第147話 肉泥
杉井さんと話している間に何回か採決は行われていた。
インターバルが一分になった結果、討伐は遅くなったがこちらの有権者もすごい勢いで増え始め、ついに賛成が反対を上回った。
このダンジョンに突入した瞬間から数えているカウントによると、現在は19000を超えているくらい。
だいたい、ダンジョンに突入してから五時間二十分──制限時間は残り四十分弱といったところだ。
「来る」
ぼそりと漏らした声の直後、変化はすぐに訪れる。
まず、さっきまでこれでもかと暴れまわっていた、なれはてたものたち。
「うるぅう……」
「るぅる……」
倒しては補充されてを繰り返していた彼らが、溶けた。
今まで体を構成していた肉が、途端に繋がりを失い、デロデロの肉泥になって解けていく。
「うわっ!」
近くで戦っていた人たちは慌ててその場を離れる。
賢明な判断だろう。誰だって、液状の肉に足を突っ込みたくはない。
それらは水のように流れることはなく、元いた場所で溶けてからはその場に留まり続けているようだった。
そうすると、前で戦っていた人たちは必然的にこのゲートの周辺、スペースを確保していた空間にまで退避してくる。
俺の見知らぬ人も多いが、見知った人が戻ってくるのも見える。
例えば、あの見るからに頼りになる大柄な男性。
「杉井、あれはどんなもんだと思う」
「分からないな。見た感じ、危険はなさそうだが……嫌な予感がする」
大柄な男性こと松川さんは、先ほどまで元気に剣を振り回していたのを感じさせぬ、涼しげな顔で俺たちのところに戻っていた。
「上杉くんは?」
「ちょっと待って下さい」
俺も肉泥を注視してみるが、危機感はイエローといったところ。
イエローか。
つまり絶対に何かはあるんだろう。
だが、直接的に今すぐ危険という感じではない。
「危機感は反応します。ただ、危険が今すぐあるわけではなさそうです」
「了解……警戒は怠るな! 不用意に刺激するのはやめろ!」
俺たちの言葉を聞いて、松川さんは周囲に響く大声をあげた。
確か『大声』のスキルを持っているんだったか。普段の戦闘よりも、こういう状況で役立つスキルだなとしみじみ思った。
そして、しばしの膠着状態。
だが、それも長く続かない。
およそ100人の大集団が、お互いに背中を預けながら四方八方に広がる肉泥を警戒しているところで、ついにその肉泥が動き出した。
「集まってる……」
誰かの声が、しんとした空間に響く。
地面に落ちた肉泥が、いつのまにかずるずるとより集まりだしていた。
それらは集まるごとにかさを増していき、ついには巨大な球形を取る。
そう、見上げるほどの、球形である。
ああ、そういうことかと思った。
俺たちは、前哨戦でもすでに戦っていたのだ。
「……あれは……」
「はい……あれが、レギオンです」
思わず、といった声を漏らした杉井さんに、俺がそっと捕捉した。
肉泥が集まってできた球形は、うごめくような脈動を始め、そしてじわじわとその『顔』を浮き出させて来る。
男性だったり、女性だったり、子供だったり、老人だったり。
肉塊の中から浮かんで来る顔が、球形を埋めつくさんとするとき、先にこちらが動いた。
「先制攻撃放て!」
これ以上、相手の準備を待つ必要はない、という判断だろう。
松川さんの一声で、遠距離攻撃──弓と魔法使いが即座に攻撃を放つ。
だが、
「だめです! 弾かれます!」
「魔術も手応えありません!」
土石魔術で作られたらしい石の矢も、炎の球も、レギオンにぶつかったと思った瞬間には霧散していた。
まるで、肉体に触れる前に攻撃そのものがかき消されたようだった。
「上杉くん、どう見る?」
「おそらく、なんらかのギミックがありそうです」
もう、この試練にいちいちギミックが付いているのは諦めた。
単純にこちらの攻撃力不足であるなら、もうお手上げなので、ギミックでなければ困るところもある。
……少なくとも、変身中は攻撃できないくらいのお約束をダンジョンが守っていてもおかしくはない。
【うぅううぅうううううう】
やがて、目の前の肉塊が正しい姿を取り戻す。
見上げるほどの高さの肉の塊に、老若男女の顔を貼り付け、至る所から腕や足を飛び出させる異形の化身。
これを見たら、しばらく胡麻団子は食べたくなくなる、怪物の姿。
模造人類試練、悪性変異集合体、レギオン。
ついにやつは、その姿を俺たちの前に晒した。
「遠距離! もう一度! 盾はカウンター警戒!」
再度、松川さんの攻撃指示が飛ぶ。
それに即応するように、遠距離からの攻撃が突き刺さっていく。
今度は、ある程度有効そうに見える。
だが、見ていると不思議なことがあった。
「弾かれる場所と弾かれない場所がある」
そう。攻撃が有効な場所とそうでない場所があるように見えた。
というか、ほとんど一目瞭然であった。
顔のない場所への攻撃は一応くらいは入っているが、相手の顔のどれかにぶつかるような攻撃は、無効化されているように見える。
「松川! 顔への攻撃は無効みたいだ! 一旦攻撃をやめさせろ! CPの無駄になっている!」
「いいのか!?」
「仕方ない!」
俺と同じことに気づいた杉井さんが松川さんへと意見を述べる。
そして、二度目の一斉攻撃も有効打を与えられたか微妙な結果に終わってしまった。
だが、ここまではいわば、挨拶がわりのおまけだ。
まだ敵は動き出してすらいないのだから。
「『目星』」
だが、そのまま終わるのは癪に触る。
俺はこっそりとレギオンの弱点を探っていた。
可能なら、短期決戦を狙うべきだ。
奴が何か動き出す前に、近づき、一撃で仕留める。
奥義【十歩必殺】は、その性質上最大でも射程は十歩になる。
今の俺が懸命に飛び跳ねたら三十メートルはいけるだろうが、そんな間抜けな近づき方で急所狙いの攻撃は難しい。
やはり、不測の事態も考えれば、せめて十メートルくらいにまでは近づけないと、話にならないだろう。
だからこそ、全体像を安全に見られる今のうちに弱点を探ったのだが。
(弱点がない)
目星先生は、レギオンの弱点を見つけられなかった。
俺は歯噛みする。
目星でだめなら、現時点の俺の力では狙える箇所がないということ。
つまり、今やみくもに突っ込んでいったらただの自殺。
ワンチャン、奥義を発動すれば強化された能力で弱点を見つけられる可能性もあるが、これがギミックボスだった場合、ギミックを解かない限り弱点は現れないだろう。
ただの犬死になってしまう。
俺の他にも、何らかの方法で弱点を探していたらしい人が、往々に苦い顔をしていた。
杉井さんもまた、何らかの方法でその真実を知ったように見える。
「上杉くん、さっき言っていた奥義だが、どうだ?」
「弱点がない限り狙えません。こればかりは条件なので」
「つまり、最初はあたってみるしかないか? しかし相手の出方も」
杉井さんも、何らかの方法で弱点が出現するギミックの存在を考えているようだった。
もう一度の総攻撃か、相手の出方を待つか。
なお、その選択を杉井さんが下すことはなかった。
その選択は、お返しとばかりに動いたレギオンが取った。
【イル=サイムス】
奴が何かを唱える。
途端、俺の背中にゾワゾワとした怖気が走った。
呪文が似ている。
あの時、地面に闇を広げて俺をダンジョンへ誘ったのと似たような呪文だ。
つまり、同じような効果を持っていてもおかしくない。
「足元注意してください! 何か来たら巻き込まれないように!」
とっさの警告を、松川さんがおうむ返しに告げる。
「足元注意しろ! 何かくるぞ! 避けろ!」
そこまで断言はしていないのだが、松川さんの言葉で周囲の人々が反応する。
同時に、レギオンの足元からずずずずと何かが流れて来る。
いや、レギオンからだけではない。このフィールドの全体が対象だ。
前から後ろから、俺たちの陣地を飲み込むように、何かが広がって来る。
これは、先ほど吸収合体した肉泥と同じようなものに見えた。
ただし、危機感はレッド表示。
危険な泥だ。
「クミン! 土石魔術で足場を!」
『準備できてます!』
俺のとっさの言葉に、クミンが即応する。
同時に、流れて来る肉泥を受け流すように、すのこ状になったやや高めの石の足場が俺たちを乗せる。
軽く20人くらいは乗れそうな足場を一瞬で作り上げたクミンは、土石魔術に関してはさっきまで魔術を知った気になっていた俺を上回っているかもしれない。
俺たち以外も、戦いに参加していた術師が思い思いの足場を形成し、皆が一度地面から離れる。
そうして、全員が避けるとほぼ同時に、肉泥はついに駐車場という駐車場を覆った。
辺り一面、肉の海だ。
レギオンに近づくには、この海を越えるか割るかしないといけないわけだ。
(だが、まだ弱点はない)
目ざとくレギオンを睨みつけるが、急所はない。
となると、さらに何かが起こる。
散発的な攻撃を加えても一切怯むことのないレギオンが、さらに唱える。
【オムクエ=スヌスイ】
一本腕を作り出す呪文に少し似ていると思った。
その呪文を唱えた直後。
「「「「「「あははははははははは! あはははははははははは」」」」」」
レギオンについている顔が、一斉に笑い出す。
老若男女それぞれが、それぞれ思い思いの笑い方で、盛大に笑い出す。
その笑い声が、次第にレギオン以外からも聞こえて来る。
「全員! 周囲を警戒しろ! くるぞ!」
松川さんが叫ぶ。
同時に、肉の海に変化。
それまでただ地面を覆うだけだった海がせり上がり──人の形を作る。
けたたましい笑い声がその人の形の何かからも聞こえたかと思うと──すぐにそれは出来上がった。
「こんばんは」
いつの間にかそこには、にこやかに挨拶をする、人間が一人。
いや、人間じゃない。
俺は即座にその正体を見破った。
──────
ヒトカタ・男
状態:呪腐魔病(悪性変異)
──────
試練が始まった。




