第129話 後戻りはできない
道中に配置された敵やギミックを捌ききり、いきなり生えてきた最後の手を躱して、俺は分岐路の入り口にまで戻ってくる。
肉回廊を抜けた直後に、その通路を塞ぐように、どこからともなくシャッターが閉じる。
勢いよく閉じたシャッターが、直前まで俺を追っていた最後の腕をちぎり飛ばしていた。
「シャッター、ここで出てくるのか」
事務室で手に入れた鍵のうち一つはシャッターの鍵だった。
ゾンビものにおけるシャッターといえば、序盤はゾンビの侵入を防いでくれる心強い奴だが、途中で破られる宿命にある。
特に、ゾンビから逃げきったことに安堵しきって、シャッター扉に背を預けたりすると危ない。
というか、今の俺はいかなる壁にも背を預けたくなかったので、立ち上がったまま乱れた息を整えていた。
『ペナルティエリアからの脱出を確認しました。これよりダンジョンは通常状態に移行します。なお、シャッターの鍵を利用することで先ほどのエリアに再び戻ることも可能です』
「頼まれたって戻らないから」
誰が好き好んであの肉ダルマが待っている場所に行かねばならないのか。
……金庫か。もし金庫にキーアイテム入ってたら戻らないといけないのか?
絶対に嫌だ……金庫に重要なアイテム入っていないでほしい。
「……しかし、間近で見ると、やばかったな」
息を吐いて、改めて先ほど遭遇した悪性変異体レギオンについて思い出す。
最初に見た時は、地上の駐車場の上。
(いや、本当にあそこが地上だったのか今思うと怪しい。もしかしたらダンジョンが侵食していたりするかもしれない)
あの時は、奴の強さについてなんの考察もすることができなかった。
はっきりと、死のイメージを感じただけだ。
そして2回目の遭遇。
最初の時と比べればレベルブーストの恩恵で、だいぶ彼我の差は縮まっていたはずだ。
故に分かってしまった。
まだ、俺と奴の間には壁というのもおこがましいレベルの、差が存在していることが。
むしろ、少しこちらが強くなったことで、測れるようになってしまったのか。
少なくとも、まともにやりあって勝てる相手ではない。
ただでさえこっちは一本腕相手にひいこら言っているのに、奴はそいつらを増産できるのだから。
特殊能力ひとつだけでも俺を封殺しうるのに、加えて本体の性能は未知数とくれば、もう何も言えない。
まともにやりあって勝てるビジョンがない。
そもそも、戦闘と呼べるものが発生するのかも定かではない。
「つまり、暗殺しかないか」
まともにやりあっても勝てない相手を倒すには、どうにかしてそれ以上の手札を用意するか、鬼札で一点突破の奇襲をしかけるしかない。
つまりは相手がレイドボスのようなものならば、情報を集め、参加者もかき集めて倒すのが、一般的な勝ち方だろう。
当然俺には選べない。だってここには俺しかいない。
だから、残された鬼札は、暗殺による即死狙いしかない。
ボスに即死が効くのか、みたいな懸念はある、が。
どのみち決まらなかったら死ぬだけだ。クソみたいだ。
一応、他の切り札として先ほどのサモンもあるが、いくら三本腕が強かろうと多勢に無勢であろう。
何より、直接対決で勝てる保証が全くない。
暗殺狙いを超えた博打は、もはや博打とは呼べない。
「どう考えても、一人で挑む相手じゃねえんだよなぁ」
大きなため息を吐き、俺は頭を振った。
現状作戦らしい作戦も立てられないが、希望はある。
それは、端末での強化が封じられたわけではないことだ。
先ほどの通路で戦った分のEPが得られれば、レベル以外での強化要素──主にスキル関連──は得られるのだ。
焼け石に水でもやらないよりはマシ、皮肉なことにここのEP効率はぶっ壊れているので、それなりの強化は見込めるはずだ。
……いや、その前に、回復薬も買い足しておかなければならないか。
想定外の出費をしてしまったわけだし。
「というわけで、一度また入口の端末まで戻ろうと思うんだけど」
最初の戦闘後に戻った時は、結構塩対応されたので、今回はあらかじめ許可を取ってみようとした。
だが、端末くんは短い沈黙のあとにこう返した。
『残念なお知らせです。現在、入口に戻る道は存在しません』
「は?」
戻る道が存在しない。
つまり、俺は入口の端末に戻れない。
「どういうこと?」
『端的に言いますと、さきほどの想定外のペナルティを課した際に、ただでさえ不安定だったダンジョンの一部が崩壊し、来た道と入口の繋がりが絶たれました。現在、復旧プログラムが作動していますが、復旧の時間は定かではありません』
「……………………クソダンジョン……」
思わずぼそっと漏らした言葉を、端末くんは聞かなかったことにしてくれた。
つまりあれか、さっきのレギオン登場はダンジョンとしてもちょっと無茶だったと。
それによって、ペナルティが終わったはずなのになお、俺にとってのペナルティが発生していると。
厳重に抗議したい気持ちだが、元を正せば俺のせいと言われそうで何も言えない。
「現在ステータスを確認させてくれ」
『
現在のHPは 262/570です。回復を推奨します。
現在のCPは 384/926です。回復を推奨します。
』
「バリバリ削られてるなほんと」
ストレージで改めて回復薬の在庫を確認した。
HPの回復薬は6個、CP回復薬は5個。
とりあえず、満タン近くまで回復させてしまうことにする。
「……腹が、タプタプになる」
合計6本ぶんの回復薬を流し込んでこうだ。
『
現在のHPは 562/570です。
現在のCPは 884/926です。
』
とりあえず、CP回復薬の在庫はなくなった。
HPの回復薬はまだ5個あるが、油断していたらなくなるだろう。
時間は大切だが、ペナルティを踏まないように心がけることも大事そうだ。
「切り札のサモン:■■は使えてあと二回。二階層でもボス戦闘がある可能性を考慮して一回分は残すとしたら。使えるCPは500くらいか」
多いと見るか少ないと見るか。
一本腕との戦いで暗闇の魔術を使用していけば、即座に使い切ってしまう程度のCPではある。
だが、使わないで安定勝ちができると思うほど、俺は自分を過信していない。
「……道中の戦闘は、可能な限り避け、ルート開通がかかった戦闘だけは逃げずに戦うか?」
問題は、通常のエンカウントを避けられるのかだが。
ここで俺は、そういえばと先遣隊に出していた、スケルトンくんのことを思い出す。
「……スケルトンはまだ生きてるな。となると、道中は基本的には安全か?」
考えて見ると、ここの階層での本来の戦闘は、ルート開通時の一回と、事務室でのものくらいだった。
さっき散々命のやり取りをしたのは、俺がペナルティを踏んだからだ。
余計なことをしなければ、戦闘は少なめにできるのかもしれない。
「おそらく必要な鍵は手に入ったわけだし、事務室の鍵を探しにいくようなルートを一度無視して、とにかく進めるところまで進んでみるか」
つまりどういうことかと言えば、斥候に出しているスケルトンのルートをひとまずなぞってみようというだけだ。
道中、俺にだけ反応する敵が存在するかもしれないが、それらを無視して、まずは奥まで進んでみる。
マッピングがめちゃくちゃ中途半端になるのは心苦しいが、背に腹は変えられない。
「それで行こうと思うんだけど、端末くんはどう思う?」
『私に意見を求められても、正しい答えは返せません。上杉様の決断を支持します』
「思うところがないってのなら、とりあえずはそうすることにするよ」
少なくとも、ペナルティが発生するような行動じゃない。
それが分かっただけでも十分だ。
そして俺はシャッターに閉じられた通路を振り切って、スケルトンが通っただろう道筋をなぞっていく。
なぞって行こうとした。
道をなぞってすぐの角を曲がり、いきなり、目に入った光景でちょっとだけ躊躇する。
「めちゃくちゃ、窓があるんだけど」
スケルトンが通った時には何事もなかっただろう通路。
そこには、先ほどの事務室でも見たような、黒い窓が連なった廊下みたいな通路があった。
そして、なぜかご丁寧に、その通路の床だけはガラス片が散っていない。
どうぞ、お通りくださいと言わんばかりだ。
「……走っていくかぁ」
俺は意を決して、最大速度でその廊下を駆け抜けることに決めた。
前だけは最大限警戒し、二度とさっきのような無様はさらさないように。
そして、俺がその廊下を駆け抜けた直後。
ガシャーン! ガシャガシャガシャーン!!
と、背後から強烈な破砕音が続き。
「ううぅううぅおおおおおおおお!」
「うぅううああうぅうおぉおあああああ!」
「うるううぅうぅうっるっっるるるるうううううう!!!」
「やっぱりこうなったかぁ!!!」
と、想像通りの声が続いたのだった。




