第202話 もう、質問はございませんか?
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上杉志摩:男
状態:【血の盟約】
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【血の盟約】
血を媒介にした盟約を刻んだ状態。
盟約を破ったときは、そのものの命を奪う呪いでもある。
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「俺、そんなに固く約束した覚えないんだけどなぁ……」
端末くんによって表示された俺の状態異常を見て、はぁ、とため息が出る。
だが、俺に拒否権はなかったから仕方ない。
確かに下手したら死ぬかもしれないけど、冷静に考えると条件を満たせなければ死ぬとかよくあることだしな……。
約束を破らなければ、どうということはない。
自分が叩き込まれた状況を整理し、なんとかやる気を奮い立たせるために強気なことを考える。
今までの最悪の状況に比べたらマシだ、だからなんとかなる。
『上杉様』
と、一人自分を励ましているところで、端末くんが珍しく向こうから声をかけてくる。
そういうときは、端末くんが何か俺の力になってくれようとしている時だ、と俺は知っている。
「どうかした?」
『……私に尋ねることは、もうございませんか?』
「…………?」
だが、こういう逆問いかけのようなものは、初めてだった。
基本的に、端末くんは俺が尋ねたことに答えてくれる存在だ。
答えられないこともあるが、情報開示するにしても、基本的に俺が疑問をまず提起しないといけない。
つまり、端末くんが何か伝えたいことがあっても、本来であればそれを伝えたいと思っていることすら、俺には伝えることができない。
そうじゃない場合は何かのメッセンジャーをやっている時って感じで、基本的には人間には不干渉の立場なのだろう。
そんな端末くんが、わざわざ俺に声をかけてきている。
だから……俺は何か、今聞いておかなければならないことを、見落としているのだろうか?
いや、そりゃ、他に聞きたいことは山ほどあるけど。
「攻略に関係することは、聞いても答えてくれないよね?」
『それは……そうですが』
「なら、他に何を聞けば……?」
効率的な経験値稼ぎの方法とか、館の位置情報とかはどんな状況だろうと教えてはくれないだろう。
あのクソダンジョンの中でさえ、一線は守ったのだ。
今の俺はレベルブーストが欲しくて堪らないが、それは絶対に貰えないし。
『私の口からは提案はできません。ですが、もう一度言います。何か聞きたいことはないですか?』
これは、端末くんがかなり権限的に頑張っている。気がする。
おそらく、本来ならこういう問いかけですらアウトな雰囲気を感じる。
そんな端末くんの気持ちに答えようと、色々と質問をひねり出してはみた。
『テイムでラベンダーにつながったのは偶然か?』とか『【十歩必殺】以外で何か切り札になるスキルはあるのか?』とか『この【血の盟約】とかいう状態異常の解除方法があるのか?』とか、とにかく浮かんだ疑問を投げてはみた。
だが、端末くんの答えは『その質問には答えられない』とか『その問いかけに対する答えはない』とか、基本的にそういうものだった。
『…………もう、質問はございませんか?』
「…………」
端末くんは、まだ俺にそう問いかける。端末くんが聞いてほしい正解にたどり着いていないことはわかる。
だが、くそ、何を聞けばいいのかがわからない。
クミンに目を向けるも、彼女も首を振った。
もう少し、ヒントがあれば。
『……わかりました。五階層攻略、引き続き応援しております』
結局、俺は端末くんが何を伝えたかったのかを聞き出すことができなかった。
俺は奥歯に何かが詰まったような気持ちの中、必死にレベリングの方法を考えるのだった。
「状況が変わった。とにかく、今日の夜にはTくんによるレベリングを稼働しないとならない」
『はい』
まだダンジョンの空に太陽らしきものが浮かぶ時間、俺はクミンとレベリングの方法を詰めるところからはじめた。
ついでに、いつの間にか探索を行っていた最後のスケルトンも沈んでいた。だが、その際に彼は大きな成果を残してくれている。まさに大金星だ。
その成果については、俺たちのレベリングがひと段落したところで、改めて説明したいと思う。
今重要なのは、夜からグール狩りを始めるためのCPが足りていないことだ。
CPを稼ぐにはレベリングをするしかなく、Tくんを呼ぶために必要な最低値としても、あと2レベルは上げないと話にならない。
あと2レベル上げるのに必要なEPは13500。
現在のEPは13343。
CP回復薬とかに必要な分を計算に入れなければ、もう少しで達成できる。
計算に入れるとしたら、もう少し稼がなければいけない値だ。
「選択肢としては四階層に戻って午前中に狩り残していたゴーレムを狩るか、このフィールドで吸血蝶を狩るかだが」
前者は、はっきり言うと時間効率が悪い。
俺がつまみ食いするみたいに効率のいい狩り方をした残りなわけだから、それは仕方ない。
だが、夜までに安全確実にEPを貯めることができる保証はある。ドロップがあれば、それだけでかなりEPに余裕が生まれる。
後者は、試してみないことにはわからない。
画期的な方法が見つかれば、時間効率は上がるかもしれないが、見つからなければ逆に無駄な時間を過ごすかもしれない。
しかし、こちらにはもう一つのメリットもある。
もしかしたら、吸血蝶がサモン可能になるドロップアイテムが落ちるかもしれないことだ。
「俺としては、後者の吸血蝶狩りを考えている」
俺の方針としては、無駄な移動が挟まることが確定しているゴーレム狩りよりも、吸血蝶狩りの方法を考えたい。
『その理由は?』
「奴らがおそらく匂いにつられてやってくるため集めやすそうなこと。それとクミンには有効な攻撃ができない可能性が高いこと。だから、クミンが単独で可能な効率的な狩りが発見できれば、大きい」
『はい』
口にしてはいないが、考えていることがある。
それは、俺の睡眠のリズムを夜型に寄せることだ。
現在の俺は、夜の12時ころには寝て朝の6~7時に起きる生活リズムになっている。
だが、吸血鬼ラベンダーは『夜に来い』と言っていた。
レベリングの本番も、夜だと考えている。
だから、夜に寝て朝に起きる生活ではなく、昼に寝て夕方に起きる生活の方が、五階層の探索においては有利だと考えている。
そうなると、これまでは夜の時間クミンに内職を頼んでいたが、今後は昼間に頼むことになるだろう。
だからこその、クミンが単独で実行可能な狩りを考えたい。
俺が寝ている間に、クミンのやることがなくなった場合に、空いた時間で狩りを頼めるように。
人間が生活する以上、必ず存在してしまう睡眠時間であっても、無駄を可能な限り削って備えたいのだ。
「だから夜が来るまでに、クミンを矢面に立たせる形で、効率の良い範囲狩りの方法を探したい。ゴーレム狩りの効率を、上回るくらいの」
とはいえ、吸血蝶狩りを模索するにしても、ここまでは前提として分かっていたことだ。
クミンに吸血蝶の相手を任せる一番の問題は、もし吸血蝶側がクミンの甲殻を貫通するような攻撃を持っていたとき、クミンが危なくなることだった。
だから、ついほんのさっきまでは候補の一つ止まりだった。
挑戦するということは、リスクを飲み込むこと。
安全に気を使って慎重に進むことを捨て、多少の危険を乗り越えるギャンブルに賭け金をベットすること。
ここでベットする賭け金は、つまり。
「クミン、もしもの時は、君が死ぬかもしれない。それでも頼まれてくれるか」
『はい。上杉さんが自分を危険に晒す作戦を考える前に、そう言ってくれて安心しました』
クミンは、朗らかに役目を引き受けた。
俺は、それを頼んだ自分を殴りたい気持ちを必死にこらえた。
これが効率的だって分かっている。
ある程度安全なことも分かっている。
なにより、クミンであれば『たとえ死んでも』リカバリーが効くということは、分かっている。
それでも、こうまで心苦しい気持ちになるとは思わなかった。
あのクソダンジョンで、自分の命を賭けていたときとはまるで違う。
自分の目的のために、他者の命を賭けることの重みは、想像以上だ。
だが、それでも俺は止まれない。
茉莉ちゃんを助けるためのリミットが明確ではないせいで、最後の最後に踏み込むのを躊躇していたライン。
そのラインは、唐突に設定されたタイムリミットによって、あまりにも薄い線になった。
今はまだ、俺の命をかける場面じゃないだけ。
だが、その時は確実に来る。
クミンにだけ、危険を押し付けるような真似は絶対にしない。
「やろうかクミン、とりあえず思いついていた作戦が何個かある。危険が及ばないところから始めて、最高効率を探していこう」
『はい!』
そうして、制限時間をつけられた五階層の攻略が、おそらく全世界187組の中でもっとも厳しい挑戦が、改めて始まるのだった。




