第141話 【試練に挑むこと能わず】
一瞬、怒りで我を忘れかけたが、今はそんなことしている場合じゃない。
理不尽に対する怒りは、攻撃力にでも変換しておく。
それよりも今必要なのは、1秒でも早くギミックの種類を見極めることだ。
「うるうぅうう」
「るうるうるるううう」
駐車場に集まっている一本腕たちが、声をあげて唸り出す。
空は星が見えているが、ここはダンジョン内らしく真っ暗というわけではない。
このまま突っ立っていては、襲ってくれと言っているようなものだ。
「『夜のカーテン』」
俺は偽りの夜空の下に、魔術の闇を敷いていく。
本来は効果時間と範囲に応じてCPを設定し、その時間が切れたら効果をなくすような使い方をしていた。
だが、ブーストされたステータスで魔術の万能性についてを理解した今の俺なら、拡大解釈ができる。
すなわち、俺のCPを自動的に吸い上げながら明けない夜を展開することができた。
今の俺は、まさしく自分を中心とした闇を纏っているのだ。
その分CPの残量には気をつけなければいけないが、俺には頼れる味方がいる。
『半径約30mに「夜のカーテン」の継続展開を開始しました。およそ10秒につきCPを1消費します。ご注意ください』
すでに闇に紛れたところなので、声を出さずに頷きだけを返す。
突如闇に包まれた空間の中で、一本腕どもは戸惑うような鳴き声を上げる。
「ううるうるう?」
「るうるううううるう!?」
構いやしない。
俺が攻撃しない限り、奴らは俺の隠密を見破れない。
であるならば、この状態でしばし考える。
人類試練に挑む資格を得るにはどうすればいい?
(ボス戦のギミックで王道といえば、雑魚をある程度倒すまで出てこないタイプ)
一番シンプルなのはそんなところだろう。
つまりは、この蔓延っている一本腕どもをある程度倒すと、ようやくボスが現れるというギミック。
シンプル故に、近道のようなものはない。
ざっと数えただけでも、一つの集まりに30はくだらないこいつらと正面からやりあうという、時間もHPもCPも真っ当に削られるルートだ。
(あるいは、フィールドに何か仕掛けられていて、妨害を受けながら仕掛けを起動するタイプ)
これもなくはない。
初めはボスは居ない、または居ても攻撃できない状態になっていて、ギミックを解除することで攻撃できる状態に移行するようなタイプ。
その間、ギミックに関係ない雑魚をどれだけ倒しても、ボスには影響しないルートになる。
(大まかに考えたら、このふた通りのどちらかだと思うが、いかんせん情報がない)
他にも細かいギミックを上げだしたらキリがないが、ひとまずはどちらかと仮決めして周囲を探って見る。
だが、眼に映るのはただのだだっ広い駐車場──それこそ、現実の駐車場が何倍にも広くなったような何もないフィールドだ。
そのフィールドの中に一本腕は寄り集まっていて、遠くにも一本腕の集まりが点在しているのが分かる。
一つの集まりにだいたい30〜50くらい。総数を数えれば現時点でも200くらいはいるかもしれない。ゾッとする数だ。
(こいつらを全滅させないと出てこない、というのが一番厄介だが)
ありうるだろうか。
ありうるかもしれない。
もしそうなら、時間を無駄にしている余裕はなおさらなくなる。
カウントスキルによると、今はダンジョンアタックを開始してからおよそ4時間50分弱。
タイムリミットまではあと1時間10分ほど。
約4000秒弱である。
仮に10秒に1体倒したとしても、200体だと2000秒だ。
それだけで残り時間の半分を消費することになる。
(問題は、雑魚がギミックにはまるで関係ないパターンだが)
その場合は、戦いそのものが徒労に終わる。
それを避けるために、フィールドに何か隠されて居ないか『目星』を使って確認したい。
だが『目星』を使った途端、俺の気配が捕捉される可能性はある。
貴重なファーストアタックを取るか、最初に目星で探りをいれるか。
その二択で迷っていたところで、唐突に先ほどアナウンスを流したダンジョンの声が再び響く。
『これより採決を始める』
唐突な言葉とともに、ぽわっとした光が空からいくつか降り注ぐ。
そしてその光は、点在する一本腕の集まりにそれぞれ吸い込まれていき、俺の前の集団でも一体の一本腕が光に選ばれた。
次の瞬間、光を取り込んだ一本腕がぶるぶる震えだしたかと思うと──頭の腕が増えた。
まるで頭の腕が分裂するかのように裂け、それぞれがうぞうぞと蠢き、気づいたら立派な三本腕の出来上がりであった。
『【多数決】により、挑戦者の資格を求める。有権者は挑戦者に資格を認めることの賛成と反対をそれぞれ選べ』
ダンジョンの声が何か言っている。
同時に、頭の中に直接選択を求めるような、不気味な感覚が沸き起こる。
──挑戦者に、試練に挑む資格があるか?
訳も分からぬまま、俺はイエスと念じる。
すると、不気味な感覚はすぐに消え失せ、そしてアナウンスが告げた。
『採決は完了した。賛成1、反対5により挑戦者に試練に挑む資格は認められず。次の採決は五分後に行われる』
なるほど。
俺はギミックを理解した。
(さっきの光によって選ばれた三本腕が有権者。そして俺もまた有権者の一人。多数決。つまり賛成が反対を上回ったときにレギオンが出現する)
同時に、1秒も無駄にできない戦いが始まった。
三本腕が有権者だとして、1体につき権利を一つ持っている。
さっきの光の行方を詳しくは見ていなかったが、反対の数からして、このフィールドには5体の三本腕と、数え切れぬ一本腕が居る。
であれば、賛成を出した俺が反対に勝るためには。
最低でも4体の三本腕を倒して引き分け、可能なら5体全てを倒して多数決で勝たなければいけない。
次の採決が始まるまで五分。
できれば、そこまでに決着をつけなければいけない。
なぜなら、今は5体だが、それが増えない保証がない。
呑気に様子見をして次の採決で倍の10体にでもなった日には。
おしまいだ。
(だから、何よりも素早く『暗殺』する)
単純計算で、1分につき1体。
バカか。できるわけあるか。
だけどやらなくちゃいけない。
ならもう、多少の無茶は押し通すしかないだろうが!
『ダンジョンの情報を取得したことにより、攻略情報が解禁されます』
俺が暗闇の中、心臓の音さえも潜めるような隠密行動を始めたところで、耳元で端末くんが俺にしか聞こえない説明を始めていた。
『【試練に挑むこと能わず】は、全ての『人類試練』が標準で搭載している能力になります。こちらの能力を無効化することができるのは『勇者』『聖女』『剣聖』といった、『救世』タグが登録されているジョブのみです』
一本腕のひしめく、肉の海にその身を滑り込ませる。
どこのコミケだと言いたくなるような密度の中を、中心にほど近い場所にいる三本腕めがけて進んでいく。
少しでも接触し、気づかれたらもう暗殺は無理だ。
最後まで息を殺し、時には立ち止まりながら、慎重に闇の中を歩んでいく。
『【模造人類試練-TypeD-:『悪性変異体レギオン』】に挑戦する資格を得るためのギミックは【軍勢の採決】と呼称されました。これは単純な多数決により、資格の有無を決定するものです』
少しずつ、三本腕に近づいていく。
カウントスキルが、刻々と経過していく時間を告げる。
1体につき1分、つまり60秒。
すでに近づくだけで30秒近く使っている。
だが、焦るな。
気づかれていない状態でのファーストアタックが、一番、大事なんだ。
『有権者はその場にいる全員からランダムに選ばれますが、最初は必ず人類試練側の数が多くなるようになっています』
カウントが刻まれる。
俺は呼吸を止めた状態で、一歩一歩進む。
そして、闇の中、周りに俺を軽く殺せる怪物がひしめく海の中。
ようやく、一刀が届く範囲に三本腕を捉えた。
『なお、採決のたびに有権者はランダムに加算されていきます。相手が【軍勢】であるが故に、時間が立つほど相手に有利な状況になっていきますので、ご留意ください』
カウントは47。
俺はここで初めて『目星』を使い、三本腕の弱点を捉える。
首と頭、狙いに一点の曇りなし。
「るうぅ?!」
(死ね)
三本腕が闇の中でようやく俺の気配に気づいた時には、俺は鍾馗を振り抜いていた。
一刀で首を断ち、返す刀で頭を断つ。
即死が発動したようなモヤが三本腕を包み、これで有権者は一人消えた。
「うるうぅうう!!」
「るうるううううううううう!!」
同時に、俺の存在が周囲にこれでもかとバレる。
構いやしない。
この集団にはもう用がない。
それに、2体目からは素直に暗殺ができるとも思っていない。
「サモン:■■! スキルリンク『暗視』! ここは任せる!」
俺は襲い来る一本腕の猛襲をなんとか躱し、代わりにこちらの強い味方を呼び寄せる。
「UUURRRRRRRRR!!」
呼び出された■■は、即座に拳を握り構える。
ピンときた俺がその拳を足場にすれば、■■が強引に一本腕の包囲の外へと俺を弾き飛ばした。
(助かる)
俺が肉塊の海を抜け出した直後には、一本腕を相手に大立ち回りを演じ始めた■■。
それを尻目に、俺は再び気配を消す。
だが、俺が気配を消しても、仲間が殺された事実は消えない。
1体を殺したことで残り4体がこっちに向かってきている。
もうさっきのような暗殺はできない。
殺気立って向かってきている人波の中を、さざ波すら立てずに動くには、俺の忍者スキルが足りない。
だからここからは、混乱に紛れての暗殺か──力技だ。
「せめて■■が何体も呼び出せたらなぁ」
試してみているのだが、どうも同時に呼び出せるのは一体までらしい。
出自を考えれば当然だろう。
でも、惜しい。
「……ここからは、魔術の時間だ」
そう呟いて、俺は集中力のギアを上げていくのだった。




