第180話 影のアリさん
『ちょっとはしゃいじゃいました』
「いいんだよ」
しばらくして、進化後の能力を堪能したクミンが、ちょっと照れ臭そうにしながら戻ってくる。
ただまぁ、やっぱり顔は一切変わってないので、まんまアリさんだった頃に比べて違和感が強い。
なまじ人間っぽく見えるから気になることってあるよね。
「それじゃそろそろ、ステータスをチェックしておくか」
クミンの先ほどの動きから、だいぶ強くなっているのは想像しているが、しっかり数値として確認するのは大事だ。こう、立ち位置的にね。
というわけで端末くんに、現在のクミンのステータスを表示してもらった。
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クミン
ダブルアント
レベル25
HP126/390→576
CP109/382→462
力30→42
魔45→81
体30→42
速50→65
運30→42
【セットスキル】
[パッシブスキル]
甲殻(蟻種) 嗅覚(蟻種) 怪力(蟻種)
壁歩き(蟻種)
《影の心得》
[アクティブスキル]
掘削 加工 牽引 土石魔術(上級)
暗黒魔術(中級) かばう 身代わり
形態変化(蟻) 形態変化(人型) 模倣
陣地形成 分身 偽装 テイム(蟻種)
眷属召喚(偽) 女王のカリスマ(偽)
【称号】
『影の立役者』
『軍勢の試練を越えし者たち(偽典)』
『魔術の素養:闇土』
『影の心得』
【テイム条件】
1.コストCP75
2.ウサギ肉1個/1日
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「クミンさん、肩でも揉みましょうか?」
『上杉さん!?』
俺はクミンに下手に出た。
見なよこのステータスを、俺が勝っているところが一つもないんだぜ?
進化前の段階では、ステータス的にまぁ俺が優勢かなみたいに思ってたのに、進化で全てひっくり返された。
特にHPとCPの差がすごいよね。このダンジョンのシステムで一番レベル差が出やすいところってHPとCPだと思う。
まぁ、レベル差に加えて種族的な部分も召魔忍者に勝るとも劣らない条件だったわけで、ステータスで叶わないのはもう仕方ない。
仕方ないのだが、かと言ってスキルで勝っているかと言われるとそれも怪しい。
まずは隠すことなく開示されているアクティブスキルなんだけど、色々言いたいことはあるよね。
良くわからないものがたくさん増えているというか、増えすぎているのもそうだけど、土石魔術が上級になっている。
暗黒魔術がまだ中級なのは良いとしても、土石魔術は完全にクミンが俺の格上だ。
そしてテイマーとしての俺の専売特許だったテイムとサモンまで、なんか似たような印象を覚えるスキルが増えている。
実際ちらっと説明を見た感じでは、テイム(蟻種)はアリ限定でテイムできるスキルみたいで、眷属召喚(偽)はテイムしたアリか、CPで生み出したアリを召喚するスキルらしい。
「主人としての俺の存在意義が危ぶまれる……」
『上杉さんあってのウチじゃないですか』
「慰めはよせ、今まではなんだかんだ総合力ではギリ勝っているという心の支えがあったのに、もはや俺にできることは、当然クミンにもできるみたいな感じになっちゃったじゃないか」
ただでさえ迷彩アリ時代に忍者技能を磨いているのに、魔術まで進歩して、さらにテイマー(サモナー)技能にまで手を出すなんて。
クミンはいったいどこに向かっているんだ。
このまま行くと俺はクミンの下位互換になりかねなかった。
『逆ですよ。多分上杉さんがそんな感じだから、ウチのスキルや方向性はこうなったんですよ。上杉さんの真似をするには、そういう技能が必要ですから』
「……ふむ?」
『良く見ていてくださいね』
言うが早いか、クミンの人型だったボディが闇色のもやのようなものに包まれる。
それが収まったと思うと、中から現れたのは。
「俺?」
二十歳前後くらいの、青年の姿だった。
その姿は、世界がこんな風になる前には、鏡で見ていた俺の姿にとても似通って見えた。
ただし。
「改めて見ると、ひどい格好してるな俺」
一ヶ月程度のゾンビワールドでの生活を加味した姿ではあるが。
茉莉ちゃんに似合わないと言われたヒゲは、一ヶ月でそこそこの長さにまで成長している。
忍者頭巾で目立たないが髪の毛もやや油でべとついているし、表情も荒んでいる。
ただ、睡眠はしっかり取るようにしているおかげか、目元が落ち窪んでいるようなことはない。
あと、忍者装束のせいではっきりとは分からないが、体形はずいぶんと引き締まって筋肉質になっている気がする。
と、総合的に見ると。あれだな。
「健康的な落ち武者って感じだ」
「よく自分のことを落ち武者とか言えますね」
「まぁ、自分のことだからな」
これがなまじ容姿に自信のある人間だったら、落ち込むこともあったかもしれない。
だがまあ、俺は割と自分の容姿に無頓着だったからなぁ。
主人公の容姿の設定すら曖昧なゲームで遊んできた身からすれば、容姿なんて普通のコミュニケーションが取れる程度あれば満点言うことなしだろう。
「というかクミン、喋った?」
俺の顔、俺の声で丁寧語で話すクミンは、なかなかの違和感だった。
というか俺の声って、人から聞くとこんな感じなんだな。慣れない。
「複合スキルの中に、疑似声帯なんかのパッシブスキルが入っているみたいです」
「どれどれ」
クミンが進化したことで変化があった《影の心得》という複合スキルを覗いて見ると、迷彩アリの心得にプラスして、影武者を行うのに役に立つスキルも追加されたような形だった。
ただ、そういうスキルを見ると、どうしてもレギオン戦での最後のやりとりを思い出してしまうわけだが。
「影武者スキルか……」
と、俺がなんとも微妙な顔をしていたからか、クミンが俺の顔で困ったように言う。
「でも、上杉さんからしたら、これが一番ですかね」
なんの話? と俺が突っ込む前に、再びクミンの体がもやに包まれた。
だが、今度のもやは人型ではなく、テントのようにクミンを覆う。
数秒してそれが晴れると。
『この目線の高さが落ち着きますね』
「俺も落ち着く」
俺の良く見知っていたアリさんタイプのクミンがそこに居た。
どうやら、アクティブスキルに入っていた形態変化によって、クミンはアリと人型の形態を使い分けることができるようになったらしい。
……え、格好良くない? 変形機構搭載ってこと?
なにそれ、男の子ってこういうの好きなんでしょってこと?
いや違う。今はそうじゃない。
「とりあえず、何もなければそのアリさん姿をデフォルトにしておくか。いざというとき人型になれるってのは、手札にもなるし」
『そうですね。正直言うと人型は行動に制限がかかりますし、パッシブスキルのいくらかは効かないみたいなんですよね』
「壁登りとかか」
俺は今までクミンに標準装備されていた(蟻種)と補足がついたスキル群を思い出す。
おそらく、その辺のスキルはアリさん形状でのみ効果を発揮するということだろう。
まぁ、そうじゃなければ、装備代わりの甲殻(蟻種)を持った上で、さらに人間の防具も装備できますみたいな感じになるからな。
代わりに、人型だと手先が器用になってアイテムを使えるなどの利点もあるのだろうが。
「まぁ良い。俺のアイデンティティがちょっとだけ揺らごうが大した問題じゃない。重要なのは、クミンが強くなったという事実だけだ」
色々と、気になるスキルが大量に追加されたわけだが、直接戦闘に関わるタイプのスキルはそう多くなかった。
大体は、影武者としてのスキルと、女王アリが持つ群を統率するためのスキルの劣化版という感じ。
単純なステータスアップが、一番効果が高かったように思える。
それに。
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【テイム条件】
1.コストCP75
2.ウサギ肉1個/1日
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「ちょっと早まったかなぁ」
コスト激重である。
レベルアップによって作った余裕を、秒で食いつぶす程度には重い。
いや、性能で考えれば、俺の上位互換が一人増えたみたいなものなんだから、トータルで見えばプラスなんだけど。
思うところが無いと言ったら嘘になるよね。
『ちなみに、テイムモンスター:クミンの契約コストは、好感度によって25%削減されています』
「序盤で仲間にするモンスターじゃねえな」
迷彩アリが、デフォルトのコスト20だったことを考えると、実に5倍のコストである。
今の俺ならギリ払えてしまうが、また最大CPがゴーレム召喚カツカツになってしまった。
その分の働きはして貰えると思っているがな。
「それでクミン。まず肩慣らしに通常のゴーレムを狩りに行きたいが、問題はないか?」
『問題ありませんよ。土石魔術が上級になって、魔も上がったので、むしろ問題は減ったはずです』
「オーケー、それじゃ行こうか」
クミンの強化があっても、やることは変わらない。
今日、俺たちは初めてゴーレムにガチンコを挑む。
ステータスの合計ではゴーレムに勝るとも劣らないクミンであっても、油断はできない。
それでいい。
アイアンゴーレムとの戦いに前に、ゴーレムは楽勝だなんて思いたく無い。
鉄杭はアイアンゴーレム用の装備であり、通常のゴーレムには使えない。
そしてそれ以外の火力が不足気味なのは、ご存知の通り。
そんな俺たちの火力不足を一番に解消してくれるもの。
それは、暗黒魔術だった。




