第152話 手が足りない
風は、緩やかだが確実にこちらに吹いて来ている。
もともと、ギミックそのものよりも、そこに気づくことと、ギミックを攻略するための準備をすることが難しい相手だった。
模範解答は、前哨戦を終えてからレギオン本体が出現するまでに挟み撃ちの陣地を作成し、戦力を半々にバランスよく分けて戦うことだっただろう。
だが、そんなの答えを知っていなければ出来ないわけで、ゲートというイレギュラーな要素もあれば、俺たちが一箇所に固まったのは仕方ない。
だが、それでも本来の想定人数が30人だったとすれば。
ブーストの促成栽培とはいえ、100人規模で乗り込んでいるのだから天秤はこちらに傾きやすくはある。
こちらの側面が、俺一人という点を考慮しなければ。
『上杉さん! すみませんまた一体!』
「っ了解ぃ!」
クミンからの報告に、俺は思考をスケルトンへの指示に傾ける。
クミンと■■──Tくんの護衛があっても、流石に全てのヒトカタを抑えることは難しい。
となると当然、たまには抜けてくるものもあって、それの対処は必要になる。
俺は一体のスケルトンアーチャーを前に出し、ターゲットを固定させる。
そいつにうまくヒトカタを引きつけてから、周囲のスケルトンアーチャーにまとめて矢を射らせた。
ヒトカタはダンジョンの下の階層で見たものより強いが、弱点は変わってないし、耐久値そのものは一本腕ほどではない。
頭に複数の矢が突き刺されば、それで削りきれる。
問題は、それによってレギオンへの攻撃が滞ること。
「……やっと三割ってところか?」
俺は、目の前の肉塊を睨みながらこぼす。
ジンジンと頭に鈍痛が響いていて、機嫌が悪い。
圧倒的に手が足りない。
もう一度言うが、風はこちらに吹いて来ている。
あからさまにこちらが有利などとは死んでも言えないが、時間とともに、少しずつ、だけど確実にこちらの攻撃は敵の部位を潰している。
俺の見ている側面でも、顔の約三割ほどが再起不能となった。
そして、こちらに迫ってくるヒトカタの数が少なくなって来たと実感できるので、向こう側も同等かそれ以上の戦果を上げていることだろう。
それは確信できる。
問題は時間だ。
「……残り、10分強」
ここまでくるのにも、10分ほどの時間を使ってしまった。
そもそも、いきなり敵のヒトカタが増えた直後は本体への攻撃どころじゃなかったのだ。
とにかく敵の攻勢を凌ぐのに精一杯の時間があって、そうこうしているうちに向こう側がある程度の顔を潰してくれて。
少し余裕ができたところから、ようやく本体への攻撃を再開できた。
そこからゆっくりと、しかし次第に攻撃のペースを速めていって、ようやく三割。
ここからはさらにペースを早めることはできるだろう。
「ギリギリだな……」
間に合うかは、本当に時間の問題になっている。
なにせ、この顔を全部潰しても、それで相手が倒れるわけじゃない。
それで死ぬような相手なら、それは顔が急所ということになるだろうし、とっくに決着はついている。
だから今は焦らず急いで、少しでも相手の顔を潰していくしかない。
『! 上杉さん! 敵の行動に変化が!』
乾いた喉で唾を飲み込むような苦しい気持ちで居た俺の脳裏に、クミンからの鋭い報告が入る。
俺が顔を上げると、そこには今まで見たことのない『敵』がいた。
「ヒトカタ、なのか?」
そこにあったのは、ヒトの形をした何か。
誤解を恐れず言うなら、人で作った風船のようなものだった。
人という器に、ガスをパンパンに詰め込んだような肉風船が、ゆったりとした速度でこちらへと向かって来ている。
俺は即座に、撃ち落とす判断をする。
「アーチャー隊!」
スケルトンアーチャーが四体ほど肉風船へと矢を射った。
矢は違うことなく風船に突き刺さり。
ブバンというような音とともに、その風船は破裂した。
破裂すると同時に、いかにもな紫っぽい煙を撒き散らす。
「焼き払う!」
ガスか、毒か、ウイルスか。
頭に浮かんだ悪辣三択に答えを出す前に、俺は焼却処分を選択。
遠隔への魔術の行使に少なくないCPを持って行かれながら、俺はその紫の煙が広がる前に燃やし尽くした。
その際に引くほど燃え上がったので、可燃性の何か、ということだけはわかった。
『上杉様。現在CPが444を切りました。奥義発動の際にはお気をつけください』
「ありがとよ! ついでにあの煙について教えてはくれないかな!?」
先ほどの火炎魔術で、俺のCPが奥義の発動に必要な分を下回ったと知る。
CP全回復薬は、残り一本。
クミンと俺で二本ずつ使った状況で、これも後がない。
あと残っているのはエリクサー(適当)だが、これを使う状況にまで追い込まれたくない。
これを使うと、背水が切れる。
急にそれが切れた時、こちら側の戦線が崩壊する可能性がある。
だが、少なくともあの煙の対処に火炎魔術が必要だとしたら、まともにやってたらCPがやばい。
そう思っていたところで、端末くんから静かな声が聞こえる。
『────情報を開示いたします。先ほどの敵性存在は撃破時に『暫定名称:可燃性呪腐魔ガス』という毒性の強いガスを放出します。このガスは火に反応して急激に燃え上がる性質を持ち、肺に入ると強い毒性を示し、また長時間晒されることで呪腐魔病に感染する特性があります』
「全部盛りね! クソが!」
迷ったら全部みたいな頭の悪いガスを作りやがって。
まぁ、元々の試練の時点で似たような感じだったんだろうなと今なら思うけど。
とにかく、これからは地面から迫ってくるヒトカタだけじゃなくて、空から飛んでくる肉風船にも注意しないといけないと。
近づかれた時点で、こっちの被害は確定みたいな特性だ。
「可燃性なら、火矢を撃ち込めば一撃だろ。次に出てきたら魔術で一瞬だけ矢に火を灯すか」
とにかく、近づかれる前に処理すればいい。
こっちの負担がさらに重くなるが、もともと一人でやってんだから仕方ない。
思考を分割しすぎて、酷い頭痛を伴うようになってきた頭を必死に押さえて、俺はもう一度レギオンを睨む。
「さっさと急所を出せよ。ぶっ殺してやる」
俺の怨嗟の声に、レギオンは応えることなく、鈍い唸り声を上げているだけだった。
俺は残り10分を切ったところで、カウントを数え直した。
0から600まで。
それが東京のタイムリミット。
カウント0。
そして、そこから、じりじりと時間に背中を焼かれつつ、俺たちは抗った。
迫るヒトカタを、クミンとTが処理し。
肉風船には先端だけ火魔法を宿した石矢を撃ち込み。
その間隙を縫って、レギオン本体の顔を潰す。
カウント48。
一番辛いのは、本体へ攻撃可能になるタイミングがこちらからでは分からないこと。
目星をずっと使い続けるわけにもいかない。
常に、意識の一部は常に本体を見据えていなければならない。
カウント127。
死の間際、背水状態での極度の集中力でもってしても、分割した思考が悲鳴を上げているような状況。
まず間違いなく、寿命を削っているなと確信できる頭痛。
体感時間が何倍にも引き延ばされるような曖昧な状況で、回し続けているカウントスキルだけが、俺に正確なタイムを教えてくれる。
カウント169。
肉風船どもの数が増えてくる。
カウント227。
向こう側で、悲鳴と火柱が上がった。
処理をミスったのかもしれない。分からない。
こちらも鼻先まで火が迫ったが、気にしていられない。
カウント315。
肉風船とヒトカタが協力しはじめる。
クミンとT君が連携して阻止しようとするも、彼女らに肉風船の相手が難しい。
思い立って、二階層で作った松明もどきをもう一度作成し、ストレージに残っていたガソリンを全部矢にぶちまけた。
魔術を使わなくても、これでいつでも火矢が作れる。初めからこうすればよかった。
スケルトンは骨なんだから、手は燃えないんだし。
カウント381。
ほんの一瞬、頭痛で思考が飛んだ。
クミンに助けられなければ肉の海に落ちて居たかもしれない。
カウント420。
「おぉらぁああ!!」
複合魔術で作った火炎棒手裏剣を、レギオンの顔へと叩き込んだ。
向こう側でも、同じようなタイミングで雄叫びが上がっている。
「……はぁ……はぁ」
思わず膝をつきそうになる。
頭が割れそうだ。
吐き気がひどい。
頭を酷使することは、体を酷使することの何倍もきつい。
それでも、今この思考を止めるわけにはいかない。
それをした瞬間。
きっと俺は死ぬ。
『上杉さん! 十秒だけでも休みませんか!? 死人みたいな顔をしてますよ!?』
クミンからありがたい声を頂くが、さっき言った通りだ。
今、集中力を切らしたら、間違いなく俺は終わりだ。
だが、それでも今。
俺たちは。
【うぅううぅぅうううううううおぉおぉおぉおおぉおおおおおおお!!】
すべての顔を潰し切ったのだ。
「うううぅうううらあああああああああ!!」
「どうだこらぁあああああああああああああああ!!」
「くたばれやぁあああああああああああごらぁあああああ!!」
レギオンが呻き声を上げ、俺たちはそれをかき消すように雄叫びを上げる。
少なくとも、こちら側から見える無事な顔はひとつもない。
こちらより進んで居たはずの、向こう側でも似たようなものだろう。
だから。
「──来る」
この形態は、これで終わり。
ここから、何が起こる。
【ああぁああぁあああ! 守るべき店が! 守るべき人々が!】
とうとう、うめき声以外の言葉をクソ肉ダルマが口にする。
脳裏に響くような声にイライラする。
【守らなければ。私が。私の手で。ああ、手が足りない。なら、ならば】
次の瞬間。
ズルリ、とレギオンの頂点から何かが生える。
先ほど見た、長大な腕かと思ったが、違った。
レギオンの中から現れたのは、ああ。
「ううるうるぅううるううううう!!」
頭の腕が五本になり、体のあちこちからもたくさんの手を生やし。
そしてなにより。
頭の腕の付け根に、しっかりと店長──葛城の顔が阿修羅のように付いた、なれはてたものたち。
ただそれだけなのに、これまでのどんな敵よりも背筋を凍らせる気配を放つ。
正真正銘──人類の敵だった。
「カウント、462」
もう、三分もない。
──まだ、急所は見えない。




