第142話 嬉しくない情報
今更説明するまでもないかもしれないが、この怪物たち──なれはてたものたちには、一つ大きな弱点がある。
それは、暗闇の中で視界を通す『暗視』がないことだ。
そもそも、俺の目から見たらこいつらには視界そのものが存在しなさそうなのだが、それは文句を言っても仕方がない。
俺が分かっていることは、視界らしきものはどの方角ということもなく、全方位を俯瞰的に眺めているのではということくらいだ。
それは、やつらに前後の概念がないらしいことからの推測になる。
というわけで、魔術によって夜の世界を作り上げた俺には大きなアドバンテージがある。
俺には奴らが見えていて、奴らには俺が見えていないということ。
「うるぅううう!!」
「るうぅうるうううう!!」
闇雲に突っ込んで来る一本腕の群れを見つめながら、俺は深呼吸を繰り返す。
夜目が利かない奴らだが、気配察知の能力は高い。
俺が初めて三本腕と遭遇したときは、動かない人間の死体を発見していたので、俺の持っている気配察知とは別物の能力だとは思うが。
だから、闇の中であろうと俺が気配を表に出せば、奴らは即座に俺を捕捉する。
もちろん正確な狙いがつくほどではないが、大雑把な攻撃の一つでも当たれば瀕死になる俺にとっては、その大まかな狙いでも侮れないわけだ。
だから俺は最初、有権者の一体目を隠密からの暗殺で屠った。
だが、それが通用するのは一体目だけ。
残る四体は、即座に周りを動かし、俺の隠密による接近を封じた。
突っ込んで来る一本腕の群れからの突進を、隠密状態とはいえ躱し切ることは難しい。
例えるなら、のんびりと草を食んでいる牛の群れの間はすり抜けられても、こちらに向かって突進して来るバッファローの群れはすり抜けられないようなものだ。
もっとレベルが上がり、スキルを磨き、素の身体能力や判断力も育てば可能なのかもしれないが、今の俺には無理。
だから、ここから先の攻略には手順がいる。
一つ、向かって来る群れの対処。
二つ、向かって来る群れの中から有権者の三本腕を見つける。
三つ、三本腕に近づき、狩る。
本来なら、常人はどうあがいてもバッファローの群れに突っ込まれたら死ぬだろうが、俺には一つの手があった。
それが、魔術だ。
「まずは、こう!」
俺は初めに、土石魔術で石の壁を作った。
あえて名前をつけるとするなら、ロックウォールとかのシンプルな名前になるだろうか。
本来なら、突進して来る相手に向かって垂直になるように壁を作り、突進の勢いを殺すために使うような魔術だろう。
だが、この何十体もの一本腕の前では、何重の壁を貼っても攻略されるのは時間の問題。
そもそも、時間は俺の味方じゃない。時間稼ぎなど愚の骨頂。
だから、俺はその石壁を、相手に向かって水平になるように並べた。
長さは10m、幅は20cm程度、高さに至っては4mくらい。
石壁の間隔はそれぞれ2mあるかどうかだろう。
それはちょうど、一本腕どもが腕をブンブン振り回しながらでも通れるくらい。
つまり、俺はこの場所に石で区切られた通路を作った。
「サモン:ゴブリン5体!」
次に俺は、その通路の中にそれぞれ餌となるようなゴブリンをサモンした。
先ほど魔術を使ったことで、俺の気配が漏れる。
だが、そのあとにゴブリンをサモンすることで、その漏れた気配を誤魔化すように多数の気配を通路に分散させた。
やつらは目が見えているわけじゃない。
石壁の通路の先の、どの気配が俺かは分からないだろう。
「うるうぅううううううう!!」
一本腕の先頭集団が石壁の通路に到達する。
壁の最初の方は、不幸な接触事故で破壊されてしまったが、壁が進行方向に沿っていること、そして幅が通るのに不自由ないことから、自然と整理された波となってそれぞれの通路になだれ込む。
これだけで、数は大幅に減った。
だが、俺の前には何体もの一本腕が迫っているのは変わらない。
それでも、俺には今作った『道』がある。
「……っ!」
自分に迫って来る群れを尻目に、俺は横の石壁を蹴った。
地面に垂直に伸びた足場を使って飛んだ俺は、反対側の石壁を蹴る。
そうやって三角飛びの要領で俺は石壁を登り、その頂点にたどり着く。
俺の足元では、囮となったゴブリンがすり潰されていくのが見えていた。
奴らは、通路を通過していって、先ほど俺が三本腕を暗殺した一団のもとにまでたどり着き始める。
「うるぅう?」
「るうううるうう!」
とっさに召喚したゴブリン軍団は、数秒と保たずに塵になって消えた。
だが、彼らの犠牲で俺は今石壁の上、誰にも捕捉されていない状況を手に入れた。
「目星」
誰も俺に目を向けていない。
混乱状況の中で俺は目星で三本腕を探す。
近くに二体。
石の通路に突っ込んだ一本腕の様子を伺うように、遠巻きにこちらを見ている。
周りの一本腕が護衛みたいに固まっていて邪魔だが、気配を全て蹴散らしたおかげか、突進の速度は明らかに緩んでいる。
今なら、同時に狩れると踏んだ。
(駄目押しに、もう一度)
俺は石壁の上を走りながら、サモンでゴブリンをさらに二体ほど呼び出す。
それらは、それぞれ三本腕から少し遠いところ。
周囲の一本腕を剥がすのにちょうど良さそうなくらいの位置に。
「うるぅう!!」
「るうるうううううう!?」
突然現れた気配に、奴らは過敏に反応した。
自ら近くのではなく、周りの一本腕に探らせるように指示を出す。
思惑通り、一本腕が動く。
これで、周囲に空間ができた。
(同時に)
俺はそこで石壁から飛び降り、誰もいない空間へと音もなく着地した。
本来なら4mの高さから飛び降りたら足がいかれそうだが、今の俺は恐怖すら感じない。
迅速に、さりとて慎重に三本腕の元に向かい、隙間を縫うようにして一体目のそばに辿りつく。
(そしてサモン)
駄目押しのゴブリンを一体、少し離れたところに喚び出す。
ここで、三本腕の注意が俺からそれ、腕の攻撃がゴブリンを直撃した。
なぎ払うように振るわれた腕の一撃を、頭を下げて躱しながら、俺はゴブリンの気配が消える前に三本腕の足元に『マイン』を設置し、その場を離れる。
向かう先は、ここから数メートルの位置にいるもう一体の三本腕。
度重なるゴブリンの気配に、周囲を警戒するようにしている奴は、腕をぶんぶんと振り回していた。
だが、そのせいで周囲に一本腕が近寄れない。
むしろ助かるくらいだ。
俺は、死の暴風が吹き荒れるその台風へとまっすぐに進んでいき、鍾馗の間合いにまで足を踏み込んだ。
狙いもなく振るわれた三本腕の一本、二本を躱し、三本目がこちらを狙って居ないのを確認し、思わず唇を歪める。
「起爆」
呟きながら、俺は目の前の三本腕の首を刎ねた。
同時に、背後からマインの炸裂音が響く。
これは二階層の最後に、魔術師型を仕留めたのと同じ特別仕様だ。
思考をほんの少し割いて魔術用に確保し、目の前の三本腕にトドメを刺しながら、マインの多重起爆を進める。
そして、少なくとも鍾馗によって一体を仕留めたと確信したのちに、俺は土石魔術で石柱を何本も生やしながら、その場を離脱した。
三本腕がやられた後に生えた石柱を、何体もの一本腕が破壊しようとする。
俺は破壊されるよりも早く、速度重視でダミーも合わせて何本も柱を立て、時に足場を崩されながらも懸命にその場を離脱した。
使ったCPに関しては、考えたくない。
一本腕どもは、俺が残した柱の破壊にやっきになっているため、俺がすでにその場にいないことに気づいていない。
(端末くん、もう片方はやったか?)
果たして、生死確認に答えてくれるのかと疑問に思いつつ、端末くんに小声で尋ねる。
端末くんはその言葉に静かに返した。
『新たに、なれはてたものたち二体の討伐を確認、敵有権個体、残り2です』
フラグを立てるようなことを言ってしまったが、ちゃんとやれていたらしい。
俺は何かあった時ようにまだ残していたマイン用の思考を回収する。
同時に、混乱に包まれ始めている戦場を改めて見渡す。
『現在CP 212/846です。回復を推奨します』
分かっちゃいたが、消費が著しい。
だが、そうしないと狩れない。
カウントは、現在149。
タイムリミットまであと151。
残りは二体──っ!?
「うるうぅう!!」
突然視界に現れた危機感の黒いモヤ。
唐突な悪寒に従い、俺は即座にその場を飛び退る。
慌てて後ろを見れば、そこには三本腕の姿。
しかも、その手には、小さくも確かな刃物──ナイフが握られているのが見えた。
「斥候型かよ!」
「るうぅううるうう!」
どうやら、一本腕の中には、進化するとジョブ持ちになる奴がいるらしい。
土壇場で、嬉しくない情報を手に入れたものだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
ちょっと話数調整のため、明日は朝夜二話投稿になります。




