第216話 この瞬間に畳み掛ける
人狼、ウェアウルフ、ルーガルー、狼男。
呼び名は様々だが、その怪物もまた、吸血鬼同様にメジャーなモンスターである。
鋭く尖って伸びた爪、毛むくじゃらの大きな足。
歪に広がった大口に、ギザギザの牙が立ち並ぶ。
金属と見紛う強靭な肉体、剣にも引けを取らぬ硬質な爪や牙。
スピードもパワーもタフネスも、並の人間を凌駕する。
まさに、人類の天敵になるために生まれたような特徴を持つのが、そのモンスターである。
倒す手段は一つ。『銀の銃弾』を撃ち込むこと。
そうすることで、人狼の不死にも似た呪いが解けて死ぬ──というのがよく聞かれる弱点だ。
それ以外の弱点らしい弱点は、パッと浮かばない。
そして俺たちが持っている銀は。
クミンが試しに作ってくれたというあの一欠片だけだ。
頭に最初に選択肢が浮かぶ。
逃げるべきか、戦うべきか。
もし、相手がグールのように時間を置いて消える相手なら、逃げる選択はアリだ。
もしくは、最初のときのように洞窟に引きこもって、T君回復まで時間稼ぎをする手もある。
だが、当然ながら時間はかかる。
もしここで時間を消費したら、今日中の『ホブゴブリンの塒』攻略は、実質的に不可能になるかもしれない。
一日の遅れは、残り時間が四日しかない俺には、あまりにも致命的だ。
可能であれば倒す。まずは、その選択肢を選ぶ。
……ため息を吐きたくなる。
おかわりがくる可能性も考慮していて、実際に来ただけなのに、俺は追い詰められている。
グールの総数が250と見当をつけているなら、その手前で倒さず無力化することだってできた。
予測はあくまで予測で、正確ではなかったからその決断はしなかった。
T君がまだ元気だから、続投できると思った。
まんまと裏をかかれた。
ダンジョンに俺の浅い考えを見透かされていた。
後悔は後からやってくるものだ。
あの時こうしていれば、という言葉がなくならないのは、人間には未来のことなんてわからないから。
そして、可能性をわかっていても、人間にはどうしようもない時間という圧力が、選択を急かすから。
俺は選んだ。そして、今、強敵が現れた。
戦力は激減した。それでも戦うと決めた。
久しぶりに、死線が見える。
「クミン! まずは遠隔から攻めるぞ!」
『了解』
だが、俺たちだってただの人間じゃない。
ダンジョンに潜り、ステータスを与えられ、何度も死にそうになりながら積み上げて来た挑戦者だ。
相手が何であろうと、挑まずして、勝つことはできない。
肌から感じる威圧感が、トラウマがあるグールよりもよほど強大であろうと、俺は歯を食いしばって前を向く。
ただ強いだけのモンスターがなんだ。
レギオンを前にした時の『絶対に死ぬ』という畏怖に比べたら、そよ風みたいなもんじゃねえか。
危機感先生だって、赤だって言っている。
絶死の黒じゃないなら、勝てる戦いのはずだ!!
「GROOOOOOO!!」
人狼の遠吠えが響く。
喚屍草の呪いが撒き散らされた地に現れ、その場にいた俺たちを敵と認め。
そうして、障害物や落とし穴が多数設置された地形を見て、にやりとほくそ笑む。
狼顔のくせに、俺たちを嘲るような表情は、不思議と十分に伝わった。
「GUU!」
人狼が太く強靭な足を、ぐっと踏み込んだ。
ただでさえ死にかけた乾いた土を、さらに盛大に殺すような強烈な圧をかけて、人狼が跳ぶ。
土埃が舞い、夜の中でもなお黒い狼の影が浮かび上がる。
俺の目で見ても、速い。すさまじく速い。
少なくとも、俺が今まで見てきたモンスターの中では、斥候型の三本腕に次いで速い気がする。
一歩の歩幅が、グールとはまるで違う。
それでいて、足の踏み込みの強さも、その大きさも。
グール用の嫌がらせの落とし穴を気にもせず、ちょっとした障害物程度の扱いで、人狼はジグザグの軌道を描きながら急速に迫る。
「投擲! とりあえず狙いは適当、数で制圧しろ!」
あの調子では、正確に狙っている間に喉元を食い破られかねない。
とりあえず数だけ投げて、少しでも敵の速度を緩めないと、攻撃どころの話ではない。
ゴーレムだけでなく、ただ数を稼ぐためにグールにも投擲を命じ、その合間に俺も動く。
「ステータスリンク:クミン速→グループALL。闇纏闇纏闇纏……ああもう!」
時間が足りなかったとはいえ、バフの掛け直しができてなかったのは致命的だ。
ただ、ステータスリンクは、いまちょっとした裏技的な使い方ができるようになった。
本来ステータスリンクは、俺と配下の間の一々対応なのだが、グループリンクを取得した際にその枷がちょっと外れた。
俺を含めたグループ全体に統合された感じになって、そのグループ全体を対象にした柔軟なリンクが可能になったのだ。
現在のステータスではクミンの速が最も高いので、あの動きに対応するにはクミンから速をリンクするのが一番良い。
(くっそ、CP回復薬飲む手間が惜しい!)
消費したCPを回復薬をガボガボ飲んで回復し続ける。
ゴーレムのサモン、グールのサモン、リンクによる消費に闇纏の連打。
その横で、投石用の石玉を作り続けつつ人狼の動きを警戒。
攻撃が途切れそうなタイミングで、魔術よりも速い棒手裏剣で牽制。
そうしながら、次の手を必死に考えている。
思考加速と並列思考がなければとっくにパンクしている。
戦う前のスキル選択だけは、正解を選んだ気がする。
「GUURRUUOO!?」
その投石の雨の中で、事態が一つ動く。
さっきまでの投石速度に慣れていた人狼が、ステータスリンクによって一段階上がったスピードにとっさに反応できず、着弾。
その隙を逃さず、ゴーレムからすかさず追撃が入り、右足の足首あたりに痛打。
足の骨が折れたのか、人狼が悲痛な声を上げた。
スピードが、落ちる。
「っ! グール部隊! 五体がバラバラに動いて牽制攻撃! 続けて足を狙え! ゴーレムはそのまま投石! 今度からはよく狙え!」
接近される前に機動力を落とせたのは大きい。
頭の中で計算が動く。
HPを削りきれた? クリティカルが入った?
相手は見るからにタフなモンスターだが、ステータスは防御ではなく再生能力に寄っている?
ゴーレムの投石の火力と、グールへのダメージなどを諸々考えて。
HP低め、防御やや高め、再生能力持ち、そういうタイプと推測する。
であれば、この状態は一時的なもの。そう長時間続くわけがない。
とにかく攻撃を加えて、相手の手足を奪い、行動不能に追い込む。
そうしなければ、次の手を打てない。
銃器がないなら、銀を直接打ち込む。
動き回る相手にそれを行うのが至難なら、まず相手の行動不能が前提になる。
そして強引に風穴を開けて、塞がる前に叩き込む。
ただし、人狼の回復力は未知数。
せっかく落ちたスピードがいつ戻るかもわからない。
ならば、この瞬間に畳み掛ける。
一気に行動不能にもっていく!
「クミン、俺も出る!」
『上杉さん!?』
「クミンはここから遠隔攻撃をしつつ、人狼の動きを俯瞰で見ててくれ! 何かあったら即座に連絡を!」
クミンを残し、俺はグールの陰に隠れるように前に出た。
今のステータスならクミンの方が接近戦は強いかもしれないが、ストレージから自由に銀を取り出せるのは俺のほうだ。
……それに最悪、クミンは身代わりと食いしばりで一回だけなら耐えられる。俯瞰で見ていた方が、判断は正確にできるだろう。
なら俺が接近し、クミンにバックアップしてもらう方が良い。
実際に近づくと、人狼の大きさがわかる。
体長は2m30cmくらいだろうか。かなり大柄だがアイアンゴーレム(第一形態)のときのような圧倒的な体格差とまではいかない。
ただ、体がでかければそのぶんリーチは伸びる。
腕も、足も、人間のつもりで距離をとっていては手痛い反撃を食らうだろう。
(近づくと、途端に攻撃の圧が増す。一瞬でも気を抜けば持っていかれるっ)
足を怪我しているくせに、その足を時として武器に使うのはありなのか、爪が、牙が、腕が、足が、圧倒的な攻撃力を伴って繰り出される。
闇を纏ったグール達もそれがわかっているのか、必要十分な間合いを取って人狼を囲むように動いている。
決して、一人で踏み込まないように、攻撃は必ず仲間に任せるようにしながら。
「GROOOOO!!」
怒声とともに、人狼の剛腕が俺の真上を薙いだ。
咄嗟に頭を下げなければ、鋭い爪の一撃でHPなど一撃で消し飛んでいたかもしれない。
だが、そうやって大振りの攻撃を俺に見舞ってくれるなら、俺は代わりに意地でほくそ笑む。
隙を晒した分だけ、他の攻撃チャンスが巡る。
以前グールが、ゴーレムやT君にやったのと同じように。
敵の攻撃を誘ってひらひらとそれを避け、その隙に誰かが踏み込んで少しずつ肉を削る。
今回は俺もグールと一緒になって、彼らの一撃に合わせて鍾馗を振り、時間で回復する奴のHPを削り続ける。
人狼のステータスは依然分からないが、小さくても少しずつダメージを与えられるなら御の字。
闇纏の影響で、相手からの回避しきれない攻撃によるダメージも、かなり抑えられているように感じる。
たまに襲撃に俺が混じれば、人狼は俺にあからさまなヘイトを向ける。
そのヘイト移動だけでタイミングを乱すきっかけになって、さらにグールの動きをアシストできる。
「GRRROO!!!?」
鬱陶しいグール達を打ち払うように、人狼が動く。
爪を薙ぎ、牙を剥き、潰した足を引きずりながら暴虐の嵐を振りまく。
人狼の武器も基本はグールと一緒だ。
鋭い爪と、硬い牙。それに強靭な肉体と、忘れてはいけないのは尻尾だ。
基本的には、爪による切り裂きと、牙による噛み付き攻撃。
だが、肉体のスペックを生かしたぶちかましや、膝蹴り、そして手足とはまた別に動く尻尾の牽制が、人間を相手にしている以上の緊張を強いる。
三本腕よりは、きっと弱い。だが、三本腕より容易いと思ってはいけない。
どちらも俺よりスペックが上の怪物なれば、侮ることなどできるはずもない。
足を怪我し、動きが鈍った今が絶好のチャンスと見たのはそのためだ。
(クミン、変わりは?)
(特にありません。双方被害は軽微ですが、着実にダメージを与えていっていると思います。ただ、時間をおけば傷は少しずつ回復しているように見えます。ゴーレムの投擲のタイミング、難しいです)
(いつでも投げられる準備だけは頼む!)
時折、上から俯瞰して見ているクミンに尋ねる。
さっきも言った通り、本当はクミンも前線に加わった方がいいかもしれない。
安全策を取った。結果的に、状況はそれなりに有利に推移している。
──本当だろうか。火力が足りていないのではないだろうか。
このまま続けて、勝機はちゃんと訪れるのだろうか。
(いや、怯むな、信じて攻撃を続けろ。奴は強敵だが不死身じゃない!)
そうして何分の間、人狼を削っていただろう。
回復が追いつかない程度には、人狼の体には切り傷や掻き傷が刻まれ、そこから血を垂れ流している。
攻撃の圧力は脅威だが、足の負傷によって動きが鈍った今であれば、ガチンコできないわけじゃない。
度重なる出血で、今も少しずつ奴の動きは鈍り続けている。
動きの鈍さが、今の俺たちを助けている。
グールたちの損耗も想定内なら、このまま押し切れるか。
そう思った直後だった。
「GuuuOOOORRRRRRRAA!!」
人狼が、周囲に展開したグールを鬱陶しそうに睨みつけ、咆哮した。
戦闘中でも無意識に体が硬直する。グール達もそれは同様で、一瞬だけ、翻弄する動きに陰りが見えた。
「っ! 散開しろ!」
咄嗟に叫んだ。
根拠らしい根拠があったわけじゃない。
ただ、咆哮で硬直した瞬間の勘にしたがって動いただけだ。
だが、どうしても声による命令は、ワンテンポ遅れる。
俺の命令が届いた瞬間には、グール達は回避行動を取っていた。
だが、それよりも、ついさっきまで隙を窺っていた人狼の方が早かった。
奴は、潰していたはずの右足を『軸』にし、左足の爪をこれでもかと『伸ばして』大きく一回転をした。
(……くそ、そうかっ!)
破壊したはずの右足が治っていたことを隠されていた。
少しずつ、動きを鈍らせることで、状況は有利だと誤認させられていた。
攻撃のタイミングを見計らい、初見の咆哮をうまく当てられた。
そして、この瞬間まで足の爪を伸ばしての攻撃を温存し続けた。
その人狼の作戦が全て綺麗にハマった結果。
「グウロオオオロオオ──ッッガ…」
「グウウルウウウウウ──……」
たった一撃の回し蹴りで、俺のサモンしたグールの軍団はバラバラに引き裂かれて全滅した。
人狼の牙の生えた狼顔が、ニヤリと歪む。
俺と奴の一対一。
瞬間、人狼の両足を万全に使った踏み込みが、回避動作を終えた直後の俺に突っこんで来る。
さっきまでとは違う、本気の突進。
体勢が悪い。後ろに下がっている最中。
このままだと何もできずに終わる。
頭を回せ、思考を加速しろ。
今が正念場だ。
突進が俺にぶつかるまで、ギリギリ一手の余裕はある。
一手だけ、行動できる。
なら、どうする?
「背水」
俺は、防御を捨ててその突進を回避することに命を賭けた。




