第206話 今日のメインディッシュ
時間を少し戻すと……。
それは、俺とクミンが吸血蝶の検証をしみじみと行っている最中の話だ。
「ん? 最後のスケルトンが死んだか……」
アンデッドなのでその表現が適切かは相変わらず分からないが、他の四体と比べて運良く生き残っていた最後のスケルトンスカウトの反応が消えた。
それだけだったら、よく生き残ったなと思うだけだったのだが、ふとオートマッピングによって制作されていた地図を確認すると、一つの情報が記載されていたのだ。
「なんだこれ?」
それまで、オートマッピング先生は俺でも驚くほどの精細さで、地形情報や草木の繁茂具合まである程度わかるような地図を書いていた。
そんなオートマッピング先生が、殊更主張するように詳細な絵を地図に書き込んでいたのだ。
地図上の情報の説明は、だいたい地図外の備考のところにまとまっている。
俺はそちらを見て、この絵はいったいなんなのかと覗き込むと、そこには『五階層オブジェクト:ホブゴブリンの塒』という記載があった。
「え」
俺は思わず間抜けな声を漏らしたとも。
だって、五階層にあると説明されていても詳細が一切不明だったはずのオブジェクトの情報が、いきなりマップ上に現れたのだから。
(なお、余談だが白紙の地図を前に目星でオブジェクトの場所とか見つからないかなと思ったけど、それはさすがに無理だった)
そこで俺は慌てて、再度のフィードバックの実行を決断した。
もう、あまり進んで使いたいスキルではなかったのだが、こればかりは仕方ない。
そして、ちょっと引きずられかけはしたが、どうにか情報を手に入れた。
その『ホブゴブリンの塒』とは、文字通り、ゴブリンやホブゴブリンが五階層で生活している集落のようなもの。
そしてスケルトンスカウトの死因は、ホブゴブリンに棍棒で頭をぶん殴られたことであった。
ホブゴブリンとは、端的に言ってしまうとゴブリンの進化形態だ。
作品によって色々と違いはあるのだが、概ねゴブリンが小学生くらいの体躯だとすれば、成人くらいに大きくなって、力が強くなって、さらに賢くなったものとでも考えて貰えばいい。
この五階層には、そのホブゴブリンが何体も住み着いている集落があった。
さらに、ゴブリンはゴブリンで、一階層でみたナイフを持っているやつだけでなく、弓を持っていたり杖を持っていたりするやつも存在しているようだ。
だが、特筆すべき情報はそれだけではない。
それは、ホブゴブリンの塒に近づいたときに、スケルトンスカウトに群がっていた吸血蝶が逃げるように散って行ったことだ。
五階層にあるオブジェクトという謎のギミック。
ゴブリンが集落を作っている点と、吸血蝶の行動。
それらを繋いで俺は一つの仮説を立てている。
すなわち、五階層のオブジェクトとは『攻略すると安全地帯になる簡易拠点』か何かなのではないか、と。
「というわけで、当面の目標は『ホブゴブリンの塒』の攻略」
口で言うのは簡単だが、実際にそれが簡単かは別の問題だ。
ホブゴブリンの強さは分からないが、少なくともスケルトンを一撃で屠れる程度のパワーはある。
そしてその数は、配下のゴブリンを除いても10は居た。ゴブリンも合わせたら50はくだらないんじゃなかろうか。
オートマッピング先生にモンスターを小石で表現してもらおうと思っても、小石がギチギチになって難しいレベルの密度である。
まぁ、あれは四階層がゴーレムが一人でポツンとタイプのモンスターだったからできたことか。
当然だが、この森にはあの数のゴブリンが生息していられる食料も余裕もないと思う。
まぁ、あいつらは俺と違って屍肉草をバリバリ食って生きていられる可能性もあるから確定ではないんだが、ダンジョンのモンスターは食事を必要としないのが基本なんだろう。
一階層のゴブリンの時点でそうだし。
それをズルいと言うつもりはないが、そうなるとそんな場所をわざわざ五階層に用意した理由が気になって、出てきた仮定が『安全地帯』というわけだ。
外れていたとしてもまぁ良い。そこを攻略したときに何かあるのか、それとも何もないのか、がわかるだけで目指す価値はある。
だから当面の目標は『ホブゴブリンの塒』の攻略。
そして、それを成すための観察だ。
戦力の強化は並行して行っていくが、そちらにつながるルートは少しでも開拓しておきたい。
五階層の入り口からスケルトン軍団を複数放っても、たどり着けるかはギャンブルみたいなところがあるしな。
午前中に放流したスケルトンがゆっくり探索して6~7時間かかる場所にあるのだ、まっすぐ進んでも3時間はかかると思われる。
「……と、言っている間に来たか」
ホブゴブリンの塒を目指すとは言っても、今日の本命はそっちではない。
昼間には多種多様な刺客が集まっている五階層だが、夜は驚くほど静かだ。
それは、住み分けというだけでなく、夜に適応した狩人がいるからだろう。
「グルルウゥ」
「グウルルウウ」
死んだ後の世界に薄く霧がかかり、周囲に満ちているのが夜なのか闇なのかも怪しくなっているこの時間の五階層。
人の気配を感じたのか、あるいはゴブリンの悪臭(俺も今は人のことが言えないかもしれない)が気に障ったのか。
特に姿を隠すそぶりも見せずに現れたのは、犬みたいなツラをしたゾンビベースの強化人間みたいなモンスター、グールである。
存在自体は感知できていたが、俺はあえて隠れることもなく堂々と歩いてきた。
なぜならこいつらが今日のメインディッシュだから。
その数は、眼に映る範囲で2体。彼我の距離は150mくらいか。
だが、気配察知によるとその奥にさらに4体は控えている。
合流してくるのも時間の問題だろう。
「グギャガ」
「ギャギギ」
「グルルゥ!」
「グルァラア!!」
果たして、それは会話だったのか、それともただの挑発だったのか。
お互いに鳴き声を披露しあったゴブリンとグールの間で、様子見の空気は即座に弾けた。
奴らは、まずゴブリンに狙いをつけた様子で、見た目よりもはるかに俊敏な動作で俺たちへと迫る。
アスリートのような走り方ではなく、頭を前に突き出すような、食い気全開の走り方で近寄ってきたグール。
当然ながら、まともにやりあったらゴブリンがグールに敵うわけがない。
ゴブリンは使い捨てレベルの一階層モンスターであって、二階層のスローターボスはあまりにも荷が重い。
だが、ゴブリンと言えども10CP。EP換算では20EP。
むざむざと殺してやるのは、もったいない。
だから、様子見もそこそこに俺は予定通り『彼』を喚び出した。
「サモン:■■」
日数にすれば、たかが十日ぶり程度だろうか。
本当だったら、再会はもっともっと後になると思っていた。
さらに本音を言えば、もう頼ることがなければそれでも良いと思っていた。
それほどそっとしておきたかった相手だが、今のこの、神にまで頼る状況で頼っても、きっと文句は言わないだろう。
そんな心の中の言い訳を押しつぶすように、濃密な黒い魔力がごそっと抜けたような感覚とともに、彼は現れる。
「UURRRUrrruu!!」
俺がどれだけ正しく発言しようとしても、塗りつぶされた■■という名前になってしまう彼。
真っ黒な闇で作られた強靭な肉体と、頭から生える三本の剛腕を持った、今の俺が切れる最強の切り札。
呼び出すと同時に、俺はCP回復薬を呷りながらスキルリンクで暗視を共有する。
それと同時にぐりんとT君があたりを見回す。
「グルルウゥウアア!?」
「グルルウウウウ!!」
T君はこちらが何を言うでもなくゴブリンとグールの間に身を滑らせると、昨夜あれだけゴーレムを翻弄していたグールたちを相手取り、なんの苦もなくその頭の腕で彼らを掴み上げた。
グールの悲鳴とも怒声とも取れない声が響くが、明らかにT君に力負けしていて、じたばたともがくだけだ。
「T君。使ってくれ」
「URR」
俺はストレージにしまっていた長さ2メートルほどの鉄棒(クミン作)を、T君へと放る。
強化されたストレージであっても少し斜めにしないと入らない、槍にも似た長さの鉄棒だが、T君はそれをたやすく頭の腕で掴んだ。
そして。
「URRRRUUUAAAAAA!!」
気合一閃。
力任せにもほどがある豪快な振り抜きで、鉄棒が二体のグールの胴をまとめてなぎ払った。
もはや鉄が弱点だからとか、そういうのが関係あるのか分からないほどあっけなく、上半身と下半身を分離させたグールたちはEPの粒子になって消えていく。
まさしく、相手にもならないとはこのことか。
最初に会った時は、見つかったら死ぬという確信だけがあった。
最初に戦った時は、勝てる気が全くしない敵として相対した。
次に会ったときは、こっちもレベル50という下駄を履いた状態で、味方として見た。
それらを挟んで今、改めてT君の強さを見せつけられる。
「くっそつよい」
『やばいですね』
「URRUUUURrrrr」
考えてみれば、俺がレベル50の状態であっても気を抜けない危険な相手である一本腕を、子供をあしらうように倒していた存在なのだ。
それよりはおそらく弱いだろうグールを相手にして、苦戦するはずもない。
そう思っている間に、遠くにいたはずのグール四体もようやく参戦してくる。
T君はそちらを一瞥すると、手に持っていた鉄棒を、投げナイフくらいの感覚で放り投げる。
「グルウゥアウ!?」
「グルウウウウ……!」
突然遠距離攻撃されたグールが慌てて散るが、一体は避けきれずに鉄棒によって弾けた。
それを見届けたのち、T君は俺を見る。
おかわりの催促だと気づき、次の鉄棒をそっとストレージから取り出して渡した。
その数、三本。
「URAAAAAA!!」
掛け声とともにTくんが駆ける。
突如向かってくる黒い怪物にグール達が一瞬怯むが、即座に気を取り直して三体同時に飛びかかった。
その連携の妙たるや、そんじょそこらのゴブリンやスケルトンとは比べものにならないほどだ。
そして、その三体同時攻撃を三本の腕でそれぞれ迎え撃ったT君は、的確にそれぞれの頭を鉄棒で粉々に粉砕した。
後には、激しい戦闘の後だというのに平然と佇むT君と、五階層の夜の静寂だけが残っていた。
あまりにも鮮やかな戦闘は、周囲からおかわりのグールが湧いてくる前に決着を迎え、サモンモンスターであるT君は静かに粒子となって消えていった。
T君 vs グール6体の結果は、T君の圧勝であった。
そんな光景を見ながら俺は『あ、戦闘に参加しなかったゴブリンは、戦闘が終わってもちゃんと残ってるんだなぁ』とちょっと場違いなことを考えていた。




