第158話 流石に弱い
「さて、そろそろ準備はいいか」
『はい』
クミンに声をかけ、俺は南小のダンジョンを今一度眺める。
昨日の夕方に目を覚ましてから、およそ一日、俺はこの平原で過ごさせてもらうことになった。
もともと、このウサギ平原への滞在許可はしっかりもらっていたわけだが、此度の交易の話うんぬんで、保守的にこのダンジョンを独占しようという派閥は虫の息になったらしい。
一応、最後の抵抗とばかりに『今後重要な交易品となる肉を……』うんぬん言っていた人はいたらしいが、まぁ、発言力の差はもはやどうしようもない。
交易をまとめ、怪物から学校を守り、そして力も持った探索班が名実ともにこのコミュニティのリーダーとなっている。
子供たちの今後についても、希望者は少しずつ、兎狩りに参加させる意向であるとか。
単純に今後の交易を考えるなら、やる気のある子供たちにウサギ肉の確保をお願いして総量を増やすというのも必要になってくるからな。
で、その探索班と仲がいい俺が、ステータス半減状態だからちょっとウサギ狩りでも勤しませてほしいと言えば、二つ返事でどうぞどうぞだった。
もともとの借金(借EP?)もあるので、その分からもらっても良いのだが、二日も寝ていた体を慣らすのにはウサギくらいがちょうど良い。
HP0なので気をつけなければいけないが、流石にウサギには遅れは取らないだろう(慢心)
というわけで、昨日は初めて南小のコミュニティに泊めてもらいつつ、今日は朝からクミンとウサギの乱獲を行っていたのである。
その過程で、休養がてら面識のある人々との交流も行い、色々と人間的な時間を過ごせた。
その中で俺にとっての大きな収穫は、探索班の一員である大学生コンビの桐原と榎木が、実は手作りアクセの作り方を知っていたこと。
なんでも、二人して大学の文化祭だかでそういう出店を出した経験があったとか。
現状はまだ工具がないので金属の加工とかは難しいが、こだわりがないのなら、土石魔術を使って簡単なリングや髪飾りなんかは作れるのでは、と軽くレクチャーしてもらった。
今はCPが0になっているので試すことはできないが、今後ダンジョンに潜っている最中、時間があったら取り組みたい。
茉莉ちゃんとの約束があるからな。
というわけで、ゾンビパニックが始まって初めて人間的な時間を過ごした俺は、夕方、ステータスが元に戻ったことを確認して、冒頭だ。
「とりあえず、ウサギ肉の貯蓄は十分。鍾馗の修復も可能な限りは行った」
ウサギを狩るのは主にクミンが率先して行い、その余ったEPはだいたい鍾馗の修復にあてた。
最終戦で無茶に無茶を重ねたおかげで、鍾馗の状態ははっきりと破損していた。
修復には1000EPを要求されたので、とりあえず稼いだ分は注ぎ込みつつ、残りはだましだまし運用していく必要があるだろう。
ダンジョンの一階層、しかも半分くらいはお肉のドロップに流れるウサギ狩りで1000EP稼ぐのは、何日かかるかも分からない仕事である。
まぁ、浅いところならぶっちゃけ鍾馗に頼る必要もないので、問題ない。
食料に関しては、他のコミュニティからの交易として入って来た野菜なんかも少しだけ分けてもらった。
水は、南小の氷水魔術の使い手さんから、二十リットルほど貰っている。
気づいていなかったのだが、俺のストレージの容量はレギオン戦を終えてさらに拡大しているようだった。
サイズは一気に二メートル四方まで広がり、数も20にまで増えている。
もはや軽い倉庫くらいの容量である。
今回クミンが狩ってきたウサギ肉を詰めるだけ詰めても、ストレージ一枠分に丸々収まってしまうレベルだ。
そんなわけで、装備は万全とは言えぬが、食料と水はひとまず良し。
水については、EPを貯めて改めて魔法使いのジョブを取得すればなんとかなると思っているのでそれまでの繋ぎでよいのだ。
……いや、本当に大丈夫かな。
自宅の溜め水も、やっぱり全部持って行こう。空きはあるんだし。
というわけで、南小を後にする時がきた。
ホームセンターの方にも挨拶をしたらどうか、とも言われたが、生憎と俺には時間がない。
あんな悪性変異の化け物を拝んだあとで、茉莉ちゃんがいつまで無事なのか、改めて不安にならない方がおかしいだろうさ。
俺とクミンは、ウサギ狩りに勤しんでいた探索班の人を一人捕まえて、自宅のダンジョンへと帰る旨を伝える。
そしてそのままダンジョンを出て、裏門の方へと歩いて行くと、そこで待っていた杉井さんと出会った。
「もう行くんだな」
俺が食料なり水なりを貰っていたことは、当然杉井さんにも伝わっている。
そしてここを出て行こうとすれば、彼にも俺の目的は伝わる。
だから、待っていたのだろう。
「……間に合うのか?」
「……そればっかりは、ただ、間に合わせます」
杉井さんは、俺の口から出た『妹』の正体に勘付いている。
だからこそ、心配そうな顔をする彼に俺は強がりでも宣言する。
そんな俺を更に心配そうに見てから、杉井さんは口にする。
「話は変わるが、あの戦いの時、各コミュニティと話していた打ち上げの鍋パーティがあってな」
ああ、その話まとまったのか、と思いつつ、俺はそっと辞退する。
時間がないのだ。悠長に鍋を食っている余裕もない。
「はい。すみません、鍋パーティ、俺は欠席ということで……」
「二週間後だ」
「……はい?」
「二週間後に開く予定だ。みんなバタバタしているからな。だから、それまでに帰ってきて欲しい。無論、妹さんも連れてな」
杉井さんは、そう言って困ったような顔で笑っていた。
いくらバタバタしていると言っても、戦いから打ち上げまで二週間も期間を開けるのは普通じゃない。
その意図が伝わらないほど、俺も鈍感じゃない。
「……わかりました。努力します」
「ああ。下手に約束するとなんだったか、死亡フラグになるんだったか?」
「鍋の約束じゃ流石に弱いかと」
真面目な顔で死亡フラグとか言い出す杉井さんに、俺は苦笑いを返した。
茉莉ちゃんのことだけじゃなく、もう一つ地上に帰ってくる理由ができてしまった。
二週間か。間に合えば良いな。
「それでは、また。松川さんにも、よろしく伝えてください」
「ああ。健闘を祈る」
そう言って、俺は杉井さんと別れた。
松川さんにも挨拶をしたかったが、彼は彼で忙しいというか、今はホームセンターとこっちを行ったり来たりしているらしい。
今はちょうど、向こうにいる。
心残りとは思わない。
帰って来たら、また会えるんだから。
そうして、夕暮れの中俺とクミンは静かに自宅へと帰って来た。
道中でゾンビとは一度しかすれ違っていない。
ホームセンターへ向かう道すがらのゾンビは、そのほとんどが排除されたか、誘導されたかしたみたいだ。
心のしこりは残る。だけど、俺にはまだどうすることもできない。
「ただいま、茉莉ちゃん」
相変わらず、窓から自宅に帰宅すると、彼女はじっと俺を見つめた。
「あぁううあうあうぅう……ぅううぅおぉお」
「今だけは、おかえりって言っているように思えるよ」
時間にしてみれば、三日ぶりかそこらくらいなのに、ひどく久しぶりな気がした。
俺の記憶にある姿と何一つ変わることなく、茉莉ちゃんはその場所にいてくれた。
大丈夫だと思っていたが、安堵で胸をなで下ろす。
「そしてごめん。またすぐにダンジョンに向かわなくちゃいけないんだ」
「ぅぅうぅうぅおぉぉお」
「だけど、今度こそ約束するよ。俺は茉莉ちゃんを救う手段を持って、戻ってくるって」
俺の決意に対して、茉莉ちゃんはやっぱりうめき声を返すだけだ。
分かっている。これは俺の罪だ。
そしてそれを償うため、俺はダンジョンに潜る。
「もう一度確認だ。クミン、物資は十分だよな?」
『食料と水はあります。マッピングツールについては?』
「まだ、大丈夫だろう。マッピング以外のことに使ったせいで減ってはいるが、余裕はある」
それ以外の、冒険お役立ちグッズについてもそう問題はない。
そもそも、手当たり次第に取ったみたいになっているスキルのせいで、ライト関連とか基本的に要らないしな。
ストレージから移してないわけだし、そうそう問題はあるまい。
「それじゃ、夜までに三階層へ。軽くリハビリと鍾馗の修復、それに新スキル分のEPを稼いだら、四階層だ」
『倒すあてはあるんですか?』
今後の計画を軽く話すと、クミンから指摘が入る。
四階層の敵は、ゴーレム。
あのクソダンジョンでフレッシュゴーレム相当の一本腕とは散々やりあったが、あれは即死狙いが基本だし、そのあとはレベルブーストで優位に立っての戦いだった。
現時点で再び戦えと言われたら、普通に死ぬほど大変だろう。
だが、俺はこの一日、ただぼーっとしていたわけじゃない。
「俺に考えがある。一度、試させて欲しい」
『わかりました。無茶なことしなければ良いですよ』
「…………」
クミンの信頼がなかった。
だが、まぁ、何事も最初は失敗がつきものなのだ。
できることは増えているわけだし、何事も挑戦だ。
「それじゃ、茉莉ちゃん、行ってくるよ」
「うぅうぅうぅぅああぁ、あぁあああおおぉおぉ」
茉莉ちゃんのうめき声に見送られて、俺とクミンはダンジョンのゲートを潜る。
待っていてくれ、必ず、呪腐魔病の治療薬を手に入れて帰ってくるから。
──────
人間・女
状態:呪腐魔病(軽)
──────




