第148話 レギオンになってください
肉の海から生まれたようにしか見えない男の姿に、外からやってきたコミュニティ連合の面々が面食らっているのが分かった。
男だけではない、俺たちが足場を形成したゲートの周囲を取り囲むように──統一性のないさまざまな人間の姿が肉の海から生えてきている。
俺は外から来た人たちの一歩先に出るようにし、鍾馗を構えながら言った。
「ヒトカタです」
杉井さんがハッと目を見張る。
先ほどその存在は伝えていたが、このダンジョンを駆け抜けた俺と違って、咄嗟には出てこなかったのだろう。
それくらい、ヒトカタは人間そっくりなのだから。
やがて、俺の言葉が伝言ゲームのようにじんわりと、警戒とともに人々の間に浸透して行く。
そんな様子をにこやかに見ていた、最初のヒトカタが口を開く。
「こんにちは、と言っているのだから挨拶の一つも返して欲しいなぁ」
「こんな場所で出会わなかったら、考えたいところだ」
「ダンジョンでは出会ってはいけないかい?」
俺は警戒心をあらわにしながら男を睨む。
こいつは確かにヒトカタだが、今まで出会ってきたそれとは明らかに違う。
普通のヒトカタたちは、そもそもここがダンジョンであるとすら知らなかった。
そして、その行動もまた自由意志のように見えて、ただ何かの記録をなぞっているだけのようだった。
唯一違った存在といえば、田無くらいだ。
目の前のこの男は、その田無ともまた違う。
なにせ、ここがダンジョンであることを自分から知っている。
そして、呪腐魔病の進行状況が、悪性変異。
──なれはてたものたちや、レギオンと同じ進度だ。
「ようこそいらっしゃいました。私の店へ。当店の店長を務めさせていただいております、葛城と申します」
男は人好きのしそうな笑みを浮かべ、葛城と名乗った。
俺の記憶を辿って見る。
少しだけ、ひっかかりがある。
まさしく、このホームセンターで、店員側としてその姿を見たような、そんな記憶がおぼろげながら存在した。
「それで皆様は、当店に避難されてきた方々、ということでよろしいのでしょうか?」
一瞬、何を尋ねられているのか分からなくなった。
避難。
ああ、そうか。
ゾンビパニックが起きたときのこと。
田無から聞いた話を思い出す。
この店の店長は、ゾンビ災害の折に率先してバリケードを築き、人々を救うような行動を取っていた、らしい。
そういう、善良な人だったから、悪意ある少数をも招き入れてしまった。
だから、ホームセンターは、こうなった。
俺は松川さんと杉井さんに目線を送る。
二人は俺の目線を受けて頷く。対応を任せてくれるというように。
俺は静かに、言葉を選ぶつもりで口にする。
「避難しにきたわけじゃない。ただ──」
「──じゃあ略奪者ですね」
「っ!?」
一瞬で、交渉は決裂した。
瞬間、ぞっと背筋を凍らせるような気配。
まさしく、事務室で向き合ったときに感じた、おぞましくも隔絶した存在の違いを感じさせる、あの恐怖。
途端、にこやかな雰囲気だった男が、無表情で俺たちを見ていた。
「どうして、どうしてお前たちは店から奪おうとする。どうして、助けあえない。私には、責任がある。店を守らなければならない。救いを求めてきた人々を守らなければならない」
葛城がぶつぶつと呟くたびに、肉の泥が鳴動するように蠢く。
「店を守らなければ。人々を救わなければ。助けなければ。より多くを救わなければ。そのためには力がいる。人手がいる。周囲全てを巻き込めるほど、大きくなければ」
葛城はもう俺たちを見ていない。
ただ、ぼんやりとどこか遠くを見るようにしながら、うわごとのように呟き続ける。
「ああ。そうですね。略奪者でもかまいません。仲間は多いほうがいい。人手は多いほうがいい。多い方が、多いほうがいい。そう、私は、私たちは大勢。私たちは、軍勢。私たちは、レギオン」
やがて、ギョロギョロと目を動かし、狂ったように呟いていた言葉を止め、そうして俺を見て、言った。
「あなたも、レギオンになってください」
瞬間、葛城は俺に掴みかかってくる。
危機感が真っ先に反応する。
葛城の全身が黒い。
少しでも触れたら危ない。
俺は迫ってくる手を切り落とし、即座に首も刎ねた。
ひっ、という悲鳴がレイドパーティの方から聞こえてくるが、構っている余裕はない。
肉の泥とつながっている足まで切り落とすと、ようやく葛城の身体は見慣れた砂と泥になって海に溶けて行く。
「クミン! 監視とカバーを頼む!」
その状態になってもなお、背後を向けることの恐れが勝る。
ダンジョンの中で散々切り捨ててきたヒトカタと比べたら、スピードもタフネスも、おそらくパワーも別物だった。
それこそ、三本腕にも迫るほど。
「松川さん! ヒトカタが襲ってきます! 奴らに触れられないでください!」
俺は即座に、この中で一番声が通るであろう松川さんに伝えた。
突然の出来事に一瞬呆然としていた松川さんも、俺の必死な様子に当てられて即座に気を取り戻す。
「敵ヒトカタから攻撃がくる! 絶対に触られるな! 何が起こるか分からない! 迎撃開始しろ!」
松川さんの声が戦場に響き、俺たちは即座にゲートを中心にするように背中合わせの陣形を作った。
足場は魔術でできたもの。
肉泥に落ちたらどうなるか分からない。
そんな俺たちを取り囲むように、ヒトカタがずるずると近づいてくる。
少し遠くで、レギオンの本体と思しき球形が、緩やかに回転する地球儀のようにその場で留まっている。
本体の動きがないのがやや不気味だが、第二ラウンドはすぐに開始された。
「私は死にたくないのぉ!」
「一緒に頑張りましょう!」
「どうして戦うんですか!」
「武器を捨てて平和にいきましょうよぉ!」
口々に言いながら、ヒトカタは俺たちに掴みかかってくる。
その悲壮感に満ちた言葉に──俺はもう何も感じない。
このダンジョンのこれまでのせいで、そのやり口は十分すぎるほどよく分かっている。
挨拶がわりの精神攻撃など、もはや平原に吹く工場の排ガスのようなものだ。
ただ不快なだけ。
だが、それはこのダンジョンを潜りぬけてきた俺だけの話だ。
「っぐ」
「つぅ」
外から援軍に来た彼ら(と少ない彼女ら)は、俺のようにはいかない。
どう見ても人間にしか見えないヒトカタから、戦う意味を問うような言葉とともにただ近寄ってこられる。
それを一方的にはじき返し、切り捨てるような行いを、何も感じずに行えるものがどれだけいるか。
三本腕の方が、まだマシだ。
あれはおそらく、彼らの仲間の命も奪って来た怨敵だったから。
人の言葉を話すヒトカタは、ゾンビよりもなお人間に近い。
呪腐魔病の進行度は、それとは比べ物にならないのに。
「心を乱すな! 敵の攻撃に惑わされるな!」
松川さんの叫びが、なんとか人々の士気を維持している。
そんな彼も、歯を食いしばりながらヒトカタを切り捨てている。
だが、ヒトカタは後から後から湧いてくる。
一向に、数が減っているような気がしない。
俺はどこにも属していない身軽さから、戦場を走り回り、崩れそうな場所のフォローに回る。
どこも戦力の問題ではなく、心の問題が大きそうだった。
もし、何か掛け違えがあれば、たやすく崩れそうな状況に思えた。
そして、恐れていた事態はすぐに訪れる。
「蓮也!」
誰かの声が、戦場に響く。
ハッと、俺はそちらを向いてしまう。
肉泥の中から生まれたらしいその男性型のヒトカタは、他の一般人らしいそれとは違う、少しだけ武装したヒトカタだった。
「きっこ! おれ、俺だ!」
ヒトカタが、うわ言のように叫ぶ。
そのヒトカタに、蓮也と名前を呼びかける人──女性がいる。
「蓮也! あなた、なんで、うう!」
「なあきっこ、争うのは、やめよう。きっと他に道があるはずだ」
「う、ううぅ、ううう!」
女性とヒトカタは、恋仲だったのだろうか。
そう思考が飛んだところで、俺はそちらをカバーするために走り出していた。
これは、まずい。
判断が遅かった。
女性も、その周囲の者たちも明らかに動きが鈍い。
元仲間だった男性のヒトカタに、剣を向けられていない。
足の動きがもどかしい。
だめだ。どうあがいても間に合わない。
「きっこ! 手を伸ばして!」
「蓮也ぁ!」
ヒトカタが、悲痛な叫びをあげる。
その声に応えて、女性が手を伸ばしてしまった。
「っ、背水!」
俺はとっさにスキルを発動した。
ギアを上げた身体能力が、俺の身体を限界を超えて動かし。
それでも体が間に合わないので、鍾馗を投げた。
「ぁえ?」
鍾馗がヒトカタの頭に突き刺さり、即死が成ってずるずるとその身を崩れさせる。
だが、目の前で恋人だったヒトカタが崩れた女性は、伸ばした手にその肉泥を浴びてしまう。
「ぎいぁああ!?」
ジュウ、という音が聞こえてきそうな勢いで、肉泥が彼女の手を焼いた。
とっさに離れ、神聖魔術で治癒をかけたおかげが、大事には至らなかったようだが、あのまま飛び込んでいたら、どうなっていたかは分からない。
「っ! 分かっただろう! ヒトカタには決して触れるな! たとえ家族恋人の姿が見えても! それは敵の罠だ! 歯を食いしばってくれ!」
松川さんもまた、その光景を目にしていたらしく、叫びが響く。
状況をなんとなく察した一同は、うぉおおおお! と空元気でも雄叫びをあげ、必死に己を鼓舞する。
ただ、目の前で恋人だったヒトカタが溶けた女性と、女性を止められなかった仲間たちは、ひどく落ち込んだ様子を隠せなかった。
「後悔は後にしろ! 今あんたらが抜けたら、終わりに近づくんだ!」
俺は、投げた鍾馗を手元に呼び戻しながら、必死で彼らに訴えかける。
俺みたいな若造に言われたことが逆に良かったのか、彼らは再び、少しだけ上を向いた。
彼らが立ち直りきるまでわずかに共闘したあと、俺は再び遊撃のような形に戻った。
なお、空になったHP分は彼らに回復薬を恵んでもらった。
クミンには小言をもらった。
「上杉くん、少しいいか」
俺がもう何体目かも分からぬヒトカタの首を切り捨てたところで、杉井さんが松川さんたちのパーティから抜けてこちらにくる。
ずっと遊撃に走り回っていた俺は、少し息を吐いて杉井さんに応える。
「大丈夫です」
「この状況はよろしくない。今はまだいいが、何かきっかけがあれば、途端に崩れそうだ。君の考えを聞きたい」
杉井さんはそう言って俺に言葉を委ねる。
おそらく、これまでのダンジョンを潜り抜けて来た俺に、何か気づくことはないかと聞いているのだ。
「一階層で、似たようなラッシュはありましたが、それとは完全に別物です。多分、この戦いは本体に攻撃するための何らかの条件を満たすためのものです」
一階層のときは、時間いっぱい守りきれば先に進めるギミックだった。
だが、今はボスの姿が見えているが、攻撃が有効にならない状況。
「考えられる可能性は二つ。一つは、とにかく数をこなすことで、本体への攻撃が通るようになるパターン。もう一つは、耐久しながら何か条件を満たすことで、本体への攻撃が可能なパターン。このどっちかじゃないかと」
このダンジョンを攻略して来た経験というより、半ばゲーム的な経験から出た答えではあった。
だが、おそらくそう外れてもいないだろう。
なぜなら、このダンジョンの構造もまた、ゲーム的だったからだ。
そうなった原因はきっと、ウイルスが人間の記憶を参考にこのダンジョンを作ったから。
ウイルスにとってダンジョンは未知のもので、そして人間にとっては、それは物語やゲームの中のものだった。
ウイルスが人間からダンジョンを学習しようとすれば、それはどこかそういう作り物めいた性質を帯びるはずだ。
だから、ウイルスからの理不尽な介入さえなければ、ダンジョンには必ず攻略法が用意されているのだ。
「とにかく数をこなす……には今の現状維持しかない」
杉井さんの顔に苦いものが走る。
その方面だと、苦しい戦いになるだろうというのがありありと浮かんで見えた。
「何かないか? その条件に関連しそうなものが」
「何か──あっ」
杉井さんの言葉に頭を巡らせて見ると、一つだけ、心当たりがあった。
というか、なんで忘れてしまっていたのだろう。
俺はストレージに雑に突っ込んでいた、鍵を取り出す。
事務室の鍵置き場からガメてきた鍵のうち、まだ使ってないものがあったのだ。
「これ、二階層で手に入れたこのダンジョンの鍵です! まだ使う場所がなくて、確か」
どこの鍵だっけ、と思ったところで、耳元から補足が入った。
『外倉庫の鍵です。上杉様』
「外倉庫の鍵です」
端末くんからのカンニングを何もなかったかのように流し、俺はその鍵を見せる。
杉井さんは、その鍵を見た後、バッとあたりを見渡した。
俺もそれにならい、同時に見つける。
「「あっ……」」
この肉の海を渡った先に、ぽつんと置かれている倉庫が存在していることを。
──それも、レギオンを挟んだ向こう側のほうに。
「……上杉くん」
「……そうなりますよね」
俺は、ため息を吐きたくなる衝動を必死に抑えた。
現状、この肉の海を渡り、レギオンをかいくぐり、外倉庫までたどり着けそうなのはきっと俺くらいだろう。
行きたいかどうかは置いておいて、行けるかという話で俺しか選択肢がない。
そして、俺は今、その選択肢を渋る気もない。
早く動かなければ、先ほどの女性のような悲劇が何度繰り返されるか分からないのだから。




