第38話 生存者
コンビニの屋根から景色を眺め続けて、一時間半が経過した。
より正確には5412秒。
今朝獲得した《闇と死の徒》に統合された『カウント』のスキルが、俺の頭の片隅で正確に秒数を数え続けている。
このスキルは思ったよりも有用だった。
簡易的な時計の代わりになる。
本来は『違う目的』のためにと思って取ったものだったが、使い勝手は抜群だ。
そして、その時間の間、俺はずっと眼下に映るゾンビを眺めていた。
ゾンビの生態は未だ謎に包まれているが、少なくとも二つの種類がいることは予想がついた。
一つは周遊型。
決められた巡回ルートをなぞるように、一定の周期で同じ行動を取っている奴。
こいつらはその辺の音に反応するというよりは、決められたルートを辿っているときに何らかの異常を見つけると、それに対応するようなタイプ。
もちろん音にも対応するが、周遊ルートからあまりにも外れるようだと、追跡を諦めて元の巡回に戻るような性質。
石を投げてみて反応を見た限りだとそんな動き。
つまり、こいつらはタイミングを見れば回避可能だし、仮に見つかったとしても一定以上離れれば逃げられそうだということ。
もちろん、石と違って人間の場合はどこまでも追ってくる可能性があることは、頭に入れなければいけないが。
そして、もう一つが反応型。
こいつらは周遊型と違って、何もなければ基本的に動かない。
だが、音などを感知するとそちらに向かってずーっと進んでいく。
そして、ある程度進んで何も反応がなくなると、また動かなくなる。
基本的にはそういうタイプだ。
ただ、時折なんの前触れもなく動き出すこともあるようなので、あくまでそういう傾向があるというだけ。
反応型というよりは、徘徊型という方が正しいのかもしれない。
おそらく、茉莉ちゃんはこちらのタイプの方だろう。
(しかし、多いな……)
コンビニの屋根からずっと眺め続けていると、時折そういったゾンビが現れては、またいずこかへと消えていく。
数は数えていない。ただ、一時間半で100は見てないかな? といったところ。
外を普通に歩いていると1分で一回くらいはゾンビとエンカウントするだろうなという感じだ。ダンジョンより余裕で多い。
そして、今回気になっていた呪腐魔病(重)に関しては、一時間で4体だけ見た。
4体全てが死体であり、死体は全てが呪腐魔病(重)の表示であった。
人間で呪腐魔病が重症になっているものはおらず、また死体で呪腐魔病が軽症のものもいなかった。
良い知らせなのか、悪い知らせなのかはまだ分からない。
サンプルはあまりにも少ない。
ただ、呪腐魔病(重)の特徴は一つわかった。
奴らは、走る。
他のゾンビが、目標に向かってノロノロと歩くか、せいぜい早歩きになるところを、彼らは一目散に走っていく。走るゾンビである。
ゾンビの中で最も怖いのは走るゾンビだ。
歩くゾンビなら、走って逃げれば振り切れる自信がある。
だが、走るゾンビは、こっちのスタミナが切れるまで走り続けても撒けるとは限らない。
走るゾンビ相手には、俺の生存戦略である逃げの一手が通じない可能性があるのだ。
また、対ゾンビ用魔術の『マイン』も、走りながら設置するのには向いていない。地雷を設置している間に、追いつかれる。
結論としては、走るゾンビに見つかったら、ガチンコバトルが求められる。
とても、怖い。今の俺は、武器らしい武器を持ってきていない。近距離戦を魔術一本でこなすのは、俺にはまだ無理だ。
彼らがまだ、それほど多くないことだけが、俺の救いだった。
(しかし、これは外したかな)
と、ゾンビの観察をある程度終えたあたりで、俺はそう考えていた。
生存者との接触可能性を考えて残ってみたが、残り30分で現れるとはあまり思えない。
ゾンビの生態についてある程度わかっただけでも収穫としよう。
そう思っていたときだった。
(…………? ゾンビたちの動きが変わった?)
コンビニから見える範囲にいたゾンビたちが、不意にあたりを気にし始める。
俺から見て左……方角的には東の方だ。
不思議に思ったのも束の間。ゾンビたちにほとんど遅れることなく、その気配は俺の知覚にも入り込んでくる。
(数は3……いや、4。正確には1と3って感じ)
東の方から、人間らしき気配が近づいてきていた。
だが、その気配の動きが少しおかしい。
1人が突出し、残りの3人が少し離れてそれについていくような感じ。
(囮?)
そう。まるで一人を囮にしているような気配。
俺の中で、生存者への友好メーターがわずかに下振れる。
だが、その印象は、すぐに変わった。
「わははは! ほらゾンビども! 俺はここだぞ! こっちにこい!」
聞き耳を使うまでもない大きな声を出しながら、一人の男が視界に入る。
筋肉質で大柄な男だ、年の頃は三十前半くらいだろうか。
そいつはガサツな動きで、玉突き事故を起こしている車の『上』を、楽しそうに跳んで渡りながら現れた。
コンビニ前にいたゾンビたちも、その男に釣られて向かっていく。
のだが、男は車のボンネットの上にいるため、ゾンビたちの手は届かない。
「はははは! 怖い! 怖いから! 早く頼んだぞ!」
だが、当然何も感じないわけではないらしく、ゾンビが群がる前に次の車、次の車と男は矢継ぎ早に飛び移っていく。
その派手な男につられて、ゾンビたちもまたぞろぞろと渋滞を起こしながら流れていく。
(ゾンビたちを引きつけているのか)
俺がそういう感想を持った直後、ゾンビたちに気づかれないように気配を薄くした男が3人、コンビニの駐車場へと駆け込んできた。
こちらは、比較的若い。二十代後半が一人と、あとは俺と同じ大学生くらいに見える。
彼らは、ゾンビたちを警戒しながらも流れるようにコンビニの中へと入っていった。背中には、かなり大きいリュックを背負っていた。
俺は気配察知で3人の位置を感じながら、聞き耳をそこに照応させて盗み聞きを試みる。
「上手く行ったけど……あれ本当に大丈夫ですか?」
「とりあえず今は信じるしかないだろう。俺たちはさっさと残りの物資を……」
「あれ、減ってませんこれ?」
コンビニの中で、男たちはそう話し合っていた。
やはり、さっきの大男がゾンビを引きつけている間に、物資を回収する腹づもりだったらしい。
そして、俺がいくらか回収したので、コンビニの物資は減っているわけだ。
「俺たち以外にも生存者がいたんですよ!」
「……まぁ、そうみたいだな」
「とりあえず、どうします? もしかしたらここで待ってたら会えるかもしれませんよ?」
話し振りだと、彼らは一応生存者の存在を喜んでいる様子だ。一人だけあまり浮かない感じなのは、少しだけ年上だった男だろう。
彼は俺と同じく、生存者が友好的でなかった場合の可能性を考えている気がする。
「いや、俺たちの仕事は物資の回収だ。ここで待っている間、リーダーにずっと囮をさせているわけにはいかないだろう」
「でも……そうだ! 何かメッセージくらい残しませんか?」
「……それくらいなら、良いか。ただ、あまり時間はないぞ。もし避難を望むなら南小学校に来い、くらいで良い」
「了解です!」
そのメッセージを読む前に、メッセージの内容を知ってしまった。
彼らの拠点は、南小か。
南小は、南と銘打っているが、ここからだと東のあたりに存在する小学校だ。地区的には南なので南小。
俺は地方から東京に来たので縁もゆかりもないが、茉莉ちゃんの出身小学校だったはずだ。
下校時刻には、ランドセルを背負った小学生が群れをなしているのをよく見かける。
「それじゃさっさと取るものとってずらかるぞ。生鮮食品も持って行こう。この気温ならまだ食べられるだろう」
「了解です。ただ、ここももう何もなくなると、いよいよホームセンターですかね」
「そっちは、同じ手は使えないな。さぁ、もう行くぞ、合図を頼む」
男たちは、コンビニでの物資補給を終えたようだ。
時間にしておよそ3分ほどの早業である。
肩に大荷物を背負った男3人がコンビニから出てくると、大学生らしき男の一人が、空に火の玉を打ち上げた。
どうやら魔術師のジョブに就いているらしい。
ヒューと息の長い音を立てたそれは、最後に爆発することなく消える。
と、ほぼ同時に、先ほど車の屋根を渡って消えて行った男が、凄まじいスピードで戻ってくる。
「作戦完了か! 逃げるぞ!」
言って、男は車から飛び降りると3人に合流した。
どうやら、ゾンビたちは道路の遠いところに撒いて来たようだ。
そのまま、四人組は来た道とは違う道を使って、拠点である南小へと戻っていくようだ。
彼らが去っていくのを見送ったあと、俺もすぐに屋根から飛び降りた。
「一応。メモはもらっておくか……」
生存者との重要なコネクションになるかもしれないそのメモを回収し、俺もすぐにコンビニを離れる。
そうしないと、大男を追っていたゾンビたちが、今にもこちらに押し寄せてきそうだと思ったから。
(さて、接触するべきか、否か)
コンビニから戻る道で、先ほどの火の玉を見て(あるいは聞いて?)こちらにノソノソ近づいて来ていたゾンビを、どうにかやり過ごしながら、俺はポケットに入れたメモについて考えるのだった。
【生存者へ。南小に避難所あり。ダンジョンあり。情報交換求む。特に『ホームセンターの怪物』について、何か情報があれば求む】




