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ダンジョンサバイバルinゾンビワールド  作者: score


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第128話 『息』ができない




『────! ──────!!』



 頭が揺れる。

 耳の遠くから、誰かの声が聞こえる。

 だが、思考が真っ白で、考えがまとまらない。


 緊急事態であったはずなのに、やけにのんびりとした空気が俺の脳に満ちている。


 立ち止まってはいけなかったはずだ。

 何か、使命があったはずだ。


 そう思っても、ひどく揺さぶられた頭は答えを出せない。


 なんで俺は、戦っていたんだろうか。

 なんで俺は、走っていたんだろうか。

 なんで俺は、焦っていたんだろうか。


 立ち止まってしまえば、そういう疑問が湧いて来てしまう。


 だから、俺は走り続けていた。

 目標に向かって走り続けている間は、悩まなくて済んだ。

 心に巣食う淀んだ何かから、逃げていられた。



『──様!! ────す!!』



 再び、耳の遠くのほうで誰かが叫ぶ。

 だけどもう、放っておいて欲しいんだ。


 何かを考えないようにしていた時とは、また違う。

 ダメージで何も考えられない今は、こんなにも安らぎに満ちている。


 戦う必要も、走る理由も失ってしまえば、俺は何もしなくていい。

 俺が頑張らなくたって、世界は今日も回る。

 自分の部屋に閉じこもって、たまに遊びに来る茉莉ちゃんとゲームをして。

 それだけの、何もない生活が続いていくはずで。



 …………?



 いや、それはおかしい。



 俺は知ってしまったはずだ。

 何もない生活なんて、もうどこにもない。

 変わらない世界なんて、もうただの幻想だ。


 俺が立ち止まっていられる世界は、ない。

 何もしなくていい世界は、終わってしまった。



 正解を選べなかった俺が、もう一度立ち上がった理由があった。



 世界のためなんかじゃない。

 人々のためなんかじゃない。

 俺が助けなきゃいけないのは、そんな大きなものじゃない。



 世界救済だの、人類試練だの、そんな大それたことは俺の知ったことじゃない。

 押し付けられた役割をしぶしぶ受け入れたのは、顔も知らない誰かのためじゃない。




 俺が立ち止まったら。

 もう、茉莉ちゃんは戻ってこない。



 そしたら俺はきっと、二度と『息』ができない。






 その事実だけが、常に俺のそばにあった現実だ!!







『上杉様! 危ない!!』


 はっと気を取り戻した俺は、すぐそばに迫る脅威に半自動的に対処する。

 手元に呼び出した鍾馗が、俺に噛み付く寸前だったゾンビの口から、脳髄までを貫いた。


 塵になって消えるゾンビを尻目に、時間差で迫って来たもう一体のゾンビの首も刎ねる。

 首を斬るのが、ここにきて随分と上手になった。

 そんな現実にやや落ち込みつつ、俺は端末くんに叫んだ。


「今どういう状況だ!?」


 さっきの瞬間、俺が意識を飛ばしていたのがわかる。

 HPによって死にはしなかったが、頭への衝撃までは殺しきれなかった。

 吹っ飛ばされた俺の後頭部が見事に直撃したのか、通路に併設された棚の棚板がわずかに歪んでいるのがわかった。

 その数秒の間に、状況は明らかに悪化している。


『残存HP 11/570です! 即座に回復してください! また敵性存在が多数こちらに近づいています! 現在も増殖中! ただちにその場を離脱してください!』


 さっきのゾンビは、隠れていた二人のゾンビだとして。

 今、俺の目の前には、俺の頭を気軽にぶん殴ってくれた怪物が一体。

 腕だけを先に伸ばしていた奴は、ようやく体を手に入れたところだった。


 そして俺が足を止めたのを察したのか、背後の通路からは俺を追いかけ続けていた怪物四体が徐々に迫って来ている。

 また、前から後ろから、じわじわと壁や天井をくりぬいて怪物たちが増え続けている。


 まるで、俺が動きを止めるその瞬間を狙っていたかのように、見える範囲に敵が溢れていく。

 少し動きを止めただけで、この内臓の中みたいな歪な世界は、混沌の中に沈み込んだみたいだった。



「……ふぅ」



 小さく息を吐き、回復薬を一つ取り出して呷った。

 これで残り何本だっけか。

 まぁ、まだ余裕はあったはずだ。


 余裕がないのは今の状況の方。

 俺が悩む時間の分だけ、生存率は下がっていく。

 ここで十秒も止まっていれば、生き残るのは絶望的なところくらいまではいけるだろう。


 だが、すぐに走り出し、目の前にたちはだかる一本腕の化け物どもを殴り倒して抜け出していくのは難しいだろう。

 まだ、頭への衝撃が抜けきっていない。

 俺のスペックが万全だったとしても、危ういところだ。



 今の状態では、生き残るのは難しい。

 それを、冷静に受け止めた。



 だから、迷わない。

 手札を切るなら今だ。



「サモン:■■」



 俺は確かに、とある名前を発言したつもりだった。

 喉から漏れた音は、世界に存在を認識されなかったかのように塗りつぶされていた。


 だが、不発ではない。


 俺の体から、今まで使ったことのない量のCPが、ごっそりと抜けていったのを感じる。

 ともすれば、その虚脱感に膝をつきそうになるが、床はガラス片だらけなので懸命に堪えた。


 ややあって、黒い魔力の塊が世界を強引にこじ開け、世の理を破壊するかのような強烈な異物感とともに。


 俺の仲間として『彼』は現界した。




「UuuuuRuuuuuuuuuuuu!!」




 その姿は、記憶にあったそれとは違う。

 ブヨブヨの肉塊のようだった体は、全身が漆黒の闇に染められている。

 だが、そこに詰まった暴力は、いささかも密度を緩めてはいない。


 頭から伸びた三本の腕は、それぞれが独立したように周囲を牽制し、そして。



「うるぅう?!」


「UUuuuu!」



 まずは挨拶とばかりに、俺を殴り飛ばした一本腕を捉える。

 三本の腕のうち、一本が相手の腕とつかみ合い、残った二本がそれぞれ、胴と足を掴む。


 腕同士が拮抗するかのように見えたのは、本当に一瞬のこと。


 さながら、ウサギを捕らえた狩人のように、その三本の腕で一本腕を図体ごと持ち上げ、次の瞬間には。



「うぅうう!? るぅううぅぅ!!」


「UuuuRrrrrrrruuu!!」



 強引に、体を引きちぎられた一本腕がそこにいた。

 腕の本数の違いだけではない。

 明らかな、スペックの違いを感じさせるほどの、一方的な虐殺劇であった。



「……はは、味方にしたら、これでもかってくらい頼もしいな」


「UUU」



 俺の言葉に応えるように唸り、黒い怪物はずしずしと、俺の盾になるかのように前に位置取る。

 さすがCP300を払っただけの甲斐はある。

 こんなに安心感のある背中を見たのは、初めてだ。



「俺はこのエリアから脱出しないといけない。前方の道を切り開き、後方から迫る怪物たちの盾になってくれ。頼めるか?」


「UUUUUURRRRRRRRR!!」



 俺の指示に、黒い三本腕が大きな声で応える。

 それが了承の意だと簡単に理解できた。


 そういえば、端末くんが言っていたな。


 このエリアからの脱出は、三本腕の討伐と同程度の難易度だと。

 であるならば、これは簡単な話だ。


 味方に三本腕がいるのなら、ここからの脱出はもう、成ったも同然なのだ。



「いくぞ!」



 頭のふらつきもほぼ治った。

 足はイメージの通りに動く、問題はない。

 この回復力は、体のステータスに感謝しなければならない。


 走り出す俺を先導するように、三本腕の黒い怪物が前に躍り出る。

 その行く手を一本腕の怪物たちが遮る。



「ううぅうううるるううるる!!」


「るううるるるうううるううう!!」



 だが、そうやって前に立ちふさがった一本腕を、黒い怪物は気にも留めない。



「RUUUUU!」



 一体目は、二本の腕で強引にこじ開けた口の中に、さらに一本を叩き込んで弱点共々粉々に打ち砕いた。

 二体目は、腕を二本使って、相手の一本を抑え切ると、そのまま持ち上げて棍棒のように床に叩きつけ、体ごと首をへし折った。


 そして三体目以降は、二体目で要領を掴んだのだろう。



「UUuuuRuurrruuu!!」


「うぅうるうう!!?????」



 長い腕を持ち手にした即席の棍棒を手に入れた黒い怪物が、前に立ちはだかる敵を薙ぎ払いながら道をこじ開けた。

 そのあまりの傍若無人──いやむしろ、暴虐無人っぷりは、仲間であるという事実を差し置いて、俺の背中を盛大に凍えさせてくれる。


 このダンジョンで、レベルブーストありとはいえ一本腕と普通に渡り合えるようになった俺だが、それでもやっぱり三本腕とはやりあいたくない。

 どうして、こんな化け物とレベル10でやりあったんだ俺は。


 普通は、こういう強敵が味方になったときは弱体化していると相場が決まっているのだが……。



「むしろ強くなってないか?」


「UUURRRUUUU!!」



 果たしてその叫びが肯定か否定かは分からない。

 だが、いずれにせよこの状況ではありがたいことこの上ない響きであった。



 そして俺は、三本腕が切り開いてくれた道を行く。

 三本腕は続かない。ここで殿として構えてくれる算段になっている。

 すれ違いざまに、俺は黒い三本腕に声をかける。



「助かった。次も、よろしく頼む」


「OU」



 一瞬、逃げているという現状も忘れて立ち止まり、振り返ってしまった。



「いま『応』って言った?」


「RUURR」


「……気のせいか」



 真相はどうであったのかは定かではない。

 それでも、俺はその場所を任せて先に進む。俺の道は前にしかない。


 すぐに、背後から金属だのなんだのが激しく打ち合うような騒音が響いて来たが、決して背は向けない。

 背中を任せるのにこれ以上頼もしい相手はいない。






 その後も、散発的な妨害はあったにせよ、俺はどうにかペナルティエリアから脱出することに成功したのだった。




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