第162話 冒険志向
「放置だな」
『放置ですか』
広間の様子をチラッと伺った俺は、そう結論づけた。
アイアンゴーレムのことは、ひとまず置いておくしかない。
現状では打破する方法が浮かばない。
アレを倒す火力が足りない。
そう言うと、遠距離から狙撃を連打してゴリ押しすれば良いのでは、と考えるかもしれないが、それにはちょっと立地が悪いのだ。
これまでの門番的なモンスターがそうであったように、アイアンゴーレムも階段前の広間のような場所に鎮座している。
ここで問題なのは、この広間にたどり着く通路と、階段までが一直線で結べない配置になっていることだ。
簡単に言うと、広間に南から入ったら東に階段がある、みたいな感じ。
南から入って北に抜けるなら良いのだが、この条件だと開けられる距離にも限度がある。はるか遠くから攻撃を連打し続けるみたいな行動は難しい。
攻略法を考えなければいけないだろう。
「…………」
もし、仮に俺達が六人パーティだとしたらどうするか。
タンク、ヒーラー、前衛アタッカー、スカウト、それに後衛アタッカー二人とかだったら。
そんなもの、タンクとヒーラーで相手の攻撃を抑え込める状態を作ってから、遠距離攻撃でチマチマ削る以外にない。
俺はタンク職もヒーラー職も真面目に経験したことがないのであれだが、この階層なら、ボスに限らず全てのゴーレムでそれが正攻法だと思う。
逆に言えばそれで抱えられないなら、まだレベルやスキルが足りていないという話になるのではないだろうか。
「そして俺たちは、その正攻法ができるパーティじゃない」
『タンクもヒーラーも不在ですからね。上杉さんが言うところの避けタンクではあるんでしょうけど』
そう、正攻法は頭に浮かぶが俺たちがそれを取れるかと言えば別の話になる。
まず、抱えるも何も相手の攻撃を食らったら致命傷がありうる耐久。
ポーションに依存している回復手段。
この時点でタンク側は相手の攻撃を一撃でも貰ったらアウトと考えるべきだ。
タンク役が、自力でポーションを飲める状況じゃなくなったら、壊滅である。
そもそも、避けタンクはこういう持久戦に向いた役割じゃないのだ。
これがゲームだったら、ステータスの回避力に依存して勝手に回避してくれるが、あいにくとこちらは現実だ。
相手の即死級の攻撃を回避しつづけることの、精神的な摩耗はクソダンジョンで痛いほど学んでいる。
ゴーレムの体力が残りわずかで発狂モードに入った場合に、いとも容易く壊滅するビジョンが見える。
そしてそうならないための短期決戦に挑むための火力不足が尾をひくわけだ。
「だから現状は放置する」
正攻法が使えない以上、何か突破口は必要になる。
だが、それが今パッと浮かんでくるわけじゃない。
相手が鉄なら、毎日嫌がらせに味噌汁でもかけたらいつか錆びるだろうか? 半年くらいあればいけるかな……。
あとは、化学系の友達が、鉄は思いっきり冷やすと脆くなるみたいなことを言っていたような……?
……いっそのこと、魔法使いガチャして氷水魔術士にジョブチェンジするか?
「…………」
『なんですか?』
「いや、なんでもない」
だめだな、それをするとクミンが強制送還されてしまう。
冷やして脆くしたのはいいが、それに打撃を与える手段を失ってしまう。
そもそも本当に脆くなるかもわからないし。
とりあえず、必要なのは、鉄の鎧に安定してダメージを与えられる高火力か、隠れたコアに直接ダメージを与えられる特殊技能か。
そういった突破口が見つかるまでは、放置するしかないだろう。
ありがたいことに、奴は徘徊する予定はないようだし、それであれば、俺たちはここで好きにゴーレム狩りに勤しめる。
「とりあえず、三日くらいはひたすらレベリングに宛ててみよう」
何をするにもまずレベリングだ。
レベルを上げることで、俺たちの可能性は広がっていく。
今は思い浮かばなくても、どこかにゴーレム特攻のスキルだってあるはずなんだ。
とにかく、何か思いつくまで一心不乱に、コア丸出しのゴーレムを安全圏から狙撃しつづけて行こうと思う。
「と、言った矢先だが、こればっかりは緊張せざるをえない」
アイアンゴーレムから逃走し、ちらと腕時計を確認すればもうそろそろ夜も良い時間だった。
ダンジョンの中は常に明るくも暗くもない。
こうして時計を確認しなければ、簡単に昼夜の感覚を失うだろう。
これがダンジョン攻略RPGなら、好きな時間まで夜更かしして好きに遊べば良いのだが、あいにくとこれは現実だ。
寝不足による判断力の低下は、デバフとなって自分の命を襲う。
生活リズムの安定は、自分から意識して行うべきだろう。
(どの口が、という意見は聞かないことにする)
ということで、早めの帰参ついでに軽くマップ埋めをしていた俺は、目の前に鎮座するブツを見て緊張していた。
『宝箱ですね』
「クミンは冷静だな」
俺が固まっているのに気づいたクミンが、なんでもなさそうに言った。
そう、俺たちは四階層でついに、宝箱を発見したのだ。
今まで見つけた宝箱は、全て三階層未満のもの。
新階層での新宝箱には期待せざるを得ない。
「とりあえず、罠は────ある」
勢いで開けそうになったが、落ち着いて五感──いや、スキルによる第六感を働かせれば、それがわかった。
この宝箱には、なんらかの罠が仕込まれている。
今は『闇夜と死の徒』に内包された罠感知スキルが、これが仕事だと言いたげに俺に危険を訴えていた。
「あー、どうしようかな」
俺は悩む。
今までの宝箱には罠がなかったが、ついに登場してしまった。
俺は罠感知スキルは持っていても、罠解除スキルは持っていないのだ。
なぜと言われても困る。
いつでも取れたはずではあるが、だからこそ、なんか後回しになっていたと言うしかない。
とにかく、言えることは一つ。
今、目の前の宝箱に罠がかかっているが、それをスマートに解除する手段はないこと。
『どうしようも何も、罠があるとわかっているなら、諦めるほかないのでは?』
「まぁ、普通に考えたらそうなんだけどさ」
クミンの常識的な意見に、俺は曖昧に頷く。
ここで、俺が取れる選択肢は二つ。
一つは、一旦諦めて端末に戻り、後日スキルを習得したら改めて回収しにくる。
もう一つは、ここで罠を強引に発動させてでもブツを手に入れる。
「…………」
正しい行いは、前者だろう。
今現在、アイアンゴーレムで明確な足止めを食らうことが決まっているので、ここで時間をかけても問題はない。
だったら、時間を有効に使って、焦らず安全にアイテムを取得すれば良い。
だが、それに対して効率派の俺が異を唱える。
今ここで、罠を強引に突破してアイテムを手に入れた方が、無駄がないぞと。
そも、宝箱の罠とはなんだろうか。
それは不用意に宝箱を開けようとしたうかつ者に、罰を下す機構だ。
パッと思いつくだけでも、毒、麻痺、石化、爆発、モンスター呼び寄せ、テレポーター、その他諸々。
ダンジョンの宝箱には、罠が付き物なのだ。
だからこそ、ダンジョンでは盗賊と呼称されるようなスカウト系のジョブを持つ者に、罠解除の技能が求められる。
宝箱に仕掛けられた罠を解除し、無傷でお宝を手に入れるのは、ダンジョンの醍醐味だ。
そのため、本来なら罠解除スキルを手に入れてから戻ってくるべき場面。
宝箱を強引に開けようとして、罠で毒にかかり死んでしまったでは元も子もない。
だが、ここはダンジョンの四階層で、これは初めての宝箱だ。
「俺の常識で言えば、初めての罠なら大したものはないと思うんだよ」
『つまり?』
「サモンで呼んだゴブリンあたりに開けさせて、俺たちは遠く離れていれば、罠の影響を受けることはないと思うんだよね」
ダンジョン系のゲームで罠にかかり、パーティに被害が発生するたび常に思っていた。
罠があるとわかっているなら、どうして全員で宝箱を開けるのだ、と。
代表して一人が解除に挑み、残りのメンバーは罠の影響を受けない場所まで離れていればいいのに、と。
なんなら、宝箱を後ろから蹴破るなりすれば、単純な罠は回避できるだろうに、と。
もちろん、パーティが全員人間だったら、そこで一人を犠牲にするというのは問題だとわかる。
だが、今の俺はサモナーでもある。
死んでも痛くもかゆくもない(CPは消費する)モンスターを召喚して、そいつに宝箱を開けさせれば、罠があろうとなかろうと関係ないじゃないか。
うん。罠解除を取ってなかった理由が腑に落ちた。
召魔忍者になった時点でこういう考えが頭にあったから、俺の中で罠解除の優先順位が下がっていたのだ。
…………あれ、おかしいな。
その考えのもと、スケルトンスカウトを先行させたダンジョンで、ギミックがほとんど生きていて結局大変な目に逢った記憶が新しいぞ?
まぁ……そういう例外的なダンジョンは置いておいて、テイムモンスターを利用した罠の漢解除について俺はクミンに説明した。
それを聞いたクミンは、一切迷うことなく言う。
『考えはわかりましたけど、万が一周囲に影響を及ぼす罠だったらどうするんですか?』
「……いや、言っても低階層で、しかも最初の罠付き宝箱だし。普通は毒針くらいで」
『だから大丈夫だと、一体どこの誰が保証してくれるんですか? 万が一、それでゴーレムを何体も呼び寄せるような罠が発動したとき、上杉さんはどうするおつもりですか?』
「…………はい」
『はいではなく、どうするつもりかと聞いているんですウチは』
「……………………ごめんなさい」
アリにガン詰めされて、反論ができなくなる人間の姿がそこにはあった。
クミンは、ため息を吐くような仕草ののち、諭すように言う。
『もう一度言いますけれど、さっき想定外のゴーレムの挙動で痛い目を見たばっかりなんですから、ここは想定外を想定して安全をとるくらいでちょうど良い、とウチは思います』
「いや、そうだな。普段の俺もきっとそう思うはずだ」
それに対して、俺もやっぱり反論はなかった。
安全性を考えるなら、ここは慎重になるべきだ。
さっきのゴーレムの発狂モードだって、あれだけ距離が開いて入れば何かあっても逃げられるくらいの公算はあったのだ。逃げられなかったけど。
最低限の安全は考えていても想定外は起こる。
なら、ここは輪をかけて慎重になるべき。
そう諌めてくれたクミンに感謝する。
「ありがとう、やっぱり、どうにもダンジョンの中だと、俺の判断が『甘くなる』みたいだ」
もう一度、自覚し直す。
ダンジョンに入ると、俺の精神は明らかに何かの影響を受ける。
安全志向から、冒険志向に。
多少の危険を冒しても、効率を優先するように。
そして、思いついたアイデアを試さずにはいられないように。
今一度意識し直しても、きっとまたどこかで呑まれる。
その度、諌めてくれる外付けのブレーキは必要だ。
クミンが居てくれて、助かる。
と、納得はしたものの、俺が未練がましく宝箱を見ていると、クミンは呆れたように言った。
『……危険を想定した上で、それでも挑戦する価値があることなら、挑戦するのは問題ないと思いますよ。そうしないと、きっといつまでも足踏みすることになりますから』
「……そうだな、その時はまた忌憚のない意見を聞かせてくれ」
『はい!』
そして、俺は断腸の思いで宝箱を一度スルーする。
ダンジョンに対する答えの出ない疑惑を深めながら。




