第145話 レイドパーティ
「うぉおおおおおおおおお!」
「気合で押せええええええええ!」
「うるぅうるううううううううう!」
声を張り上げ、剣を握った男性が体ごとぶつかるように一本腕を押しのける。
俺の目の前にできたゲートを中心に、少しずつ、少しずつ、なれはてたものたちを押しやって人間の領域が広がっていく。
ゲートから溢れてくる人数は、十、二十を超えて尚も増加していった。
俺の記憶の中にある南小の戦闘要員はそれくらいのはず。
にも関わらず、人がそれより多いということは、南小以外の人もいるということ。
「上杉くん、無事だったか!」
やがて、なだれ込んでくる人の中から、よく知った声が聞こえた。
顔を見るまでもなく、この元気な声は松川さんであった。
彼は、隣に杉井さん、そして周囲に幾人かの見慣れぬ顔の男性を引き連れ、怪物たちではなく俺の方へと向かってくる。
「松川さん」
「無事でよかった……が、積もる話は後だ。俺は南小組の指揮を取らないとだから、詳しい話は杉井の方に聞いてくれ。まぁなんにせよ、ここは俺たちに任せて、しばらく休んでくれよな」
松川さんは、そう言って笑みを浮かべ、俺の肩をポンと叩く。
別に大した力で押されたわけでもないのに、その言葉と行動で、今まで立っていられた足に急に力が入らなくなった。
ガクガクと震える足に今更気づいた俺は、どさっと駐車場のアスファルトに直で座り込む。
『上杉さん、今何か座るものを』
「大丈夫。CPは大事にしてくれ」
クミンが声を掛けてくるが、俺はそれを断った。
戦況の変化で何がどう変わるかは分からない、むやみにCPを使うような場面じゃないはずだ。
そんな情けない俺の姿を松川さんが一瞥し、もう一度笑みを浮かべてから、すぐさま彼はなれはてたものたちとの戦いへと向かった。
と言っても最前線ではない。少しだけ後ろで、実際に戦っている人たちに大声で指示を出す役割を担うようだ。
松川さんを目で追っていると、その脇につけていた杉井さんが、入れ替わるように俺の前に立つ。
「上杉くん。君が今まで大変な状況だったことはわかるし、聞きたいことも山ほどあるだろうが、今は効率優先だ。それでいいかい?」
「大丈夫です。聞きたいことは一旦全部後に回します」
杉井さんの相変わらずな調子に、思わず笑みが溢れてしまう。
もちろん、一体何がどうなって色々な人が集まって来ているのか大変気になるが、余裕があれば教えてくれるだろう。
今は、参謀ポジションに収まっている杉井さんに主導権を託してしまった方がいい。
「一つ。この戦場のことを簡潔に教えてくれ」
「はい」
杉井さんは、ダンジョンでもダンジョンのボスの話でもなく、この状況の説明を求めた。
であるなら、俺も必要以上のことは話すまい。
「今起きている戦いは、模造人類試練──このダンジョンのボスの前哨戦です」
そして、俺は可能な限り簡潔に話す。
俺たちが戦っている一本腕や三本腕はただの雑魚扱いだということ。
前哨戦を抜けるには、多数決で試練への挑戦を認められる必要があるということ。
多数決に参加する権利はランダムで与えられること。
敵の三本腕は多数決に参加する権利持ちなので、積極的に狩る必要があること。
とりあえず、俺が知っている限りの現状の説明を終えると、杉井さんはふぅと疲れた息を吐いた。
「あの、ホームセンターの怪物がうじゃうじゃいると聞いてはいたが、実際にその光景を目の当たりにすると怖気がすごいな。レベルブーストのおかげで、なんとか戦えるのがありがたい」
杉井さんがこぼした単語に、俺はピクリと反応する。
レベルブースト、先ほどそう口走っていた男性もいたが、彼らも今、俺と同じように強化されているのだろうか。
「話が逸れた。次、上杉くんが感じた、このダンジョンで気をつけないといけないことは?」
有り体に言ってしまえば全部なのだが、杉井さんが求めているのはそういう答えじゃないだろう。
少し考え、俺は要点を二つに絞った。
「一つ、ここは最終階層の三階層のはずですが、一階層、二階層ともに呪腐魔病に感染させるための強烈なギミックがありました。この三階層ではまだ見ていませんが存在してもおかしくありません。HP残量の注意と、状態異常耐性の強化は怠らないようにした方がいいです」
「わかった」
俺の話を聞いた杉井さんは、即座に俺たちの周りで一緒に話を聞いていたらしい人々へと指示を飛ばす。
「呪腐魔病対策を厳重に、状態異常耐性とHPの管理はこまめに行うように伝えてくれ」
「「はい」」
杉井さんの言葉に応えるように、周囲の人が駆け出し、あちこちで行われている戦いに伝令を飛ばし始める。
それを横目に、俺はもう一つの注意点を述べた。
「それともう一つ。このダンジョンは、人の悪意を煮詰めたような仕掛けが多いです。特にヒトカタと呼ばれる人間そっくりの存在が現れる可能性があります。この場に非戦闘員を見かけたら──」
「わかった。対処しよう」
言いにくいことを、杉井さんははっきりと言った。
ヒトカタの情報も瞬く間に伝令されていく。
もしそれを知らなければ、唐突に現れた人間を前に動きを止められるかもしれない。
知っていても、嫌な気持ちにはなるだろう。
だが、戦うために切り捨てなければならないものの一つが、ヒトカタの安否なのだ。
「大きい注意点はその二つくらいです。あとはウイルスが直接介入してくる危険がありますが、これは気をつけても避けられるものじゃないかと」
「わかった。長々と話してすまないが後一つ。このダンジョンのクリア条件──模造人類試練とやらについて、知っていることは?」
このダンジョンのボス。
模造人類試練-TypeD-
胡麻団子のように人の顔や腕や足を練り合わせた肉塊。
悪性変異集合体レギオン。
ある程度の情報はいっているようだし、今更そんな上っ面の名前が知りたいわけじゃないだろう。
知りたいことは、そいつがどんな能力を持っていて、どんな特徴があるのか。
だが、生憎俺に言えることはない。
「模造人類試練──悪性変異集合体レギオンは、何人もの顔を寄せ集めて作った趣味の悪い肉塊のような怪物です。俺が知っていることは、この一本腕の怪物を生成する能力があること、そして本能的に感じた限り、ステータスに大きな開きがあることくらいです」
「レベルブーストした、今の上杉くんでもそう感じる、と?」
「はい。少なくとも、一人で真正面からは挑む気にはなれない程度には」
「そうか……」
杉井さんは、俺の言葉を聞いて表情をひきしめる。
弱いと思っていたわけではないだろうが、改めて脅威を脅威として正しく認識した、といった感じだった。
「ただ」
「ただ?」
ただ、と俺は可能性を話す。
「俺が習得したスキルに奥義【十歩必殺】というものがあります。詳細は省きますが、そのスキルで十歩歩くまでに相手の急所に攻撃を当てられたら」
「……当てられたら?」
「勝てます。必ず」
「……そうか。そうか! 信じるぞ上杉くん」
杉井さんは、俺の言葉を疑いもせずに信じてくれた。
その顔は、俺が奥義を習得したときと同じような、絶望の中に確かな希望を見たような明るいものだった。
……時折、物語などで奥の手を味方に隠して『俺に考えがある』みたいなムーブをするキャラがいるが、現実に考えたらあれだいぶ迷惑だよな。
ちょっとかっこいいとは思うけど、それで何ができるのか教えてくれないと作戦も立てようがないじゃんな。かっこいいとは思うんだけど。
そんな話をしているうちに、あっという間にあの声が聞こえてきた。
『これより採決を始める』
周囲で戦っている人たちも、少し動きを鈍らせ声に耳を傾けているのがわかる。
『【多数決】により、挑戦者の資格を求める。有権者は挑戦者に資格を認めることの賛成と反対をそれぞれ選べ』
ここまでは変わらない。
俺は頭の中でノータイム賛成を選ぶ。
まぁ、今回は変わらないだろう。
だが、今の俺には希望があるのだ。
『採決は完了した。賛成1、反対10により挑戦者に試練に挑む資格は認められず。次の採決は一分後に行われる。また、増加した参加者へ、次の採決のため新たに権利を与える』
最後の一文が少し変わっていた。
今までは、減った分を増やすくらいの言い方だった。
だが、今回は違う。
人が増えたから、増やす。
確かに、そういう言い方だった。
「どこかの誰かがインターバルを一分にしたのが、プラスになるか」
ゲートからは、まだ人が増えていた。
本当に、どこからかき集めたのか分からない人が、次から次へと突入してくる。
それこそ、一本腕の群れに迫る勢いで。
となると、俺にのしかかっていた数による不利は、そのまま数による有利へと変わる。
もちろん、採決のたびに三本腕も増えてはいるが、毎回五体増えるような状況じゃなくなった。
故に、こっちの駆逐スピードがそれを上回り出す。
三本腕には、必ず3人以上のパーティが対処に当たっている。
前衛の盾役──俺の知らない盾を持っていたりする──が攻撃を受け、流し、隙を作り、それを攻撃役が生かす形で反撃を叩き込む。
後衛が魔法使いや弓兵であれば、そちらもダメージ源となり、僧侶であれば味方へのバフや回復を行なっているように見える。
……俺にはできない戦い方だ。
基本的にソロで、クミンと二人でもお互いが回避系遊撃タイプみたいな俺たちには、とてもじゃないが真似できない。
それだけで、ダンジョンで背中を預けて戦っているのだろうな、という憧憬をわずかに抱いてしまう。
そんなパーティが各所で戦っている。
3人以上で当たろうとすれば当然フリーの怪物も出るが、ぎゅうぎゅう詰めになった状況で、図体のでかい奴らが自由に動けるわけもない。
思った以上に、各個撃破がうまい具合にはまっている。
こちらにも被害は当然出ているが、こまめなHP回復を通達したおかげか、余裕を持った回復がされている。
脱落者はほとんど出ていない。
そして、次第にこちらの有権者が増えていく。
前哨戦の突破は、時間の問題だった。
「杉井さん。CP回復薬とかないでしょうか」
「用意してあるよ。なけなしのEPで買ったものだが──なんて、こちらが言うのも烏滸がましいくらい、君の方がたくさんEPを使ったんだろうな」
「いえ、貰ったものは後でお返ししますよ」
杉井さんの苦笑いに俺も苦笑いで答え、俺はCP回復薬Ⅲを二本貰った。
俺が回復アイテムに使ったEPの総数はもう数える気にもならないが、それでも人から貰ったら返すのが当たり前だ。
ほとんど奥義発動ギリギリ状態だったCPが、俺自身もある程度戦えるまで回復する。
地面にへたり込んでの休憩タイムも終わりにしよう。
「それで、一体全体、この状況はどういうことなんでしょうか」
俺は立ち上がりながら杉井さんに尋ねる。
そもそも、こうやって誰かが助けに来るのも想定外なら、この数は大想定外だ。
レギオンの本体が現れるまでに、俺の疑問もいくらか解消しておきたい。
杉井さんは、何から話すか迷ったような顔になりつつ、まずこう言った。
「今ここにいるのは、周辺の五つのコミュニティの連合軍。総勢98名のレイドパーティだよ」




