第143話 届け!
はっきり言って、俺は斥候型が苦手だ。
なぜかと言われると、奴らは隙が少なくて素早いからだ。
「うるぅ!」
「っ!」
三本腕の攻撃を、危機感の赤や黒を目印に避けていく。
剣士型は■■に任せてしまったし、魔術師型は大した苦労もしなかった。
だから、ジョブ持ちらしき三本腕と、まともにやりあうのはこれが初めて。
そして、その面倒さを俺は十分に味わっている。
(勘が鋭い。動きが素早い。ただそれだけでこうまでっ!)
抉りこむようなナイフの一撃をギリギリの身のこなしで避け、続く腕の二撃に対し、俺はたまらず距離を取った。
今は俺の足音などほとんどしない筈なのに、斥候型は俺が逃げたであろう方角に体を向けていた。
(こいつ一体にどれだけ時間をかけている!)
斥候型とは言っても、ベースが三本腕なのは変わりない。
三本腕の特徴は、凶悪な攻撃力を持った触手のような三本の腕。
こちらが一回攻撃するところで、三回攻撃を返して来るような凶悪なそれらのコンビネーション。
ただ、レベルブーストによってステータスが上がったことにより、それ自体を見切ることは可能になっていた。
可能にはなっていたが、斥候型の特徴が加味されると俺の背後にじりじりと焦燥感がにじり寄って来る。
斥候型は、速のステータスが少し高い。
だから、俺の反撃に対する反応が良く、攻撃がうまく通らない。
そして、こちらを狙って来るときの勘も鋭い。
たったそれだけ。
たったそれだけの些細な違いが、俺から余裕を奪う。
先ほどから、俺がなんとか隙を突こうと近づくたび、咄嗟に反応されて手痛いカウンターを貰っている。
お互いに、有効打と呼べるような攻撃を与えられていない。
そうして、時間だけが刻一刻と過ぎていく。
「るぅ! うるぅ!」
一本腕よりも速い攻撃、それが三連。
俺の感覚で言えば、南小の前で戦った時ほどの窮地ではない。
だが、こちらから即反撃に転じて首を落とすほどの余裕もない。
もう少し時間をかけて一対一で相対すれば、奴の癖を掴み、隙をつく攻撃も可能になる予感はある。
俺も、奴も同じ斥候型なら、最終的に速のステータスに勝る俺に分がある。
そのビジョンは生まれている。
だが現状はそれを許さない。
「ううるぅううるう!」
「るうううるううううううう!」
いきなり三本腕に襲われ、ろくに隠密にも入れなかった俺たちの周りに、一本腕が集まって来ている。
昔、似たような状況でゾンビが集まってきた記憶があるが、それが一本腕に変わると途端に窮地に変わる。
一対一ならもはや遅れをとることはないが、奴らのパワーは、俺を一撃で瀕死に追い込むほど強いのだから。
時間をかければかけるほど、次の多数決は近づき、一本腕の包囲は狭まる。
時間は俺の敵だ。
だが、今のままでは、すぐに斥候型を屠ることはできない。
魔術で仕切り直すにしても、消費が激しい。
残量を考えると、あまり派手な真似はできない。
カウントはもう200を回っている。
あと10秒もすれば一本腕に周囲を囲まれ、俺の絶望は完成する。
使うか?
…………使おう。
まだマトモに攻撃を食らってもいないのに、というような迷いが、俺の行動を2秒遅らせる。
だが、現状これが最適だ。
発動に対する危機感はない。おそらく感染の疑いはまだないということ。
だったら、俺は決断する。
斥候型が、前の奴らよりも素早くて倒しづらいのならば。
俺がもう一段階速くなるしかない。
「背水」
可能な限り使いたくなかった手札を、こんな序盤で切った。
だが、その決断が一瞬の決着を生んだ。
「……るぅ?」
急に引き伸ばされたステータスが、俺の戦闘のテンポを二段階ほど引き上げる。
上がった身体能力に俺すら戸惑うのだ。
俺の動きを、俺よりも注視していた奴が、さらに惑うのも無理はない。
俺が背水を使用した次の瞬間には、奴の首は何もない駐車場の上へと転がっていた。
「…………ぅ」
元からこのスピードだったら、引っかかることはなかっただろう。
だが、変則的なギアチェンジが、虚を突いた。
故に、先ほどまでの苦戦が嘘のように、あっさりと斥候型は塵と化した。
だが、のんびりしている余裕など、やはりない。
ふ、と短く息を吐く。
深呼吸という贅沢は、またの機会だ。
すでに半ば完成しつつある包囲網を抜けて、最後の一体を倒さねばならない。
カウントは──216。
(まず、次を、見つけなければ)
ストレージから回復薬を一つ取り出し呷るように飲むと、0だったHPが戻って来る。
同時に、急に引き上げられていた身体能力が元に戻った。
背水の効果が切れたのだ。
今まで敬遠していたが、デメリットに目をつぶれば使えるスキルだ。
ただ、そのデメリットが特にゾンビ世界と致命的に相性が悪いので、二度使う機会は来ないでほしい。
(先ずは、脱出。次に高いところに登って──)
頭の中で段取りを組み、土石魔術でまず脱出の足がかりをと考える。
その途中で、それが起こった。
「……ぇ」
思わず、声を漏らしてしまった。
だが、その声が原因で俺の隠密が解けるということはない。
なぜなら、声を漏らすまでもなく。
隠密は解かれた。
突如駐車場に現れた、その強引な『光』によって。
「っ!」
咄嗟に、土石魔術で幾重もの壁を作る。
それらを足場にして再び高所に登り出て、俺は闇から浮き出された身を晒しながら光の方を見た。
居た。
最後の三本腕は、杖を持っている。
だが、魔術師型ではない。
この光はおそらく、暗黒魔術とは対になるもの。
だから、自動発動中の俺の闇のカーテンを強引に照らせている。
これはきっと──神聖魔術。
(その見た目で僧侶型とかふざけるなよ!)
思わず思考停止しそうになるのを懸命に堪える。
だが、このままではまずい。
何がまずいかって、決まっている。
闇を強引に照らされれば、俺の能力に大幅な制限がかかるのだ。
(先ずは主導権を取り戻す)
俺は自動で消費されていたCPを手動に切り替え、より多くのCPで魔術の強度を上げることで即座に光を闇で侵食し返す。
少なくとも、半径数メートルは闇の世界を取り戻した。
と同時に、水を得た魚のようにはきはきと動き出した一本腕どもの攻撃で崩壊した、石の足場から飛び退った。
だが、どうにもうまくない。
光の発生源である三本腕の元へと向かおうにも、近づくとまた光に侵食され、闇で染め直してのいたちごっこが延々と繰り返される。
俺は土石魔術でなんとか足場を作って一本腕どもを躱しているが、先ほどの完璧な闇の中と違って、近づけば近づくほど土石魔術で作った足場が浮き彫りになり、攻撃される。
一定以上近づけない。
周囲の一本腕が、邪魔で邪魔で仕方がない。
肝心の僧侶型は、後衛らしく俺の接近を感知してじりじりと後退していく。
斥候型とは違った形で、いやらしい行動。
こうしているだけで、時間が進む。カウントが刻まれる。
ストレージからCP回復薬を取り出し、呷る。
CPもすり減り、端末くんからはCPが100を切った報告が流れ出す。
完璧なジリ貧。
さりとて一度でも足場を崩せば、一本腕のリンチが始まる。
だが、接近のための有効な手段が出てこない。
態勢を立て直すために一度離れたいのが本音だが、時間がそれを許さない。
カウントが刻まれる。
ああ、くそ。
「……るっぅぅうっ!?」
その瞬間、好機が訪れる。
俺と魔術比べをしていた僧侶型が、光を消した。
CPの維持ができなくなったのだと直感した。
持久戦で俺が勝った。
この瞬間で仕留める。
俺は一か八かの特攻を決める。
帰り道を一度考慮の外に置いて、土石魔術で作った足場を、まっすぐに三本腕のほうに伸ばす。
そうして、半ば捨て身の勢いで僧侶型に肉薄する。
「るっうううう!」
俺の接近を察した僧侶型が遠くで唸り声をあげる。
奴をかばうように、何体もの一本腕が道を塞ぐ。
「うるうぅうううううう!!」
「るうううううるぅううるううう!!」
そんな肉壁どもの叫びを、耳から耳へ垂れ流す。
見えているのは、奴らが弱点を晒している事実だけ。
足場から、槍のように石を伸ばしそれぞれの急所を貫く。
即死が発動し、壁になっていた奴らは消える。
その一瞬の攻防で、僧侶型はさらに離れている。
だが、もう少し。
集中力が思考を加速する。
僧侶型の首を刎ねる明確なビジョンはできている。
もう少しで、奴に届く──届け!
『採決は完了した。賛成1、反対1により挑戦者に試練に挑む資格は認められず』
鍾馗の刃が届く寸前、そんな声が耳に響いた。
カウントスキルは301を数えていた。




