第207話 テイム怖いんだよ
さて、とりあえず1回目の検証は──まぁ、考えることはほとんど何もなかったが終わったとしよう。
後に残っているのは、T君が使った鉄棒と、グールの襲撃によって停止状態になっていたゴブリン達の俺に指示を仰ぐ視線だけである。
1戦目は、T君の圧勝でグール6体は2分も経たずに塵になった。
計算では、一体EP150程度なので、トータルで900EPくらいのはず。
対して、T君召喚の費用は一回CP300(+スキルリンク暗視一回CP10くらい?)となって、まぁEP換算すると620ってところか。
一回の戦闘としては、収支は280EPほどの黒字であるが、まぁ当然ながら。
「これを繰り返しているだけじゃ、全くと言って良いほど目標には届かんわけよ」
仮に一回300EPのプラスだと仮定しても、この夜の時間に30000稼ぐには100回の戦闘がいる。
いや無理だろ、仮に十時間戦うとして一時間に10回。
つまりは6分間に一回。
そのハイペースでグールを探し回って戦闘をし続けるって、フルマラソンとか目じゃないくらいの全力疾走だぞ。
戦闘らしい戦闘なんて存在しなかったゴーレム狩りとはわけが違う。
この最初のエンカウントこそ五分くらいだったけど、そう毎度毎度都合よく出てくるとは思えない。
ドロップアイテムさえ落ちれば多少の余裕は生まれるが、雀の涙だろう。
しかもこれは、毎回6体とエンカウントすると計算しての話だ。
これが4体の時点で微妙にマイナス。それ以下だと大幅に赤字になる。
グールが基本的に何体で行動しているのかの情報はまだない。
さっきのも2体+4体みたいな群れだった可能性もある。
結論。
このままなんの策もなしにEPを集めようと思うのは無謀である。
「やはり、まずは検証を行っていくしかない」
今回の試しで、少なくともT君がグール数体相手にまず負けるはずがないほど強いことはわかった。
サモンしたゴーレムとは、スピードと手数が全く違う。
鉄棒を持たせた火力が同じだったとしても、三回攻撃はあまりにも強い。
そもそも、鉄棒持たせる意味なかったんじゃないかって思うくらい強い。
グールってちゃんと防御力とHPあるよね? 俺昔戦ったときめちゃくちゃ頑張って倒したよね?
我ながら、よく俺はこの怪物相手に時間稼ぎとかできたな。
今のステータスだって、全然余裕で死ねるぞ。
話が逸れたが、とにかくT君がこの調子なら、10体くらいまとめて釣り上げたとしても問題はないだろうか。
T君以外の手段で、コストを抑えながら倒すという案も残ってはいるが、あの圧倒的なパワーを見た後では霞む。
現状では、小賢しい考えは捨てて、T君が一戦終えて消えるまで無限にグールを送り込み続ける方法を考えたほうがよさそうだ。
「というわけで、現状での案は三つくらいある」
『それを聞いて、危険そうだったら止めればいいんですね?』
T君をできるだけ働かせる方法を考えつつ、俺たちは『ホブゴブリンの塒』へのマップを埋め続けていた。
人海戦術を取っているおかげで、それなりのスピードでマップは埋まっている。
だが、やっぱりゴブリンじゃなくてスケルトンにして、より広い視界を確保したほうが効率よかったかなとちょっと思っている。
まぁ、今回はマップ埋めが目的じゃなくてグールを発見するのが目的だから今は良い。
そうやって歩きながら、俺は頭に浮かんだ案を説明する。
一つ目は、先日のゴーレムを召喚した時のような状況をなぞることだ。
即ち、わざとグールとの戦いを長引かせて、戦闘音を聞きつけて集まってきたグールを順次狩って行く方法。
二つ目は、グールが強烈に反応することが分かっている屍肉草の匂いを、衝風魔術で広範囲に撒き散らし、範囲のグールを一斉に呼び寄せて対処する方法。
そして三つ目は、サモンモンスターによる釣りを敢行し、T君が待っている場所まで能動的にモンスターを連れてくる方法。
『どれも一長一短はありそうな気がしますね』
クミンの声に、俺も若干渋い顔で頷いた。
まず一つ目。
単純に、わざと戦闘を長引かせるというのは危険を伴うものだ。
一体だけ殺さずに手足を破壊して放置しているだけで敵が寄って来るなら良いのだが、おかわりが来る条件は分かってない。
T君のステータスなら、一体を残してあとは延々それと戯れているということも可能かもしれないが、やはり時間をかければそれだけ被弾の可能性は高まる。
南小の戦いの時を思えばT君の耐久力も信頼できるとはいえ、あの頃と違い回復系の特殊能力はナーフされているのだ。
わざと戦闘を長引かせるのはリスクだし、いいペースで増援が来るかは相手の行動に委ねられる。それゆえに、ちょっと受動的かなというのが俺の印象。
それこそ太鼓でも鳴らしていれば、無限に湧いて来るなら楽という感じか。
次に二つ目。
これの欠点は、屍肉草の匂いでどれくらい集まって来るか分からないから、キャパを超えたら壊滅する可能性があること。
いかにT君といえども、何十体ものグールに囲まれたら流石に苦しいだろうし、そうなると俺やクミンもただでは済むまい。
また、吸血蝶のときを思えば、ある程度のクールタイムを設ける、あるいは狩りのたびに場所を移動する、などの手間がかかる可能性も高い。
とはいえ、能動的に集められるメリットは大きいし、俺やクミンも戦闘に参加すればキャパを超える可能性は下げられる。
リスクを飲み込むなら一番有効な案かと考えている。
そして三つ目。
これは単純に、サモンモンスターの費用が別途かかる上に、無事に釣ってこれる保証がないこと。
もしやるとしたら、サモンモンスターを強化するためのあらゆる手段を講じて、グールよりも足が早い状態を作らなければ話にならない。
だが、もしこれが完璧に回るとしたら、一つ目のやり方を超えて無限にグールがおかわりできるようになるかもしれない。
成功したときの期待値としては、一番高いかなと思っている。
「と、俺としてはだいたいこんな感じで考えているんだけど」
T君を利用したグール狩りのための下ごしらえの方法三つ。
それぞれ提示した上でクミンにも感想を訪ねてみた。
『もうちょっと、グールの習性を確認できてから計画を詰めたいところですね。それにこの夜の時間帯でグール以外のモンスターが出る可能性だって、まだあるわけですから』
クミンもデメリットを考えた上で、両手で賛成はしなかった。
それもそうなのだ。
昼と夜の環境の違いから夜はグールの時間かなとは思っているが、グールだけという保証はどこにもない。
調子に乗って屍肉草の匂いをぶちまけたら、グールを超える徘徊ボスクラスのモンスターが寄ってきました、なんてことになる可能性もあるのだ。
それでもT君が負けるビジョンはあまり見えないが、俺やクミンが狙われたらどうなるか分からない。
もともと、五階層の夜はフィールドギミックではなく、モンスターが実力で殴って来るコンセプトの可能性が高いし。敵の実力を過小評価するべきではない。
「やっぱり、まずはT君に手加減してもらって、一体ずつ残すところから始めてみようか」
『そうですね。時間が少ないとは言っても、逆に言えばまだ五日はあるんです。急がば回れで、一つずつ試していきましょう』
情報不足。こればかりはどうしようもない。
思えば、ダンジョンの情報が満ち足りたことなんてこれまで一度もなかった。
むしろ、しっかり情報を集めて対策したと思ったところで、それを超えてこられたことばっかりだ。
神の尖兵のせいというのもあるが、五階層はそれに加えて吸血鬼の縄張りという懸念点もある。
グールと吸血鬼ラベンダーの実力差を考慮しても、この間に何か挟まっている気がしてならない。
だから、決して焦らず、さりとて急ぎ足で進んでいこう。
というわけで、まずは次に遭遇したグールを一体だけ無力化して、待ってみることにした。
次にグールと遭遇したのは、歩き始めて10分後。この時点で、100回戦闘するなら走り回らないと無理だなというのはほぼ確定した。
それはいいとして、新たに接敵したグール三体のうち、T君に頼んで一体は無力化するにとどめた。
手足を風呂敷みたいに結んだグールの姿は、ちょっとグロかった。
「グルアアアア! グロロルウゥウアアア!!」
というわけで、グールのうめき声だけが五階層の夜に響いていたのだが、どうにもこれだけだとおかわりは寄ってこない様子である。
ゴーレムと戦っていた時とはまるで違う展開に、俺は首をかしげざるを得なかった。
「ゴーレムの時はあんなにポンポン寄ってきたのに?」
そう思って少し悩み、俺はクミンに意見を求める。
「クミンはどう思う?」
『もともと屍肉草の匂いが条件という可能性がありますね。あと、ゴーレムの時とは、グールの鳴き声が違うと思います』
「うん?」
屍肉草はともかく、グールの声の違いというのは俺の頭にはない観点だった。
だが、確かに言われてみると、嬉々として襲いかかって来る時とは声音が違う気もした。
少し悩む。
「テイムを使って話を聞けば、分かるか……? でもテイム怖いんだよな……」
頭の中で、テイムを使って事情聴取をするという案が浮かんだ。
だが、分かるでしょ? テイム怖いんだよ。
ここでまた吸血鬼ラベンダーに繋がったら真剣に漏らしかねない。
次にいきなり繋いだら、機嫌を損ねて即死もありうるし。
俺が二の足を踏んでいるところで、クミンが推論を述べる。
『多分ですけど、意思疎通をしているのでは?』
「というと?」
『ゴーレムの時には「獲物だ集まれ」みたいな情報を出していて、今回みたいな時には「殺されるから来るな」みたいな。そういう情報を伝達しているんじゃないですか?』
「その可能性は十分あるか」
グール界隈の話は知らないが、確かにその可能性は考えられる。
モンスターだって、明らかな格上相手に無策で突っ込んで来ることはない。
T君の強さを目の当たりにすれば『集まれ』ではなく『逃げろ』と伝えるのもおかしくはない。
ただ、そうなると困るのは俺だ。
リスクの少ない、一つ目の無限わんこグール作戦が暗礁に乗り上げることになる。
「もう、何度か試してみて、考えてみよう」
そう思い、俺は赤字を覚悟して検証を進めた。
結果として、T君を初手で召喚した場合、舐めプしてみてもグールの増援がやって来ることはないみたいだった。




