 保存食?作り
「ただいま、茉莉ちゃん」
「ぅううあぁあうぁ」
家で待っていた茉莉ちゃんは、相変わらずのうめき声で俺を迎えてくれる。
その度、心に少しだけ傷を負う。
それでも、ここに茉莉ちゃんがいるという事実が、俺を再びダンジョンへと送り込んでくれるのだ。
それがなければ、俺はいつこの救いの無い世界から逃げ出してしまうかもわからない。
「……少し、話しすぎただろうか」
家に戻ると、途端に先ほどまでの自分の言動が不安になる。
もしかしたら、自分は言うべきではないことまで、言ってしまったのではないだろうか。
運について、共有するのは必要なことだったはずだ。
これは、秘匿するべき情報ではない。少なくとも、あからさまに敵対的な相手でない限りは、積極的に拡散するべき情報のはずだ。
ストレージなどのスキル情報も、良いだろう。
それを取る取らない以前に、取れるようになるのかも分からない。
ただ、行動がスキルに繋がるというのは覚えておくべき事柄だ。
スケルトンを倒すことで購入できるようになるかもしれない装備については、少し言い過ぎだった気がする。
その結果、メインタスクの他に少々手間なサブタスクが生えてしまった。
装備にかかる総EPは、それほど安くはないはずだ。
もちろん、戦力向上のために遠距離攻撃可能な武器は絶対に必要ではあった。
ただ、一週間後に適当に数本持って行くくらいでもよかったかもしれない。
迂闊な言動をしてしまった理由はなんだろうか。
あちらのダンジョンから食料が取れるという情報を聞いてしまったが故に、こちらも情報開示したいと思った、のかもしれない。
それとも、ただ単に少し相手の事情を知ったがために絆されていただけ、かもしれない。
もしくは、怪物から茉莉ちゃんを守るために、有用な情報共有だったと感じられたから、かもしれない。
まぁ、過ぎたことはいい。
今後、似たような状況になったとき、今日のことを思い出して冷静になれるはずだ。
現時点での最重要事項が、俺自身の強化であることに変わりはない。
一週間だ。
それは奇しくも、俺がこのダンジョンに潜り始めてからの経過日数とほとんど変わらない。
あの時はまだ、何か足りないものがあると感じれば外でいくらでも調達できた。金はかかるが。
だが、今はそれもできない。足りないものを自由に買い集めることを、世界が許さない。
……大丈夫、問題はない。
これから一週間、俺はダンジョンから出るつもりはないのだから。
今足りないものがなんであろうと、それを補給する考えなど最初からない。
茉莉ちゃんとはしばしのお別れになるが、俺が外に出て来たところで出来ることがあるわけでもなし。
「必要なのは、水と食料。それと、もしものための探検セット。つまりいつも通りだ」
一週間分の水を、今度はちゃんと計算してストレージに詰めて行く。
ただ生きるために必要な量ではやや不足。一日中歩き回ることを考えれば、その倍でも下手すれば足りない。
増えたストレージの分もあるし、割り振りはこんな感じにしておく。
ストレージ1:探検セット(マッピングツールやライト、手鏡など)
ストレージ2:投石セット(主に庭石、少し砂)
ストレージ3:もしもの着替えや最低限の身の回り用品
ストレージ4:水
ストレージ5:水と食料
ストレージ6:食料
ストレージ7:空き
ストレージから溢れたものは、優先順位が低めのものとしてリュックサックに入れておく。
リュックは余り物入れ兼もしものための追加ストレージ枠みたいな感じ。
こちらは重量がそのまま俺の動きにかかってくるので、極力ものは詰めないでおく。
予定としては、最後の最後にダンジョンから脱出するとき、装備品の類を買ったらその時に使う、くらいのイメージだ。
庭石は、攻撃力の面ではもうあまり信用していないが、楽器としては外でその有用性を遺憾無く発揮してくれた。
三階層から先に進む可能性も視野に入れておくので、先で何か役に立つかもしれない。
あとの物品に関しては、特に説明する必要もないだろう。
最後に、歪んでしまったメタルラックの足1号を2号に取り替えて終了だ。
「とりあえず、今すべきことは……食料の加工か?」
食料については、可能な限り確保した保存食を残しておいて、もらったウサギ肉を先に消化したい。
ストレージ一個分くらいのウサギ肉をもらってしまったので、これだけで一週間食いつなぐことも場合によってはできるだろう。
最初は冷凍食品(常温解凍済み)と一緒に食べるつもりだが。
「一応、情報をブチまけた価値はあったな……」
俺は、ストレージからウサギ肉の詰まった袋を取り出す。
ウサギ肉は、すでに解体された状態で、あとは煮るなり焼くなりすれば食べられるという感じだ。皮や骨を除去する手間もない。
ぱっと見は、売ってる鶏もも肉みたいな感じ。部位の違いは分からない。
これについては、ダンジョンからモンスターの肉体の一部をドロップする設定にした場合、最初から加工された状態で落ちるとのこと。
ダンジョンが見せた、一欠片の優しさといったところか。
「……待て、一週間だぞ」
と、感慨にふけっていたところでふと思う。
そういえば、ストレージの中って、別に時間が止まっているというわけではないんだよな、と。
なんか、スキルのランクと魔のステータスで変わるとかなんとか説明された気がする。
そして俺のストレージのランクは多分最低だし、魔のステータスはノービスの中ではそこそこ、くらいのレベルだ。
「それって、もしかして腐るってことじゃないの?」
気づいてしまった事実に思わずハッとする。
一週間、ダンジョン、生肉。
何も起きないはずもなく……何か処理をしておかないと、これは当たり前のように腐るのではないだろうか。
ダンジョンは、平気でそういうことをする。
「待て待て、肉を保存食にする方法なんて知らないぞ……」
そう思った俺は、思わずパソコンで保存食の作り方を調べようとする。
電源は付かない。
「調べられないんだよ!」
今までインターネットに依存していた現代人の弱さである。
知っていたはずの事実に再び直面してしまって、俺は頭を抱えた。
どうする? なんか塩漬けとかすれば持つのか?
あとは干し肉とか言うし、とりあえず薄切りにして干せば良いのか?
あるいは、火魔法で炙って炙って、カリカリ状態にまで水分飛ばしておけば日持ちはしてくれるんだろうか?
それか、佃煮みたいにめんつゆで煮込んでしまえば良いのか?
分からない。一般的な男子大学生に、ウサギ肉を一週間保存できるようにする知識なんてあるわけない。
あと、普通に塩漬け作れるような塩の備蓄もあるわけがない。
俺の家にあるのは、茉莉ちゃんが料理に使うと言って持ち込んだ、なんかよく分からないちょっと高そうな岩塩くらいだ。
「どうすれば良いんだ? 図書館……はホームセンターの先だし、南小に戻ってやり方を知っているか聞きに行く?」
そう呟いてから、俺はそっと外の様子を伺う。
夕方も間も無く終わる。これからは夜の時間だ。
……流石に迷惑だろうな。あちらにはあちらで、夜の時間の行動があるだろう。
電気のない世界で日がくれたら基本は寝るだけだと思うが、ダンジョンにはそういう常識がないからな。
「……とりあえず、干している時間はないわけだから、2日分くらいは生のまま行けると信じて、あとは……塩を振って炙ったベーコンみたいなのと、めんつゆで煮込んだ佃煮みたいなの作って、それぞれ持っていくか……?」
それで本当に保つようになるのかは分からない。
どっちも、なんか行けるような気がするだけだ。
まぁ、多分、もし本当にやばそうなら見ればわかるだろうし、見て分からなくても危機感先生がきっと教えてくれるはずだ。
俺は怪物から救ってくれた危機感先生を信じる。信じてる! だから本当にお願いします!
…………保存食も最低限は持ち込んでおこう!
「で、作業場所はどこにするのかって話だが」
選択肢は二つしかない。
自宅か、ダンジョンの中か。
「まあ、ダンジョンだよなぁ」
自宅のメリットは水道が近いこと。
ダンジョンのメリットはそれ以外の全部だ。
そもそもガスが通ってない時点で、作業場所を自宅にする理由がない。コンロがただの飾りなので。
それならコンロの五徳の部分だけ外して、ダンジョンの一階でコンロ魔法使った方が良い。匂いで外のゾンビをおびき寄せる可能性が減る。
代わりにゴブリンが寄ってくる可能性はあるが、一発でも食らったらアウトなゾンビと、俺が後ろを歩いていても気づかないゴブリンでは危険度が違いすぎる。
「問題は、使ったあとのめんつゆを冷蔵保存で再利用、とかできないあたりだよなぁ」
現代人がどれだけ冷蔵庫に依存しているのかを、しみじみ感じてしまう。
まだ春には少し早い時期とはいえ、調理に使ったあとの汁を一週間常温で放置していたら、さすがのめんつゆも帰ってくるころには真っ白に染まっているのではないだろうか。
男の一人暮らしの家にめんつゆはマストとはいえ、大量に備蓄されているわけではないのだ。
「これは、めんつゆがなくなるな……」
今はまだ良いが、ホームセンターへの攻防が終わった暁には、スーパーでめんつゆを確保するための戦いが始まるかもしれない。
……そんな戦いをする前に、図書館に行って保存食の作り方を調べるべきだ。
「とりあえず一週間後、サバイバル系の書籍が学校の図書室にないかもちゃんと尋ねよう」
小学生が読む本として適切かは微妙なラインなので、あったら良いなくらいの期待度ではあるが。
ムクムクと芽生えるサバイバル技術への渇望を、今は一週間後まで先延ばしして、俺はひとまず作業のために調味料や調理器具一式を手にダンジョンへと向かうことにした。
『ダンジョン18764番へようこそ。上杉志摩様。おかえりなさいませ』
「ただいま。またすぐに出ていくけど」
いつものダンジョンからの声に俺はそう応えて、どしっと床に腰を下ろし、調理器具を展開していく。
コンロ魔法は、弱火中火強火の調整が可能な30分の火炎魔術だ。消費CP3。
これを二口用意し、一つは強火で鍋に入れためんつゆを煮込みはじめ、もう一つは弱火でフライパンを熱し始める。
その間に、俺はウサギ肉に塩を揉み込んでいく。意味があるかは知らないが、きっとこう、殺菌してくれるはず。
『上杉様』
「うん?」
作業をしていると、端末が珍しく声をかけてくる。
『それは何をしているのですか?』
「見てわかるだろう。保存食作りだよ」
『なる、ほど?』
端末は、わかるような分からないような声を出した。
そして、俺がウサギ肉のめんつゆ煮込みと、塩炙りカリカリベーコンを作っている間、じっと俺の様子を伺っているのだった。
知識のない素人の保存食作りは大変危険です。
体ステータスが二桁未満で危機感スキルを持っていない方は絶対に真似しないでください。
特にカリカリベーコンとか言っている方は本当に真似しないでください!




