第146話 一致団結している理由
98人のレイドパーティ……。
五つの周辺コミュニティ……。
うん。
何が起こったんだかさっぱりわからん。
いや、わかるんだけど、何がどうなって話がまとまったのか、そのビジョンが全然見えない。
「混乱するのも無理はないな。私たちもまだ混乱しているところだ」
戦場に注意深く視線を送りつつ、杉井さんが言った。
「かいつまんで説明しておこう。君がダンジョンに呑まれたという時点から何があったのかを」
少し戦況に余裕があるからか、あるいは、もう少しだけ俺を休ませてあげようという配慮なのか。
杉井さんは、俺の前線への再突入の前に、その話を始めた。
俺がダンジョンに飲み込まれたその時、最初に動き出したのはクミンだった。
彼女はアパートへと送還されたあと、真っ先にダンジョンへと潜った。
目的は、端末くんとコンタクトを取ることだ。
そしてクミンは、俺が人類試練の作り出したダンジョンに囚われたことと、現段階ではそのダンジョンに干渉できないことを知る。
その辺りは、俺とのテイムのラインが信じられないほど細くなっていることで、なんとなく察していたらしいが。
だが、その話を聞いている最中に、端末くんがなんとか俺とのコンタクトに成功し、俺がダンジョン側の綻びを作る可能性を見出した。
つまり、その綻びが大きくなれば、外部からの救援に迎える可能性があるとも考えたのだ。
そして、クミンと端末くんは組んで動くことになる。クミンは言語による意思疎通ができないため、一時的に意思を文字で表記する能力を貸し出された。
そんな彼女が次に向かったのは、南小のコミュニティだった。
時間最優先で動いたため、見張りを全てスルーして南小に潜入した彼女は、そこでまだ会議を行っていた探索班の会合に乱入した。
「ここからは、私たちが実際に把握している話になる」
それまでの経緯はクミンからの伝聞だが、ここから先は杉井さんが実際に見てきたこと、というわけだ。
さて、話は少し変わるが、覚えているだろうか。
直近が濃密だったせいで遠い昔のように思える、ホームセンターの怪物──なれはてたものたちとの戦いについて。
その戦いが予定外に早く行われることになったのは、南小コミュニティが奴に発見されてしまったためだった。
この発見された理由というのを詳しく聞いていなかったのだが、じつはその理由はこうだった。
怪物は、『違うコミュニティ』の人間を追っているうちに、南小にたどり着いてしまったのだ。
違うコミュニティの人間、ここではメッセンジャーと呼ぼう。
メッセンジャーの役割は、外を探索し、自分たちとは異なるコミュニティを発見することだった。
その一番の目的は──他のコミュニティと協力して、なれはてたものたち、ひいてはホームセンターの制圧を行うこと。
ホームセンターの怪物による被害を出していたのは、南小のコミュニティだけではなかった。
ホームセンターの怪物という脅威に対し、周囲にまだコミュニティが存在すると信じ、手を取って対処しようと考えたところがあったのだ。
そのために周囲の探索を兼ねて送ったメッセンジャーの一人が、運悪く怪物と遭遇、その逃走中に幸か不幸か元々の目的であった違うコミュニティの発見を果たしてしまった。
それが、南小が怪物に襲われることになった直接の原因だ。
そして、怪物に襲われたメッセンジャーもその逃走中に怪我を負い、目を覚ましたのは俺たちが怪物を討伐し終わった後だったと言う。
ここでようやく話を戻すと、目を覚ましたメッセンジャーからコミュニティ間の同盟の話を聞いて会議を行っていたところに、クミンが突入したというわけだ。
クミンの慌てぶりを知った探索班の面々は、一度会議を打ち切りダンジョンの端末に詳しい事情を聞きにいった。
ここで、南小も俺の事情──そして、模造人類試練の存在を知ることになる。
ここで人類試練を突破できなければ、東京が壊滅するという情報とともに。
俺の頑張り次第では外部からの干渉も可能になる、という話を聞いた松川さんは即座に決断した。
なんとしてでも俺に協力しようと。
俺に受けた恩を返すまたとない好機だと声をあげた。
そんな松川さんに対して、反対意見を口にしようとした他の派閥の人も居たらしいが、ぶん殴ったあとに言ったらしい。
「人類の未来を自分よりも若い青年に無責任に押し付けるのが、正しい大人の姿か!! 大人からしたら彼もまた、守るべき子供だろうが!!」
ただでさえ、ホームセンターの怪物との戦いで俺に頼りきりだったことを気にしていた彼は、誰の反対も許さずに俺への協力を決めた。
南小のリーダーが名実ともに決定した瞬間であった。
それから、非戦闘員の中からも戦える人物をなんとかかき集めようとし始めたところで、少し違う意見が出た。
その意見を出したのは、違うコミュニティからのメッセンジャーだった。
「南小だけじゃない。話が本当なら全てのコミュニティで協力して当たるべきだ」
そしてメッセンジャーは、ある道具を取り出した。
それは、端末くんに追加されつつ俺は全然調べていなかった『災害支援特別ショップ』にて購入した『通信端末(1000EP)』であった。
メッセンジャーの役割は、この通信端末を各コミュニティに設置し、コミュニティ間のネットワークを構築することだったのだ。
そして、このド真夜中に、周辺の各コミュニティが繋がった。
文明を失った人類に、ネットワークらしいものが復旧された瞬間であった。
端末くんのお知らせは各コミュニティでも確認されていたらしい。
お知らせに気づいたタイミングはまちまちではあったが、ただ事ではないというのは各コミュニティでの共通認識だった。
だが、その内容にいまいちピンと来ていなかったりで動き出せずにいたところを、松川さんが全て持っていった。
「死にたくないなら今すぐに動き出せ! 可能な限りの物資をかき集めてホームセンターに向かえ! 今夜が東京の最後の夜になるぞ!」
声の大きさというのは、混乱した状況を正しくする力がある。
理屈じゃないのだ、危機に瀕した人間を動かすのは。
とにかく各コミュニティが慌ただしく動き出したところで、端末くんから追加の情報が入った。
それは俺が第一階層を突破し、ダンジョン第二階層に突入したということ。
俺がたった一人でダンジョンを攻略しているという情報は、二つの意味をもたらした。
一つは、良く分からないが事態は現実で動いているのだという実感を与えたこと。
そしてもう一つは──救済措置、レベルブーストだ。
俺が聞いた時には黒に近いグレーゾーンという話だったが、どうやらそれはこの周辺のコミュニティを巻き込んだ話だったらしい。
つまり、俺をコミュニティ連合の一員とみなし、周囲のコミュニティのうちダンジョンに挑むものも、まとめてレベルブーストするという荒技が静かに行われていたのだ。
これは、俺のテイムモンスターであるクミンが外に居たからできた、反則ギリギリの判定である。
というか、俺がソロで一階層(と二階層も)を突破したという偉業は、そのくらいの強引さを通すレベルだったとか。
ただし、流石に全員というわけにはいかない。
それが人数制限。俺を含めて、合計100人(クミンもいるから100体?)までがレベルブーストの上限。
1コミュニティ20人の選出を行うことになった。
また、急ピッチで各々のダンジョンで狩りも行われ、物資を得るためのEP稼ぎも行われた。
戦いに参加できなくても、そうやって協力してくれた人もいる。
俺が飲んだ回復薬も、その物資の一つだろう。
そんなことが裏で行われていたとは、攻略中に端末くんから全く聞かされていなかった。
まぁ、そんな話をしてはウイルスに警戒されて計画がおじゃんになるから、仕方ないのはわかるが。
端末くんは悪びれることもなく、俺の耳元で言う。
『敵を欺くにはまず味方からです。でも、一度だけ……』
「一度だけ?」
『上杉様の勝率です。上杉様が二階層を突破したあのとき、私にはもう勝率を測ることはできませんでした。なぜなら、上杉様はもう、一人ではなくなるだろうと考えられたので』
俺が奥義を習得したから、だけじゃない。
俺が一人ではなくなると確信していたから、あの時にはもう勝率は測れなくなっていたのだ、と。
あとは、三階層に突入した俺の知っている通り。
俺が一人で前哨戦を突破していたら、その時点で強引に介入していたかもしれないが、現実として俺は突破できなかった。
故に、端末くんはわざとウイルスに負けたふりをして、最後の仕上げを行なった。
俺とクミンのテイムラインの確保。
その繋がりを利用した、俺と外をつなぐゲートの生成。
強引に通したレベルブースト──全員で試練に挑むという言葉を現実にするための一手。
全ての準備を整えた端末くんの言葉で、俺はクミンを召喚し、そしてこうなった。
「説明はこんなところだろうか」
そして、杉井さんの説明は終わった。
かいつまんだ説明だったが、どうしてこの場に松川さんたちが集まったのかを理解した。
目に見えて士気が高いのは南小の人たちだが、釣られるように他のコミュニティも気合が入っている。
それは、このボス戦のあとにご褒美が待っているから。
東京の存続、などという実感のないものではなくて。
もっと切実な話。
五つのコミュニティは、互いのダンジョンの産出物を融通しあう条約を結んだのだ。
あるところには海がある。あるところには森がある。あるところには石炭がある。あるところには肉がある。あるところには装備がある。
どのダンジョンでも、何かはあるが、何かはない。
ダンジョン一つだけでは、生活は完結しない。
だが、五つもダンジョンが集まれば、不足は補われ、新たな価値が生まれる。
ぶっちゃけて言うと。
複数のダンジョンが協力してやっと、マトモな料理が、作れるのだ。
「鍋くいてえええええええ!」
「野菜サラダああああああああ!」
「肉うう肉うううううううう!!」
「お魚ばんざああああああああい!」
「酒も飲みたいよおおおおおおおおお!!」
その様子は、後ろから見ている俺でもわかるくらい鬼気迫るものがあった。
俺たちが一致団結している理由が、あまりにもしょーもなくて笑ってしまう。
だが、そのおかげで全てのコミュニティは繋がったのだ。
ここで協力しなかったら、目の前まで来ていた料理が取り上げられると言われたら、誰だって協力するだろう。日本人ならきっと。
「人類の存亡をかけた戦いとは思えないですね」
「だが、『人類のため』よりよっぽど理解できる動機だよ。俺たちは明日の『自分のため』に、戦うんだからな」
多分ダンジョンは大した報酬を出せないのに、と思っていたけど、流石はこの世界でたくましく生きているだけある。
自分の欲望に忠実なのは、悪いことだけじゃない。
「……全員、生きて帰りたいですね」
「……ああ。だから、頼むぞ上杉くん。君が、切り札だ」
「はい」
少し、話が長引いてしまったようだ。
やっぱり俺を休ませる思惑があったのかもしれない。
おかげですっかりと気力が戻り、上がっていた息は何事もなかったかのように落ち着いている。
何分話していたのか分からないが、終わりはすぐに来た。
『採決は完了した。賛成21、反対20により、挑戦者に試練に挑む資格が認められた。これより試練を開始する』
俺が一人では聞くことができなかったアナウンス。
それは、前哨戦が終わり、本当の戦いが幕を開けることを示していた。




