第135話 そのまま死ね
「るうるうぅう……」
三本腕の怪物が、唸りを上げる。
改めて近くで見ると、本能的な恐怖を感じる。
俺の方がステータスが高いはずだとか、そういうのを差し置いて。
自分を『食える』相手と戦うというのは、怖い。
自分が負けた時に殺される、より、食われる、というほうが怖いと思うのはなぜだろう。
だけど、それだけだ。
ここがウイルスの作ったものとはいえ、ダンジョンの中だからだろうか。
俺の心の恐怖心が、じんわりと麻痺してきているのは感じている。
恐怖は俺の感覚を鋭敏にもするし、反対に動きを鈍化させもする。
きっと、適度な恐怖というものは、適度な緊張と同じくらい戦闘におけるパフォーマンスを上昇させるのだろう。
それは、恐怖や緊張だけでなく、怒りもまたそうだと思う。
その辺を込み込みで、考えて。
今の俺は、絶好調だ。
怒りも、恐怖も、緊張も、適度にある。
もし、こいつらが、ホームセンターを壊滅させた二人組なのだとしたら。
俺に胸糞悪い思いをさせてくれたお礼くらいはさせてもらう。
「るうぅあぁっ!」
「っ!」
戦闘前のおしゃべりの時間はない。
俺と向かい合っていた三本腕は、その頭の腕で握った杖を思い切り、なぎ払った。
魔法使いじゃないのかよ、というツッコミはしない。
その選択は合理的だ。
俺と奴の一番の違いは、体格と身体的差異によるリーチの違い。
今の俺は鍾馗を握っておらず、せいぜい腕か足程度のリーチしかない。
反対に、相手は長い頭の腕に加えて、そこからさらに杖の分リーチが伸びる。
魔術で攻撃するよりも、物理で殴った方が早い距離なら、そうなるのは必然だ。
「るぅっ!?」
だが、それは狙い通りだ。
そうなるように、俺はあえて距離を微妙に『開けて』いた。
かつて戦った三本腕の脅威は、頭の腕による息を吐かせぬ三連撃。
そして、ここぞとばかりの三本同時攻撃だった。
それこそがこいつらの一番の武器であり、俺を殺しかけた必殺の攻撃だ。
だが、この魔術師型は一本の杖を握っている。
つまり、一本だけリーチが違うのだ。
だから、俺はそのちょうどの位置を測って、立っていた。
杖を合わせれば攻撃が届き、残りの腕は攻撃が届かない。
そういう距離の取り方をしていた。
それでも、突進しながらの攻撃であれば分からなかったが、こいつが最初にとった行動はなぎ払い。
俺はただ、しゃがんで避けるだけでいい。
そのあとの二撃はない。
それだけで、攻撃後の隙を狙う時間が増える。
「夜の目隠し」
戦闘の基本は、状態異常とデバフだと思っている。
EP稼ぎのときとは違う、真剣に命を取り合う戦いにおいては、あらゆる搦め手が手札の一つになる。
俺の遊んでいたゲームがよくそうだったから、と言ったらそれまでだが、俺の中で『ボス』というのはこちらにバフを重ねがけし、相手にデバフを重ね掛けしてなお、主人公の命を奪って来るほど強いのだ。
だから、相手を弱らせる。
俺の見えないところで戦っている■■のために『夜のカーテン』までは使えないが、目隠しなら問題はない。
相手の命中を下げるというのは、同時に相手の攻撃を縛ることになる。
「魔術師なら、魔術で抗ってみたらどうなんだ」
挑発を重ねる。
こちらの言葉を理解しているのかは不明だが、サモンで■■を呼び出した様子から、わかっていてもおかしくない。
こいつと意思疎通は難しくても挑発くらいは効くかもしれない。
「るるうぅうう!!!」
事実、奴は俺の声を頼りに、はっきりと敵意を向けてきた。
そのまま杖を掲げ、魔術を発動する姿勢。
俺はすかさず棒手裏剣を投げるが、今度は杖をしっかりと握っており、ちょっとやそっとで揺らぐ様子を見せない。
相手がろくに魔術の開発もしてないなら、救済ジョブにセットされている魔術は四つ。
一つ目は、奴が最初に使った火球の魔術。
威力、速度、範囲とも使い勝手がいい魔術で、燃費もそこそこ。
とりあえず、困ったら使っておけというものだ。
二つ目は、火球のバリエーションとも言える火矢。
速度は据え置きだが、威力と範囲は火球に劣る。だが、燃費がいい。
狙ったところに当てる技術が必要だが、使いこなせれば火球よりも出番の多い魔術。
三つ目は、がらりと変わって火の壁の魔術。
設置型の魔術で、どちらかと言えば牽制用の魔術だ。
威力を狙ったものではないが、ゾンビへの牽制にはもってこいの防御系魔術。
まぁ、その性質上、こいつが使ったことはないだろう。覚えているかも怪しい。
そして四つ目。
おそらくこれが、本命の魔術。
「るうぅうあああ!!」
発動までに少しの時間をかけ、魔術師型が火炎魔術を発動させる。
それは言うなれば炎の波。
自身を起点に、分度器のような半円状に広がる炎を撒き散らすいわば範囲攻撃。
威力は控えめで、速度もないが、とにかく範囲が広い。そして消費もえげつない。
故に、回避は難しい。
そしてこいつは、三本腕としてのステータスを存分に生かして、足りない威力を強引に補ってくる。
最初の火球が余波だけで人を殺せるのなら、この火の波にだって飲まれた人を焼き殺すくらいの威力はあるのだ。
もっとも、この場にいる中で簡単に死ねるのは俺くらいだろう。
だから、味方を巻き込むのを考慮せずに、こんな魔術を使えるのだ。
「……馬鹿め」
読むのは容易かった。
そもそも、発動までに時間がかかっているせいで、モロバレだった。
確かにこいつの、魔のステータスの高さは脅威的だろう。
だが、リーチの取り方も、魔術の選択も、何一つ工夫がない。
言ってしまえば、ただ、ステータスで暴れるだけの動物。
回避不能の炎の波だろうと、来るとわかっていれば対策は容易い。
そもそも、俺がどれだけ『足元』をなんとかする方法をこの階層で考えてきたと思っているんだ。
結局CPの無駄だから選ばなかっただけで、例えばこういう方法はずっと頭にあったのだ。
「地面を踏みたくないなら、足場を作ってやればいい」
奴がたっぷり使ってくれた時間で、俺は俺で自身の魔術を完成させる。
それは、フィールドに所々生まれた石の柱。
炎に焼かれても倒れぬ石の柱が、何本も林立して聳えたつ。
その一本を蹴って、俺は宙に上がった。
「波だからな。一度越えれば大したことはない」
「るうづう!」
「そして、こいつらはこれからの俺の足場でもある」
空中にいる俺を捕まえようと、声を頼りに三本腕の一本が伸びて来るが、俺はそれを尻目に石の柱の一本に足を延ばす。
俺の魔術で生まれた柱は、そこから支柱を伸ばして俺の足場を作り、即座に俺は次の場所へと飛ぶ。
目隠しで前がよく見えていない三本腕は、なおも腕を伸ばしているが、俺は去り際にその腕に鍾馗の一撃を叩き込む。
切断には至らないが、肉をごっそり抉り取った。
「るううぅううあうあううぅうあああ!!」
三本腕がそんな悲鳴にも似た声を上げるが、俺は冷静に着地し、また次の柱へと飛んでいた。
同時に、適当な柱めがけて石の礫を放ち、音を立てる。
コン、という音めがけて、三本腕は無事な腕をもう一本延ばす。
俺は横からその腕に鍾馗を叩きつけ、今度はしっかりと断ち切った。
「づうぅああっ!?」
即座に反撃が飛んで来るが、その瞬間には、俺は後ろに跳んでいる。
相手の行動を観察しながら、心中で零した。
(ぬるい)
頭に過るのは、南小で準備を整えるために120秒の時間稼ぎをしたあの戦いだ。
全力で俺に有利な条件をつけてなお、圧倒的格上だった三本腕との死闘は、俺の戦闘を一つ上の次元に持ち上げた。
それに比べて、こいつはどうだろう。
俺を殺すための魔術の選択は的確だが、それ以外がなっちゃいない。
そもそも、その選択ですら俺の想像を外れない。
戦闘に対する意識も、戦闘中に次の手を考え罠を張るような狡猾さもない。
油断して死にたくはないので、絶対に警戒は解かないが、ここで腕の一本を取れるとは思っていなかった。
次の行動は、破れかぶれの連射だった。
「るうぅうああーあーあああ!! るうるうるうううう!!」
手当たり次第に、全方向へ火球を放つ三本腕。
狙いは適当に見せかけて、俺が作った足場の石柱を攻撃して破壊している。
どうやら、魔力を感知する何らかの能力を持っているらしい。
当たれば即死の攻撃を、少しの冷や汗とともに回避してく。
三本腕は、俺を近づかせないように傷のついた腕を牽制のように振り回し、少しずつ火の海を広げていく。
至る所で火柱が上がり、焦げた臭いが辺り一面に漂っている。
そうやって少しずつ、俺の作ったフィールドを破壊している最中。
まるで狙いを間違えたかのような火球の一撃が俺をかすめる。
俺は地面に手を突いた。
「うぉ!?」
そして、俺の声に反応し、三本腕は歓喜の声を上げる。
「るるるうううるうるうっるうううあああ!!」
先ほどの俺のダメ出しが聞こえたわけではないだろうが。
今度は、杖を持った腕でのなぎ払いではなく、巨体を生かした突進だった。
逃げる俺を追い詰めるように、そのスピードはこれまで見たのとは比較にならないほど速い。
俺がそれ以上後ろに逃げるのを阻止せんと、最初に杖を槍のように突き込む。
次いで、俺の回避した方角が左右どちらであろうと絡め取るように、杖を起点に包み込むような火の壁を展開した。
かつての三本腕にはできなかった唯一の工夫。
俺の背後に広がる炎の壁を突破するには、相応のダメージを覚悟する必要があるだろう。
ならばと俺が上に逃げるのを防ぐように、叩きつけるもう一本の腕。
これで、逃げ道を塞いだと見て、奴の口が大きく歪むのが見える。
そうだろう。
ここでもし俺が助かるとすれば、破れかぶれの即死狙いしかないだろう。
だからお前は、笑い出すのを堪えるように、懸命に口は閉じている。
俺の即死をどこかで知ったような反応。
そして、奴は足を一歩踏み込んだ。
「死ね」
と同時に、俺は先ほど、手を付いて仕掛けていた『マイン』を起動した。
お前の攻撃がどれほどスレスレだろうと、俺があんな声を上げるわけがないだろう。
俺がわざと声を出したのは、お前に『近づいてきてもらう』ためだ。
だが、お前は気付かなかった。
俺が本気で声をあげたと思い、素直に突っ込んできた。
そして、わざわざ、俺が渾身の威力を込めた『地雷』を踏んだ。
「るうぅううろおるうるうるううるううぅうぅう!?!?」
もはや爆発と言っても過言じゃない炎の連鎖が、三本腕を包む。
奴は足を止め、情けない悲鳴を上げていた。
レベルブーストによって魔のステータスが引き上げられたとき、どんな違いがあるのか最初はよく分からなかった。
満足に検証する時間はなかったし、魔術の操作性が向上していたこと以外に、優位な違いが分からなかったのだ。
だが、途中で気づいた。
魔術の操作性が向上していること、それ以外の違いなどいらないのだと。
それによって魔のステータスは、魔術に対するあらゆる要素を複合的に引き上げていると。
それはCP1に込められる威力の強さ。
それはCP1を扱うのにかかる時間の短さ。
そしてそれはCPに限らぬ、あらゆる魔術の自由度の高さ。
魔術を使う上で、ただ威力を上げてもそれは魔術師としての成長にはならない。
魔術は自身のイメージ次第で、いくらでも自由度が上がる。
例えば今までは石柱から支柱を延ばすことなんてできなかった。
だが、圧倒的な魔のステータスと、正確なイメージがあればそれは可能だった。
夜のカーテンを相手の頭の辺りに固定できるのも、自由度が高ければこそ。
そして、このマインもそうだ。
さっと手を付いた瞬間に設置できるようになったのも。
一度発動したら、連鎖的な爆発によってその火力を何倍にも引き上げられるようになったのも。
全てはレベルブーストに引き上げられた魔の高さがあってのもの。
俺がレベルブーストで手に入れたもののなかで、失うのが最も惜しいのは、この魔術の自由度の高さだ。
思ったことがなんでも実現できるような、魔術の万能感を失うのが一番惜しい。
故に、俺は断言してやる。
「これが魔術の使い方だ、三流魔術師」
「るぅ……ぅう……」
魔のステータスを上げてもただ威力を高めることしか出来ず、もはや黒焦げになって息絶える寸前に見える三本腕。
だが、俺は奴が第二形態を持っているだろうことを知っている。
決して油断せずにしっかりとその首を切り飛ばし、目星を使って念入りに弱点を見つける。
黒焦げの体が朽ちはて、中から現れた頭のような何か。
弱点は、やっぱり頭と首なんだな。
しっかりと、光って見える。
「るぅ……うぅうぅ」
「天国でみんなに詫びろ──ってのは地獄に落ちるお前には無理か」
そもそも、こんな奴に死後の世界で謝られても迷惑なだけだろうし。
「なら、そのまま死ね」
そして俺は、しっかりと奴の頭に鍾馗を突き込んだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
相変わらず主人公が大変なところですが、カクヨム連載時にサポーター限定ノートを書いていたところなので一応宣伝残しておきます。
こちらは、とある方から要望があった『茉莉ちゃんがゾンビ化を回避した際の、ホームセンターの怪物が生まれない』ifルートの話になります。
前後編に収まりきらなかったので、ナンバーを振っています。
特典SS IFストーリー1『ケースその1─ホームセンター事変─1』(お試し版)
https://kakuyomu.jp/users/score/news/16818622176243847059
特典SS IFストーリー1 『ケースその1─ホームセンター事変─2』(限定版)
https://kakuyomu.jp/users/score/news/16818622176243929159
相変わらず、貴重な茉莉ちゃんの生きて喋っているシーンが見られます()




