第228話 一つずつ首を刎ねるだけだ
最後に残った屋敷の外観をまず確認する。
まぁ、屋敷と言ってはいるが、日本の武家屋敷とかそんな規模ではさすがにない。
家というにはデカすぎるけど、城というには小さいし、屋敷、まぁ屋敷かなぁという感じの大きさ。
俺の体感で一番近いのは、近所にある公民館なのだが、公民館の大きさが全国的に一致しているのかは定かじゃない。
RPG的にいうなら、それこそ無駄に立派な村長の家、くらいか。
まぁ、見張り台が併設されている村長の家なんてなかなか見ないけど。
構成要素は大きく分けて三つ。
中央にデンと構えている、おそらく本館的な家。
その横にこれまたデンと構えている、詰所みたいな別館?
あとはクミンに音もなく始末された見張りが詰めている、見張り台とその待機所。
とりあえず、その三箇所が攻略すべきポイントだろう。
(クミン。この時間に庭の見張りとかはいなかったのか?)
(いませんでした。おそらく、集落の入り口と見張り台で見張りは十分という考えじゃないかと)
(……それもそうか)
こういう屋敷には、正門前の見張りだったり、巡回している見張りだったりがいるのが当たり前の認識だったが、そもそもここはホブゴブリンの塒の中だ。
俺たちが今いる場所が、正門前の見張りを越えたところであり、巡視はいなくとも常に上から見張られているべき場所であるのだ。
それを綺麗に掃除していったのが今なので、残すは本丸だけなのである。
潜入暗殺ゲーで言えば、見張りを排除し終わってあとは寝室を残すのみ、みたいな状況だ。
(中の様子とか、何かわかっていることは?)
(この時間に出入りはなかったこと。物音がほとんどしていないこと。おそらく見張りを終えたゴブリンは屋敷に報告に行ったあとに、見張り小屋に戻ってきたこと。くらいです)
(となると、少なくとも屋敷の方には報告を受け取るために起きている奴がいる、か)
見張り台のあたりで何が起きたかについては、外からは見えなかったのでクミンの気配察知頼りだが。
クミン曰く、見張りを終えたゴブリンの気配は遠ざかって消えたと思ったら、再び現れて見張り小屋の中に入って行ったとか。
交代してから五分待っていた意味はちゃんとあった。
(感覚でいいから、各施設にどれくらいいるか分かるか?)
(分かるのは見張り小屋くらいですけど、そこだと合計五体くらいじゃないかと)
(五体か)
もし、ぐっすり眠っているなら手間取ることもない数。
だが、職業が見張りであれば、気配に敏感かもしれないか。
(とりあえず、最初は見張り小屋の制圧。そのあとは、本館と別館、数が少なそうな方から、順に制圧していこう)
(了解です。確認ですが、もし気づかれたらどうします? その場で対処しますか?)
(……ふむ)
元の手筈としては、気づかれたら即座に撤退し、外に作った決戦用の舞台に誘導することになっていた。
だが、クミンが改めて確認したのは、現在かなり数が減っているはずだからで、そこまで誘導せずにここで決着をつけるか? と問うているわけだ。
確かに、悩みどころだ。
もし、敵が大勢残っていたら当たり前のように追いかけてくると思うのだが、現在敵の総数は俺たちが削りに削りまくっている。
そうなると、警戒して追いかけてこないというのも十分に考えられる。
だったら、相手に発見された瞬間に畳み掛けて、混乱に乗じて首を奪る、というのも選択肢に上がる。
(……いや、相手の戦力はまだ分からない。もしかしたら、ここに詰めているのが全員エリートホブゴブリンで、外のを全員足したよりも強いかもしれない。最初は決めた通りに撤退でいこう。もっと進んだら、臨機応変で)
(了解です)
(万が一見つかっても追いかけてこないようなら、相手の戦力はさほど残ってないわけだろうから、改めて攻め入ることにしよう)
もっとも、攻め入るとなってはTくんの召喚はほぼ必須だろう。
ゴーレムに機動力があれば、ゴーレム突撃も視野に入るのだが、彼らは基本的に動かないユニットだ。
俺やクミンのスピードにはとても付いてこれないし、攻め入るのに向いてない。
そう考えたときにも、俺やクミンのスピードにもまあまあ付いてこれるTくんの有り難みが分かる。あの日よく逃げ切ったな俺、本当に。
これでスピードタイプじゃなくてパワータイプなんだぜ?
そういうわけで、ここからはクミンと協力して暗殺にあたる。
とはいっても、頭数が増えたからできることといえば、同時に攻撃できるようになったのと、何かのための見張りを置けるようになったことかな。
現状、外を警戒している相手はいないわけなので、見張りには念のため以上の意味がない。
となると、二人がかりで迅速に首を落としていこう、という話になる。
俺たちは足音を立てずに、まずは見張り小屋の壁に取り付いた。
聞き耳を立ててみるが、規則的な寝息が五つ。
起きている者らしき呼吸音は聞こえない、か。
ただ、呼吸音だけでは断定はできない。
小屋を見て回ると、窓がある。
俺は久方ぶりにストレージから手鏡を取り出し、少し迷ってそこに闇を纏わせた。
鏡の性質上、闇をまとえばそれだけ見にくくはなる。
だが、暗視があるので見えないということはないだろうし、星の光を不用意に反射するなどして、万が一気取られるよりはマシだ。
そっと窓枠にかざして、中の様子を窺った。
(数は五で間違いない。全員夢の中)
(見張りだからこそ、交代の時間にすぐ寝て、すぐ起きられる才能が求められるんでしょうかね)
(そうなると、どんな条件で起きるかは分からないな)
最悪、玄関に呼び鈴がついている、なんて可能性もあるが、さすがに考えすぎだと思われる。
見ていた限りだと交代要員がやってきてから仕事を交代する様子だったから、誰かが帰って来たら起こされる、という感じではないはず。
つまりは、これまでより慎重に行けば問題ない。
足音や気配を漏らさぬよう、今一度細心の注意を払う。
(玄関を開けたらクミンが滑り込んでくれ。俺は万が一のための消音に意識を集中しておきたい。俺が2、クミンが3でいけるか?)
(了解です)
アリさん形態のクミンは、細い隙間に忍び込む能力が高い。
音を鳴らさぬよう玄関の扉を開けたら、静かにクミンが入り込む。
と同時に、俺は夜のカーテンを小屋の中に展開した。
もし目ざといものが見たら、小屋の中が夜よりも暗いことに気づいたかもしれないが、それはもしもの話だ。
三体のゴブリンはクミンに首をねじ切られ、二体のゴブリンは首と胴体が綺麗に別れた。
人の気配に敏感であろう見張りを始末したことで、安堵の息が漏れる。
だが、本番はここからだ。
ふと庭を見れば、まだクミンが開けたトンネルの穴は開いている。
一応、それと分からぬように土をかぶせて偽装されているが、なんとなく分かった。
このトンネル作戦も、一度バレたら二度は使えないな。
いや、そもそも今日失敗したら暗殺作戦はもう無理だ。
今日、もしボスを取り逃がしたとして、俺がボスだったら二度と夜には油断しない。
そして敵もきっとリポップするだろう。
集落の中と、屋敷の前を巡視がウロウロしているだけで、今日と同じことはできない。
今夜が、無傷でここを攻略できるラストチャンスだ。
(別館の方に、向かうか)
(そちらの方が、気配は少なそうですね)
気配の問題もあるが、もう一つの問題もある。
もし見張りがどこかに『異常なし』と報告するとしたら、普通は本館のほうだろう。
俺は本館の方に、まだ起きている個体がいる可能性が高いと踏んでいる。
最終的には処分することになるだろうが、そのリスクを負う前に寝ているやつらを処理したい。
寝ていて、くれればいいが。
さきほど見張り小屋にやったのと同じように、別館の壁に取り付き気配と音を探る。
だが、寝息が多い。数を特定しきれない。
十体以上はいる気がする。
(十四、五体ってところか? クミンはどう思う?)
(同じく十五かと。香りの種類的に、ですが)
(十五か)
そのまま、見張り台と同じ手口で窓から中を覗き込む。
十五体。確かに。
全部ホブゴブリンだ。
村にいたリーダーっぽい個体ではなく、ノーマルホブゴブリンではあるが、それが十五体。
どこかに装備をまとめているようで全員無防備だが、それでも起きてしまったら面倒なことになるのは間違いない。
スピードは負けてないだろうが、それ以外のフィジカルは素手のホブゴブリンに完敗している自信がある。
一手判断を誤れば、即死もありうる。そんな敵だ。
それが十五体。
(クミン。やつらを一撃で屠れそうか?)
クミンに問いかける。
と、同時に、俺はどうやって奴らを屠っていたかを説明する。
それを聞いたクミンは、難しそうに言った。
(ウチの火力で一撃は狙えないと思います。上杉さんより力は上ですが、こういう状況に特化したスキルや称号はないので、瞬発火力は負けているかと。上杉さんでギリギリなら、冒険しないほうがいいです)
(じゃあ、全部俺がやらなきゃ、か)
二人で分担できない。
イコール時間がかかる。
すなわち、発見されるリスクが比例して高まる。
こいつらをまとめて削れたら、大きなアドバンテージになるだろう。
集落のゴブリン全員を並べたのと、同じくらいの戦力な気がする。
こいつらは中央集権型?のモンスターだったのだろうか。
時計を確認する。
2時半前。
時間はまだ大丈夫。
(仕方ない、一匹ずつやろう)
数が増えてもやることは変わらない。
音を出さずに、一つずつ首を刎ねるだけだ。
別館の扉を開ける。
余談だが、見張り小屋にも、ここ別館にも鍵はかかっていなかった。
緊急時に即応するためだと思われる。
十五体のホブが並んだ、仮眠室のような部屋。
むせ返るような臭気に顔をしかめそうになる。
これまでは無呼吸で一息にやっていたが、さすがにこの数は無理だ。
今の肺活量もステータスのおかげで謎に上がっているが、それでも限界はある。
だから、呼吸を止めるのではなく、呼吸を合わせる必要がある。
臭いへの不快感を心で落ち着け、俺という異物の呼吸を静かに調和させていく。
クミンには、俺が一撃で仕留め損なった時の口止めをお願いしてある。
夜のカーテンの保険もあるが、俺がミスをした際には、余計なことを言う前にホブの口に石が詰め込まれるということだ。
それでも、万が一侵入に気づかれたら即暗殺失敗のリスクは胸にくる。
……胸にくると言っておきながら、心臓は平常運転を繰り返し、呼吸が次第に部屋の中に混ざっていく。
「ぐごぉおおおおおおおおおおおぉおおおっぉぉお」
突如、ホブゴブリンの大きないびきが響いた。
俺とクミンは、とっさにその場に伏せる。
この暗さならすぐには見つからないはずだ。
気配が、動く。
何体かのホブが目を覚ました。
「…………」
「…………」
俺とクミンは、ただ静かに息をひそめた。
まだ、気付かれてはいない。
目を覚ましただけだ。
「……ぐぎゃ」
ホブゴブリンの誰かが『迷惑な』とでも言いたげに鳴いた。
そして、再び静かになる。
既に、眠っているのか、まだ起きているのか。
俺とクミンは、息をひそめ続ける。
60……121……176……
再び、ホブゴブリンの呼吸音は規則的なリズムを取り戻していた。
だが、すぐに動き出すことはしない。
さらに三分ほどかけて、別館の空気に順応した。
深呼吸は要らない。そのための時間は既に費やした。
再び大きないびきが起きる前に。
さぁ、やろう。
合計十分かけて、一体ずつ慎重に、十五体全ての首を、音もなく斬り落とした。
外のホブゴブリンと、首の硬さは同じで助かった。
本館は、まだ俺たちの侵入に気づいていない。




