第43話 単刀直入な誘い
「つまり君は、世界がこうなる数日前から自宅に出来たダンジョンに潜っていたところ、知らない間に世界がこうなってしまっていて、訳も分からないまま今日まで生きて来た、ということなんだな?」
「そういうことになりますね」
杉井さんがようやく俺の言うことを信じてくれたのは良いが、まとめると、なんというか、酷かった。
いや、実際はその途中で命がけのグール戦とか、茉莉ちゃんのこととかあったせいで全然シリアスなはずなんだけど、そういう俺の心情に寄り添うところを省くとそうなってしまう。
俺の冗談みたいな来歴には、流石の松川さんたちも苦笑いを浮かべている。
杉井さんに至っては頭を抱えている。
「……いや、そこについてとやかく言うのは筋違いなんだろうな。そもそも、ダンジョンも、ゾンビも、常識の外の話だ。そんなものがいきなり二つも襲いかかって来たのだから、君のような外れ値が出るのも仕方ない……うん、うぅ……」
何か、葛藤している様子である杉井さん。
だが、彼の頭を固いというのは違うと思う。
そもそも、この世界がゾンビで溢れてまだ三日程度しか経っていない。
それを飲み込むことすら難しい時期に、こうして動き出しているだけで彼は現実を割り切れている方なのだ。
そんな彼を悩ませる俺の来歴の方が、ごめんなさいと言うべきだろう。
「上杉くん上杉くん。元からダンジョンに潜ってたってことは、やっぱりスキルとかたくさん持ってるの? ノービスレベル10ってことは、これからジョブに就く感じなんだよね? でも聞いた話だと火炎魔術は持ってるんでしょ?」
杉井さんが起動するまでの時間を潰すように、チャラい方の大学生こと桐原が俺に興味津々といった顔で尋ねてくる。
こういう世界だと、人にスキルのことを尋ねるのってマナー的にどうなんだろう。まだ、そういうマナーが決まるような時間も経ってないか。
「まぁ、一応それなりには、持ってるかな」
当たり障りのない感じで返答する。
今の彼らがどのくらいのスキルを持っているのか見当もつかないから。
自分の持っているスキルが、多いのか少ないのか判別できないので困る。
「へー良いなぁ! 魔法使いってさ、ジョブを取った時に属性魔法一つもらえるんだけど、火炎魔法とったらそれでスキルおしまいなんだぜ? 他のジョブは四つくらいはスキル貰えるのにずるくない!?」
と思っていたら、桐原が勝手に教えてくれた。
そうか、魔法使いは属性魔法一つ、他のジョブはパッシブとアクティブ合わせて四つくらい貰えるのか。
多分、火炎魔術初級が400EPだったから、それくらいのスキルの詰め合わせって感じなんだろうな。
もしくは魔法使いは魔法にリソースを割く分、ステータスが低めとかもあるかもしれない。
「で、上杉くんはいくつくらい持ってるの?」
「え」
桐原がキラキラした目で聞いてくる。
いくつくらい……?
…………。
……いや。
うーん…………。
「多分、今は……八つ、くらい?」
「すげー!」
桐原が、キラキラした目でそう言ってくれる。
ちょっとだけ、罪悪感があった。
いや、嘘は、吐いてないよ?
実際、ステータス見ても数で言えば、確か今は八つで良いはずだ。
その一つが、アレだけど。
数を聞かれたら八つで間違ってない。うん。
実際、《闇と死の徒》の中に入ってるスキルについては、正確な数をちゃんと覚えていないというのはあるのだが。
それ以上に、あまり自分の能力を出しすぎると、この先の話が『面倒』になるかな、と思ったのも少しあった。
まあ、頼まれてもステータスは見せないつもりだ。
複合スキルに関しては、条件もさっぱり分からないし、そういうスキルもあると匂わせる程度の情報がせいぜいだ。
あと単純に悪臭とかも見せたくないしな。
「よし、良い。受け止めた。それに肝心な話には関係ないしな」
そうして、桐原とついでに榎木とも少しスキルについて話をしていたところ、杉井さんもようやく俺の異常な立場を受け入れ、ふぅーっと深い息を吐いた。
さて、ここからが肝心な話か。
実を言えば、ここに来ると決めた時点で、ある程度、どういう話になるのかは考えていた。
俺の立場が、どこにも縛られていないフリーな存在であるなら、こう言われるだろうなと。
かくして、杉井さんから目配せをもらった松川さんが、軽い口調でありながら真剣さを表情ににじませつつ言った。
「では単刀直入に言おう。上杉くん、俺たちのコミュニティに参加する気はないかい?」
まぁ、そうだろうな。
当然、それを聞いて来るだろう。
この世界で今、最も求められているのは動ける人間だ。
ダンジョンで食料となるモンスターを狩るにも、外で食料や物資を調達してくるにも、ダンジョンのシステムを受け入れた、動ける人間でなければならない。
この場所は420人ほどが集まっていると言っていたが、おそらく、動ける人間というのはその数よりもだいぶ少ないだろう。
理由は明白である。
それは、ここが『小学校』であるから。
「はっきり言うと、俺たちには大人が不足している」
松川さんは、自分たちの状況を誤魔化すことなく語った。
「俺たち400人強の内、およそ半分の200人ほどは、まだ義務教育の終わっていない小学生だ。当然、彼らを戦う人員としてカウントすることは出来ていない」
やはりそうだった。
ここは小学校。となれば、ゾンビパニックが起きた時、ここを一番の避難場所にしようと思うのは、小学生や小学生の子を持つ親だろう。
そんな彼らが逃げ込めば、もちろん人数は膨れ上がる。
ただしそれは、しっかりとした大人の数ではない。
「子供を数に入れられないのは、常識の話ですか? 能力の話ですか? それとも……」
ここにダンジョンがあるというのなら、抗体のためにここの人間は全員ダンジョンに入ったはずだ。
そうなれば、当然ダンジョンから初期ステータスが与えられるし、ジョブを得ればその分の割り振りもされるだろう。
その時点で、ノービスレベル1だった頃の俺よりは、ステータス面では優れていてもおかしくない。
「もちろん、社会常識として子供を戦わせるのは気が咎める、というのはある。とはいえ、能力自体は問題ないのだろう。ダンジョンというシステムは、子供にも最低限の力を与えてくれる。だが……」
ただ、それがすなわち、戦えるという意味にはならない。
「だが、彼らはまだ現実を受け入れていない。親を亡くした子がいる。親がゾンビになった子もいる。友人たちとはぐれてしまった子も当然居る。彼らの多くは、まだ自分で立ち上がれる精神状態になっていない。今も、ここにいる大人の大半がつきっきりで見ている状態だ」
子供にとって、この現実はあまりにも酷だった。
というより、誰にだって酷だろう。
俺だって、茉莉ちゃんを目の前にした時は自殺を真剣に考えたのだ。
小学生が自暴自棄にならない方がおかしい。
「泣き止まない子は、それだけでゾンビを呼んでしまうので、ダンジョンの中に半ば隔離しているような状況だ。なんとなく、分かるだろう?」
ダンジョンの中ではいくら泣いてもゾンビは寄ってこない。
モンスターは寄って来るかもしれないが、それを守るために大人が付いている。
それが、俺がこのコミュニティで見かける人の数がやけに少なかった原因。
特に、女性陣は大半が子供達に付いているのだろうなと想像ができた。
「だから、俺たちは動ける人を求めているんだ。君さえよければ、こちらのコミュニティに手を貸してくれないだろうか?」
そう言って、松川さんは頭を下げる。
彼のような、立派な大人の男性が俺みたいな若造に頭を下げるというのは、どれほどの気持ちなんだろう。
少なくとも、喜んで頭を下げているわけではない。
彼なりの覚悟と、誠意があって、俺に頼んでいるのだ。
力になってくれと。
「…………」
俺は、そんな松川さんの頭をじっと見つめる。
力を貸してくれと願われて、貸してあげたいと思うところはもちろんある。
彼は悪い人ではない。このコミュニティは、このゾンビの溢れ出した世界で、まだ必死に『社会秩序』を守っている。
そういう、正常な集まりに属したいという願望は俺の中にだってある。
それでも。
「すみません。自分は、こちらのコミュニティには参加できません」
それでも、俺は我を通さなければいけない。
俺は俺で、やらなければいけないことがあって。
そしてそれは、このコミュニティの方針とは決定的にずれているだろうから。




