第179話 ダブルアント
「とりあえず一番高いのか」
『いえ、ちゃんと一度全部確認しましょう。今後のウチの役割にも関わってくることですし。今後仲間が増えた時にもずっと一番高いのを選び続けると決まったわけでもないでしょう?』
「それもそうだ」
今後どういう仲間を増やして、その役割をどうするのか、という点についてはまだあまり考えているわけではない。
ただ、例えばアリさん軍団を作るとして、全員迷彩アリに進化させるかといったらそんなことはないだろう。
壁役が必須と考えていたことも、ゴーレムのサモンである程度は賄えるようになったしな。
パーティには役割がある。
クミンに関しては、諸々の巡り合わせで迷彩アリになってもらったし実際それで正解だったと思っているが、全てのモンスターが忍者みたいなジョブに適正があるわけじゃない。
仮に今回は一番高いのを選ぶとしても、レベル25で進化する他の種族にはどんなものがあるのか、という情報には重要な価値がある。
アリ以外のモンスターでも、似たような進化先がある可能性はあるわけだし。
一番高いのを選ぶにしても、他の情報を知っておいて損はない。
「じゃあ、全ての種族を表示してくれる?」
『かしこまりました』
俺の要望を受けて、端末くんはそれぞれの進化先の情報を表示した。
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アサシンアント:2000EP
アント系モンスターの中でも特に暗殺の技能を極めた特殊個体。
迷彩アリの進化先の中で最も隠密戦闘に長けた進化先である。
CP、速、運に成長補正。
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ミミックアント:3000EP
アント系モンスターの中でも特に偽装や隠蔽の技能を極めた特殊個体。
迷彩アリの進化先の中で最も潜伏、潜入に長けた進化先である。
CP、魔、体、運に成長補正。
進化条件:迷彩アリ時の魔、体、運がそれぞれ25以上。
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忍びアリ:4000EP
アント系モンスターの中でも特に忍者の技能を極めた特殊個体。
迷彩アリの進化先の中で最も魔術戦闘に長けた進化先である。
CP、魔、速に成長大補正。
運に成長補正。
進化条件1:迷彩アリ時の魔、速がそれぞれ40以上。運が30以上。
進化条件2:魔術スキルを二つ以上持つ。
進化条件3:称号を一つ以上持つ。
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この三つは、迷彩アリの正統進化系っぽいな。
特に条件を満たさなければ、隠密戦闘をそのまま伸ばしたアサシンアントになり、ステータス条件を満たしていれば、偽装や隠蔽技能に特化したミミックアントにも進化できる。
そして、魔術の素養を持っていればNINJA──じゃなくて忍びアリとして、より魔術を伸ばす方向にもなれる。
といっても、魔法使い系の正統進化ではないので、あくまで忍者技能がメインとして、魔術も使いこなせる進化先って感じだろう。
条件もそこそこに難しいし、本来ならばこの忍びアリが有力候補といったところか。
だが、最後にもう一つ、その忍びアリを超える値段を持った進化先がある。
それがこのダブルアントだ。
ダブルってのが一体何を指しているのかはわからなかったが、説明はこうだ。
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ダブルアント:8000EP
アント系モンスターの中でも謎に包まれた特殊個体。
その正体は、クイーンアントの影武者になる素質を持った特別なエリート個体である。
アント系モンスターの進化先としては異例中の異例であり、同時に生まれつき女王の資格を持たない者の中では最上の進化先でもある。
HP、CP、魔に成長大補正。
力、体、速、運に成長補正。
進化条件1:進化前のステータス合計が180以上。
進化条件2a:魔術スキルを二つ以上持つ。
進化条件3a:食いしばり系のスキルを一つ以上持つ。
進化条件4d:かばう系統のスキルによってHPを9割以上喪失した経験を持つ。
進化条件5e:主人の代わりに交渉した経験を持つ。
進化条件EX:特殊進化先を追加する称号を持つ。
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『…………???』
普段は冷静なアリさんが、俺のやらかし以外で絶句するという珍しい光景がそこにはあった。
でも気持ちはわかるよ。
称号とかいう神に与えられたもので、自分のルートが想定外の方向にぶっ飛んでいく時の頭真っ白感は、一度経験しないとわからないからね。
『あの、上杉さん。これなんなんですか?』
「よかったなクミン、これでお前も神様の玩具だ」
『こういうのは上杉さんの担当じゃないですか!? ウチはこれどこを目指してるんですか!?』
俺の担当ってなんだよ。
いや気持ちはわかるけど、ちょっと待ってよ。
「じゃあ、このダブルアントってことでいいよね」
『落ち着いてください上杉さん。そもそもダブルアントってなんなんですか!』
「分からない」
このダブルアントは、どうやら迷彩アリの進化先としてのルートには存在しない感じだ。
説明にも迷彩アリとは一切書いていないし、進化前のステータス条件もだいぶざっくりした感じになっている。
というかステータス合計180以上って厳しいな。
ただでさえ迷彩アリみたいな上級種族に進化した上で、レベルアップに加えて、ボーナスポイントもほぼ満額じゃないと到達できない。
クミンですら、レギオン戦の称号で下駄を履いてないと到達できてないじゃないか。
他の条件も厳しい、というか進化条件が六つあるとかどんだけ細い穴通すんだよ。
まぁ、条件4とか5はついている英文字からして、他にも色々とあるみたいだけど、最後がね。
この先テイマーが増えたとして、同じ進化をするアリさんが二人現れるとは思えないレベルだ。
「……今思うと、魔の女神様のさりげない誘導があったな」
『……魔術スキル習得をオススメされましたからね』
クミンに関しては、迷彩アリに進化するときも神様からさりげない魔ステータス調整を受けていたが、今回はさりげない魔術習得調整である。
従わないという選択肢もあったが、魔の女神様に言われたらね……。
とはいえ、せっかく特殊進化先が解放される称号をあげたのに、それが活かされないのは嫌だな、と思うのはわかる。
問題はクミンが受け入れきれてないところくらいだけど。
珍しくクミンが狼狽える事態に、これまた珍しく端末くんが自ら補足をいれた。
『ダブルアントは、アント種の頂点であるクイーンアントの影武者を務める種族です。本来は専用の教育を施された特殊な種族ですが、稀にその他の種族から進化する場合があるそうです』
「ダブルって言うのは?」
『影武者のことですね。同時に関連スキルへの適性も表しています』
「へー」
俺本当は、ダブルって言うからてっきり分身するとか、二重職業とかそういう感じになるのかと思っていたんだよね。
頭が二つになる可能性も考えたが、まあうん。
「じゃあとりあえず、ダブルアントで良いよね?」
『いや、でもあれですよ、EPも足りてないですし』
「パーティ資産から出していいよ」
『…………』
そう言われるとクミンも黙るほかあるまい。
なにせ、俺がさっきEP足りなくて出してもらったところだからな。ははは。
俺はよくて自分はダメとはなるまい。
それ以前に、クミンに色々と便宜を図ってもらった件もあるしな。
『うぅ、でも』
それでもなお、クミンは少し渋るような姿勢を見せていた。
俺はそこに何か不思議なものを感じる。
もともと強くなるのはモンスターの本能のようなもの、というのはクミンの言だったはずだが、何を渋ることがあるのだろうか。
「どこに抵抗がある?」
『……不安でしょうか』
「不安?」
俺はそこで、一度腰を据えてクミンの話を聞く体勢に入った。
『ウチは上杉さんと出会うまでは、ただのはみ出し者の働きアリでした。それが上杉さんと出会って、あれよあれよという間に、とんとん拍子で強くなってしまって、それでこんな良くわからない種族にまで進化できるようになって……』
「うん」
『まるでウチがウチじゃなくなるような、ウチの話じゃないような、そんな漠然とした不安があるんですよ』
ふむ。
モンスター界隈のことは良くわからないが、きっとテイマーに使役でもされなければ、種族進化というのはそうそう起こるものではないのだろう。
今のクミンは、はみ出し者の一般兵だったのが、あれよあれよという間に特殊技能を身につけまくって、女王の側近になろうとしている、みたいな感覚か。
確かに、どこの主人公だよみたいな数奇な人生──アリ生を送っているかもしれない。
ともすれば、自分の行き先にそんなものがあるはずがない、こんなのはおかしい、とでも感じているのかもしれない。
だが、それは考えすぎというものだろう。なぜなら、クミンの辿ってきた道筋は、決して普通の働きアリが通るようなものではないはずだ。
「じゃあクミンは、モンスターとして、もっと強くなれる道があって、その許可も出ているのにその道を選ばないのが普通だと思うのか?」
『それは……』
「それに、よく考えてみろクミン。お前は自分で思うほど普通のアリさんルート通ってないぞ」
だから俺は、クミンの漠然とした不安を解消するために、ありのままのクミンを語った。
「まずテイマーと契約しようと思ったところから始まって、高効率スケルトン狩り、迷彩アリへの特殊進化、人間のコミュニティでの諜報活動、悪性変異体討伐、迷子になった俺の代わりにコミュニティ連合設立のきっかけ作り、模造人類試練との決戦、身代わりによる死亡と蘇生、そしてゴーレム狙撃の補佐に、魔の女神から魔術の努力まで認められた」
『………………』
「どう考えても、普通の進化先以外を選んでも問題ない。むしろ普通の進化先を選ぶ方が間違ってる。だっておかしいもんこの来歴」
『た、たしかに……』
俺が巻き込んでおいてなんだが、クミンはもう普通のアリさんがこなす一生分のイベントを余裕でこなしているだろう。
それがここ一ヶ月の間に起きているわけだから、そりゃ進化先だっておかしくもなる。
「難しいこと考えないでさ、クミンは強くなりたいだろ?」
『……はい』
「じゃあ強くなろうぜ。そして俺を楽させてくれ」
『……はい!』
「良く言った! じゃあダブルアントだな!』
『う……はい!』
どうやらまだ8000EPに対する遠慮はあるようだが、それでもクミンは頷いた。
それならばもう迷うことは何もない。
「端末くん、ダブルアントに進化だ」
『本当によろしいのですね? モンスターの種族進化は、ジョブと違って安易にやり直せませんよ?』
一応端末くんからも確認が飛んでくるが、俺はクミンをちらりと見て、頷いた。
「男に二言はない」
『いえ、ウチは性別メスなんですけど』
『かしこまりました』
クミンが何か言っていたが問題ない。
クミンの所持分とパーティ資産から8000EPを捻出し、それがクミンへと吸い込まれていく。
EPが光の粒子となって、クミンを包む。
迷彩アリに進化した時と比べても一線を画すその光量に目を細めていると、およそ一分も時間をかけて、進化は終わった。
「……人型?」
そこで現れたクミンは、今までのアリさんボディから大きく変わっていた。
例えるなら、昆虫の要素をベースに作った女性形のオートマタ。
二足歩行のアリというには人間的な姿だが、人間と呼ぶには体系がシャープに過ぎる。
とはいえ、これまでは昆虫が苦手な人は若干引く容姿であったのが、機械的な格好良さを感じさせる形状に生まれ変わっていた。
さらに言うと、擬態感は満載なのだが、頭部そのものもアリそのままから、女性型の人面のような感じになっていた。
おそらくは、女王蟻がそういったタイプのモンスターなのだと思うが、これまで慣れ親しんだアリさん形状が変わってしまうのは、結構寂しかった。
『……んん、なんか目線が高いと変な感じです』
俺がそんなクミンをマジマジと見つめていると、クミンが戸惑ったように言う。
その際に、表情は一切変わっていないので、やっぱり顔は擬態なのだろう。
まぁ、表情が一切変わらないクールビューティみたいに見えないこともない。
「進化した気分はどう?」
とはいえクミンはクミンだ。
俺が尋ねると、彼女は少し考え込むようにしてから、楽しそうに言った。
『強くなるって良いですね! ちょっと走り回ってきてもいいですか!?』
「ほどほどにね」
『やったー!』
そして、クミンが生まれ変わった身体能力を存分に活かしながら飛んだり跳ねたりしているのを、俺は微笑ましい顔で眺めているのであった。
クールビューティ路線は無理だな。
中身やっぱしっかり者の犬だもん。




