第44話 動けない妹
「……理由を聞いても良いかな?」
松川さんは、俺がきっぱりと断ったことで、少しだけ面食らった様子であった。
というか、ちょっと涙目にすら見える。良い大人の男性が。
罪悪感が……!
だけど、彼らが今を生きるのに必死なように、俺も過去を取り戻すのに必死だ。
「実は、自分の家には、自分以外にもう一人……妹がいるんです」
言い訳は考えてあった。
嘘にならないように、さりとて本当のことを言いすぎないように。
俺の事情をただ押し付けるための言い訳は、アパートの中で練ってあった。
そのために、俺は自分の家がアパートであることを告げていない。
こう言っておけば、相手は勝手に家族と暮らしている一軒家だと思い込む。
もし『何か』あったときの防衛策の一つだ。
「妹さん? それなら、二人一緒に来てくれれば」
「妹は、とある病気のせいで四肢が不自由でして、満足に動くことができません」
「……それは、厳しいな」
自分で動くことができない妹、と言えば松川さんの表情も渋る。
ゾンビが溢れる今の状況では、動けない人間を移動させるというのは本当に大ごとだ。
背負えば問題ないとか、そういう軽い話ではない。
万が一があればゾンビになるか死ぬ世界で、軽い気持ちでそんな提案をする奴は楽観的にすぎる。
命の危険をおしてまで、その行動を取る利点がなければ、それはリスクだけ膨れ上がったただの賭けなのだから。
「俺は、そんな妹を治す方法を求めてダンジョンの奥まで潜るつもりです。だから、松川さんたちとはきっと相入れないと思います」
「…………」
松川さんは、その言葉で黙る。
彼らの話を聞く前から、なんとなく思っていたことではある。
というよりは、今はまだほとんどのコミュニティが『そう』なのではとも思っている。
「松川さんたちは、治療薬を探すことよりも、現状の生活を守ることの方を優先されますよね?」
それは、今生き残っている人間の中に、どれほどゾンビパニックの根本的解決を──ゾンビの治療を目指す人間がいるのかという問題だ。
松川さんたちが南小を拠点にしていると知ってから、俺は考えていた。
南小であるのなら、きっと避難民には小学生が多いはず。
ただでさえ今は生き残ることに必死なのに、小学生に戦闘をさせられないとすれば、その生活の維持には莫大な労力がかかるはず。
であるならば、ダンジョンの奥に潜って強くなり、呪腐魔病の治療薬を探すという行為の優先順位は限りなく低いだろう。
その余裕があれば、少しでも生活を安定させることに人員を割くはずだ。
そして、生活の安定のために時間を割くことを、俺は許容できない。
俺が今生きている理由こそが、ダンジョンに潜り茉莉ちゃんを救うことなのだから。
「自分にとっては、ダンジョンに潜ることが最優先なんです。だから、松川さんたちのコミュニティに参加することは、できません」
もう一度、理由をはっきりと述べて断りの言葉を告げる。
松川さんは、そんな俺に提案するように静かに言った。
「一つ聞きたいんだが、例えば、まずは生活が安定するまで俺たちを手伝って、そのあと改めてダンジョンの攻略に、という考えはないのかい? そうなったら、手伝ってもらった分のお返しを俺たちだってしたいと思う、んだが」
「そう言っていただけるのはありがたいですが、この状況ですから。妹が動けないという状況を一刻も早く解消したいと、自分は考えてしまいます」
「結果的に、俺たちに協力することが早道かもしれないが?」
「そう判断できるほど、俺たちは深い仲にはなれていませんから」
松川さんの言葉に、やんわりとした否定を返す。
確かに、ここで彼らを手伝ったあと、そのお返しにダンジョン攻略に協力してもらうというのは、考えないでもなかった。
だが、現状、彼らを待っているほどの心の余裕はない。
呪腐魔病の重症化や、悪性変異というおぞましい何かを見たあと、茉莉ちゃんにどれくらいの時間が残っているのかわからないのに足踏みしている気にはなれないのだ。
「……わかった」
松川さんは、それでも何かを言いたげに口をひらきかけ、そして、ふぅと息を吐いて説得をやめた。
とりあえず、俺には俺の目的があって、コミュニティに参加するよう交渉するのは難しいと判断してくれたのだろう。
一番の難所は抜けたと思ったところで、俺も少し息を抜いて、当初の目的を告げる。
「でも、こうして交流ができたのですから、友好的な関係は結びたいんです。例えば、自分はダンジョンの中で知り得た情報をいくつかお話しできます。情報交換で、自分が知らない呪腐魔病のことについてなど、教えていただけると」
「そうだな。せっかく会えたのだから、お互い知らないことだらけの状況で別れることもない。有意義な情報交換をしたいな」
合流はしないが、敵対もしない。
むしろ緩やかな協力関係になる。
今回の落とし所としては、それで良い。
そうして、俺と松川さんたちは、お互いの情報を交換しあい、自分たちの知らない知識を埋め合うことにした。
俺が話したのは、主にダンジョンのシステムに関すること。
例えばノービスの時分には、スキルの経験が溜まりやすいことや、運のステータスがモンスターのドロップアイテムに関わっており、それによってEP効率に大幅な違いが現れること。
特に、ストレージのスキルに関しては、取得できるかどうかは分からないと前置きして俺が習得した状況を話した。
案の定、ストレージの有用性にはその場の全員が気づき、大学生二人組に至っては頭を抱えていた。
「くそぅ! 早まったぁ! 俺もスキルを覚えてからジョブに就くべきだったぁ!」
「やっぱチュートリアルは飛ばしちゃダメなんだヨォ! 緊急事態だったけどさぁ!」
と悲しみの声を上げていた二人に、杉井さんが深いため息を吐いていたのが印象的だった。
反対に、俺が受け取ったのは、彼らが実際に交戦したゾンビ──呪腐魔病患者のことについて。
その中でも重要な情報は以下の三つだ。
・呪腐魔病患者は貫通攻撃のようなスキルを持っているのか、彼らの噛みつき攻撃はこちらのHPに余裕があってもほんの少し傷を負う。そして、それが原因で感染する。
・呪腐魔病の軽症患者は、人間と同じ急所に攻撃を受けると生命活動を終えて停止する。ただし『頭』を潰さないと、少しした後に重症患者として復活する場合がある。
・人間の死体もまた、呪腐魔病患者に噛みつかれることで、重症患者として復活する場合がある。
だいたいが、最悪の答え合わせだった。
同時に、彼らが頭を潰していた理由や、四肢の不自由な妹をここに連れてくるのにはっきりとした難色を示した理由も分かる。
俺のスキルじゃない方の危機感が訴えた通り、ゾンビの攻撃は一撃でも食らってはだめなのだ。
ある程度ダメージを負っても良い戦いと、一撃も攻撃を食らってはいけない戦いでは難易度が違いすぎる。
特に、背中にお荷物を背負うとなれば、その危険度は天井知らずだ。
そうした、お互いにとっての有用な情報交換も半ばに差し掛かり、ついに話題は彼らのダンジョンについてとなった。
そして、彼らの持っているあまりにも大きな優位性を知ってしまった……。
「つまり、南小のダンジョンでは、一階層から『食料』が取れるんですね……」
彼らのダンジョンでは、一階層でウサギ型の魔物『ホーンラビット』が出てくるのだ!!
ウチのダンジョンは一階層からダンジョンらしい石の世界が広がっているが、ここのダンジョンは草原型。
入り口から爽やかな原風景が広がっていて、その草原の中に尖った角を持つウサギが飛び跳ねているらしい。
当然のことながら、ウサギ肉は余裕で食用可だ。
ゴブリンとウサギを比べてゴブリンを食べたがる奴は頭がどうかしている。
泣いている子供達をダンジョンに入れているというのも、ゾンビを呼び寄せないための方策半分、そんな子供達を弱いと思って近寄ってくるウサギを狩るため半分だという話である。
「ただ、カロリーだけの問題ではないからな。食事というものは」
「…………」
俺はなんとも言えない顔になるが、松川さんたちの言わんとしていることは分かる。
ウサギの肉が仮に無限に取れたとしても、じゃあその肉だけ食べてこの先を生きていくのかという話だ。
ゴブリンと比較したらあれだが、味もない肉を焼くか茹でるかして延々と食べ続けるのは、なかなかに辛いものがあるだろう。
1日2日ならともかく、この先ずっと、それだけを食べるのか? と考えるのは仕方ない。
だから、探索部隊は外に出る。
外の調査と、まだ生きている物資の確保が、彼らの任務になるわけだ。
おそらく、調味料の優先度は高い。
「というわけで、現状交換できる情報はこんなところか」
俺にとっても大いに有意義だった情報交換をひとまず終えて、松川さんは満足げな声を漏らした。
彼らにとっても、運によるドロップ補正の情報はそれなりに重要だったらしい。
実際、食肉のドロップの話と、EPが詰まったドロップアイテムの話はまた違う。
現状、彼らは一階層に籠っていて探索ができていない。
それはすなわち、現状はレベルアップの可能性が低いことも意味している。
ホーンラビットのEPはきっと大したことはないだろう。
ただし、ドロップアイテムをかき集められれば話は変わってくる。
ゴブリンと同じでウサギのドロップアイテムのEPが20だったとしたら、それを運が高い人間がかき集めて運の低い相手に渡すことでレベルアップ。
ステータスを運に振ることで全員の運の引き上げて、全体のドロップ率の向上によって安定したEPの獲得ができる可能性があるのだ。
「俺としては、改めて君にコミュニティへの参加を希望したくはあるが」
「すみません」
「はは、そんな顔をしないでくれ。妹さんのこともあるから、無理は言わん」
松川さんは、俺が申し訳なさそうな顔をしていると、肩を豪快に叩いて気にするなと言ってくれる。
そんな彼の態度を見て、俺は少しだけ、我を出すことを決めた。
「それで、不躾なお願いがあるのですが」
俺が真剣な顔で切り出すと、おや、というような顔で松川さんが先を促す。
こちらのダンジョンからウサギが出ると聞いたときから、可能であればと思っていた交渉だ。
「もし、よろしければ、こちらのダンジョンでウサギ肉を集めさせてはもらえないでしょうか?」
もし、これを許可して貰えるのなら、今後の食料問題に大きな光が差す。
ただし、それを許可して貰えるかは、正直五分五分な気がしていた。
世界がこんなことになってしまってから、ダンジョンから産出する食料というのは大きな意味を持つようになるだろう。
そして、ここのダンジョンは当然のように、ここを拠点としているコミュニティが管理しているものだ。
コミュニティへの参加を断っておいて、でも有用だからダンジョンには入らせてくれというのは、有り体に言って失礼なお願いだろう。
だが、俺は切実だった。だって俺のダンジョン、食料出ないから。
「ああ、そのくらいなら」
果たして、松川さんはそんな俺の失礼なお願いに、笑顔で応えようとしてくれる。
その親切心に、俺がほっと胸を撫で下ろそうとしたところで、
「待ってくれ松川さん」
話を静かに聞いていた杉井さんが、しっかりとインターセプトしてくれた。
俺は、内心の苦味が顔に出ないようにそっと杉井さんの方を向く。
彼は、鋭い視線を向けたまま、こう言った。
「ダンジョンで食料を集めたい、というなら、交換条件を飲んでもらいたい」
彼は、当然食料が出るダンジョンの有用性に気づいている。
そして、それを交渉材料にして、俺に何かの条件を呑ませられる可能性にも気づいている。
問題は、彼が出す条件が、何か。
俺は、できれば『アレ』だけはご遠慮願いたい、と神に祈った。
「ダンジョンを利用したいなら『ホームセンターの怪物』を討伐する作戦に、協力してほしい」
そして、神は俺が『アレ』だけはと願った要件を、ピンポイントで運んできてくれた。




