第42話 応接室
いの一番に挨拶をした松川さんに連れられて、俺は小学校の校舎の方へと案内される。
「詳しい話は、応接室あたりで聞かせてほしい。なにぶん、生存者がやってきたのも初めてのことで、対応の準備もしてないんだ」
とのことだったが、アポ無しで訪問したのは俺の方なので、むしろこちらが少し申し訳ないくらいだ。
まぁ、電気も電波も死んでいる世界なので、アポを取ろうと思ったら矢文とか石に手紙くくりつけて投げるとかしないといけないのだが。
校舎に向かう道すがら、ちらりと周囲の様子を伺ってみたが、校舎の外に出ている人間はそれほど多くない。
そのほとんどは、申し訳程度に校舎にあったらしきもの(刺又とか)で武装した成人男性だ。
女性の姿はまるで見えない。
「ここには、何人くらいの生存者がいるんですか?」
誰とはなしに尋ねると、松川さんではなく、俺の一挙手一投足を監視するような視線をくれていた、サブリーダーの男性が答えてくれた。
「総数だと420人ほどになる」
「…………思ったよりは多いですね」
素直な感想だった。
思ったよりは多い。
同時に、この一帯の住民の数を考えれば、ごく一部とも言える。
そもそも、ゾンビが発生した直後の状況を知らないので、俺はそれがどれだけ大変な数字なのかは想像することしかできないのだが。
「さ、入ってくれ。とりあえず一階は、靴はそのままでいい」
松川さんに促され、俺は職員室脇の教員用の入り口から中へと案内される。
小学校は本来土足厳禁だったはずだが、人数分のスリッパが無いらしく現在は一階部分は土足で踏み入ってもいいことになっているらしい。
生徒たちが使っていただろう下駄箱へと続くドアは全て閉鎖され、こちらもバリケードがされていた。
「一階はこんな感じだが、二階から上は土足厳禁だから気をつけてくれよ。といっても、そちらに入ってもらうかどうかは、この先の話し合い次第だがな」
そうやって釘を刺すのは、やはりサブリーダーの男性の仕事らしかった。
ともすれば冷たいを通り越して敵対的に見える対応をするサブリーダーを、松川さんがまぁまぁとなだめている。
そして、こういう言い方しかできない男だが悪い男じゃないから、と、サブリーダーをかばいつつ俺に謝罪をする。
だが、これはアレだな。サブリーダーから俺への牽制もあるが、パーティ内でそういう役割を決めているのだろう。
サブリーダーの彼が冷たくするほど、俺に好意的な松川さんの好感度が上がりやすくなる。いざというとき、松川さんに頼まれたら断りづらくなるやつだ。
松川さんの対応は元からの性格な気がするが、サブリーダーの男性は意図的にやっている気がする。
そう思うと、むしろサブリーダーの男性の方の好感度がちょっと上がったので、不思議なものだと思った。
「ということで改めて自己紹介しよう。俺は松川勇吾。一応、この南小のコミュニティの中で、第一探索部隊のリーダーをやっている」
小学校の応接室にて、適当にソファに座った面々の中でまず松川さんが言った。
第一ということは、探索部隊がいくつもあってその中のリーダーの一人といったところだろうか。
「まぁ、リーダーといっても、探索部隊がそもそもそんなに居ないし、大した権力もないのであまり気にしないでほしい」
「ええと、わかりました」
こういう風に気にしないでくれと言われて「わかった気にしない」と答えるのが正解なのか、誰かに教えて欲しかった。
まぁ、本人が気にした様子がないので、とりあえずよしとしよう。
松川さんが自己紹介を終えると、続いて、他の男たちも自己紹介を続ける。
「私は杉井義晴。第一探索部隊のサブリーダーだ。口が悪いのは生まれつきだから許してほしい」
と、サブリーダーの男性、杉井さんが言う。シルバーフレームのメガネが似合いそうな皮肉たっぷりの自己紹介だった。思わず苦笑いする。
「俺は、桐原翔。第一探索部隊の火炎魔法使いさ!」
「僕は、榎木秀。第一探索部隊のアーチャー兼スカウトをやってます」
大学生くらいに見えた男二人も合わせて自己紹介した。
桐原の方がややチャラそうな感じで、榎木の方が少し大人しそうに見える。
ただ、榎木の名乗った役割が少し引っかかった。
「アーチャー兼スカウトってことは、狩人ですか?」
狩人は、救済ジョブではなく200EP必要とする上位ジョブの一つだった。
役割はまんま救済ジョブの弓兵と斥候を混ぜた感じであり、もしも400EPのジョブがなければ候補に入れていたかもしれないジョブである。
もし、その使用感とかが聞けるのならと、俺は思わず訊ね返したのだが、榎木はバツが悪そうな顔をする。
「えっと、狩人は知らないです。ただその、名前の響きで思わず弓兵を選んだんですが、その、遠距離攻撃用の弓も銃も、ここには無くてですね。サブ武装のナイフ装備で、斥候の真似事をしていると言いますか」
「あ、あー……なんかその、すみません」
掘ってみたら、ちょっと可哀想な事情が出てきた。
でもそれはそうだろう。弓兵が遠距離攻撃に補正が入るジョブだとしても、そもそも現代日本でその辺に弓や銃が落ちているわけがない。剣だって怪しい。
遠距離攻撃といえばせいぜい俺がやっている投石くらいだろうが、石だってその辺に落ちているわけではないのが東京なのだ。
そうなると、職能の半分以上が死んで、残った弓兵らしい感覚の鋭さで斥候をといったところなのか。ちょっと、可哀想だ。
「ま、まぁ、俺たちの自己紹介はこれくらいにして」
お互いにしょんぼりしてしまった俺と榎木さんを気遣うように、松川さんが話を進める。
そろそろ、本題といったところだ。
「まずは、君について話を聞かせて貰えるかな?」
松川さんが、俺の素性を訪ねる。
それもそうだろう、とは思う。
なにせ、コンビニでメモを拾っていきなりここに尋ねてきた俺の存在は、控えめに言ってもめちゃくちゃ怪しい。
そもそも、現在の東京で、特になんの秘密もない在野の生存者がフラッと訪れるという状況はまずあり得ない。
なぜなら、この世界にはただ生きているだけで発症するゾンビウイルスが蔓延しているから。
何も対策していない人間は、そろそろ漏れなくゾンビになっているだろうし、ゾンビになっていないということは『ダンジョン』に入っているということ。
そして、現在の状況から考えれば『ダンジョン』の近くにはコミュニティができている可能性があるのだ。
すなわち、彼らにとって俺は『他の生存者コミュニティから、なんらかの目的を持って派遣されてきた人間』に思えていることだろう。
そのコミュニティの目的を探り、協調できるのかどうかを探るのに、神経を尖らせるのは当然のことだ。杉井さんの対応も分かる。
……事実が全く異なるのが、大変申し訳ない気持ちである。
「改めて。自分は上杉志摩です。ええと、まず最初に言っておくと、自分は他の生存者コミュニティを知りませんし、他の生存者コミュニティから流れてきたわけでもありません。もちろん、問題を起こして追い出されたとかでもないです」
俺の発言で、一番眉をしかめていたのはサブリーダーの杉井さんだった。
じっと俺を見る目は、俺が何か嘘を言っていないかを必死に探るようだったが、残念ながら俺は全く嘘を言っていない。
「すると何かい? 君は、このゾンビ溢れる世界で、本当にただフラッと訪れただけの、存在だと?」
杉井さんの目が鋭く細められる。
言外に「ではなぜゾンビになっていない?」と尋ねられているのがわかった。
まぁ、その辺については口にしても大きな問題はない。
俺の住所がバレない限り、俺の家に『それ』があること自体は問題ではないのだから。
「実は、自分の家にダンジョンができまして。俺はそこに潜っていたおかげでゾンビにならずに済んでいるんです」
というわけで、俺は可能な限り正直に言ってみた。
松川さんと、大学生二人は俺の言葉に目を丸くしていて、杉井さんは「何を馬鹿なことを」と全く信じてくれていない様子だった。
それから、自宅ダンジョンのことを杉井さんに信じてもらうまでに、幾ばくかの時間が必要だったのであった。




