第131話 だから、こうする
現在、二階層の探索を始めておよそ二時間弱。
ようやく俺は、この二階層にて探し求めていた『分電盤』らしきものの前に到達していた。
「…………」
今の状況を軽く説明するとだ。
まず、分電盤らしきものがあったのは、一本腕が開通してくれたルートのうちの一つの奥だ。
ここにたどり着くまでに色々と戦闘はあったが、今は割愛させてもらおう。
で、たどり着いた最奥にあったのが『休憩室』と銘打たれた部屋。
休憩室の中に入ると、適当な長テーブルが並ぶちょっとした部屋があり、その休憩室に繋がる形で『男子更衣室』『女子更衣室』『給湯室』というものがそれぞれあった。
ちょっとした調査の結果、分電盤自体はこの『給湯室』の壁の上のほうに、そっと設置されていたというわけだ。
「…………」
それだけだったら、俺は特に何も言うことはない。
だが、問題は、この給湯室に繋がる前の休憩室にあった。
休憩室は、さすが休憩室という名前の通り、そこで休憩しているらしい人々の姿があった。
ただし、その全員が、テーブルに突っ伏す形で眠っているのだが。
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ヒトカタだったもの・男
状態:呪腐魔病(重)
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ヒトカタだったもの・女
状態:呪腐魔病(重)
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ヒトカタだったもの・男
状態:呪腐魔病(重)
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──────
ヒトカタだったもの・男
状態:呪腐魔病(重)
──────
むしろ、この状態でよく俺を素通ししてくれたものだと感心する。
これは冷静に考えなくても、分電盤の鍵を開け、操作を終えたら起き上がって襲ってくる者たちであろう。
というか、こういう準備万端なものたちが、簡易鑑定ですら見抜けてしまうのは、どうなんだろうか。
ダンジョンと、おそらく参考になったであろうホラーゲームの、すり合わせの不足を感じずにはいられない。
仮にこれがホラーゲームの世界であったのなら、主人公が休憩室の死体に何もできず、このあとの展開は製作者の予定通りになったかもしれない。
だが、俺はホラーゲームの主人公ではないし、この休憩室で自由に行動することができる人間だった。
「というわけで、今から先に彼らの首を切り落としておこうと思うんだけど、端末くんはどう思う?」
『……私は止めません』
端末くんの回答は簡素だった。
だが、事務室の時とは明確な違いも感じる。
事務室の時は『心配や不安』が如実に含まれた声音だったが、今の端末くんの返答に感じたのは大いなる『呆れ』だけだ。
つまり、俺の行動に呆れはしても止めはしていない。
──この行動で、再びあの肉塊が動き出すようなペナルティは発生しないということだ。
いや、そもそもペナルティなんて設定されているほうが、本来は稀なのかもしれない。
ダンジョンの事情はよく知らないけど、ペナルティを設定するのにもコストはかかりそうだからな。
「とりあえず、最初に安全を確保するのは変わらないか」
そこから先の行為の詳細は、割愛しよう。
述べることがあるとすれば、俺が無抵抗なヒトカタの首に、鍾馗をストンと落としていったことだけだ。
彼らが決して『人間』ではないのだろうことを知っていても、その行為に抵抗がなかったわけじゃない。
心が揺れそうになるたび『正心』のスキルの効果が発動し、俺はちゃんと正気を保っていることができた。
休憩室の処理が終わり、次いで男子更衣室、女子更衣室も同様にクリアリングしておく。
……生まれて初めて女子更衣室の中に入ってしまったが、この状況なら刑事事件になることはないだろう。
中にいた、中年女性の首を切り落としたとこは刑事事件の匂いがするが、ヒトカタのゾンビなのでセーフだと言いたい。
そうこうして、俺が分電盤を操作することで襲われる状況を丁寧に解決したあと、俺はようやく分電盤の鍵を差し込んだ。
なお、分電盤の位置が微妙に高かったので、休憩室から誰も使っていなかった椅子を一個拝借してきたのは余計な話だ。
「……解錠成功」
誰が聞いているわけでもないが、口からそんな言葉が漏れた。
まぁ、このダンジョンのいろんなギミックを通して、鍵をちゃんと使ったのが初めての経験なので、それくらいは許して欲しい。
分電盤を開けると、中には見慣れないスイッチがいくつも並んでいる。
ぶっちゃけて言うと、どれをオンにすればいいのかさっぱりわからない。
というか、どれがオンでどれがオフなのかも良くわからない。
かろうじて、つまみが上になっているのが少数派で、下に落ちているのが多数なことが分かるくらいだ。
俺は一度端末くんに尋ねておくことにした。
「俺が先に進むためには、どれをどう操作すればいい?」
『攻略情報につながる情報は、大変心苦しいのですが教えることはできません』
「知ってた」
端末くんは相変わらず、攻略に直結する情報は教えてくれなかった。
この状況なんだからもう少し、という気持ちもあるが、ペナルティを受けないためのギリギリを攻めているのはわかっているので何も言えない。
現に、この状況でも俺の力になってくれようとはするのだ。
そう、たとえば、こうだ。
『ただ、現在の状況はほぼ全てのラインに電気が通っていない状況と考えられます。つまり、ほとんどのラインがオフになっていると推測されるため、少数派のスイッチの向きに、全てのスイッチを合わせるのが得策かと愚考します』
こうやって、できる範囲での助言を与えてくれるのである。
言ってしまえば、俺が少し考えれば分かることの延長線上の情報であれば、端末くんが解禁してしまっても問題ないくらいの話なのだろう。
不満はない。俺にとっては助かる話だ。
「となると、ここが少数派だから」
俺は一度は解読を諦めた分電盤をもう一度見る。
無数に並んだスイッチのうち、一箇所だけスイッチがオンになっている部分がある。
これが、現在もこのダンジョンをかすかに灯している非常用電灯だろう。
「……さっぱりわからんが、とりあえず試してみるか」
そう言って俺が操作した結果が、全てのスイッチがオンの状態であった。
変化はすぐに訪れる。
まず、全体を通して薄暗かった店内に、ぱっと光が灯った。
それは一階層のときと同じか、あるいは今までの対比でそれ以上の輝きに思えた。
これが、本来のこの店の明るさなのだと、言外に主張しているような気さえしてしまった。
『レジへの通電を確認しました。今の状態であれば、セルフレジを利用することが可能です』
「これで正解か」
端末くんからの、ちょっと早い通行許可を聞き、少し安堵する。
分電盤だの事務所だのを往復するおつかいクエストはこれで、終わってくれるらしい。
あとはセルフレジで何を求められるかという話だが、それは行ってみないとわからないことだ。
その事実を確認した俺は、同時に聞き耳が届けてくれる異常にも気づく。
「…………ううおぉぉおぉお…………」
「…………ああっぁあああおおお…………」
どうやら、休憩室だけの待機では満足できず、外部から助っ人のゾンビが集まってきているらしい。
俺は、ややうんざりした気持ちでため息を吐く。
「どうやら、お客さんは待ちきれないみたいだな」
『そのようですね』
これで、俺が休憩室に戻ってから、約束されたゾンビやなれはてたものたちの戦闘が待っているのだろう。
分電盤からレジまでの道中に、強制で配置されただろうモンスターたちを思うと、なおさらにため息が出そうになる。
だから、こうする。
『えっ』
端末くんから、驚きの声がかかる。
だが、俺は知ったことかと言わんばかりにその操作を続ける。
そう。
非常用の明かりがどのスイッチかは覚えていた。
つまり、そのあたりが照明関連のラインであろうことはわかる。
だから俺は、そこを全て、落とした。
途端に、店内はさっきまでの非常用の明かりも失って、夜のような闇に沈み込む。
雰囲気で言えば、完全に閉店後の店内。
この中で歩き回っている人間がいたら、泥棒以外のなにものでもないだろう。
だが、それが俺には都合がいい。
「端末くん。まだ、レジへの通電は生きているかな?」
『……はい。現在落ちているのはおもに照明だけになります』
「じゃあ、行こうか」
俺は分電盤の操作を終えて、椅子から降りる。
端末くんの困惑も、時間とともに納得へと変わっていく。
俺はそんな端末くんと言葉を交わさず、分電盤のあった給湯室から休憩室に戻る。
俺から見れば、休憩室には新たに二体のゾンビが現れたように見える。
だが、側から見れば、この休憩室はほとんど何の明かりもない、真っ暗な空間であることだろう。
俺は、相手に全く気取られることなく、二体のヒトカタを葬りさった。
「さすがに非常灯までは消えてくれないな」
照明とはまた別のラインが生きているのか、赤だの緑だのの光を発する非常灯だけは、この暗闇の世界で生きていた。
だが、それだけだ。
ここからレジへの道中に追加されただろう、モンスターたちは皆、俺ほど暗視の能力を持っていない。
つまりは──『照明をつけるより、照明を落とした方が有利』なのだ。
「レジが動いてさえいるなら、明かりはいらない。これが俺の回答だ」
『……攻略に問題はございませんが。その』
「言いたいことがあるのなら聞こうか」
『画面映えは最悪です』
確かにそれはそうだろうが、ここはウイルスの作ったダンジョンだ。
画面映え以上に大切なことがあるなら、それを優先するのは当たり前だ。
だから、もし、今後この場面を見ることがある神さまだのなんだのが居たのなら、謝っておくから諦めて欲しい。




