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ダンジョンサバイバルinゾンビワールド  作者: score


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第45話 交換条件



「お、おい杉井。それは流石に──」


 松川さんが、思わずといった様子で入ってこようとする。

 だが、杉井さんはそれを手だけで制し、じっと俺を見てくる。


「割に合わない、と言いたそうだな」


 俺の表情を伺っていた彼は、静かに言った。

 それは正確に俺の考えを読んでいる。


 ホームセンターの怪物──俺にとっては橋の上の怪物だったが──とにかくあいつと戦うというリスクは、それすなわち死に直結するようなリスクだ。

 協力して討伐というのだから一対一でという話ではないのだろうが、それでもまともにやり合えば良くて辛勝、悪くて全滅が見えるレベルである。


 正直言って、リスクとリターンが釣り合っているとはとても思えない。


 ここのダンジョンでは食料が無限に手に入ると言っても、今必要なのはあくまで俺一人が当面生きていくのに必要なだけの食料だ。

 ここである程度確保させて貰えれば助かる、というだけで、ここでなければいけない理由はない。


 外のゾンビに見つからないように動ける俺なら、少し遠くのスーパーを目指しても良いし、自宅のダンジョンの四階層で食料が手に入ればそもそも問題はなくなる。

 そちらを選ぶ方が、怪物とやりあうよりもリスクは少ないだろう。

 そう考えれば、断ると角が立つという点を除いても、流石に二つ返事で『討伐に協力します』とは言えない。


 少なくとも、現時点では。



「先に、僕の方から伝えておきたいことがある」



 と、俺の結論を聞く前に、杉井さんはまず、その条件を提示した。


「もし、この条件を飲んでくれるのなら、上杉くんがここのダンジョンを利用するのを全面的に認めさせる。このコミュニティの誰にも文句は言わせないし、その功績があれば言えないだろう。同様に、これほど危険な条件なのだから、逆に『君の自宅のダンジョン』で『何が見つかっても』それを利用させろなどと誰にも言わせないし、近づけもさせない」


 杉井さんは、そう言って再びじっと俺の目を見る。

 彼は、俺のダンジョンに、誰も近づけさせないということを強く言った。

 そのイントネーションの付け方で、俺はようやく気づいた。


 杉井さんは、俺の『病気の妹』がどういう状態なのか、想像がついているのではないだろうか。

 呪腐魔病に犯されており、そのせいで動かせない状態にあるのだと。


 そうなると、話は変わってくる。

 杉井さんがその気であれば、それをネタに俺を脅すことも可能ということになる。

 もちろん俺はあっさりとその事実を認めたりはしないし、いざとなれば実力行使も視野に入れる。

 だが、そんな未来を、俺も杉井さんもお互いに望んではいない。



「俺が留守の時にも、俺の自宅を探したりしないし、させないと?」


「約束する」



 俺と杉井さんは、そう言ってお互いにじっと見つめあった。

 彼の言葉には嘘を感じない。

 というよりも、実はこの交換条件は、俺に譲る形での提案なのではないだろうか。


 もし、俺のダンジョンで例えば有用な装備品や資材が入手できる、という状況になったとき。

 俺がここのダンジョンに厚意で入れてもらっていたら、相手もまた俺の自宅のダンジョンに入る許可を、厚意で求めてくるだろう。


 だが、俺にはそれをできない理由がある。

 いうまでもなく茉莉ちゃんの存在があるからだ。


 現在拘束しているから安全だと言っても、だから気にしないでとは言えない世の中だ。

 十中八九、そんな状況になったときにトラブルは起こる。

 松川さんや杉井さん、桐原と榎木はいい奴だと思うが、それでも事情を明かす気にはなれないし、ましてや他の人が俺の境遇を慮ってくれるわけじゃない。

 最悪、それを発端にここのコミュニティと敵対する可能性もある。


 厚意という曖昧な関係でコミュニティと繋がるのは、そういう危険を孕んでいる。


 だが、厚意ではなく交換条件でダンジョンに入らせてもらうのであれば、相手が何かを求めたとき、厚意で入れてあげる義理がなくなる。

 断る理由としても『こちらは命がけの戦いを手伝ったのだ』というのは大きいだろう。

 なにより、杉井さんはそういう状況にならないようにしてくれると、報酬を示してくれている。


 つまり、杉井さんは消極的に茉莉ちゃんを守る手伝いをすると条件を出しているのだ。

 ダンジョンの食料にプラスして、そういう譲歩を出してくれている。

 ホームセンターの怪物は、そこまでの相手だと、正しく認識している。


 そこまで読んで考えると、俺が逆にこの交換条件を断りにくくなる。

 俺自身、ソロであの怪物と戦うような事態になるよりは、誰かと協力して戦えたら助かるというのはあるのだから。



「……まずは、ホームセンターの怪物について、詳しい話が必要だと思います」


「ああ。そちらも、情報共有は必要だろうな」



 そこまで考えてしまって、俺は降参することに決めた。

 杉井さんは、俺に意図が通じたと見たのか、厳しい表情をふっと緩めた。

 万が一、無事に怪物が倒せるのなら、この話で俺が得るものは多い。

 まずは、話を聞いてみて、本当に命がけで戦う必要があるのか、冷静に見極める必要があると思えた。






「まず、上杉君はホームセンターの怪物を実際に見たことは?」


 俺と杉井さんの間でなんらかの取引がまとまったと見たのか、不可解そうにしながらも再び話の主導権は松川さんに戻って来る。


「ここに来る前、偶然遭遇しましたよ。見たのは橋の上でしたけど」


「橋の……」 


 そう深刻そうに呟いたのは杉井さんの方だった。

 俺はその反応を少し気がかりに思いつつも、正直に所見を述べる。


「体感で良いなら、絶対に戦わない方が良いレベルの強敵だと思いましたが」


 そうして俺たちは、さっきまでの話では出てこなかったホームセンターの怪物についても、情報を交換しあった。

 と言っても、お互いに分かっていることは、悲しいほどに少なかったが。




「俺たちがアレと出会ったのは、ここのバリケードを最低限構築し終えた最初の探索で、ホームセンターに向かおうとしていた時だ」


「どうして最初はホームセンターに?」


「有り体に言うと食料の確保だが、特に重要なのは野菜の種だな」


 なるほど、と納得した。

 俺はもはや食料を選んでいられる状況ではなかったが、松川さんたちはウサギ肉は恒常的に手に入れられる状況にあった。

 であるならば、目先の食料よりも、将来的な栄養を考えて野菜の種を求めるというのは、分からないでもない。

 実際、俺がちらっと見たところ、小学校の校庭も多少は耕されているようだったし。


「俺たちはその時10人程度の探索チームを組んで動いていた。ただ、ゾンビとの戦いにもある程度慣れてきていて、少し油断があったんだろうな」


 ゾンビとの戦いは、俺がまだ経験したことのないことではあるが、彼らは小学校という避難所を守るために有無を言わさぬ戦いに赴いていたらしい。


 これは俺の知らない情報だったが、まだ通信が生きている間に『ダンジョンの中にはゾンビが入ってこれない』という情報が、結構拡散していたのだとか。

 それと同時に、無作為にダンジョンが姿を現したりもしていたらしく、とりあえず現れたダンジョンに逃げ込むという人間はそれなりに居たのだとか。

 そこでモンスターに殺された人もいるだろうが、逆にステータスと抗体を得て生き残った人も当然いる。


 お知らせを見るよりも早く、そういった流れがあったのならば、生存者は思ったよりは多いのかもしれない。


 閑話休題。


 ということで、最低限の戦える力を持った探索チームが、10人でホームセンターに向かって居たところで、彼らはアレに遭遇した。


「坂を登っている最中に、一番前で斥候をしていた一人が死んだ。正確にはアレに捕らえられたという形だが、一撃で首を折られていたよ。俺たちが即座に逃げる判断をする前にもう一人、そして逃げている最中にさらに一人。小学校に逃げ帰ってきたとき、三人の犠牲者が出ていた」


 俺の頭の中では、その光景が容易にイメージできた。

 あの化け物の尋常ならざる力を誇る、頭の腕。

 その枝分かれした3本に、松川さんの仲間がそれぞれ吊るされているシーンが。


「俺たちは、直ちにホームセンターへの探索を中止した。極力、向こうには近づかないようにしようと。……まぁ、その前に、その探索に参加していた残りの三人は、探索チームから外れてしまったんだけどね」


 最初のチームは10人。三人死んで、三人離れれば残りは四人。

 第一探索部隊は、残った四人ということなのかもしれない。


「ただし、我々はいずれ、あの怪物をなんとかしなければならない」


「野菜のためですか?」


「それもあるが、君の情報によるところが大きい」


「俺の?」


 俺がもたらした情報に特に意味はないはずだ。

 せいぜい、やつの鑑定結果が『なれはてたものたち』であることと、呪腐魔病が『悪性変異』という聞いたことのない状態であることくらい。

 そう思っていたのだが、松川さんの反応は違った。



「奴は、確実に近づいてきていると思えるんだ。ホームセンターから、少しずつ距離を伸ばして、この小学校の方まで」


「…………!」



 そういう、発想か。

 でも、確かにと思うところもあった。


 俺が見たとき、奴は死体やゾンビを狩っていた。

 もし仮に奴の拠点がホームセンターだったとして、その周囲から少しずつ狩場を広げているという可能性は、確かに存在する。


 距離が伸びるごとに探索面積は爆発的に増えていくから、すぐにここまで来るということはないだろう。

 だが、もしも奴がこの小学校に届くまで探索範囲を広げる日が来たら、松川さんたちは嫌が応にも決断を迫られる。


 戦うか、逃げるか。

 そして逃げるということは、彼らは恒久的な食料を捨てるということにもなる。

 それを簡単には、選べないだろう。


「…………」



 そして、奴が探索範囲を広げるというならば、俺も他人事ではいられない。

 あの橋から見ても、小学校の距離と俺の家の距離はそう違いはない。

 そして俺の家には、茉莉ちゃんがいるのだ。


 奴が、人間だろうと死体だろうと、ゾンビだろうと際限なく襲うことは分かっている。

 もし、俺のアパートの近くまで奴が来てしまったら、その時、茉莉ちゃんを襲わない保証は、ない。


(……最初から、いずれ俺も戦うことは決まっていたのか)


 となれば、ここで彼らと協力しなくても、遠くない未来に俺は怪物と戦う必要があったのだ。

 茉莉ちゃんを守るためなら、俺は自分の命を賭けても構わない。

 であれば、ここで彼らと協力できて、おまけに良い条件でダンジョンに入らせてもらえるというのは、本当に俺にとって利点しかない交換条件だった。


「具体的な、計画や作戦は考えてありますか?」


 俺は、覚悟を決めてそう尋ねた。

 その言葉を聞いて、反応を返したのは杉井さんの方だ。



「具体的にはまだだ。ただ、あくまで想定だが。奴の進行速度が分からない以上、悠長に時間をかけてもいられない。一週間、を目処にある程度の戦力を整えたいと考えている。可能ならば、その時にもう一度、話し合えないだろうか?」



 一週間。

 それが、俺がホームセンターの怪物と相対するために与えられた強化の時間だった。




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