第204話 一般論的なマージン
一回の吸血蝶狩りで狩れるのがだいたい15頭。
つまり一回の狩りで入ってくるEPが75程度。
一連の動作を終えるまでの一セットがだいたい4~5分。
となると一時間でだいたい12から15回程度。
これらを計算すると、吸血蝶狩りの時給はだいたい900EPから1125EP。
ここからゴーレム維持費と住居維持費を差し引いてだいたい一時間に1000EP稼げれば御の字というところ。
まぁ、これは当然ながら理想的な話だ。
現実は蝶のリポップ時間が不明なのもあって集まりが悪かったり、かと思えば妙に集まりがいい時もあったりで若干揺れる。
というわけで、実践に勝るデータ収集はない。
というわけで、検証を終えたのがだいたい15時前で、三時間ほどノンストップで吸血蝶狩りに勤しんでみた。
稼いだEPはやっぱり3000ほど。
これを多いと見るか少ないと見るかは諸説あるだろう。
俺は、自分が寝ている間に7000EP無条件で入ってくるとか考えたらめちゃくちゃ多いと思う。
ただ、この狩り自体は三時間で切り上げなければならなかった。
近所の屍肉草を刈り尽くしそうだったというのも理由の一つではあるが、もっと大きな理由がある。
それが、17時半を過ぎたあたりから始まった環境の変化である。
「……夜」
だいたい17時半を超えたあたりで、変化は唐突に起こった。
明かりがどこにあるのかはいまいちはっきりしない空が、次第に暮れなずみ出したと思えば、それに合わせてフィールドが一変していく。
あれほど茂っていた(まぁ、近場はほぼ刈り尽くされていたが)屍肉草がどんどんと萎れて枯れ始め、かさかさの乾燥野菜みたいになったかと思えば、砕けて地面に散っていく。
地面から湧き出していた赤黒い泥池もあっという間に干上がり、カラカラに乾いた窪地へと変ずる。
そして、こちらの行く手をこれでもかと阻んでいた木々のツルやツタは、腐り落ちるようにぼとぼとと零れ、枯れ枝のように地面に落ちるか、屍肉草のように砕けて消えた。
立派につけていた葉っぱも大半は枯れ落ちて散っていき、最初に五階層で見たような死んだ木々へと急速に変わっていく。
あとに残ったのは、灰色の地面、ゴツゴツとした岩にまとわりつく人皮苔。
あれほど茂っていた草花から一転して、ぽつりぽつりと生えたつくしもどきの屍肉草。
そして風通しのよくなった森。
耳を澄ませれば、どこかから目覚めのうめき声が聞こえてきそうだ。
死んだ森。死んだ世界。夜になって死に支配された樹海。
もしかしたら『吸血鬼の森林樹海』とは、血と生命に満ちた昼と、それを吸い尽くされた夜というコンセプトなのかもしれない。
「どうにか間に合うだけ間に合ったかな」
『結構ギリギリでしたね』
そんな驚きの風景を、ずっと引きこもったままの洞窟の中から眺めつつ、俺とクミンは安堵の息を吐いた。
目標としていたのは、夜の時間までにT君を呼び出せるまでレベルをあげること。
そのためのEPは、吸血蝶狩りでどうにか稼ぎ切った。
余ったEPをCP回復薬に回して、夜の試行錯誤もできそうだ。
「まぁ、心配していたようなことが起きなくてよかったよ」
『めちゃくちゃ、イレギュラーなモンスターとか警戒してましたもんね』
実際、一時間も試したところで吸血蝶狩りはクミン一人で回せると判断していた。
そう思った時点で、クミンに任せて夜に向けた仮眠を取るというのも選択肢だった。
それをしなかったのは、屍肉草の匂いを撒き散らすような狩りが、想定外の事態を──例えばイレギュラーなモンスターを呼び寄せたり──引き起こす事態を懸念してのことだった。
だが、結果として吸血蝶狩りは万事うまく回った。
それどころか、予想より多くの副産物を置いていってくれている。
「見ろよクミン。吸血蝶からドロップした翅がこんなに」
『それ一つ50EPですからね』
ストレージに突っ込む前に数を確認していた蝶の翅を、俺は誇らしげに広げてみせる。
先ほどのEP計算は、全てモンスターから直接手に入るEPを計算したものだ。
ゴーレムと住居による圧殺で吸血蝶を倒すと、毎回1~2枚くらいの翅をドロップしたのだ。
集まった総数は合計で47枚ほど。
これだけで合計2350EP分くらいになる。
これらの使い道は、少し悩んだがもしものときのEP貯金として一旦保留することにした。
目標レベルに到達するまでに足りなさそうだったら換金するが、そうでないなら現物として取って置いて、これをパーティ資金のような形にしようと。
要するに、CP回復薬交換券みたいに使おうと思ったのだ。
無駄遣い防止用に口座を分けておくような小賢しい真似とも言える。
ただ、これまでの経験上、どうせやりたいことにEPが足りないと思って即座に引き落とされる気もしないでもない。
なお、翅も一枚だけは、サモン用に納品済みである。
「というわけで端末君、ここでレベルアップをお願いする」
『……ええ、はい』
端末君はすごく何かを言いたそうな雰囲気で、何も言わずに注文を受けた。
吸血蝶狩りが最高効率になったあたりから、端末君はちょっとこんな感じである。
その前の俺に何かを伝えたかったときの端末君と、口調は似たような感じなのに受ける印象が全く違うのはなぜだろうね。自覚はあるよ、うん。
やっぱりあの狩り方はちょっと想定外だったんだろう。
でも、四階層で試練をぶつけてきたのはダンジョンさんサイドだし、そこで手に入ったアイテムをどう使おうと俺の自由だ。
ただちょっと、そのままじゃなくて狩りの道具に使っただけで。
……実はうっすらと、五階層用に移動型住居と護衛用ゴーレムバッテリーをサービスしてくれただけなんじゃないかという予想はあるが、まぁ、何に使えと指定されたわけでもない。
理不尽に寿命を5日にされたところなのだから、多少は大目に見て欲しい。
『召魔忍者をレベル15から17にするのに必要なEPは13500です。レベルアップしてよろしいですね?』
「よろしいです」
『かしこまりました』
端末君もプロだ。
何か言いたげだろうとひとまず置いといて職務は忠実にこなしてくれる。
いつもの粒子のやりとりを終えて、俺はまた二つほど強くなった。
──────
割り振りポイント:10(割り振り済み)
ボーナスポイント:6(割り振り済み)
力:35
魔:65→70→80
体:25
速:55
運:35→36
──────
正直、狩りの仕方がアレだったからボーナスポイントは下がってるかなと思ったけど、満額もらえたみたいだ。
多分忖度も入っている。その証拠にステ振りもとにかく俺が欲しいもの優先で振ってくれている。
最大CPが魔のステータスにも依存していることははっきりしている。
このあとのレベルアップでバランスを取るにしても、今はとにかく魔に全振りするくらいしないと厳しい。
ちょっとだけボーナスが運に振ってあったのは、まぁ、深く考えないでおく。
この状態での俺のステータスはこうなった。
──────
上杉 志摩
召魔忍者
レベル17
所持EP:3048
HP 235/255
CP 102/207(使用中271/478)
力:35
魔:80
体:25
速:55
運:36
【所持スキル】
[パッシブスキル]
悪臭
【セットスキル】
[パッシブスキル]
《闇夜と死の徒》 《混沌の魔君》
ストレージ(小) オートマッピング
[アクティブスキル]
強打 目星 測量 火炎魔術(中級) 土石魔術(中級)
暗黒魔術(中級) 衝風魔術(中級) 付与魔術【磁力】(中級)
簡易鑑定 アライメント鑑定 テイム サモン
口寄せの術 武装召喚
スキルリンク ステータスリンク 背水 闇纏
視覚リンク グループリンク フィードバック
【奥義】
【十歩必殺】
【テイムモンスター:レイズデッド】
【称号】
『屍鬼を喰らいし者』
『闇夜と死の徒』
『混沌と孤独の同胞』
『魔道の探求者:破』
『暗澹たる死よ来たれ』
『軍勢の試練を越えし者たち(偽典)』
『軍に勝る個』
『慈悲なき者』
『混沌の魔君』
『黒よりも昏い刃』
【テイムモンスター】
『クミン』(ダブルアント)
【登録武具】
護刀・鍾馗+3
──────
「ギリギリ足りたか」
ここで複合スキルの《混沌の魔君》を外せば307になるので、ギリギリT君を召喚できる最大CPを確保できたことになる。
その分、夜に五階層をブラブラする上で最重要スキルになりそうな『神出鬼没』が一緒に外れることになるので、そこはガッツリと行動を制限されることになる。
つまりは《混沌の魔君》込みでT君を召喚できるくらいまでレベルを上げなければ、五階層を出歩くのは難しそうということだ。
「そうなると、全てはこの夜の狩りにかかってるな」
目標を定めると、自分がどれくらいの速度で走ればいいのかも、ほんのりとわかるようになるものだ。
俺はそっと端末君に尋ねた。
「端末君、とりあえずレベル25になるまでのEPと、それにプラス、クラスチェンジするのにかかるEPを教えてくれたりしない?」
多分教えてくれないだろうなぁ、とは思いつつの質問ではあった。
だが、端末君は少し考え込むような沈黙のあと、答える。
『召魔忍者のクラスチェンジにかかる費用についてはお答えできません。ただ、レベル25になるために必要なEP124500に加えて、30000ほど確保しておくと良いかもしれませんね』
「……それは答えていることにならない?」
『私は一般論的なマージンを答えただけです。実際に必要なEPについてはお答えできません』
端末君なりの精一杯の応援であることはわかった。
俺はあくまで、一般的なマージンとして合計154500のEPを稼ぐことを目標にしよう。
吸血蝶の収入があと四日で28000(+α)あるとしても、126500はグールからもぎ取らないといけない。
一日30000強ってところか……。
これは本当に、時間的に間に合うのか?
グール狩りで日和ったらそれだけで間に合わなくなりそうな、ヒリヒリを感じる。
しかも、それと並行して、五階層の探索と、ラベンダー戦に向けた戦力強化や戦術の見直しも行わなければならない。
EPすら溜まりきるかどうかわからないのに、本当にハードモードすぎないかこれ。
「……ああくそ。頼むぜグール。称号どおり、どうか俺に『喰われて』くれよな」
願望とも祈りともつかない言葉が、俺の口から思わず漏れる。
何をするにしても、そこの効率がまず全てである。




