第209話 神様激おこ案件
「グウルウウゥ!!」
「グラウゥゥウルウ!!!」
石の壁の向こうから、グールの唸り声が聞こえてくる。
ガツンガツンとした衝撃や、硬いものを叩く音も同時に聞こえているので、グール達がどうにか塞いだ岩を破壊しようとしていることは分かる。
そんな音を聞きながら、主にクミンが入り口の岩をさらに分厚くし、余分にCPも注いでいく。
防衛に全力を注いだクミンの岩の塊の方が、グールたちよりも少し強い。
洞窟なので同時に攻撃できる人数?にも限りがある。
少なくとも今は、グールが中に入ってくることはないだろう。
「ふぅ……」
安全を確保すると、それまで無視していた疲労や心労が一気に噴き出してくる。
頭の中が痺れるように麻痺していて気づけなかった『死の恐怖』が、じわじわと汗と一緒に滲み出してくる。
だが、それに囚われて目をつぶっている暇はない。
「さて、これからどうするか」
一旦形勢不利を悟って逃げ出したが、次の行動に迷う。
今はひとまず反省会が必要だろうか。
その前に、確認しておくことは確認するか。
「とりあえず端末くん。まずはEPを確認してもいいかな」
『かしこまりました』
グールがすぐそばでガリガリやっていようと、端末君は意に介した様子もなく淡々と仕事をこなす。
そして表示された数字に、軽くため息を吐きたくなった。
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上杉志摩
所持EP:23898
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いったいどれだけグール寄ってきてるんだよ。
俺は五階層出発前に所持EPを48にしたので、23850のEPが増えていることになる。
『ホブゴブリンの塒』へのマップ埋めで行きと帰りを合わせると、合計で22体のグールと戦ったはず。
この時点で3300だからそれを引くと、20550。
それを150で割ると、答えは137。
やばいね。一日200体とか言ってたのに、それを余裕で回収できそうなくらい戦ってる。
ついでに、現在の時刻は23時過ぎ。
夜が18時からで行き帰りで3時間経ったとして、諸々の準備の時間を除いても一時間くらいは戦いっぱなしだった感じだ。
T君のタフネスは本当に凄まじかったな。
だが、そんなT君も流石に限界くさい。
「uuurrrrr」
さっきの勇ましい掛け声が、最後の力を振り絞った感じだったようで、今は小さく縮こまって、必死に耐えている様子だった。
俺は少し悩んで帰還してもらうことにした。
再召喚すれば、回復していることだろうと思う。
「一旦お疲れ様。また後で喚ぶと思うから、ゆっくり休んでくれ」
「RRR」
その一言で、T君は粒子になって消えていった。
それと同時に、少しだけサモンスキルに違和感。
サモンと念じてみて召喚リストを見れば、その答えはわかった。
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?????????:300CP(再召喚可能まで2:18:42)
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どうやら、T君がクソダンジョン用のお助けキャラというのは、ある意味では真実だったらしい。
おそらくその母体は、俺の体内に残ってしまった変異ウイルスなのだろうが、彼にも休息が必要なようだ。
クソダンジョンでは無制限で呼べたのは、ダンジョンとつながっていたのか、本体であるレギオンの影響なのか。答えはもう分からない。
これまで気づかなかったのは、休息が必要なほどダメージを負うことが無かったからだろう。
これは運用してから初めてわかった問題だな。
多分倒されたとしても再召喚はできると思うが、クールタイムがどれだけ長くなるかは見当が付かない。
強力な手札であることは間違いないが、脳死で切るのは考えた方がいい。
「何はともあれ、しばらく引きこもるしかないか」
俺はそう思って、ちらりとクミンの方を見る。
彼女は未だに、なんとか押し入ろうとするグール達をとどめている真っ最中である。
「クミン。諦める気配はある?」
『まだ無いです。でも肝心の屍肉草は外にあるので、そのうち諦めるとは思うんですけど』
グール達はまだもう少し、自分たちの目の前から消えた獲物にご執心のようだ。
仕方ない。グールに突破されることはなさそうなので、この状態で反省会を始めようか。
「まず一点。俺は本当に間抜けなポカをやらかしました」
『なんでしょうか?』
「こういう非常時のために『闇纏』ってバフスキルを習得したのに、普通に使い忘れていました。あとステータスリンクも」
これは本当に、全くもって間抜けとしか言いようがない。
これほど、かけ得のスキルを、俺は使っていないのだ。
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闇纏
自身、または指定した対象に暗黒魔術で作られた闇を纏わせることで、以下の効果を付与できる。
攻撃力上昇効果、防御力上昇効果、耐久値保護効果、消音効果、光の吸収効果。
消費CP:10
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わざわざ神様から称号まで貰って、コスパの良いバフスキルを習得したにも関わらず、普通に使うのを忘れていた。
神様からしたら激おこ案件間違いなしである。
これを使っていればT君のステータスは底上げされ、ここまで追い込まれる事態になるのを防げたかもしれないのに。
『それは、確かにまずかったですね。すみませんウチも気づいていれば』
「最初に恐慌状態に陥った点で、冷静に戻ったつもりでも思考を吹っ飛ばされていたんだな」
実際、後になって考えればこうしておけばよかった、というような失敗がさっきの戦いでは多すぎる。
相手が大群でくるのが分かったのなら、その時点でゴーレムを補佐で呼べばよかった。
投石部隊が二人?増えただけで、だいぶ戦況は変わっただろう。
スケルトンアーチャー部隊だって同様だ、とどめは刺せなくても足止め要員が増えるだけで結果は違った。
だと言うのに、俺はあの状況で普段なら考えられないミスをおかしている。
その理由は、一つは開幕で食らった状態異常による影響。
そしてもう一つの理由も、今ならわかる。
「知らない間に『思考加速』と『並列思考』にかなり依存していたと思う」
それは、今は複合スキル《混沌の魔君》に吸収されてしまった、思考補助系のスキルたちである。
俺はあのクソダンジョンで習得して以来、ほとんどの時間をこのスキルありで生活していた。
自分でも気づかないほど、そこに依存していたのだ。
そのスキルを外したときも、体感的にはそれほど変わらない気持ちでいたが、実際は自分で考えている以上の影響があった。
追い込まれたとき、咄嗟の判断をするとき、視野が狭くなって柔軟な思考ができなくなっていたのだ。
土壇場に弱くなっていた、とでも言えば良いか。
ただ、これはこの反省会である程度潰せる弱点でもある。
「とりあえず、今はスキルを付け直しておいた。その上で、冷静なうちに傾向と対策を真剣に考えておこう。それをしっかり用意しておけば、思考が鈍くなってからでも対応はできる」
土壇場で浮かばないなら、事前に考えておけば良い。
これから起こることが分かっているなら、手札を最初から用意しておけばいい。
今から行うのはボス戦ではなく、狩りだ。一発勝負の戦いじゃない。
残念ながら、俺はスキルに頼らなくてもその場その場で成果を出せるような、天才的な英雄じゃない。
極限状態で思考は鈍るし、とっさのことで体が動かないことだってある。
スキルが無くなると分かっている時は、そのための準備が必要不可欠だ。
それをしっかり心に刻めた時点で、失敗に意味はあった。
今回は失敗したが、この失敗を次に活かせばいいんだから。
あと、怖いことといえば。
「ただ、それらを加味しても、思考にバイアスがかかっていた。T君の強さを見て『T君ならどうとでもしてくれる』みたいな楽観に飲まれていた。興奮が目をくらませていた。自分でも不思議なほどに」
これに尽きる。
思えば、最初に屍肉草による結果が出なかった時点で、一度引き返して作戦を考え直すのが正解だったはずだ。
ただ、深く考えず『行ける』という思考に飲まれていた。
油断と慢心。意識しないとすぐに俺はそれに足を絡め取られる。
ダンジョンが、奥に奥に人を誘い、口を開けているかのように。
リスクを負うのは仕方ない。それくらい時間がないんだから。
ただ、計画が変更になったのなら、もう一度考え直す時間が必要だった。
これも並行思考がなくなった弊害の一種かもしれない。
ダンジョンに誘われる『思考』を、普段は分けようと思っているのだが、並列思考がなくなればそこをたやすく侵食されるしかないのだから。
「結論として、今回こういう事態に陥ったのは、総合的には事前の準備が全く足りなかったせい。そして、咄嗟の状況で冷静な判断ができなかったせい。対策として、先ほどの経験を活かした上で改めて状況を見直し、ラッシュを超える作戦を立てよう。事前に可能な限りの『想定外』への対策も盛り込んだ上で」
『はい。ウチも、いつも注意しているつもりでダメダメでした。T君の強さに目が眩んでいたのはウチも同罪です。反省します』
主従揃って、T君に申し訳ない気持ちになったところで、一度反省会を閉じた。
ここからは、改めての作戦会議だ。
と言っても、俺たちにできることは今回のラッシュの数を見た上で、防衛計画を練り直すことが主になる。
まず、前提として屍肉草の効果を少し考え直すことにした。
あの集まり方からして、屍肉草はただグールを集めるだけの効果じゃない。
暫定として、この森に存在するグールの出現ポイントから無条件で新たなグールを召喚する効果があるんじゃないかと仮定した。
今思えば、吸血蝶の集まりもそんな感じだったのかもしれない。
あれらはリポップタイムが短めで、移動速度が遅めだから良い具合に回っていて気づかなかったのでは? と。
正解は分からないが、2~300体くらいはグールが寄ってくるものと考えておこう。
さっきは押しつぶされかけた数だが、反対に狩り切れるなら美味しい経験値稼ぎになるのだ。
それに対抗するために一番重要なのは、メイン火力となるT君の強化。
他にもT君を補助するためのオトモたちの配置。
さっきは慌てて用意した石玉の事前準備や、スケルトンアーチャー用の弓矢に、鉄の鏃を採用するなどのマイナーチェンジ。
それに伴う地形の変更や、再び失敗して逃げ込むことになった時の、最後の反撃方法。
そしてクミンが石玉生産係と投石係から卒業して、遊撃部隊として活躍した場合の影響など。
正解がなんであるのかはさっぱり分からないが、考えられることはとりあえず挙げてみる。
可能か不可能かは後で考えるスタイルで、俺とクミンは色々と案を出し合うことにした。
時たま聞こえていたグールの呻きも、二時間もするころには聞こえなくなっていた。
気配を探ったところ、それでもまだ消えてはいないみたいだが。
数にして10体も残っていないので、殲滅は可能だろう。
これくらいなら、俺とクミンでも行ける気はするが、これもまたダンジョン内における高揚感の見せる幻かもしれない。
しっかり、T君を呼び出せるようになってから、少し余分にCPを消費しつつ確実に片付けることにしよう、と思った。
それが終わったら、準備を整えて、リベンジだ。




